Archive for 3月, 2010

文書528と529への感想です


528への感想
3、修羅場をくぐって肥やしにせよ

ベンチャー起業(「企業」ではない)から、経営が安定するまで間「死の谷(Death Valley)」が存在することがよく知られています。

起業時は比較的出費を抑えて、初期投資の手持ちを活用することができるのですが、成長期の間に、研究開発のための出費がかさんで資金の確保に苦しむ時期がやってきます。このキャッシュフローの危機が、「死の谷Death Valley」と呼ばれています。

米国カリフォルニア州のシリコンバレー(Silicon Valley)ではITやバイオなどで数多くのベンチャー企業が誕生していますが、経営が軌道に乗るのは凡そ100社に1社位と言われています。このような状況を揶揄してかSilicon Valleyは実はDeath Valleyであると言う記事が何かの雑誌に掲載されていた記憶があります。

既存の企業でも、新規事業開拓や経営者の代替わりによる方針転換などでDeath Valleyに近い状況にはまり込んでしまうケースが多いとも聞いています。

修羅場をくぐったがゆえにつぶれる人と修羅場の体験を自分の肥やしにして伸びる人がいますが、何がそうさせるのかについて、一般論や精神論で解答を出すことは困難なようです。修羅場をくぐって一代で会社を大きく成長させた経営者の講演を何度か聴いたことはありますが、体験談がかなり加工されていて、その場では感動しても、しばらくたつと「修羅場の本当に凄まじい体験は (無意識的に) 隠しているな」と思わせることがほとんどです。

(藤田)
「死の谷Death Valley」や二つの思惟のプロセス

このような限界状況は、ある意味で伝達不可能です。何がそうさせるのかは、ささやかな体験から限界状況から逃れるのは、それらは、好きなこと、そして感動すること、すなわち脳がある共鳴状態になることと関係しているのかもしれません。
しかもそれらは、沢登先生の表現をすれば芸術的な思惟と論理的な思惟に関係していて、この二つの思惟プロセスを要求されることがあります。それこそ行間を読むような洞察力とも関係してきます。
従って修羅場のすさまじい体験および経営力などの情報は、文章ではデフォルメされていて、伝達は困難であるが、しかし困難だけれども世界中に伝達可能でもある、とみなすのが自然です。

差異性と優位性を伴ったコア・コンピテンス(中核能力)中心として企業も個人も展開;、
もうひとつは、経営の教科書で説明されているような差異性と優位性を伴ったコア・コンピテンス(中核能力)中心として企業も個人も、展開する必要があります。  
世界でおよび国内でほかにない独自性や優位性は何なのか?会社のおよび個人の強みを考え抜き、それに従って展開することが生産的となります。

529への感想
今日では、あらゆる先進国において、知識の形成が最大の投資先である。
知識から得られる収益こそが、競争力の決定的な要因である。知識に関する限り、いかなる国、いかなる産業、いかなる企業にも、特定の優位性も劣位性はない。」

知識から得られる収益の中でもっとも重要な位置を占めるキーワードは知的財産権でしょう。世界中で知的財産権の創出・保護・活用に関するマインドが高まっています。知的財産権には特許権、実用新案権、著作権、商標権、意匠権などが含まれていますが、先進諸国は発展途上国での知的財産権侵害に対して、かなり厳しい対応をとるようになってきています。グローバルに事業を展開する企業へ投資する場合、対象企業の知的財産権(特に国際特許)について様々な角度から精査することも重要です。
(藤田)
投資企業と知的財産;
知識の形成と知的財産権に関心がある企業は少ない。そして投資で成功するには、経営力を身に付けた経営者が必要です。知識としては、世界中のビジネスの動きや世界での成長分野の把握、10年に一度は訪れる経済危機へのリスクマネジメント、これらと知的財産権の確保、保護、活用のリンケージです。
そのためには、しかしこの知識の形成と知的財産権を最大の投資先にすべきです。しかし政府もマスコミも、何に最大の投資をすべきであるか、について、この国の政府は、いまだに肉体労働イメージのレイバーであるかのイルージョンを与えているように見えます。
 
