リーダーシップ論は専門分野である531


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1、生き生きと生きよ(ゲーテ)

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「心が開いている時だけ、

この世は美しい。

一歩一歩がゴールであり、

一歩一歩としての価値をもたなくけてはならない。

何事も延期するな、

汝の一生は不断の実行であれ。

困難な勤めを日々に果たすこと

ほかには何の啓示もいらぬ。

停滞は死にほかならない、遅い歩みでも,己が軌道を守って進行することをやめない。

人間一匹を貫くのは、戦い抜いたということに他ならない。

我々人間にできる最善のことは、瞬間を永遠なるものに転嫁することである。

活動だけが恐怖と不安を追い払う。」

*講談社新書、「生き生きと生きよ」手塚富雄著

「経営の教科書」新 将命 著ダイヤモンド社は、ゲーテの人は生産的に生きよ、生産力をもつものだけが真実である、そして自分を充実して常に生産的であれ、というゲーテの言葉を思いださせてくれる。

ゲーテの言葉は、いつも生きている間は。生き生きと生きるようにと、誰にも励ましを与えてくれる。私が20歳の位から何度もゲーテの本を読んでいて、その言葉は、人間に無限の可能性と希望を与えてくれる。

その言葉は、どんなに気分を沈んでいる時でも、誰にも忠言と励ましを与えてくれる。自分を能動的にさせ、どのような状況になろうとも可能な限り何歳になっても、どのようになっても成長するようにと働きかける。彼が教えるのは、君たちの時代において生産的に生きよ、ということである。

 

2、ドラッカーの遺産

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(1)改善のマネジメント

「変化のマネジメント、改善の目的は、2,3年後にはまったく新しい製品やサービスにしてしまうことである。

経営管理の仕事は、全員をボスにすることではない。全員を貢献者にすることである。

経済の生産性が高ければ、所得の平等性は高まり、生産性が低ければ、不平等性が高まる。税制が、これを変えることはない。租税国家は、その結果、無能力者となってしまった。政府自らが実行者となった社会政策は、わずかな例外を除いて、みな成功しなかった。

 今日では、あらゆる先進国において、知識の形成が最大の投資先である。?

知識から得られる収益こそが、競争力の決定的な要因である。知識に関する限り、いかなる国、いかなる産業、いかなる企業にも、特定の優位性も劣位性はない。」

もう一人の私の仕事や生き方に大きく影響を与えた人は、ゲーテ共にドラッカーであって、彼の本を読んだから、私がコンサルタントになった、とも言える。

   改善のマネジメントは、数年先には新しい商品とサービスをもたらす。それは地球規模での数年ごとに変化を、現代の社会に与えている。

その結果知識の形成は、数年後には新しい商品とサービスをもたらし、結果として新しい社会をもたらす。そして今やどの国にも、どの産業にも優位性も劣位性もない時代が、現代の社会となった。

 経済の生産性の向上を優先しない国家がある場合、経営者や投資家は、国を超えて情報を集めて、判断し行動するのが当然になっている。

知識への投資;

この知識の形成こそが最大の投資先になっている事実を、平均を上回る成果を上げている経営者や投資家も、そして専門知識によって生活をしている人も、十分に理解している。一方この数年後には社会が一変する変化に、国内には気がつかない人もいる。

従って知識の投資が最大の投資となっている人と、そのような投資をしていない人と比較すれば、この平均を上回る成果を上げている経営者と一般的なサラリーマンや肉体労働者の違いと同じ程度に、情報力の格差はより一層広がっている。

(2)動機づけし、指示し、激賞する

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「教師の果たすべき役割は、動機づけし、指示し、激賞することである。教師はリーダーとなり相談相手となる。知識社会においては教科内容そのものよりも、学習継続の能力や意欲のほうが、重要でさえあるのかもしれない。

強みに焦点;

達成とは積み重ねである。達成とは上手に行えることを遥かに上手におこなえるようになることである。したがって達成とは生徒の強みに基づかねばならない。

しかし今日の学校も教師も、生徒の強みに焦点を合わせて、これに挑戦させることができないのである。」

 教師やコンサルタントの役割は、昨年私が出版した日めくり「楽しみながら」においても、ドラッカーの言葉のように、動機づけ、指示し、激賞のマネジメントを行うことになる。加えて、その役割は、意欲を高める環境やそのための人間関係を作りあげることである。

