Archive for 2月, 2010

人は人間になる、のである 526 


1、出版してきた目的

先日野宗さんが自分で運営されているブログの案内を送っていただいた。その今回のタイトルは、「7つの社会的大罪」である。その文章を読んだ後に、以下の文章を書いた。又今回は、人を励ます言葉について書いておられて、何時も野宗さんの言葉は教えていただくことが多いので、以下をぜひ見ていただきたい。
私が何冊かの本を出版した理由、それは、二世経営者との出会いから始まった。そして多くの二世経営者と出会ってコンサルタントとしての仕事をしてきた結果、彼ら二世経営者の根本的な欠点がわかるようになった。それは、彼らが自分で築き上げたものでない財産を持っていることである。それが、やがて彼らの破滅に至る道になることが多い。
だから私の出版の目的は、そのような二世でない人間でない普通の人が、考えられる準備や勉強をした後に、独立して経営者になることの勧めであった。
そして、私たちがなぜ自らが経営者になる必要があるかについて、私は、「楽しみながらのラーニング」ほかの本を出版した。言い換えれば、私の出版の目的は、企業経営者は誰を次の経営者にしたらよいか、についてでもある。
だから前回も私は「人は自ら助ける者を助けるという」タイトルを使った。同様にある二世の矛盾を、野宗さんも説明されている。
常に自己の変革の執念があれば、すなわち人は自ら助ける者を助けるという意識があれば、誰であっても今でも生き残っていけるし、繁栄も幸福も実現できる、と私はいまも信じている。
それでは、何が二世経営者の多くが滅びの道に導くのであるのか?その理由は;

野宗さんによるビジネスマン育成塾と「7つの社会的大罪」および今回の人を励ます言葉などは、以下を参考
http://businessman-ikusei.air-nifty.com/200602/

2、二世経営者を有能な人である、と多くの人も間違えてしまう。

人は自分の努力で準備して何かを達成しそして社会に貢献することが出来る。しかし億単位のお金を自分の力で手に入れたものでなければ、そして多くの場合そのような財産を引き継げば、それは破滅に至る道につながる。が、そのような人を、一般の人は、有望な青年経営者と見てしまう。
彼ら二世経営者は、その財産を引き継いだ数年は謙虚であるかもしれない。しかし数年たてばたいていの場合、傲慢な性格に変わっていく。そしてこの傲慢さが、企業を滅ぼしていく。
それについては、先日友人のMさんが送ってくれた文章が、なぜ傲慢さが滅びに導いていくかについてたくみにまとめておられるので、以下に引用する。

「先日読んだ本の中に興味深い史料がありましたので参考になればと思います。会社を産させてしまった社長たちが作る「八起会」で、「自分たちが会社を倒産させてしまった最大の原因は何か」を話し合った結果、一番目「傲慢さ」、二番目「経営の原理原則についての勉強を怠ったこと」、三番目「次世代を担う幹部社員の育成を怠ったこと」、四番目「売れる商品やサービスの開発が十分にできなかった」でした。一番から三番目まで「人」に関する内容です。」

同様に二世経営者は、傲慢さ、原理原則の勉強を怠る、幹部社員の育成を怠る、商品やサービスに開発が出来ない、などが重ねれば、企業は滅びていく。
特に二世経営者には、この傲慢さがある。なぜなら蚊等らは自分の力で達成し田経験を持たない場合が多いてからである。
又私が主催する「存在と達成の」に小島さんが「本質を見る眼を養いましょう」というタイトルで書かれている中で、合わせて、師と友人を持つことも、大切なので読んでいただきたい。
人や組織は自分で何かを達成したことのない人をわれわれ大衆は選んでしまう、という間違いを犯すことに気がつかない。彼らには、親の遺産はあるかもしれないが、自分の力で達成したことがないし、それが致命的な破滅をもたらすことを、二世経営者もその会社の社員も忘れてしまっている。
注意深く見れば、人はどのような善行をしたか、の碑文を人はこの世に残して、死んでいく。友人も親戚もそして財産も一緒に死ぬときは、一緒にもって死ぬことは出来ない。そして人は人間であるのでなく、人間になるのである。キルケゴールの言葉を使えば、人は人間になるのである。どのような貢献をしたか、についてそれが人に誇りとほかの人に貢献できる、という碑文を刻んで、勇気と元気を持って人は死んでいく。
しかし彼ら二世には、自分で達成したということがない。だから抽象的な言葉に終始する。

