本多静六博士の何処か常人の及ばない偉さ(585)


1、         若い時の時の貧乏と失敗

 

本多静六氏の言葉を、わたしの人生の師、メンターとしての教えとして、いつも読み返している。

彼の言葉、勤勉と努力によって常に前進していけば、より高き理想が次々と次第に表れてくることを、教えている。この勤勉と努力による前進から、すべてが始まる。

そのためは、失敗の経験をいつまでも得難い教訓にしていくこと伝えていくことから、繁栄の前進は始まる。その失敗をいつも思い出していくから、成長する人と企業を作っていく。そして、もしも間違いを見つけたならば、即修正して、なにであれ、即実行することにある。

 

いくら本を読んでも、それだけでは不十分である。失敗の得難い経験、友人や取引先などからのアドバイスを最大限に聞くようにして、加えて、人を見分ける力をつけるようにする。もし間違いを発見したのなら、修正との即実行する。これらができれば、どのような時代になっても、人はビジネスの世界で生き残り繁栄を実現できる。

我々の若い時の貧乏や失敗こそが、この富を築くための宝になっていくのである。修正と即実行することと時流の動きを読むという2つのことを第二の天性にしていく。それらが、繁栄するビジネスはスタートする。

私にとっても25歳くらいの時の失敗が、今は輝く宝石のような宝物になっている。その失敗が、発酵したワインのようになっている。25歳の時の失敗は、いつも輝いている。人はできるだけ早く失敗をすることの教訓でもある。

 

金儲けをしようとすれば、日本と世界中の時勢の動きを、自分の頭でいつも捉まえなければならない。この未来への洞察力、または時勢の動きを巧みにとらえる努力によって、ビジネスでの成功や金儲けが実現できる可能性が大きくなっていく。

2、         不思議な出会い

一方あまりに長くサラリーマンの生活を続けていると、時勢の流れに鈍感になってしまう。また、あまりに長く誰かに雇用され続けていると、この見えない時流の動きがわからなくなってしまう。

そして不思議な人との出会いを喜び、幸運の女神もほほ笑んでくれることに、感謝することにある。だれにも運の働きがあることも、祖先からの先天運そして自分の努力の働きがある。ギリシャ悲劇のソフォクレスによるオイディプス王のように、運命の悲劇が人生に訪れることもある。同時に見えない赤い糸で結ばれているような不思議な人の出会いや愛の出会いがあるから、一期一会を大切にする。

引き合う人同士の力も、あるだろう。反対に長く付き合っていても、そうでない人の関係もあるある。人は全く異なる環境で20年間生きていけば、過去に親しく見えた人であっても、違う世界に生きている人であることが分かり愕然とすると時もある。これらの発見も、また創造である

反対に、先日の日曜日に会いにきてもらった20歳から友人である税理士の友人の寺本達生さんや、先日法律の件でアドバイスをもらった高見優さんなどは、40年が過ぎても、社会に影響を与えるか、または貢献できるか、という同じ意識の世界に生きていることに、気がつく。わたしもどのような形で貢献するかを考える。不思議な人の出会いを、感じないではおれない。

この不思議な人の出会い失敗の記憶をいつまでも大切にする。そして時勢の動きを味方につけて、先見力を育て、人を見分ける力を育てる。不撓不屈の精神をもち続けて、時代の流れを読むことは、空白のマーケットのような変化こそが、われわれの味方にするものであることを今一度心に焼き付ける。

 

 

3、         どこか及ばない偉さ

不正でない方法で金儲けができる人や企業には、どこか及ばない偉さがある人を正直に認めて、そして、賞賛する。このすぐれた人や企業を褒めたたえて、その良いところを常に学ぶことである。その人をメンターにする。

一方金儲けを悪く言う連中には、金儲けしそこなった連中の嫉妬が潜んでいる。先日来られた二人の人も、偶然、嫉妬について同じ話をしていた。嫉妬を深くもっているような人たちは、卓越した状態になることができた人を尊敬しない。そして、そのような人たちは、不正でない方法で金儲けができた人から学ぼうとしない。

多くの人が不正でない方法で金儲けをした人から学ぼうとすることである。

変化の激しい時代において、優れた人やすぐれた企業を素直に称賛する。そのあとで多くの金持ちや何かを達成した人や企業は、社会への貢献を考えるものである。

「金のあるところには、様々な知恵が集まり、続々よい投資口、面白い投資口が出てきて、やたらに金が増えるものである。

いかに学者であっても、本人自身に相当資産ができないような人には、どこかに欠点があるのだから、相談してはいけない。」

本多静六著「自分を生かす人生」

これは学者だけでなく、誰にもある年齢になった人で、いまなお貧困の生活をしている人には、どこか欠点がある、とも表現できる。これは、人を見分ける力にもなる。そのような人には、相談もしてはいけないのである。

最も考えられる不幸の原因は、我々の心深く根差しているのが、この嫉妬なのである。いまだに結果の平等を求める政党がある。彼らは、何かを達成したあとで、社会に貢献する人などを褒めたたえることはしない。人は、どこか及ばない偉さがある人や卓越した企業家から学ぶかどうかである。

 どこか及ばない偉さのある人や企業から、どこか及ばない偉さを学ぶことである。しかし同時に単なる人まねではだめであること、自戒しなければならない。

本多静六氏の言葉、

高き理想、最後まで働こう、常人の及ばない偉さ、時勢の働き、人まねではだめ

「どんな小さな理想(一歩前進)でもよろしい。

それがひとたび実現すれば、

もはやそれはその人の人生の現実となる。

しかもその現実を土台にして

より高き理想が現れてくる。

 

私の肉体はいつか滅び去るであろうが、

私の思想と事業は、永劫に伝わり

永久に生き残ると信じて、

最後まで働こうと決意したのである。

世の中で、一番ありふれて

一番真剣なのが

金儲けの道である。

不正でない方法、不正でない努力で、

金儲けに成功できるものは、

どこか常人の及ばない偉さがあると私は信ずる。

金儲けは金儲けとして、あらゆる人が与えられたすべてのチャンスを掴めるのがよい。自分の頭で、時勢の動きというものを捉えていかねばならない。単なる人聞き,人まねでは絶対だめなのだよ。

金儲けに成功したのを悪くいわれるのは、金儲けしそこなった連中の嫉妬からじゃよ。」

  ;本田静六著「私の生活流儀」実業の日本社発行より

4、        まとめ

  メンター

失敗の経験を学ぶ

  即修正、即実行

  人を見分ける力

  幸運の女神

  先天運

  どこか及ばない偉さを学ぶ、人まねではだめ

 

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