今日、重要な新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれるようになった。
しかし専門知識を一般知識とするには、専門知識の所有者である専門家自らが、その知識領域を理解しやすくする責任を果たさねばならない。

専門外の人に専門的な内容を分かりやすく伝える能力は、今後ますます要求されます。自然科学については日本でもようやくサイエンスライターという職業の認知度が高まりつつあります。また、一般教養を幅広く身につけた上で、何かの専門分野を持つことがその人の付加価値を高めるようにも思えます。

(藤田)
強みを生かす
自分のコア・コンピテンス、すなわち自社や自分の差別性や優位性の強みを生かす方向の生き方や社会が望ましい。加えてもう一つの専門分野を理解する能力や専門分野をわかりやすく伝える能力を高める。
 誰もが自分の強みに生きる、ためのジョブチェンジが人生の中で、2回ないしは3回は必要な時代です。

青文字 藤田さんの文書引用
黒文字 狸里庵生徒

文書526と527への感想です


【藤田さんの文書527より引用・青文字】

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リーダーシップは、;

国を超えて、世代を超えて、伝えることができるも

成果を求めて、成果のピークを達成しようと試みさせてくれる

人は共有できたビジョンを持ってともに生きる

コラボレーションを育てていく

信頼の輪を育てる

実験を試みて、それを記録していき、リスクを引き受ける、

藤田さんの文書526より引用

しかし彼ら二世には、自分で達成したということがない。だから抽象的な言葉に終始する。

?

【狐狸庵生徒・文書526と527への感想・黒文字 】

昔から多くの書物でリーダーシップに関する記述がありますが、私の印象に強く残っているものは、第二次世界大戦の零戦パイロットで撃墜王として知られる坂井三郎氏の「真剣勝負を論ずるについて、精神論を論ずるようなことでは、実は手遅れであると申し上げたい」というコメントです。(講談社+α文庫「零戦の最後」p197)

坂井氏の著作には大和魂の塊のようなリーダーシップ論が多いのではないかと思っていましたが、実際に読んでみると精神論的コメントはほとんどなく、壮絶な実体験に基づく論理的・科学的なリーダーシップ論が展開されていました。

一世経営者は、経営の酸いも甘いも知り尽くしているのでしょうが、二世は会社の立ち上げという修羅場を体験したことがないせいか最初は控えめでも徐々に放漫さが目立ち、困難な問題に直面すると抽象的な言葉に終始する傾向があるようです。

私の狭い範囲の経験ではありますが、ある自営業(建築関係)の二世経営者は、困難な問題に直面しても精神論・根性論を吹聴するばかりで、放漫経営のため、先代の資産を食いつぶし、現在は生活保護を受けている事例を私は知っています。またその人は旧日本陸軍を礼賛しており、「近頃の若者はなっていない」が口癖でした。そのような経営者の下で働いていた従業員とその家族が本当に気の毒です。なっていないのは「ご本人」だったのです。

青文字 藤田さんの文書

黒文字 狐狸庵生徒

【藤田さんのコメント・リーダーシップ】

   酒井三郎氏が述べておられるような、壮絶な実体験に基づく理論的・科学的なリーダーシップ論こそが、役に立つのです。私にとっても彼の著作は、生涯の愛読書であり、リーダーシップについてもとても参考になります。

 「経営の教科書」を出版された 新 将命 氏も、「修羅場をくぐって肥やしにせよ、大局観を身につけるには修羅場をくぐることである、」と述べています。「逆境を経験して乗り越えれば、人は大きく育つ、経営学は本から学ぶことができるが、経営力はやってみなければ身に付かない、」と述べておられます。