 なぜならば人は、ほかの人に会ってきた時間よりも、たとえ会う時間はわずかでも、動機づけし、指示し、励ましを与えてくれた人やその人の言葉を、一生忘れないし、それらの言葉に人は感動するからである。

 上手に行えることを遥かに上手に行えるようになって、それぞれの人が専門家になることの勧めである。そのためには、自分の分野得意を中心に生きるようにすることでもある。

  動機づけて、指示して励まして継続学習をして、自分の強みに早く気がついて、それに中心として生活を作り上げていく。

 このような環境を作り上げていかないで、社会には生産的に生きないで人生を否定的にみる人がどの分野にもいる。彼らは、批判ばかりに生きてエネルギーを生産的に使わない。

(3)、多様な専門知識を理解する能力

「専門知識を一般知識とする

今日、重要な新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれるようになった。

しかし専門知識を一般知識とするには、専門知識の所有者である専門家自らが、その知識領域を理解しやすくする責任を果たさねばならない。

専門知識それぞれについて指導的な地位にある者は、自らの知識を理解させる責任を負うと共に、そのための大変な作業を進んで引き受けなければならない。

専門知識を真理すなわち一般的知識への行路とすることは、

我々は、多様な知識に精通する博学を必要としていない。また事実そのような人間は存在していない。逆に我々は、ますます専門化していく。我々が真に必要としているのは、多様な専門知識を理解する能力である。そのような専門知識を持つ者が、知識社会における教育ある人間である。

      *「 」は、ポスト資本主義社会 ドラッカー著

専門知識を持つ者が求められているのは、博学を求めるのでなく、それぞれが専門知識によって生活をおくり、多様な専門知識を理解する能力である。そして新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれるようになったからである。

  ドラッカーは、経営において、動機づけ、指示し、激賞して継続学習をする大切さを説く。専門知識を持つ者に、多様な専門知識を理解することを進める。

 なザならば、新しい洞察は、全くの別の専門知識から生まれることを、ドラッカーは指摘する。従って、人は二つの専門的知識を持つことが生産的であることを勧める。

    

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3、新 将命 著「経営の教科書」

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(1)人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、

「勝ち残る会社になるために、それはせいぜい3~5パーセントくらいだろう。だから、目指す意味があるし、勝ち残る会社にしたいはずだ。

 ビジョンを信ずる人は、同時に儲ける人でもある。経営理念づくりとその浸透は、結果としてもうけにつながるのである。なぜか。人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、という生き物である。夢や理想やビジョンという使命感、価値観、があると、人は4倍大きな仕事をする。」

  *「」で特別に表示がないのは「経営の教科書」より

「経営の教科書」の言葉も、生産的に生きよ、と励ましを与えてくれる。

ランチェスターの法則のように、5%から7%の企業が勝ち残る。1000万円以上の所得を得る人も、社会の5%程度の人である。相当の収入がなければ、多くの人は只食べるためだけに一生を使ってしまう。相当の収入を長年得ている人でなければは、世界中の何に投資をするかなど考える余裕も浮かんでこない。

加えて、理想やビジョンがなくて、結果として信賞必罰が希薄な組織には、弛緩ムードが漂う。一見そのように見えないかもしれないが、協同組合、NPO組織などに、この弛緩ムードが漂うことが多い。なぜならそこでは、信賞必罰が組織で行われていないし、ゆえに人が成長する機会も体験することも少ない。

悪平等ムードがはびこる組織は、一見やさしい組織に見えるが、たくましさに欠ける組織では成果を生むことはできにくいし、そのような組の中に長くいれば、人は育たない。それゆえに、人を育てるのは、一部の企業である。人を育てる家訓を持った商人も昔からいる。

 そのためには、小さな改善と小さな成功体験を重ねて毎日の仕事をして、そのように生きるようにする。このような不断の努力がなければ人も組織も、たとえ30歳であっても仕事にチャレンジしようとしない習慣が身に付いてくる。

(2)修羅場をくぐって肥やしにせよ

「修羅場をくぐって肥やしにせよ

  大局観を身につける方法としては、修羅場をくぐることである。逆境を経験して乗り越えれば、人は大きく育つということである。経営学は本から学ぶことが出来るが、経営力はやってみなければ身に付かない。

