Archive for 12月, 2011

ルネシャ―ル(598)


Ⅰ、責任や決断を避けてきた人

 

 

悲しことは、曽野綾子さんが何かの本で書いていたが、人はある人への尊敬をなくすということである。それは、その人との付き合いが終わるということである。尊敬ができなくなったある人は、永い間、サラリーマンとして生活し、およそ責任や決断と言うものを避けて生きてきた人であった。

 

あまりに長くサラリーマンをしていると、決断する時に初めて意識していく自由と言うものを、人は忘れてしまう。さらには、友人が主催しているお金学で、「5つの才能」と言う本の書評で、生涯年収を意識することの大切さが述べられていたが、その年収の違いが、人のものの見方をすっかり変えてしまっていた。

 

私は最近必ず人から受けた好意にはお礼の手紙を出してきたが、その人は、責任を引き受けない人であることや、あいさつの言葉や受けてきた好意へのお礼の言葉を表さない人であった。その結果、繁栄とは遠い世界で生きている。

 

 

2、励ましてくれる友

 

 

一方、先日センゲの「学びあう仲間」について、友人のMさんからメールが届いた。このセンゲの文章は、最もわたしに今年影響を与えた。学びあい、インスパイアして、チャレンジするようにとお互いに励ましあう友人ほどに、貴重なものはない。

 

小さな挑戦であっても、それは、スポーツマンや経営者にとっては、得難い体験になる。

以前に「経営の教科書」でも少し書いたが、大病は経営者にとっては、成長になくてはならないものかもしれない。だから、そのうちに「経営の教科書」を全面的に書き直す予定である。

 

挑戦することを励ましてくれる友人がいるからこそ、挑戦する勇気が出てくる。励ましてくれる友や、応援してくれる人がいることに、深く感謝する。その前には、涙が出てくるほどの悲しみの海を、人は渡りきらなければならない。悲しいことの後で、べ―トーベンの歓びの歌を、人は歌うだろう。

 

江戸の繁栄について、597「森と木を見る」で書いた。江戸時代は、平和で、上下を富ますことであり、中央集権官僚国家でなく、地方分権が行われていた。これから地方主権の復活が関西から行われようとしている,

 

選択をするから人は、自由を感じるようになる。選択を避けた人は、繁栄を実現できない。そして繁栄は、辺境や地方から生まれて来る、東京の中央集権でなく、地方分権の時代である。複雑な問題を処理する個人や、限りなく地方分権の社会と人にしか、もはや処理できない時代である。

 

 

3、ルネ、シャ―ル

 

 

「英語研究者のために」田中菊雄

「人生の大いなる喜びを味わおうとすれば、すべからくその大いなる苦しみに徹し、それを乗り越えねばならぬ。苦難を負うことを持って喜びとしなければならぬ。限りある身の力を試さんことを祈願すべきである。」

 

A.、オスボーン

「臆病は、創造的な試みに乗り出した後に、我々を立ち止まらせる小鬼でもある。勇気を持つことである。その勇気を不敵さままで高めれば、なおよい。」

 

ルネ、シャ―ル

 

 

ルネ、シャ―ルは、わたしの23歳くらいのころから最も好きな詩人である。

愛するためにだけ、身を屈するがよい、そしてひまわりに心を委ねる人は、家の中で瞑想にふけりはしないだろう、これらはもっと好きな詩である。

 

「眠るがよい、絶望したものたちよ、

やがて朝が来る、冬の朝が、

 

「詩は再び資格をえた人間の内部に宿る、未来の命

僕たちにはガラス窓を破るほどの生き吹きが必要だ。しかし僕たちには堪えていることができるような生き吹きこそ必要なのだ。

詩は人間を守り、人間を孤独で多様なままに、

敵対する諸力に向かって立たせ、全くうちひしがれてしまわないようにする

 

ひまわりに心をゆだねる者は、

家の中で瞑想にふけりはしないだろう

 

愛するためにだけ、身を屈するがよい

たとえ死んでも、君は愛している

 