 私にとっても、長い病気の生活を超えて、今やっと経営力やリーダーシップがようやくわかってきたように感じます。

動機づけし、指示し、激賞する(経営の教科書2)529 


1、改善のマネジメント

「変化のマネジメント、改善の目的は、2,3三年後にはまったく新しい製品やサービスにしてしまうことである。

経営管理の仕事は、全員をボスにすることではない。全員を貢献者にすることである。

経済の生産性が高ければ、所得の平等性は高まり、生産性が低ければ、不平等性が高まる。税制が、これを変えることはない。租税国家は、その結果、無能力者となってしまった。政府自らが実行者となった社会政策は、わずかな例外を除いて、みな成功しなかった。

 今日では、あらゆる先進国において、知識の形成が最大の投資先である。

知識から得られる収益こそが、競争力の決定的な要因である。知識に関する限り、いかなる国、いかなる産業、いかなる企業にも、特定の優位性も劣位性はない。」

もう一人の私の仕事や生き方に大きく影響を与えた人は、ゲーテ共にドラッカーであって、彼の本を読んだから、私がコンサルタントになった、とも言える。

   改善のマネジメントは、数年先には新しい商品とサービスをもたらす。それは地球規模での数年ごとに変化を、現代の社会に与えている。

その結果知識の形成は、数年後には新しい商品とサービスをもたらし、結果として新しい社会をもたらすようになった。そしてどの国にも、どの産業にも優位性も劣位性もない時代が、現代の社会となった。

 経済の生産性の向上を優先しない国家がある場合、経営者や投資家は、国を超えて情報を集めて、判断し行動するのが当然になっている。

知識への投資;

知識の形成こそが最大の投資先になっている事実を、平均を上回る成果を上げている経営者や投資家も、そして専門知識によって生活をしている人も、理解している。一方この数年後には社会が一変する変化に、国内には気がつかない人もいる。

従って知識の投資が最大の投資となっている人と、そのような投資をしていない人と比較すれば、この平均を上回る成果を上げている経営者と一般的なサラリーマンや肉体労働者の違いと同じ程度に、情報力の格差はより一層広がっている。

2、動機づけし、指示し、激賞する

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「教師の果たすべき役割は、動機づけし、指示し、激賞することである。教師はリーダーとなり相談相手となる。知識社会においては教科内容そのものよりも、学習継続の能力や意欲のほうが、重要でさえあるのかもしれない。

強みに焦点;

達成とは積み重ねである。達成とは上手に行えることを遥かに上手におこなえるようになることである。したがって達成とは生徒の強みに基づかねばならない。

しかし今日の学校も教師も、生徒の強みに焦点を合わせて、これに挑戦させることができないのである。」

 教師やコンサルタントが果たす役割は、昨年私が出版した日めくり「楽しみながら」においても、このドラッカーの言葉のように、動機づけ、指示し、激賞のマネジメントための言葉を出版した。加えて、意欲を高める環境やそのための人間関係を作りあげることも大切である。

 なぜならば人は、ほかの人に会ってきた時間よりも、たとえ会う時間はわずかでも、動機づけし、指示し、励ましを与えてくれた人やその人の言葉を、一生忘れないし、それらに人は感動するからである。

 私がこのサイトを文化と達成とした理由も、それは、この文章のように、上手に行えることを遥かに上手に行えるようになって、それぞれの人が専門家になることの勧めである。そのためには、自分の分野得意を中心に生きるようにすることである。