3人間性や人間力では説明が足りない。

 この言葉は誤解を与えるかもしれない。でも経済や政治の世界で、軽々しくこの人間性や人間力ような言葉を使う人を、注意しなければならない。
 私にとっても、さまざまな詩人の言葉が、どれだけ勇気を与えてくれたかは計り知れない。そして人生の師である沢佳人先生の論理的表現と芸術的表現の違いを教えていただいたことは計り知れない。しかしこの二つの世界、論理的世界と抽象的世界を混同すると、経営者は入っていけない領域に踏み込んでしまう。

過去に教えていただいたKさんは、人間力という言葉を使えばコンサルタントはだめだ、ということをよく言われていたのを今でも覚えている。その意味は、具体的な部分に分解できない表現として、人間性とかの抽象的な表現にしてはいけない、という意味である。
 しかも人間性や人間力という言葉を使う人間は、この意味を理解できていない場合が多いのである。
 前述の友人からの引用の文章のように、傲慢さがないか?経営の原理原則の勉強,教育、耐えざる商品力やサービスの開発などのさまざまな分野への取り組みが必要である。これ等の説明を十分にしないですべて人間性や人間力と表現していくならば、それはまさしく「7つの社会的大罪」で表現されている二世の致命的欠点になってしまう。

1、出版してきた目的

先日野宗さんが自分で運営されているブログの案内を送っていただいた。その今回のタイトルは、「7つの社会的大罪」である。その文章を読んだ後に、以下の文章を書いた。又今回は、人を励ます言葉について書いておられて、何時も野宗さんの言葉は教えていただくことが多いので、以下をぜひ見ていただきたい。
私が何冊かの本を出版した理由、それは、二世経営者との出会いから始まった。そして多くの二世経営者と出会ってコンサルタントとしての仕事をしてきた結果、彼ら二世経営者の根本的な欠点がわかるようになった。それは、彼らが自分で築き上げたものでない財産を持っていることである。それが、やがて彼らの破滅に至る道になることが多い。
だから私の出版の目的は、そのような二世でない人間でない普通の人が、考えられる準備や勉強をした後に、独立して経営者になることの勧めであった。
そして、私たちがなぜ自らが経営者になる必要があるかについて、私は、「楽しみながらのラーニング」ほかの本を出版した。言い換えれば、私の出版の目的は、企業経営者は誰を次の経営者にしたらよいか、についてでもある。
だから前回も私は「人は自ら助ける者を助けるという」タイトルを使った。同様にある二世の矛盾を、野宗さんも説明されている。
常に自己の変革の執念があれば、すなわち人は自ら助ける者を助けるという意識があれば、誰であっても今でも生き残っていけるし、繁栄も幸福も実現できる、と私はいまも信じている。
それでは、何が二世経営者の多くが滅びの道に導くのであるのか?その理由は;

野宗さんによるビジネスマン育成塾と「7つの社会的大罪」および今回の人を励ます言葉などは、以下を参考
http://businessman-ikusei.air-nifty.com/200602/

2、二世経営者を有能な人である、と多くの人も間違えてしまう。

人は自分の努力で準備して何かを達成しそして社会に貢献することが出来る。しかし億単位のお金を自分の力で手に入れたものでなければ、そして多くの場合そのような財産を引き継げば、それは破滅に至る道につながる。が、そのような人を、一般の人は、有望な青年経営者と見てしまう。
彼ら二世経営者は、その財産を引き継いだ数年は謙虚であるかもしれない。しかし数年たてばたいていの場合、傲慢な性格に変わっていく。そしてこの傲慢さが、企業を滅ぼしていく。
それについては、先日友人のMさんが送ってくれた文章が、なぜ傲慢さが滅びに導いていくかについてたくみにまとめておられるので、以下に引用する。

「先日読んだ本の中に興味深い史料がありましたので参考になればと思います。会社を産させてしまった社長たちが作る「八起会」で、「自分たちが会社を倒産させてしまった最大の原因は何か」を話し合った結果、一番目「傲慢さ」、二番目「経営の原理原則についての勉強を怠ったこと」、三番目「次世代を担う幹部社員の育成を怠ったこと」、四番目「売れる商品やサービスの開発が十分にできなかった」でした。一番から三番目まで「人」に関する内容です。」

