Archive for 3月, 2012

生と死の狭間(609)


1、商人道のススメ

 

日本人に必要なのは、以下で述べておられるような、「商人道のすすめ」である。

http://okanejuku.blog92.fc2.com/blog-entry-336.html

武士道でなく、なぜなら、武士道は官僚性とつながっていった。そして、官僚性と対米従属が、現在の元気のない日本を作り上げている。反対に、官僚の中央集権を超える繁栄を実現する人も地域を作り上げるのは、商人道なのである。

 

この商人道を、民主党も、自民党も掲げていない。日本は江戸時代から商人文化であった。40万人の人口で役人はわずか2000人であった大阪の街である。商人はロシアとの関係で高田屋嘉平のような交渉力を生み出した。

 

商人が中心の国になっていくときに、50年年後の年金システムは補助システムになっていて、個人が老後のプランを作る中心になる可能性もある。ヨーロッパ諸国並みの年金制度をモデルとしない方が、日本の歴史からも健全な社会になるおかもしれない。

 

2、ニューロンは常に変化していくという、生命の適応の仕方

 

またわたしは、この内容を十分に説明できる能力と科学的知識を持っていない。しないが、なにがわたしたちの頭脳をユニークにするのか、についての科学雑誌SientificAmerican のthe Nurosciense of Identityの特集記事は、科学的な知識からの生命の動きである。

 

それは私たちの頭脳が特別なのである。その頭脳は1000億のニューロンを含んでいる。頭脳は数千のタイプになっていて、ニューロンは百兆以上に相互につながっている。

違いは驚くべき複雑さで臓器のあらゆる仕組みを作り上げている。

 

ニューロンのネットワークは常に変化していて、新しい経験で、遺伝的に双子であっても変わっていく。だから、人間は誰もかけがいのない存在で、常に変化していく。人間と言う種の生き残りの見地からは、この適応の仕方は、危険性を上回る。

 

3、生と死の狭間

 

生と死の狭間を通り抜けて、自分の仕事を発見できるようになるのである。その体験は経営には、得難い教訓になるのである。以下は、2009年2月に書いた何がわたしを支えてきたかの記録である。

 

それは、限りなく愚か人達であり、一方よきアドバイスをしてもらった二人がいた。一人は個室のアドバイスをしてくださった安田さんであり、もう一人は、名前は忘れてしまったが一緒に昼食をよくした、京都の教育委員会の人であった。その人の話は、生徒の進路指導の話であった。その人の話は改めて書く予定である。

 

昨年末に京都山科の病院を退院して二ヶ月あまりになる。二ヶ月あまりが経過しないとあまりに生々しくて、これを記録する気持ちにはなれなかった。小さなノートに記録しだしたのは、入院して1ヵ月後の2008年10月5日からである。

 

私のこの記録に初めに記録するのは、入院当初精神のバランスを保つことが困難であったことである。入院して約2週間は、何も記録すべき余裕はなかった。12月の個室の時期を除いては、四人部屋であった。

 

しかし20日余りの入院生活が経過してからは、何もかも、よきことも悪きことも記録した。記録をつけるということは、私の子供の時代から日記をつけるという経験に加えて、死んだ父親が意識あるまで入院を記録していたことを何度も読み返していた、からである。

 

私の愛読書であるゼロ戦の撃墜王酒井三郎氏の空線記録が影響している。酒井三郎氏の記録は、ピンチに陥ったときにいかに切り抜けるかという体験記録として私の中に深く記憶していたからである。

 

 

1、       個室を教えてくれた安田さん

 

 

その四人部屋には、二人の異常な言葉を話す、認知症のような患者がいた。この二人の異常な行動をする人間と最初は同じ部屋であったことで、私の精神を正常に保つことを困難にさせた。

 

後には同じ部屋の安田さんという経営者の患者と親しくなった。安田さんは後ほど個室に変わった。安田さんが11月末で退院する前に個室を紹介してくれた。その後は、この二人の患者とは離れたのでずいぶんと気持ちが楽になった。

 

 英語の本を持ち込み、退院するまでに2冊の本を読み上げた。ほぼ毎日午前8時30分頃から10時頃まで、それらの本をいつも読んでいた。個室を確保できなければ、まったく経済的な余裕がなければ、そのような生活を送れないということは明らかだった。

 

個室を確保することができて、何とか精神のバランスを保つことができるようになった。本を読む時間は、その後の最も楽しい時間であった。

ほとんどの患者は、与えられた環境で何ができるかというようなことは考えていなかった。朝からテレビを一日中見ている女性の患者、などを見ていると、このままの状態では死んでも切れないと思った。

 

 