 達成は、自分の強みに早く気がついて、それにいつまでも挑戦する意図から、文化と達成というタイトルを使った。

 このように、動機づけて、指示して励まして継続学習をして、自分の強みに早く気がついて、それに中心として生活を作り上げていく。

 このような環境を作り上げていかないで、社会には生産的に生きないで人生を否定的にみる人がどの分野にもいる。彼らは、批判ばかりに生きてエネルギーを生産的に使わない。

3、多様な専門知識を理解する能力

「専門知識を一般知識とする

今日、重要な新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれるようになった。

しかし専門知識を一般知識とするには、専門知識の所有者である専門家自らが、その知識領域を理解しやすくする責任を果たさねばならない。

専門知識それぞれについて指導的な地位にある者は、自らの知識を理解させる責任を負うと共に、そのための大変な作業を進んで引き受けなければならない。

専門知識を真理すなわち一般的知識への行路とすることは、

我々は、多様な知識に精通する博学を必要としていない。また事実そのような人間は存在していない。逆に我々は、ますます専門化していく。我々が真に必要としているのは、多様な専門知識を理解する能力である。そのような専門知識を持つ者が、知識社会における教育ある人間である。

      *「 」は、ポスト資本主義社会 ドラッカー著

専門知識を持つ者が求められているのは、博学を求めるのでなく、それぞれが専門知識で持って生活して、加えて多様な専門知識を理解する能力である。そして新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれるようになったからである。

  ドラッカーは、この経営において、動機づけ、指示し、激賞して継続学習をする大切さを説く。専門知識を持つ者に、多様な専門知識を理解することを進める。

 なザならば、新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれることを、ドラッカーは指摘する。従って、人は二つの専門的知識を持つことが生産的であることを勧める。

    

経営の教科書1 528 


1、生き生きと生きよ

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「心が開いている時だけ、

この世は美しい。

一歩一歩がゴールであり、

一歩一歩としての価値をもたなくけてはならない。

何事も延期するな、

汝の一生は不断の実行であれ。

困難な勤めを日々に果たすこと

ほかには何の啓示もいらぬ。

停滞は死にほかならない、遅い歩みでも,己が軌道を守って進行することをやめない。

人間一匹を貫くのは、戦い抜いたということに他ならない。

我々人間にできる最善のことは、瞬間を永遠なるものに転嫁することである。

活動だけが恐怖と不安を追い払う。」

*講談社新書、「生き生きと生きよ」手塚富雄著

「経営の教科書」新 将命 著ダイヤモンド社と、いう本を、森田さんから紹介してもらい何度も読んだ。この本を読んでいて同時に思いだしたのは、ゲーテが述べるように、人は生産的に生きよ、生産力をもつものだけが、真実である、そして自分を充実して常に生産的であれ、ということである。

この本は、私に繰り返し読んで励ましてくれた上記のゲーテの言葉を思い出させてくれる。ゲーテの言葉は、いつも生きている間は。生き生きと生きるようにと、誰にも励ましを与えてくれる。

 このゲーテの本は、私が20歳の位から何度も読んでいる本で、ゲーテの言葉は、人間に無限の可能性と希望を与えてくれる。

それらは、どんなに気分を沈んでいる時でも、誰にも忠言と励ましを与えてくれる。自分を能動的にさせ、どのような状況になろうとも可能な限り何歳になっても、どのようになっても成長をはかるようにと働きかける。彼が教えるのは、君たちの時代において生産的に生きよ、ということである。

2、人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、

「勝ち残る会社になるために、それはせいぜい3~5パーセントくらいだろう。だから、目指す意味があるし、勝ち残る会社にしたいはずだ。

 ビジョンを信ずる人は、同時に儲ける人でもある。経営理念づくりとその浸透は、結果としてもうけにつながるのである。なぜか。人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、という生き物である。夢や理想やビジョンという使命感、価値観、があると、人は4倍大きな仕事をする。」

  *「」で特別に表示がないのは「経営の教科書」より

ゲーテの言葉と同様に「経営の教科書」の言葉も、経営者やこれから経営者になろうとする人を、生産的に生きよ、と励ましてくれる。

ランチェスターの法則のように、5%から7%の企業が勝ち残る。1000万円以上の所得を得る人も、社会の5%程度の人である。相当の収入がなければ、多くの人は只食べるためだけに一生を使ってしまう。相当の収入を長年得ている人でなければは、世界中の何に投資をすることなど考える余裕も浮かんでこない。