永い間一人で泣くことは、

何かへと導く」

 

 

4、一年使える利休箸

 

 

この文章は、新商品の説明として書いたが、都合により未だ販売されていません。しかし、京の祝箸へぎ入りは販売されているので、江戸時代からの日本文化を今一度正月に振り返り、繁栄を実現したいものです。

 

以下の文章は,江戸の平和、繁栄の知恵、を振り返り、皆様が繁栄の橋を渡ることを期待して祝箸を使われることをお勧めします。BSアクアの京の祝箸へぎ入り を、祖先の江戸の知恵を思い出すためにも、お勧めします。563「京の祝箸」 で、詳しく説明をしています。

 

http://www.bs-aqua.co.jp/waribashi/kyou_iwaibashi01/index.html

 

以下を読んでいただいて、正月に使うお箸の所以が分かれば、幸いです。

 

│一年使えるバラ利久箸│ durable rikyu chopstick

 

■お箸にはハレのお箸とケのお箸があります。

There are two kinds of  chopsticks used in festival or New year days
and in usual every  day.

「ハレ」とはお祭や、お正月など特別な日の事です。

「ケ」とは日常の日の事です。

 

■「ハレ」のお箸とは中太両細の形で両口箸です。

*ハレの箸は神人共食の思想の考え方で

細くなった片方を神が用い、もう一方を人が同時に使う。

という白木の両口箸。

お正月などの柳箸は祝箸などがその代表です。

The chopsticks used in festival or
New year days is Chuboto-ryouboso style chopstick.

 

This chopstick  is thicker in the middle and slim cut ends of
it. Each  corner side of it is  made round.

It is said that Japanese gods use
at one end of it and a man use at the other end of it.

Yanagi or Willow chopsticks are used in
festival days.

 

■「ケ」のお箸とは「天太先細」の片口箸です。

*個人専用の食事の為の道具だからなのです。

Ordinary chopstick is used as
follows.

This chopstick  is thicker in the middle and slim cut ends of
it. One corner side of it is  made round.

 

「ハレ」のお箸に千利休が茶懐石に用いる為に考案した「バラ利久箸」があります。

*バラ利久箸は「らんちゅう」とも呼ばれています。

There is Rikyu chopsstick which
Sen-Rikyu used  at Chakaiseki dishes.

 

このハレの箸で使い易い「バラ利久箸」を1年ほど使えるお箸にしたいと考えて

長く使える加工を施した「一年使えるバラ利久箸」です。

We think the chopstick used in
festival days to use for a long time.

We improves it into long durable
chopsticks.

 

「一年使えるバラ利久箸」は毎日3度使用したとして、使用方法にもよりますが、

およそ1年以上使用できます。

If you use this chopsticks 3times
a day everyday,you can use them  more
than a year.

 

お世話になった貴方に是非一度使ってほしいと作ってみました。

I appreciate  you to
use it.

 

ご使用ください。

I hope you can use it all year round.

 

もちろん、全て日本で加工の国産品です。

Of course, all is prosessed in
Japan.

 

翻訳:藤田悦史

Translated by Etssuhi Fujita

ビーエス・アクア有限会社

ビーエス・アクア
limited company

 

年一年文化と達成を読んでいただき、ありがとうございました。繁栄が訪れる新年でありますように。

森と木を見る2(597)


5、翻訳と日本文化

 

 

仏教、本当の教え」において著者の植木雅俊さんが、壮大な伝送ゲームの果てに、インド、中国、日本の仏教がいかに異なるのかを、説明している。そして日本文化の特質や富永仲基も、取り上げている。

 

中国語からの仏教が、仏教を分かりにくくしている。 また翻訳は、様々な国の文化を理解することなくては、十分に伝えることはできない。日本文化としてこの著者は「日本の仏教は、最初から国家のためと言う鎮護国家で始まった。

 

日本において個人は集団の中に埋没しやすい。そういうところからは、独創性はなかなか受け入れられない。一方、インドでは「現象よりも普遍的実在を重視するためか、歴史のような現象的な事柄に対する関心は、希薄なもとなる。」と言う日本文化の特徴があると指摘している。