2、       人生は死んだら終わりではない

 

10月の初旬名前は聞いていないが、まもなく退院する女性患者と話していた内容が印象に残ったので書きとめた。その内容とは、10月6日:

担当医によって退院させる日が違うということ、早く退院するほうがよい、会話や手紙を書こうとしない患者に近づかないかないことなどの、会話をその女性とした。

 

11月2日;すでに亡くなっている父と母に仏のように祈った。今は自分で努力するよりも死者の力に頼ることにしよう。その時死者に頼ることについて何度も読み返していたのは、沢登佳人先生の言葉であった。

 

「理知の発達は死者が後押しする。実はそういうものが外から入ってきて直してくれるのではないか?自分の努力よりも、死者が後押しする。もう一度考え直すとわかる。生命の実体が自己超出である。自己超出し、進歩発展する。世代間、個人間、団体を絡めた文化の継承、人生は死んだら終わりではない。死んでも自己超出を続ける。

 

 再生への私のリハビリ、すなわち自己コントロールと訓練は、このような状態から回復への目標を設定することから始まる。目標を作りそれを達成することは、結果に達するプロセスについて目標の設定することから始まっている。

 

3、       子供の頃の楽しかったこと

 

 

この世に生を受けて、意識ある生命を生きて自分なりに貢献することは、子供のときや青春時代の楽しいことのために生きることができるということからだった。

 

多くの患者を観察していて感じるのは、どのような分野であっても早い時期の訓練が高い人類の大きな生命の流れに貢献する者を作りあげていくし、その得意なことは、驚くべき若い時期でから始まるということである。

 

一方高年齢になっても偉大なる業績をあげる人が存在する。残された生において優れた業績を挙げるには、継続的な訓練と学習がその基礎となるのであるだろう。

さまざまな分野においても、高い業績の達成者は、高いやる気を高めることとつながっている。彼らは、年とともにエネルギーが衰えていくことはない。

そのためには、まず子供の頃にやる気がいかに生まれたかを今一度思い出すことがが、特に重要である。

 

このような状態からいかに肉体的におよび精神的に、再生するかについてとても関心があるとともに、二つの質問を自分にする。

生と死の狭間で、これからの生において私が本当に望んでいるのは何なのか?もうひとつの自分への問いかけは、本当に信じているものは何なのか?ということである。

 

ほかの事への関心を捨ててでも、夢中になることは何なのか?ということである。自分で自分をほめてやりたくなるような達成とは、その基本になることは何なのか?

 

 

4、投資で成果を上げる

 

 

自宅に帰って自分のステレオ装置のスイッチつけて真っ先に聞いたのは、オペラのソプラノのCDであった。また友人のmitraがパソコンで送ってくれた世界の自然写真やカナダの山岳写真があまりに鮮明に見えた。

もう一つ、現実に自分を戻らせてくれたのは、病院や退院後に早急に自宅に来てもらった取引のある証券会社の担当者の経済状況への今後の経済展望の話を聞いて、相場の世界に戻ることができるようになった。経済の判断と投資で成果を上げることが、最も自分を励ましてくれるということだった。

 

慎重な訓練と努力によって、再生することは可能となるだろ。誰にも再生して復活する可能性は与えられている。しかしごく限られ者のにしか、イエスのように永遠の命に加わることはできない。

 

本当に死ぬ瞬間、まだ意識が明晰である最後の瞬間に、生命の大きな川の流れに参加できる、自分の人生はよかったと思う瞬間にしか、本当のことはわからない。生と死の狭間を見ることが、生きることをより鮮明にしてくれるのである。

 

得意なことは若い時に始まる

死んでも自己超出できる

投資で成果を上げることは、エネルギーを与えてくれる

       

 

     

 

 

 



思考を高める酒井三郎、最後の言葉(608)


「頭のでき」と言う本の書評を、お金学の作者は書いておられる。頭を良くする環境を作り上げていけば、子供だけでなく大人になっていくつになっても、右肩上がりの成長をしていけるのである。反対に、成長のエネルギーを奪うものには、貧困、嫉妬、憎悪のようなマイナスのエネルギーである。

 

考える力を高めることは、プラスのエネルギーを高めてくれるものである。正しく考える力を高めることが、起業家意識を持っている人を育てることと同じくらいに、大切なのである。

 

 

1、 事実で持って話す

 

 

「」は、歴史通、「ゼロ戦と酒井三朗」,「大空のサムライ、最後のロングインタビュー」より

 

慰安婦、南京のうそ、

 