加えて、理想やビジョンがなくて、結果として信賞必罰が希薄な組織には、弛緩ムードが漂う。一見そのように見えないかもしれないが、協同組合、NPO組織などに、この弛緩ムードが漂うことが多い。なぜならそこでは、信賞必罰が組織で行われていないし、ゆえに人が成長する機会も体験することも少ない。

悪平等ムードがはびこる組織は、一見やさしい組織に見えるが、たくましさに欠ける組織では成果を生むことはできにくいし、そのような組の中に長くいれば、人は育たない。それゆえに、人を育てるのは、一部の企業である。また以前に書いたように、人を育てる家訓を持った商人も昔からいる。

 そのためには、小さな改善と小さな成功体験を重ねて毎日の仕事をして、そのように生きるようにする。このような不断の努力はしていない人も組織も、たとえ30歳であっても仕事にチャレンジしようとしない習慣が身に付いている。

3、修羅場をくぐって肥やしにせよ

「修羅場をくぐって肥やしにせよ

  大局観を身につける方法としては、修羅場をくぐることである。逆境を経験して乗り越えれば、人は大きく育つということである。経営学は本から学ぶことが出来るが、経営力はやってみなければ身に付かない。

 誰にでもすぐに理解できて、簡単に実行できることをして簡単に伸びた会社が一社でもありましたか?」

 ;大病を経験して、ようやくわかってきたことがある。それは、修羅場をくぐってそれを肥やしにせよ、の意味である。経営力は、自分でやってみなければ身に付かない。本も何度も読み返す本を持っていなければ、上記ゲーテの言葉のように自分のものにならない。

また自分が実現したことしか話さないことの大切さも、同じである。リアリティイアリティのない人間は、他人のことばかりを話して時間をむなしく使っていく。

人間は、修羅場をくぐったがゆえにつぶれる人と苦労した体験を自分の肥やしにして伸びる人がいて、経営者であればまたは経営者になろうとする人は,間違いなく後者でなければならないという意味が、私はようやくわかってきた。

 修羅場を体験することも、経営者の目を養うためには、必ずしも悪いことではない。

 

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リーダーシップへの挑戦 527 


1、誰に、何を伝えるのか

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この文章を、誰に伝えたいのか?

それは、現在経営者や様々な分野でリーダーとしての仕事をしている人や、このような人になろうとする若い人に、この言葉を伝えたい。できれば、自分に必要な準備の期間と資金を得て、経営者になった人に。そして経営の原理原則を学び、生き残り、ビジネスを長く続けようとする人に向けてである。

何を伝えたいのか?

それは、経営者にしか伝えにくいかもしれないが、成長する人やチームには、情熱があるからである。そして、学校などでなくて成長する企業こそが、誰よりも人を育てることに熱心である。それについては、愛読書である「近江商人の理念」は、私に人を育てることの重要さを教えてくれた。

私は長年経営コンサルタントをして、ほかの人が参入しにくい分野のビジネスに、積極的に取り組んだ。同時に生き残る経営とは何かに、取り組んだ。

また自分自身も長年経営コンサルタントをした後で、独立をした。そしていまでも自分で経営者としての仕事は、サラリーマンでは味わえないほど、大変だけど面白い仕事であることも体験した。

そしてリーダーシップは、国を超えて、世代を超えて、伝えることができるものである、と私は考えているからである。

リーダーシップの実現は、だれもが学ぶことができるものであり、二世でなくても、今後経営者やリーダーになろうとの挑戦を、人に伝えることができるからである。

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昨年は、日めくり「楽しみながら」を昨年出版した。この小さな日めくりに書いた言葉は、私が長年書き留めていたリーダーシップについての言葉である。

 バートランド、ラッセルが未来を若い人に託して書いた自叙伝のように、私も今30歳代や40歳代の人に未来を託すことをイメージしながら、この文章を書いている。

自分の可能性を試みて、能力を高めて、精神を奮い立たせるための、日めくり「楽しみながら」の言葉は、自分のためであるとともに、ほかの人をも奮い立たせるための言葉である。ほかの人とは、特にすでに経営者としての仕事をしている人やこれから経営者になろうとしている人々に向けての言葉である。