 

翻訳は、その原著の意図とその国の文化的背景を翻訳者が十分に理解しているときにのみ、国を超えて伝えることが可能になる。そしてふさわしい単語がある国にない場合、翻訳できない表現もあることも、認めておかなければならない。

例えばバートランドラッセルの「幸福論」を英語で読むときに、その簡潔な文書を味わうことができるが、日本語のそれは、分かりにくいことに、誰もが気がつくだろう。このように中国語の漢字への翻訳が、仏教を分かりにくくしている。

 

前回に書いたようにイノベーションは、辺境から生まれてくる。それは大阪の知事、市長選挙であった。また、ブータンの国王、王妃のレセプションの言葉から、幸福の意味を見直す機会にもなった。日本の場合、西の地域や国から、イノベーションが起こってくるのは、間違いんない。

 

 

6、口頭で読みあげて、伝わる日本語

 

 

中国語への翻訳からわかりにくくなった仏教でなくて、仏陀の言葉を読む。そして改めてイノベーションは、西の辺境から生まれることが分かれば、ブータンの幸福とは何かと、本当の仏教は何かなどを、今一度私たちに教えてくれる。

そして外国の文化を理解して、そのような外国の人達との絆を強めて、ブータンを支援するのが日本であるだろう。

 

日本語を書くためには、いつでも外国人にも理解できるわかりやすい日本語を使う必要がある。口頭で読みあげて、伝わる日本語を書いて、使う必要がある。いつも翻訳できる日本語を使っていないと、表現も考え方も混乱していくのである。

 

国によって違う文化の違いが、判断や選択の違いを生み出している。世界的に普遍的なこともあるが、文化が異なると、違いを生むことも理解する。これを理解しておかないと、日本語ででも私たちが普段伝わりにくい表現を使っていることも、気がつかなくなる。

 

わかりやすい表現を使わないと、伝言ゲームの果てが作り出すのは、富永仲基が偽りと指摘した大乗仏教のように、大乗仏教は釈迦の教えとは異なる。シ―ナアイエンガ―が言うように、国の文化の違いによって、人が選択することも違ってくるのである。

 

 

7、江戸時代には、平和と繁栄の知恵がある。

 

 

童門冬二さんの「江戸のワイロ」を、友人のお金学http://okanejuku.blog92.fc2.com/ で紹介されている。読んでいくと、そこには、250年の平和の時代、特に田沼意次の重商主義には、繁栄の知恵が眠っている。

Ⅰ、花と実を分けて、名誉と実益を分ける知恵は、公務員の所得を高めないことです。

2、江戸時代の経営学者である海保清稜の 上下を富ます ことです。一方に偏る時、国は衰退します。

3、江戸時代の建築業者である川村瑞賢 の生業の道 を与えることです。雇用の機会を作ることです。

4、お金持ちにお金を使わす ことです。

ワイロはチップのように考えて、あまり清潔な政治を目指さないこと事かもしれない。これは大人の哲学であって、若者や女性にこびるのでなく人間の本質を忘れないこと、森と木を見ることである。革命でなく、さまざまな異邦人を歓迎する、少しずつ進化する右肩上がりの社会を目指す。

 

花と実を分けたからこそ、250年の平和を実現できた。昔はわたしも田沼政治を悪くとらえていましたが、今は、むしろ重商主義の田沼政治は、人間の本質を掴んでいることが理解できる。

上下を富ますことである。どちらかのブループに偏ってはいけない。アメリカと日本では、パレートの法則が支配している。経済成長と社会の平等や中間層を増やすことである。が,富ますのは、官僚ではない。富を作るのは民間である。

 

政府によるばらまきでは、成長につながらない。この隙間をついて、維新の会の地方自治が中央集権国家を変えるかもしれない。

 

ユーロの経済力を支配しているのはドイツである。ドイツはユーロ諸国から利益を出しているから、ドイツもそれ以外の国もどちらも、離れることはできない。日本でも北海道や沖縄の問題も同じである。地域的にも南北を富まさねばならない。

