ルネシャ―ル(598)


Ⅰ、責任や決断を避けてきた人

 

 

悲しことは、曽野綾子さんが何かの本で書いていたが、人はある人への尊敬をなくすということである。それは、その人との付き合いが終わるということである。尊敬ができなくなったある人は、永い間、サラリーマンとして生活し、およそ責任や決断と言うものを避けて生きてきた人であった。

 

あまりに長くサラリーマンをしていると、決断する時に初めて意識していく自由と言うものを、人は忘れてしまう。さらには、友人が主催しているお金学で、「5つの才能」と言う本の書評で、生涯年収を意識することの大切さが述べられていたが、その年収の違いが、人のものの見方をすっかり変えてしまっていた。

 

私は最近必ず人から受けた好意にはお礼の手紙を出してきたが、その人は、責任を引き受けない人であることや、あいさつの言葉や受けてきた好意へのお礼の言葉を表さない人であった。その結果、繁栄とは遠い世界で生きている。

 

 

2、励ましてくれる友

 

 

一方、先日センゲの「学びあう仲間」について、友人のMさんからメールが届いた。このセンゲの文章は、最もわたしに今年影響を与えた。学びあい、インスパイアして、チャレンジするようにとお互いに励ましあう友人ほどに、貴重なものはない。

 

小さな挑戦であっても、それは、スポーツマンや経営者にとっては、得難い体験になる。

以前に「経営の教科書」でも少し書いたが、大病は経営者にとっては、成長になくてはならないものかもしれない。だから、そのうちに「経営の教科書」を全面的に書き直す予定である。

 

挑戦することを励ましてくれる友人がいるからこそ、挑戦する勇気が出てくる。励ましてくれる友や、応援してくれる人がいることに、深く感謝する。その前には、涙が出てくるほどの悲しみの海を、人は渡りきらなければならない。悲しいことの後で、べ―トーベンの歓びの歌を、人は歌うだろう。

 

江戸の繁栄について、597「森と木を見る」で書いた。江戸時代は、平和で、上下を富ますことであり、中央集権官僚国家でなく、地方分権が行われていた。これから地方主権の復活が関西から行われようとしている,

 

選択をするから人は、自由を感じるようになる。選択を避けた人は、繁栄を実現できない。そして繁栄は、辺境や地方から生まれて来る、東京の中央集権でなく、地方分権の時代である。複雑な問題を処理する個人や、限りなく地方分権の社会と人にしか、もはや処理できない時代である。

 

 

3、ルネ、シャ―ル

 

 

「英語研究者のために」田中菊雄

「人生の大いなる喜びを味わおうとすれば、すべからくその大いなる苦しみに徹し、それを乗り越えねばならぬ。苦難を負うことを持って喜びとしなければならぬ。限りある身の力を試さんことを祈願すべきである。」

 

A.、オスボーン

「臆病は、創造的な試みに乗り出した後に、我々を立ち止まらせる小鬼でもある。勇気を持つことである。その勇気を不敵さままで高めれば、なおよい。」

 

ルネ、シャ―ル

 

 

ルネ、シャ―ルは、わたしの23歳くらいのころから最も好きな詩人である。

愛するためにだけ、身を屈するがよい、そしてひまわりに心を委ねる人は、家の中で瞑想にふけりはしないだろう、これらはもっと好きな詩である。

 

「眠るがよい、絶望したものたちよ、

やがて朝が来る、冬の朝が、

 

「詩は再び資格をえた人間の内部に宿る、未来の命

僕たちにはガラス窓を破るほどの生き吹きが必要だ。しかし僕たちには堪えていることができるような生き吹きこそ必要なのだ。

詩は人間を守り、人間を孤独で多様なままに、

敵対する諸力に向かって立たせ、全くうちひしがれてしまわないようにする

 

ひまわりに心をゆだねる者は、

家の中で瞑想にふけりはしないだろう

 

愛するためにだけ、身を屈するがよい

たとえ死んでも、君は愛している

 

永い間一人で泣くことは、

何かへと導く」

 

 

4、一年使える利休箸

 

 

この文章は、新商品の説明として書いたが、都合により未だ販売されていません。しかし、京の祝箸へぎ入りは販売されているので、江戸時代からの日本文化を今一度正月に振り返り、繁栄を実現したいものです。

 

以下の文章は,江戸の平和、繁栄の知恵、を振り返り、皆様が繁栄の橋を渡ることを期待して祝箸を使われることをお勧めします。BSアクアの京の祝箸へぎ入り を、祖先の江戸の知恵を思い出すためにも、お勧めします。563「京の祝箸」 で、詳しく説明をしています。

 

http://www.bs-aqua.co.jp/waribashi/kyou_iwaibashi01/index.html

 

以下を読んでいただいて、正月に使うお箸の所以が分かれば、幸いです。

 

│一年使えるバラ利久箸│ durable rikyu chopstick

 

■お箸にはハレのお箸とケのお箸があります。

There are two kinds of  chopsticks used in festival or New year days
and in usual every  day.

「ハレ」とはお祭や、お正月など特別な日の事です。

「ケ」とは日常の日の事です。

 

■「ハレ」のお箸とは中太両細の形で両口箸です。

*ハレの箸は神人共食の思想の考え方で

細くなった片方を神が用い、もう一方を人が同時に使う。

という白木の両口箸。

お正月などの柳箸は祝箸などがその代表です。

The chopsticks used in festival or
New year days is Chuboto-ryouboso style chopstick.

 

This chopstick  is thicker in the middle and slim cut ends of
it. Each  corner side of it is  made round.

It is said that Japanese gods use
at one end of it and a man use at the other end of it.

Yanagi or Willow chopsticks are used in
festival days.

 

■「ケ」のお箸とは「天太先細」の片口箸です。

*個人専用の食事の為の道具だからなのです。

Ordinary chopstick is used as
follows.

This chopstick  is thicker in the middle and slim cut ends of
it. One corner side of it is  made round.

 

「ハレ」のお箸に千利休が茶懐石に用いる為に考案した「バラ利久箸」があります。

*バラ利久箸は「らんちゅう」とも呼ばれています。

There is Rikyu chopsstick which
Sen-Rikyu used  at Chakaiseki dishes.

 

このハレの箸で使い易い「バラ利久箸」を1年ほど使えるお箸にしたいと考えて

長く使える加工を施した「一年使えるバラ利久箸」です。

We think the chopstick used in
festival days to use for a long time.

We improves it into long durable
chopsticks.

 

「一年使えるバラ利久箸」は毎日3度使用したとして、使用方法にもよりますが、

およそ1年以上使用できます。

If you use this chopsticks 3times
a day everyday,you can use them  more
than a year.

 

お世話になった貴方に是非一度使ってほしいと作ってみました。

I appreciate  you to
use it.

 

ご使用ください。

I hope you can use it all year round.

 

もちろん、全て日本で加工の国産品です。

Of course, all is prosessed in
Japan.

 

翻訳:藤田悦史

Translated by Etssuhi Fujita

ビーエス・アクア有限会社

ビーエス・アクア
limited company

 

年一年文化と達成を読んでいただき、ありがとうございました。繁栄が訪れる新年でありますように。

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