「南京が陥没したら、陸軍のほとんどはすぐに出て行ってしまった。残ったのは1500人ぐらいですよ。1500人でどうやって20万人、30万人を殺すんですか。

要するに慰安婦問題も南京虐殺も日本が経済大国になって金ができてから韓国、中国が言いだしたことです。日本が食うに困るような国だったらそんなことはいわない。金ネライの捏造ですよ。だから理路整然と対抗しなくてはいけない。弁明するんじゃなくて、事実を言うんです。」

 

このような言動の背景は、日本が貧困な国でないと言う事実である。20万人、30万人もの人を殺すことはできないと言う事実である。酒井三郎氏が指摘されているように、また最近名古屋市川村市長も指摘されているように、このようなマイナスエネルギーを放つものには、理路整然と対抗して事実で持って指摘することである。それに対して弁明することでない。

 

しかるにマスコミや政治家のほとんどが、事実で持って話し会おうとしない。そうしないと、マイナスのエネルギーを心にまき散らす人を黙認してしまう。それでは、プラスのエネルギーを発信しないのである。川村市長の発言を支持する。

 

「べトナムでも一番勇ましかったのは韓国兵だった。戦死者が多かったのも韓国軍だった。日本は戦後汗も流さず、なにもせずにひたすら金儲けをしていた。日本はなにもせずに経済発展に邁進した結果、アメリカの寄生虫になってしまった。」

 

勇ましかったのは韓国軍で、日本はアメリカへの対米従属と官僚支配の国になってしまった。すでに日本の弱体化は、朝鮮戦争の時から、すでに始まっているのである。その時期は、日本の復興の時期であり、崩壊のスタートでもあった。日本の復興には置き去りにされてきたものがあった。

 

 

2、誰が勝手に動いたのか?

 

 

「一兵卒、カッター一艘に至るまで勝手に動くことはあり得ません。もしも戦闘中に勝手なことをしたら、直ちに射殺されても文句は言えない。

我々が戦闘を始めたじゃない。開戦の詔によって戦争が始まった。

その命令によって、我々は一番部の悪い、いつ死んでもおかしくない戦闘を引き受けた。

開戦の詔勅を下した天皇からご苦労の一言があってしかるべきではないのか?」

 

軍旗はためく下に、誰が命令を下したのか?これは日本にリーダーシップの教育がいまだに行われていない状態が、現在に至るまで続いているからである。リーダーシップについての責任を引き受けない人達からなる政府が、いまも現実となっている。

 

 

3、責任のあいまいさ

 

 

「こういう間違った戦争を始めたのは誰なのだ、と。そのものは罰したぞ、そういうことをできて初めて、持って瞑すべしということになるじゃありませんか。「誰がこの過ちを犯したのか。「誰が繰り返さない」のか,それがあの碑文ではわからない。責任の所在をこんなふうにあいまいにするのが日本人です。」

 

原爆への碑文についても、マスコミのほとんどがこの文章への違和感を、毎年終戦記念日になっても指摘しない。日本のマスコミは、官僚のように、企業として絶対に倒産しない組織となっている。そのような組織で正常な人が育つことはありえるだろうか?

 

「仮に今なお海軍は存続していたとしても、兵学校を出ていないわたしを海軍が正当に遇することはなかったと思います。アメリカの軍人は熱心に、それこそありとあらゆる質問をしてきます。

誰が何をしたのか、だれに責任があるのか、この功績は誰のものか、そういうことを日本人もはっきりさせなければいかんと思いますよ。戦争も問題についても、戦後の問題についても。」

 

日本語は注意しないと主語が欠落してしまう。日本では、誰が何をしたのか、だれに責任があるのか、この功績は誰のものか、が問われることが少ない社会が日本である。これらのあいまいな実態は、日本が責任を引き受けない官僚社会であることとも関係している。戦争においても現在においても、責任,功績の問題は、明らかにしないことが、繰り返されている。

 

中央集権官僚統制体制の脱皮と起業家意識を持った人をどれだけ育てるか、にかかっている。文章607で「国際化による日本の繁栄」について書いた。昔から日本は商人文化の国である。国際化による繁栄しか、希望の道は日本にはないのである。

それゆえに、商売感覚を持った人を育てるのが、商人国家としての経営者の役割であり、政府の仕事である。この人を育てる仕事を、国家もしていない。人を育てることをしていないし人は、半分の仕事しかしていないのである。
しかしながら、今の政権の人は、30代、40代に、まともな仕事をしてこなくて貢献してこなかった人が中心となっているからであろう。


4、為政者は手の内を明かさない
 
 
日本国の通弊と言うのは、為政者が手の内-とくに弱点-を国民に明かす勇気に乏しいことですね。この傾向はずっと後まで続きます。不正直と言うのは、国を滅ぼすほどの力があるのです。」司馬遼太郎「この国のかたち4」より