 

雇用の機会を増やすことである。そのためには、アメリカの相場と比べても、最も下落している日本の株式相場を上昇させることである。そのためには、円高に無策で、選挙によって選ばれていない日銀首脳を解任する権限を内閣に与えることである。そして老人ばかりが目立つ日銀を、若手に任すことである。

8、花と実

 

 

若い時には実、即ちある程度の経済力を達成できなければ、屈折した嫉妬や憎悪が心に住みついてしまう。いつまでもお金に使われる人間になってしまう。

一方、老いてきたときに、花、すなわち名誉を取らなければ、後に何も生命という大きな樹に残すことができない。

言い換えれば、20代や30代で実、すなわち経済力を取ることである。

又良寛のような愛と笑いのマスターが、年老いてきた時にふさわしい。やはり普通の人には、経済的なそして精神的な両方の繁栄が望ましい。

何事も抽象的に考えるのでなく事例でもって考える時に、具体的にわかるようになる。政治家の本質は周旋屋である、意思決定できない政治家は、社会に閉そく感を与える。複雑さを見るには森と木を見ることである。

上下を富まし、官僚を富ますことや特定の階層につながる政治家を富まさないことに、政治の本質がある。本来自分の努力である程度成功した人間でなければ、政治家の多くはいずれかの組織に近づき、そこから利益を得ようとする人達に、政治家はなっていく。

徳川家の安泰でなくて、270年の江戸時代の平和と繁栄の仕組みの知恵を見習う。そして上下を富まそうとするエネルギーが、現代の政治からは、なにも見えてこない。むしろ、この平和と地方自治による繁栄は、辺境や東からイノベーションが生まれてくると言う新しい現実が見えてくる。

 

社会主義には、憎悪や嫉妬が潜んでいる。またお金持ちが喜んで楽しくお金を使うような政策をすることによって、世界中のお金持ちが日本に集まるような地域を、まず関西に作ることである。部分的には韓国がそうしている。それを関西やほかの地域でして、活気を呼び戻すのである。

 

森と木を見るときに、違った世界が見えてくるのである。これらが今も変わらぬ政治の要諦です。そしてもっともっと270年間続いた江戸時代の平和と繁栄の知恵を学ぶ事です。

 

それゆえ、難解な事を洞察する力をつけるには、森と木を見ることである。事例や歴史やビジョンをもって、頭脳の思索の暴走を防ぐようにする。複雑に見えるものを洞察力でもって見る事であり、森と木を同時に見るようとする能力を高めていくことである。

 

そこでは、人間の本質として、選択する自由と中庸が生かされてくる。そこには、未来と希望と友情や笑いやユーモアがある。そこでは、複雑な問題について洞察力をもって、森と木を同時に見るとビジネスの哲学がいるのである。

 

我々は、選択する自由をもとめて生きる生物である。改めて問うのは、集団に埋没していく日本の文化の中で自由に向かっての個人の行動である。

 

森と木を見る1(597)


機関誌宇宙超出55号、56号の沢登佳人先生の論文「私はこのような思索を重ねて、宇宙超出と言う生命の実体にたどり着いた」を読んだ。そこに書かれていることは、物質の生成と生命の役割と人権の問題の3つに要約できる。この文章への意見として、以下を書いた。

 

これら3つの問題については、私は3つの要約のとおりであると考える。加えて、この論文で言及されていない大切なことを、今回まとめた。その詳細は、この一年間にわたり、人は何に貢献できるのか、そのための私は誰?など、経営に関する文章を、文化と達成にて書いてきた。

 

文化と達成では、592,「新リーダーシップの真実」593、「仕事に没頭」595「信頼,」596「学びあう仲間」などで、世界での最新のビジネス書を紹介してきた。「学びあう仲間」では、一生学び続ける人は、繁栄を実現して、それを持続でき、成長し続ける、などは、私の考えである。

http://wocmbus.com/

 