 誰にでもすぐに理解できて、簡単に実行できることをして簡単に伸びた会社が一社でもありましたか?」

 ;大病を経験して、ようやくわかってきたことがある。それは、修羅場をくぐってそれを肥やしにせよ、の意味である。経営力は、自分でやってみなければ身に付かない。本も何度も読み返す本を持っていなければ、上記ゲーテの言葉のように自分のものにならない。

また自分が実現したことや未来に実現しようとすることを話すのも大切である。反対にリアリティイアリティのない人間は、他人のことばかりを話して時間をむなしく使っていく。

人間は、修羅場をくぐったがゆえにつぶれる人と苦労した体験を自分の肥やしにして伸びる人がいて、経営者や経営者になろうとする人は,間違いなく後者でなければならないという意味が、私はようやくわかってきた。

 それゆえに修羅場を体験することも、経営者の目を養うためには、必ずしも悪いことではない。

(3)自分に何ができるか、そしていつか辞める準備もしておく

  「誰かのせいにするのでなく、自分には何ができるのか、すべきか、という順番で考えること。

忙しいという口癖は、優先順位付けができていないサインである。

 誰にでもすぐに理解できて、誰にでも簡単にできることをやって、飛躍的に伸びた会社が一社でもありましたか?」

後継者を育てていなければ、その生き方はどんなに頑張っても50点」

意識が明晰な間に自分には何かできるか、すべきかを順番で考え行動することは、ほかの人でも簡単にできることをしようとすることではない。それは、自分のコア・コンピテンスを中心に生きることであるだろう。

それを中心に生活するとは、誰にでもできることをしないから、自分で自分をほめてやることであるし、高見さんが「本能知と理知」で金子みすずの詩「みんな違っていていい」のように、掛買のないそれぞれの生命を中心に生きることでもある。

加えて後継者を育てることは難しい。しかしそれをしなくては、仕事と人生においての達成を喜ぶ状態とは言えないだろう。そのために後継者を育てるためには、我々はいつまでも同じ仕事をしていてはいけないし、ある時期に仕事を辞めることも考慮しておかねばならない。

(4)経営という言葉の語源は、仏教の言葉で「人を育てる」という意味

「学ぶ心を持ち続ける

松下幸之助氏は、「わが社は人を作ります。それから物を作ります。」と言っている。経営という言葉の語源は、仏教の言葉で「人を育てる」という意味である。簡単にカットしてはいけないのは、研究開発費と教育研修費だからである。」

 学ぶ心を持ちつづけて、研究開発と教育研修に相当する費用を惜しまないで使い、自分の強みにエネルギーを振り向けるなら、必ず成果は生まれ来る。

そのためには、人生の師とも呼ぶ人との出会いが、いつまでも同じ状態にとどまる状態から目覚めさせさせてくれる。だから昔からある経営者は、教育者以上に学ぶ心を教えてくれる。企業が伸びるのは、誰よりもある種の経営者が、人を育てるからである。

(5)難問の対処法が創業者にはある

  小島さんから頂いたメールで、以下のような言葉があって、それは、

{業者と二世との違いで根本的な違いは、場数による難題の対処法です。

いろんな難題に直面しても逃げないで解決しようとする力が、創業者にはあります。}

  

大病を経験すると経営力を身につけることできることが、「経営の教科書」の中で指摘されている。経営力は、いくら言葉で表現しても説明できるものではない。それは同時に 多くの二世経営者が、経営力をマスターできない原因と表裏一体としか表現できない。

  そして「経営の教科書」においても指摘されているように、経営の問題の80%は人間の問題であることは、間違いはない。

 

 

(6)学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない

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「学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない

3人のメンターを持て

いつまでも謙虚さを失わない、傲慢に流れがちな気持ちを押しとどめてくれるのは、師と呼ばれる人をもつことにあるのだろう。」

学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない、この言葉は、生産的に生きて、生命の大きな樹の流れのもとで永遠の生命を得る生き方を暗示している。

  そうすれば、年とともにある人は賢くなり、ますますチャレンジすることができるようになる。ゲーテはこれを教えてくれる。

4、リーダーシップ論は、専門知識である(ゲーテ、ドラッカー、新 将命著「経営の教科書」の結論)

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(1)人は、今まで出会ってきて感動を与えてくれた人々の総和である(ゲーテ)

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他社と同じでない独自性や優位性は何か?これは企業も人も、かけがいのない自分でしか貢献できないものは何か、に早く気がついたときに、物心両面においていち早くそれに取り組んだときに、人に比べて優位性に立てる。