「楽しみながら」は、人が行動するのを助ける言葉集である。

2、他人との関係といかに生きるか

前回の526の文章のなかで、森田さんから送っていただいた、企業倒産に至る主な原因についての文章を掲載した。企業倒産にいたる多くの原因としては、それは人間関係や人間性についての問題が多い。

人間性や人格の向上においては、他人との関係が一番大切である。それは、企業倒産に密接に関係している。同様に、この人間性や人格の向上も繁栄に至る道のためにも、我々が、これはさまざまな経営の分野や学問を学ぶ必要があるということである。

いかに生きるかということを教えてくれる経営や学問こそが、本当の経営であり、本当の学問であるだろう。

このことについてキルケゴールも同じように、人間は関係という関係に生きる、という言葉を我々に残している。このような意味についても、すなわち様々な学問を学ぶことの大切さと、いいかに生きるかについて新たに展開されたのが、沢登先生の宇宙超出論ででもある。

3、リーダーシップは、人と人を結びつける

誰に対して、何を伝えたいのか?

よきリーダーシップは、人と人を結びつけることができるようにと、我々に働きかけてくれる。もちろんそれぞれの人は詩人金子みすずが、みんな違っているからよい、というように人と比較しないときに、人間は、本来のそれぞれのかけがいのない才能を開花させて発揮できる。

同時にやはり人間は、人間は人と関係という関係に生きる存在であって、リーダーシップは人が共通のビジョンに向かって働くようにとわれわれに働きかける。

よきリーダーシップは、仕事をとうしてわれわれの心に情熱や自己発展への意欲の火をつけてくれる。我々は誰でも、仕事をすることによって成長したいという要求を持っている。誰でもこの成長への期待を持っているが、その期待への火をつけるのは、ある組織にリーダーシップが発揮されているかどうか、に大きく影響する。リーダーシップは、様々な分野において経営者の仕事をするときに発揮できる。

4、リーダーシップへの挑戦

自分が体験したことや達成したこと伝えるのがよい。

うれしいことや感動を伝ええるならば、人に影響を与えることができる。

反対に感動やうれしいことがない組織を考えてみよう。どのような分野においてもリーダ-シップが発揮されていような組織では、感動は伝わらない。

そして人は真剣に自分の可能性を試そうとするならば、人はある分野において先駆者になっていく。自己の可能性を発揮しようとする人は、ある分野の先駆者に誰もがなっていくものである。

したがってビジネスやボランティアでの成果を求めて、成果のピークを達成しようと試みる人がいるからこそ、あらゆる組織は成長する可能性を持っている。

人は共有できたビジョンを持ってともに生きるようになることである。そして人は共有できたビジョンで持って、自分と仲間を奮い立たせることができる。

そしてほかの人が行動できるようにして、リーダーシップは、我々のコラボレーションを育ててくれる。そしてリーダーシップは、信頼の輪を育てるように働きかけることででもある。

そして実験を試みて、それを記録していき、リスクを引き受ける、という生き方のモデルになることである。それゆえにリーダーシップとは、リーダーとしてのおよび経営者としての生き方と価値のモデルとなることをほかの人に教えることでもある。 そしてこのコラボレーションの輪を育てることである。ほかの人の言葉を聞いて、リーダーシップが育つようなアドバイスを与える、特に若い人に与えることである。

リーダーシップは、;

国を超えて、世代を超えて、伝えることができるも

成果を求めて、成果のピークを達成しようと試みさせてくれる

人は共有できたビジョンを持ってともに生きる

コラボレーションを育てていく

信頼の輪を育てる

実験を試みて、それを記録していき、リスクを引き受ける、

生き方のモデルになる

コラボレーションの輪を育てる

アドバイスを与える、