1,習得すべき5つの能力

最初に思い出すのは、ドラッカーが習得できるし習得せよとする能力、つまり、誰もが習得すべき5つの能力である。

「3分間ドラッカー経営学の巨人の名言、至言」「経営者の条件」より、上田惇生 立命館大学客員教授より引用

 第1が、時間を管理すること、つまり、何に時間を取られているかを知り、残されたわずかな時間を体系的に使うことである。

 第2が、世の中への貢献に焦点を合わせることである。すなわち、成果に精力を向けることである。

 第3が、自らの強みに基準を据える生き方をすることである。上司、同僚、部下についても、強みを中心に生活と生き方を据えることである。

 第4が、力を集中することである。優先順位を決め、それを守ることである。

 そして第5が、成果をもたらすよう意思決定を行なうことである。

タイムマネジメントをすること、そして貢献していくためには、人は成果を上げるようにすることである。自分の強みを中心に生きること、そして集中すること、そして同時にリラックスすることをマスターすることにある。

これら5つは、どのような仕事をしていても、生産的に生きていこうとする人は、誰もが習得して、マスターすることである。そして人は、自分で選択する人生を選ぶことによって、自由を感じるようになる。人は自分で選択するときに、初めて、自由と幸福を手に入れるのである。

 

2、選択することによって、人は自由と幸福を感じるようになる

 

 

意思決定は、人間の選択の問題である。何のために選択するのか?それについては、NHK教育テレビの番組、コロンビア白熱教室で、ビジネスの教授であるシ―ナアイエンガ―が、現在選択について詳しく講演されている。「選択の科学」

 

自分で選択する人生を選ぶことによって、人は自由のありがたさと幸福を得るようになっていく。今の生活よりもよりよき明日のために、人は選択をするのである。彼女が説明するように選択によって、人間でもほかの動物であっても、自由のかけがえのなさを感じるようになり、最もストレスが少ない生き方を悟るのである。

 

自分で選択することから見えてくる生き方は、山の頂上にたどり着いた時に見える景色のように、自分でしか貢献できない方法でもって、貢献する形が見えてくるからである。それは、ストレスの少ない生き方であり、幸福を感じる生き方である。

 

しかし、社会主義や官僚が支配する選択の自由がない国や社会では、また自分で仕事を選択したことがない人には、このような選択によって獲得する自由と幸福は、見えてこない。

 

経営学とは、事実に裏付けされた、従って事例に基づいて説明されるべき分野であるから、事例に基づいた話をするようになり、ビジョンによって未来を見ようとする方法が効果的な分野である。

 

経営学の最先端は、596「学びあう仲間」で紹介したような、センゲの学びあう組織や仲間と一緒に、未来を作りあげる分野である。彼の経営学は、成長に関する最先端の科学を採用して、お互いが学びあうチームの勧めである。

 

学びあう仲間は、スポーツチームジャズの演奏者から学ぶ世界であって、挫折からの克服を学ぶ世界である。でもこれは、日本では十分に伝わっていない。経済的に、または精神的な繁栄の実現することと筋肉の働きをスポーツから学ぶ3つは、とても重要である。

 

経営学は、歴史からの立派な商人から学ぶ世界でもある。また行動する人間は失敗をすることから避けられないので、リーマンショックや今進行しているユーロ危機などからリスクマネジメントを学ぶ世界でもある。

 

歴史や事例から学ぶ世界が経営であるから、経営は、すでにおこっている事実が指し示す以外からユートピアを求めようとしない。経営は、ドラッカーがジャーナリズムから出発したように、事実を観察して、人間の失敗や選択の意味を学ぼうとする分野である。リアリズムを大切にして、そして成功を求める分野である。

 

 

3、自分でお金を作り出すというアイデア

 

 

いくら高学歴であっても、社会のシステムに乗って生きていく人や、官僚として長年生きる人では、自分の才覚を頼りにして、未来を見る力やビジョンを見ることができる力は、生まれてこない。

 