同様に二世経営者は、傲慢さ、原理原則の勉強を怠る、幹部社員の育成を怠る、商品やサービスに開発が出来ない、などが重ねれば、企業は滅びていく。
特に二世経営者には、この傲慢さがある。なぜなら蚊等らは自分の力で達成し田経験を持たない場合が多いてからである。
又私が主催する「存在と達成の」に小島さんが「本質を見る眼を養いましょう」というタイトルで書かれている中で、合わせて、師と友人を持つことも、大切なので読んでいただきたい。
人や組織は自分で何かを達成したことのない人をわれわれ大衆は選んでしまう、という間違いを犯すことに気がつかない。彼らには、親の遺産はあるかもしれないが、自分の力で達成したことがないし、それが致命的な破滅をもたらすことを、二世経営者もその会社の社員も忘れてしまっている。
注意深く見れば、人はどのような善行をしたか、の碑文を人はこの世に残して、死んでいく。友人も親戚もそして財産も一緒に死ぬときは、一緒にもって死ぬことは出来ない。そして人は人間であるのでなく、人間になるのである。キルケゴールの言葉を使えば、人は人間になるのである。どのような貢献をしたか、についてそれが人に誇りとほかの人に貢献できる、という碑文を刻んで、勇気と元気を持って人は死んでいく。
しかし彼ら二世には、自分で達成したということがない。だから抽象的な言葉に終始する。

3人間性や人間力では説明が足りない。

 この言葉は誤解を与えるかもしれない。でも経済や政治の世界で、軽々しくこの人間性や人間力ような言葉を使う人を、注意しなければならない。
 私にとっても、さまざまな詩人の言葉が、どれだけ勇気を与えてくれたかは計り知れない。そして人生の師である沢佳人先生の論理的表現と芸術的表現の違いを教えていただいたことは計り知れない。しかしこの二つの世界、論理的世界と抽象的世界を混同すると、経営者は入っていけない領域に踏み込んでしまう。

過去に教えていただいたKさんは、人間力という言葉を使えばコンサルタントはだめだ、ということをよく言われていたのを今でも覚えている。その意味は、具体的な部分に分解できない表現として、人間性とかの抽象的な表現にしてはいけない、という意味である。
 しかも人間性や人間力という言葉を使う人間は、この意味を理解できていない場合が多いのである。
 前述の友人からの引用の文章のように、傲慢さがないか?経営の原理原則の勉強,教育、耐えざる商品力やサービスの開発などのさまざまな分野への取り組みが必要である。これ等の説明を十分にしないですべて人間性や人間力と表現していくならば、それはまさしく「7つの社会的大罪」で表現されている二世の致命的欠点になってしまう。

ホームページ制作の3つの失敗事例と問題がわかれば解決できる


今回藤田さんに誘われて、共同でブログを書くことになりました。

未熟すぎてまともな文章や意見を書くことが出来ないかもしれませんが、WEB制作の現場でディレクターとして働く人間として、新しいインターネットという文化によって何事かを達成する場合に必要な視点を書きたいと思います。

私は売れっ子の製作者でもなんでもないので、まず最初に失敗してきた事例を少しずつ紹介してゆこうと思います。その中でWEB制作を受ける側、依頼する側に必要なポイントがあると思います。

東京で5店舗の飲食店を展開する会社からホームページ制作の依頼を受けたのが、2008年の9月でした。制作から初めて2008年の12月に公開するまでにおよそ2ヶ月で納品しました。

制作にあたってクライアントからの要望はまったくありませんでした。告知機能を持たせるだけでクライアントの要望は達成することが出来ましたし、デザイン的にも満足していただきました。

しかし、私の個人的な思いとしては本当に失敗事例としかいえません。

なぜ、失敗と思うか。

  1. アクセス数が少ない
  2. 更新が少ない
  3. メールマガジンの会員を獲得できない

以上の3点がポイントになります。

アクセス数はいわゆるSEO対策やリスティング広告で増やすことも出来ますので、それほど深刻なポイントではないかもしれません。

ただ、2の更新頻度と3のメールマガジンの獲得数が少ないのは大きな問題だと考えます。

2の更新頻度が少ないのは、ようするに夏のオススメのメニューを冬になってもお薦めしている状態がつづいたり。毎月更新していた案内が、半年も滞っていたりする状態は、ホームページが生きていない。現在の店舗の案内をしていない状態であることを、閲覧者に印象付けてしまいます。

そのような飲食店に対して、閲覧者はお店に行く気にはならないでしょう。ホームページを作ってしまったことが裏目に出ているような気がします。ホームページは完成してからのメンテナンスはこまめであればこまめであるほど、ビジネスに良い影響を与えます。更新できない場合はホームページを作らないことです。

ホームページの更新は業者に委託しても良いし、担当者がいつでも好きなときに更新できるようにするなど、ホームページ更新のオペレーションもきちんと考えておかないと、ホームページ制作にかけた費用の回収どころか、見込み客まで逃してしまうことに繋がります。