ゲーテによれば、人は結局、思った通りの自分になる。

その通りであってわたしとは、今まで出会ってきた人々の総和である

「いつまでに」という時間設定をすること、これがなければ、単なる願望であって終わってしまう。それでは人は生産的に生きることは出来ない。

頭脳がまだ明晰で只食べるために生きているのでなく、使える時間設定をすることができるからこそ、我々は、ある瞬間に永遠に生きることができる。

運がなければ死んでいたかもしれないという体験をしてあらためて、自分にはやるべき仕事があるという生き方を与えられたことを自覚するようになった。

 

(2)非営利組織で成果を上げようとする人も、リーダーシップ論を学ぶ

ドラッカー同様に宇宙超出学会で沢登先生の話を直接聞いて感動するのは、その著作が、

多様な学問を総合的にみる、根源的に生命を見ようとする挑戦であるからだ。

一方わたしはコンサルタントとしても、それまでは経営ことばかりで生きていた。

もちろんとてもさまざまな分野をマスターにする沢登先生のような能力は、私にはない。それでも今も「経営の教科書」は、リーダーシップについての名著である。

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(1)人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、

「勝ち残る会社になるために、それはせいぜい3~5パーセントくらいだろう。だから、目指す意味があるし、勝ち残る会社にしたいはずだ。

 ビジョンを信ずる人は、同時に儲ける人でもある。経営理念づくりとその浸透は、結果としてもうけにつながるのである。なぜか。人は大きな事を信じた時に、大きな仕事をする、という生き物である。夢や理想やビジョンという使命感、価値観、があると、人は4倍大きな仕事をする。」

  *「」で特別に表示がないのは「経営の教科書」より

「経営の教科書」の言葉も、生産的に生きよ、と励ましを与えてくれる。

ランチェスターの法則のように、5%から7%の企業が勝ち残る。1000万円以上の所得を得る人も、社会の5%程度の人である。相当の収入がなければ、多くの人は只食べるためだけに一生を使ってしまう。相当の収入を長年得ている人でなければは、世界中の何に投資をするかなど考える余裕も浮かんでこない。

加えて、理想やビジョンがなくて、結果として信賞必罰が希薄な組織には、弛緩ムードが漂う。一見そのように見えないかもしれないが、協同組合、NPO組織などに、この弛緩ムードが漂うことが多い。なぜならそこでは、信賞必罰が組織で行われていないし、ゆえに人が成長する機会も体験することも少ない。

悪平等ムードがはびこる組織は、一見やさしい組織に見えるが、たくましさに欠ける組織では成果を生むことはできにくいし、そのような組の中に長くいれば、人は育たない。それゆえに、人を育てるのは、一部の企業である。人を育てる家訓を持った商人も昔からいる。

 そのためには、小さな改善と小さな成功体験を重ねて毎日の仕事をして、そのように生きるようにする。このような不断の努力がなければ人も組織も、たとえ30歳であっても仕事にチャレンジしようとしない習慣が身に付いてくる。

(2)修羅場をくぐって肥やしにせよ

「修羅場をくぐって肥やしにせよ

  大局観を身につける方法としては、修羅場をくぐることである。逆境を経験して乗り越えれば、人は大きく育つということである。経営学は本から学ぶことが出来るが、経営力はやってみなければ身に付かない。

 誰にでもすぐに理解できて、簡単に実行できることをして簡単に伸びた会社が一社でもありましたか?」

 ;大病を経験して、ようやくわかってきたことがある。それは、修羅場をくぐってそれを肥やしにせよ、の意味である。経営力は、自分でやってみなければ身に付かない。本も何度も読み返す本を持っていなければ、上記ゲーテの言葉のように自分のものにならない。

また自分が実現したことや未来に実現しようとすることを話すのも大切である。反対にリアリティイアリティのない人間は、他人のことばかりを話して時間をむなしく使っていく。

人間は、修羅場をくぐったがゆえにつぶれる人と苦労した体験を自分の肥やしにして伸びる人がいて、経営者や経営者になろうとする人は,間違いなく後者でなければならないという意味が、私はようやくわかってきた。