戦前も今も、エリート的な人は、国を滅ぼしてきたし、これからも滅ぼそうとしている。反対に、血みどろの実践体験から生まれてきた人の、お金を作り出すアイデアや様々な人の実践体験には、リアリズムがある。しかし、日本の官僚性には、がん細胞のような病根がある。

 

官僚のような人のある人には、すべてではないが、自由と幸福、そして繁栄を実現する力も生み出すことができない。繁栄を実現する人は、自分の自由によって、選択する人である。ティナ.シ―リグが言うように、選択をして失敗を重ねる体験から、ビジョンが生まれてきて、やがて成功は生まれてくるのである。

 

成功や繁栄の実現には、自分の力でお金を作り出すという勇気が、なくてなくてはならない。そのためには早い年齢の時に、多くの群れから抜け出す準備と行動が、求められる。しかしこのリーダーシップを教えてくれる場所は、日本では少ない。

 

繁栄とは、精神的と物質的な繁栄の実現である。そのためには、社会や経済の世界中の動きを学び、早い年齢から行動しなければならない。現在は3年間で、すっかり経済は変わってしまう時代である。

 

世界中のお金持ちの行動と貧しい人の行動を観察していく。お金持ちとしてのドイツがどのように行動するかを注目していくことである。一方ブータンのような国に、幸福があるのかもしれない。

 

お金持ちがしなければならないのは、本多静六博士が言うように、貧乏な人ではできない高邁なことをして貢献することにある。もうすぐ12月、来年の動きは、12月にすでに始まっている。来年は今年と同じではない。

 

4、どこまでも官僚にコントロールされる日本、

 

 

歴史を振り返っても、いまほど官僚制が強くなった時代と東京中心の中央集権となっている時代は、現代以外にない。それでも11月27日の大阪での知事と市長選挙は府、知事は、大阪であるからこそ、様々な組織に利益を運ぼうとする政党に、衝撃を与えた。

間違いなくイノベーションは、辺境から生まれてくる。世界の辺境や、日本の辺境から、イノベーションは生まれてくる。

 

官僚的な人やエリート的な人達は、富を創造しない。しかし自由と繁栄や幸福を実現してきた人でないと、どのような社会を作ればよいのか、が見えてこない。官僚がコントロール日本では、ギリシアに日本がなってしまう危険が今そこにある。

 

経営学は、人間の成長の可能性や,または社会の繁栄や幸福を、深めていく分野である。このような人間の可能性を深めていく中で、人権の問題をより生産的に捉えることができる。この官僚性が、日本社会の最大の問題である。

 

江戸時代の270年間続いた平和と商人の知恵の絶妙さを見直していくことから、社会主義的な政策による社会の衰亡を防くだけでなく、繁栄と幸福の鍵を見つける事ができるようになるだろう。

 

(つづく)

学びあう仲間2(596)


5、仲間と一緒に学ぶ

仲間と一緒に学ぶことには、3つの次元がある。第1に複雑な問題について洞察力をもって考える必要があるということ。それは、仲間は、一人の心よりも多くの人の心を統合することによって、さらに知的になる事を学ぶためである。

仲間と一緒に学ぶという可能性は、この多くの人の心を統合することによってである。そのためには、いかにアプローチするかを学ぶことである。そうして、もっともっと知的になることができるようになる。

第2にイノベイティブでコーディネイトされた行動のためには必要なことがある。

それはスポーツチームのチャンピオンチーム、または偉大なジャズアンサンブルに学ぶことである。によって、このようにスポーツとジャズのチームに学ぶのである。

あらゆる組織での卓越したチームになろうとする人は、このようなスポーツチームの仲間の関係から、もっともっと学ぶことができるのである。

それはオペレイショナルな信頼で、各々のメンバーがほかのメンバーのことを意識的に考えているか、ということを学ぶからである。

われわれが、他の人の行動を補う行動をすることに信頼しているか、ということである。前回のような信頼があれば、わたしたちは、ほかの人を補う人間になることができる。

第3は、仲間のチームメンバーには、役割があると言うことである。それぞれの人に役割があることを学ぶのである。

チームは、たいていの上級レベルのチームから学んでいる、ということである。このように学ぶチームは、ほかの学ぶ仲間やチームを育てているのである。

 