今後アクセスアップの為にも更新をこまめに行って、少しでも新鮮な情報を届けるように提案しようと思います。

メールマガジンの会員の獲得については、店舗においてあるショップカードなどでメールマガジンに登録できるようにしています。比較的簡単に登録できるシステムなので、登録者は週に4~5名にのぼりますが、退会者も同じくらいなので、なかなか増加傾向になりません。

メールマガジンの内容は、お店の食事の素晴らしさや味へのこだわりの内容を毎回配信しているようです。しかし、前述のように来店者に登録してもらうことを基本に考えられたメールマガジンです。リピーター獲得の為のツールですので、一度来店したお客様に味の説明は不要です。味については分かった上で、来店しない人を来店してもらえるように説得するメールマガジンにしなくてはいけません。

安易な値引きもよくないと思いますが、メールマガジンにただたんに自慢の料理が紹介されているだけでは、メールの購読者は減っていくのは当然なので、クーポンなどは値引きだけじゃなくて効果測定にもつかえますから、そうやってデータを集積するためにも必要なことを店舗側でも意識してもらうことが必要だと思います。

このように、作り手と利用者とで充分な意思の疎通が図れていれば、運用することで来店促進に効果があがるのですが、利用者が使い方を把握できなかったために、逆効果となっているのが現在の状態です。

これらの解決として、現在、ホームページの更新などのオペレーションなどを含めて対策をねっています。クライアントが受け入れたら、効果が出るはずなので、効果が出ましたらもう一度成功事例として文章を書くことが出来ればと思います。

ブログ立ち上げおめでとうございます


藤田様

ブログ立ち上げおめでとうございます。

テスト送信として以前お送りした感想に少し加筆した文書を送信します。

●が私の感想です

文書524抜粋

さらにユダヤ教のタルムードに祖先の知恵は、学び続ける大切さを教えてくれる。昨年は体が不自由であったが、学ぶには時間があった。学ぶには年齢は関係がない。また学ぶことやくじけそうになるときに励ましてくれた友人が世界中にいればこそ、私は生き残ることが出来た。自分自身の才能の可能性を試みるために、日めくり「楽しみながら」が、それぞれの可能性を試みるために役に立てばよい。

この学び続けることこそが、繁栄と幸福の基礎を築き上げる。

●タルムードはユダヤ教の主要教派の多くが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活・信仰の基となっていますが、非ユダヤ人を対象とした、「古典文学」としてのタルムードを紹介する、一般向けの解説書をざっと読むと、人が生きていくうえで必要とする「知恵」に関する教えが凝縮されているようです。よくあるハウツー本のように○○のときは○○しなさいという安易な提案は行わず、読む人に考えることの大切さを教えてくれます。料理に例えるならば、材料とメニューは用意するが、レシピーは各自が考えるように促しているかのようです。書かれた時代や文化的背景が反映されているので、現代社会の人間にとって、理解困難な部分もあるのですが、上手に取捨選択すれば座右の銘となる部分を抽出できるでしょう。

(藤田)知恵に関する教え;

ご指摘のように、タルムードは、知恵の教えです。そして、各自で考えることの大切さであり、人は頭脳を使って生きていく仕事に従事することを、人にすすめているようにも理解することことができます。

さらには、人に選択についての重要性を説いているようです。それは、何事にも善悪はないので、何を選択するか、によって人生は決まるとも言っているかのようです。

●日本的事象について理解を深めるためには、日本の古典文学、特に古事記、日本書紀、源氏物語、古今和歌集、などと共にタルムード、聖書、コーラン、チベット仏教の死者の書、ギリシア神話、シェークスピアの作品などにも「古典文学として」ある程度親しむ必要があるでしょう。古典が現代まで読み継がれ、語り継がれてきた背景は、人が生きる上で必要な「本質的なナニモノsomethingか」を直接・間接的に伝え、長い間人々の魂の琴線に触れ続けてきたからでしょう。

日本文化をグローバルに発信するためには、日本文化を相対化する視点が必要かも知れません

国内外の古典に親しむことにより、日本文化を相対化してみることが容易となり、日本文化の中から、生きていく上での普遍的な道しるべをさぐり出すことが可能になるのかも知れません。

(藤田)意見を聞かせてください。;

文章524で書きましたように、長年タイトルに使ってきたホームデコから、文化とビジネスか文化と達成」に変えようと考えています。又数人でこのタイトルのもとでブログを立ち上げようとも考えています。一緒にやりませんか?タイトルを含めて、ご意見を聞かせてください。

この人間とは何か、について自分なりに貢献する思いをこめて、達成という言葉がよいのでは、とも考えています。

(藤田)文化に親しみその交流がなぜ必要になるのか?;