 それゆえに修羅場を体験することも、経営者の目を養うためには、必ずしも悪いことではない。

(3)自分に何ができるか、そしていつか辞める準備もしておく

  「誰かのせいにするのでなく、自分には何ができるのか、すべきか、という順番で考えること。

忙しいという口癖は、優先順位付けができていないサインである。

 誰にでもすぐに理解できて、誰にでも簡単にできることをやって、飛躍的に伸びた会社が一社でもありましたか?」

後継者を育てていなければ、その生き方はどんなに頑張っても50点」

意識が明晰な間に自分には何かできるか、すべきかを順番で考え行動することは、ほかの人でも簡単にできることをしようとすることではない。それは、自分のコア・コンピテンスを中心に生きることであるだろう。

それを中心に生活するとは、誰にでもできることをしないから、自分で自分をほめてやることであるし、高見さんが「本能知と理知」で金子みすずの詩「みんな違っていていい」のように、掛買のないそれぞれの生命を中心に生きることでもある。

加えて後継者を育てることは難しい。しかしそれをしなくては、仕事と人生においての達成を喜ぶ状態とは言えないだろう。そのために後継者を育てるためには、我々はいつまでも同じ仕事をしていてはいけないし、ある時期に仕事を辞めることも考慮しておかねばならない。

(4)経営という言葉の語源は、仏教の言葉で「人を育てる」という意味

「学ぶ心を持ち続ける

松下幸之助氏は、「わが社は人を作ります。それから物を作ります。」と言っている。経営という言葉の語源は、仏教の言葉で「人を育てる」という意味である。簡単にカットしてはいけないのは、研究開発費と教育研修費だからである。」

 学ぶ心を持ちつづけて、研究開発と教育研修に相当する費用を惜しまないで使い、自分の強みにエネルギーを振り向けるなら、必ず成果は生まれ来る。

そのためには、人生の師とも呼ぶ人との出会いが、いつまでも同じ状態にとどまる状態から目覚めさせさせてくれる。だから昔からある経営者は、教育者以上に学ぶ心を教えてくれる。企業が伸びるのは、誰よりもある種の経営者が、人を育てるからである。

(5)難問の対処法が創業者にはある

  小島さんから頂いたメールで、以下のような言葉があって、それは、

{業者と二世との違いで根本的な違いは、場数による難題の対処法です。

いろんな難題に直面しても逃げないで解決しようとする力が、創業者にはあります。}

  

大病を経験すると経営力を身につけることできることが、「経営の教科書」の中で指摘されている。経営力は、いくら言葉で表現しても説明できるものではない。それは同時に 多くの二世経営者が、経営力をマスターできない原因と表裏一体としか表現できない。

  そして「経営の教科書」においても指摘されているように、経営の問題の80%は人間の問題であることは、間違いはない。

 

 

(6)学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない

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「学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない

3人のメンターを持て

いつまでも謙虚さを失わない、傲慢に流れがちな気持ちを押しとどめてくれるのは、師と呼ばれる人をもつことにあるのだろう。」

学べば老いても衰えず、死んでも朽ちない、この言葉は、生産的に生きて、生命の大きな樹の流れのもとで永遠の生命を得る生き方を暗示している。

  そうすれば、年とともにある人は賢くなり、ますますチャレンジすることができるようになる。ゲーテはこれを教えてくれる。

4、リーダーシップ論は、専門知識である(ゲーテ、ドラッカー、新 将命著「経営の教科書」の結論)

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(1)人は、今まで出会ってきて感動を与えてくれた人々の総和である(ゲーテ)

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他社と同じでない独自性や優位性は何か?これは企業も人も、かけがいのない自分でしか貢献できないものは何か、に早く気がついたときに、物心両面においていち早くそれに取り組んだときに、人に比べて優位性に立てる。

ゲーテによれば、人は結局、思った通りの自分になる。

その通りであってわたしとは、今まで出会ってきた人々の総和である

「いつまでに」という時間設定をすること、これがなければ、単なる願望であって終わってしまう。それでは人は生産的に生きることは出来ない。

頭脳がまだ明晰で只食べるために生きているのでなく、使える時間設定をすることができるからこそ、我々は、ある瞬間に永遠に生きることができる。

運がなければ死んでいたかもしれないという体験をしてあらためて、自分にはやるべき仕事があるという生き方を与えられたことを自覚するようになった。

 

(2)非営利組織で成果を上げようとする人も、リーダーシップ論を学ぶ

ドラッカー同様に沢登先生の話やその著作が、

多様な学問を総合的にみる、根源的に生命を見ようとする挑戦であるからだ。

「経営の教科書も、リーダーシップについての名著であるから、専門分野をもっている人に勧める。

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