 

6、変化に導くためのモデル

 

 

反省することは、開かれた心に特徴である。その第一ステップは、深く聞くことと本当の会話からである。これは言うに易く行うに難しい。なぜなら、練習をマスターしている人が知っていることは、喜んで自分自身をオープンにすること、なぜなら、オープンにすることは傷つきやすいことを知っているからである。

学ぶチームを作るためには、困難な仕事を引き受けるように人を駆り立てていくという明らかな特徴がある。ある人は、いかに乗り越えて変化に導くかのためのモデルを人は探そうとしているからである。

学ぶ仲間を作ろうとする人は、喜んでもっと困難な問題に取り組むためには、心地よいゾーンを超えて、危険を冒してしようとする。勝利のために失敗をさえ喜んでしようとする人が求められている。

最も重要なことの追求に生きようとするならば、大切にする友情をシェアする人と一緒に仕事をしようとするならば、人は幸福を手に入れることができるようになる。

この意味において、幸福は、人生の副産物である。幸福は、友情をシェアする人や共に学ぶ人を、やる気にさせるのである。

 

 

7、まとめ

1)
Integrating learning and working. 学ぶことと仕事を一緒にする

 

仕事にかかわることができて、精神的に学ぶことと反省を統合する文化は、よき意思決定の道を、私たちに開いてくれる。仕事が遊びであるようにする。その道は、人が本当に仕事にかかわり、学ぶことと反省をすることからである。

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2). Creating practice fields. 練習する場をつくる

 

練習の場のアイデアとは、練習する機会なしには、何か新しいものを学ぶことは、全く難しい、という事を教えてくれる。

3). Connecting with the core of the business.ビジネスの核とつながっている。

チームに根を張っている練習と新しいアイデアが、肥沃な土壌にならなければならない。成功する学びの練習をする者は、どのようにチームの核につながっているかを学ぶ。

深いレベルの個人仲間とのアイデンテティ、そしていかに自然と生き物に学びチームは価値を作っていくか、ということである。

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4). Building learning communities. 学び続けるコミュニティを作り上げる

 

意味のある質問や願望がチームのエッセンスとつながるときに、コミュニティは発展していく。新しい学びあうコミュティとネットワークの関係は、共通の意味、共通の目的をもつことを基礎とする。それが、リーダーの戦略と結果となっていく。

私たちは、作り上げていかなければならないのは、この学び続けるコミュティである。

5).Working with “The Other.” ほかの人や外国人と一緒に仕事をする

この仲間を構成する人の多様性が、リーダーにとって成功に導くカギとなる、政治的な正しさや感情をこえてである。だから外国人を仲間にするのである。

8、自然とともに

生命の歴史から自然と生き物のパタンを学び、それを応用することが、学ぶことの、すべてのイノベーションの底辺に浸透していくようにしていくことである。

経営者が企業を発展させるための変化のためのコアプロセスとしては、学ぶ人にかかわっていくことである。

 

それは、人間の性質としての洞察の反省のプロセスにかかわっている。

人間として成長したいという生まれつきの願望、とお互いの関係と言う関係を強めると言う、この成長と絆を強くするこが、変化のためのコアプロセスである。

学ぶことに関して仕事の基礎になっている第1の原理は、自然と一致したマネジメントのシステムを発展させていくことである。この人間においてもっと基本的に駆り立てることを学ぶことである。

次の10年で最も重要なリーダーの多くは,境界から生まれている。伝統的な権力の中心からでなく、文化的な、経済的な,人口動態から、女性、貧困者及び若者、辺境の地域から生まれている。

それは自然と一致した、人間の性質、より大きな生き物のシステムと一致したマネジメントのシステムである事を知る。我々の最も高い望みを実現させる方法とは、それは、共に働くことである。

決して止まることのなく、私たちは,一緒に学びあい、仲間と絆を強めるという状態を、作り上げることである。