情報の洪水に時代であるからこそ、古典に触れることが必要です。ご指摘のように

日本的事象について理解を深めるためには、日本の古典文学、特に古事記・日本書紀・古今和歌集などと共にタルムード、聖書、コーラン、チベット仏教の死者の書、ギリシア神話、シェークスピアの作品などにも、われわれが生き残るためにある程度親しむ必要があります。

付け加えるならば、なぜ多くの経営者がひと時の隆盛をきわめても衰退していくのか、なぜ長期の繁栄を持続できないのかについての理由の一つも、この古典の教養の欠落にあるといえます。世界の古典の教養を身につけることは、ビジネスに必要な判断力を養い、日本文化でもって世界の人と交流が可能になるとともに、同時に日本文化を相対的に見ることも可能になります。

生き残り、繁栄して、社会に貢献するには、経営において人や組織が失敗の教訓をどれがけ次の世代が受けついていくか、似かかっているかは、家訓になどにおいても間違いありません。

●私自身が体験した卑近な例では、ある外国人から、「日本人はなぜ、キリスト教徒ではなくても、教会で結婚式を挙げたり、クリスマスを祝ったりするのか?」と質問を受けたことがありますが、「日本には古代ギリシアやローマのような多神教の伝統があり、キリスト教の神も、数多くの神の一つとして感じ取っているのかもしれない」と説明したことがあります。その外国人は、古代ギリシアや古代ローマと関連づけることで、ある程度は納得したようです。

(藤田)多神教か無宗教か?

私のささやかな体験でも、私がなぜ多神教か無宗教かを先に率直に話したほうが、外国人と深く交流できるようになります。外国人が親友になっていくと、同様に世界への見方もわかってきます。彼らを含めたネットワークに未来の可能性を意識します。

これが理解できれば、日本人のもてなしの心やしぐさも、ビジネスの可能性にとなっていくはずです。

●黒文字 狐狸庵生徒

青文字 藤田さんの文書524より抜粋

赤文字 藤田さんのコメント

本質を見る目を養いましょう。


藤田さんが昨年突然病気で倒れられた体験より
藤田さんの視点が少し変化したようですね。

病になる前なら当たり前として
ふっと見落としてしまいそうな視点です。

外見で態度を変える方、利害で態度を変える方などいますね。

体験された事で見えた事(気づき)の大切な視点を
藤田さんが若い経営者に伝えたいのですね。

私も仕事でGMSの担当をしていて、そこで様々なタイプの会社(営業マン)と
バイヤーを見てきました。
藤田さんが見てこられた事と同じような場面に多く遭遇しました。
GMSを通して仕入れる側のバイヤーと納入業者との関係です。
納入業者(営業マン)はバイヤーに仕入れてもらえるようあの手この手の
画策をします。そして、個人的に親しい関係を持とうとされて
いました。納入業者はより多く購入してもらう為(自社の利害の為)に。
バイヤーも水心あれば魚心的考えの方もいます。
その、利害関係が無くなったときに、その関係は一般的になくなります。
*この売り込みに対する画策は今話題となっていて読んでいる「不毛地帯」を
思い浮かべました。
小説の中の近畿商事では接待する相手をランク付けしてランクに合わせた接待を
するそうです。
*営業としてやって良い事とやってはいけない事の定義づけが大事だと感じています。
会社としても個人としてもあるべきだと考えます。

そんな厳しい競争の環境下でも、キチンとした会社、担当者(バイヤーさん)は
正攻法でご商売されている方も見てきました。

「利害が無くなった時に本当の付き合いが見える」と私は
今までの体験でそのように考えています。

幸い、私はこの良き関係が保てる良き師(良き友人)と呼べる方と出会えた事に
感謝しています。*仕事を離れて利害が無くなって25年以上経過した今も
変わらない良き友人としてお付き合いさせていただいている事に感謝しています。

藤田さんが若い世代に伝えたい事

「利害が無くなった時に本当の付き合いが見える」

経営者には外見とか損得ではなく
事の本質をつかむ能力を養う事が大事だと伝えたいですね。

そして、
ビジネスには好調な時とそうではない時期のサイクル(周期)があります。
そのサイクルを理解して対処する能力があるか無いかだと考えます。
いろんな場面で、創業者はその局面を逃げずに事の本質を掴み対処する事で
経験となり、それが力となっているようです。

厳しい時代だからこそ、創業者と二世の違いを考えさせられ、
経営者として本質を見る目をもって経験を積んで行かなくては行けないと。
その事を自分自身に言い聞かせています。