そのためにも、上記2つのこと、事実で持って指摘する、マイナスのエネルギーに放つ人には、考える力を高めて反撃しなければならない。そしてリーダーの責任を見逃してはならない。この2つは、国を滅ぼすほどのマイナスエネルギーを広めていくのである。

そのためには単なる金もうけになっているのでなく、プラスのエネルギーを発信して、考え方を深めるのである。
まともな仕事とは、ビジョンをもって、洞察力を持って、イノベーションを採用して、何かを国際化によって達成して、社会や企業に関与することです。

マイナスのエネルギーを放つ人たちは、国家の赤字を増やしていく。反対に、商人が中心の国として、国際化に生きると言うことを目標にすることによって、個人も社会も繁栄を実現することができる。弱点を明らかにする勇気であるである。



国際化による繁栄(607)


低スキルの仕事をしていては、成長とスキルアップは望めない。そしてわずかな職業訓練では、スキルアップも、成功感もえることができない。これは、昨年夏より講義した地球規模でのIT化が、スキルや労働の2極化が世界中に影響を与えることに起因する。

1、貧困の原因

「おはようございます。小島です。

藤田さんはご病気を通して、人の気持ちを感じる感度が

より研ぎ澄まされたことでそれまでに見えなかった事が良く見える

ようになられたことと思います。

私も仕事を通して、多くの友人とその人の取り巻きを見てきて、

友人の現役時代の力がある時とそうではない時期でその取り巻きの

豹変した方がたを見てきました。

特に最近の方がたは拝金主義の方が多く、自分のメリットの有無で

擦り寄ったり、離れたりする方が多い気がします。

友人、恩人はその方が仕事で活躍されている時も、仕事を離れられても

同じように接する事が友人であり、恩人であるべきです。

自分のメリットの有無で行動する人は本当の友人ではないと私は考えます。」

確かにこのような自分のメリットによって行動をする人がいることを、年齢に関係なくいることを見てきた。このような人の実態が、一見善良そうに見えるが、人間はどこかが不自由になると見えてなかったことが見えてくるのです。

本当の友人でないような人は、周りにいくらでもいるが、普段には見えていないだけである。彼らは、自分のメリットで行動する。でもわたしはそのような人が困難な状況からよく見えるようになった。

でも彼らに共通しているのは、結局このような行動原理を持っている人が、結局低収入の生活を長年している人である、ということである。そのような貧困な人にならないために、人は生涯において学び続ける人になるということである。

少数の勝ち組にならない限り、この言葉は好きな言葉でないが、貧困な心の人は屈折した憎悪や嫉妬から逃れることができにくい。でもこの少数の勝ち組の事でなく、生涯にわたる学びを続けている人は、結果として精神的にも経済的にも、勝ち組になるのである。

反対に損得の行動原理で行動している人には、不思議に共通することがある。それは、誰もそのような人は、貧困な生活をしていることが多い。彼らは、生涯を通じて学ぼうとしない人である事が共通している。

損得のような行動原理で行動している人は、実は長年にわたり嫉妬や憎悪やストレスに取りつかれている人が多い。そうでなくどのような境遇になっても同じように接するのが友人であると小島さんは述べられている。

が、人が病気の時や困難な時に豹変する人がいる。それが見えていないだけである。でもこれが見えないままに死んでしまう人間になりたくはない。

私が病棟で見てきたのは、アンリバルビュスの地獄のような精神病棟の病人のような人達と、一部の病院でアドバイスをしてくれたある経営者と教育委員会の仕事をしていた人達の2種類の人であった。

2、労働の2極化

 

 

低スキルの仕事に満足して、未来を作ろうとしない人たちがいる。

低スキルの仕事をしていては、スキルアップを望めない生活が続くのである。

それは高いスキルの人は労働価値を高めるし、低スキルの人の価値を年々下げていく。

しかも、高いスキルアップは、簡単な職業訓練では求められる能力はつかないということである。それの背景になっているのは世界中のIT化である。

ドラッカーが述べるように、この傾向が世界中に広がっていく。高度な北欧のような民主主義国家でなければ、日本のような国家の借金の削減のほうが、低スキルの人、すなわち負け組の救済よりも優先されていく。

3、優れた人材を国際的に日本に集める

すなわち低スキルの人の救済は、多くの国において不可能である。むしろ繁栄のため必要で期待するのは、我々自身の能力を高めようとする自助努力をする人優れた能力をもった外国人の日本への流入である。国際的に優れた人材をグローバルに集めることである。

しかしこの優れた人材を国際的に大学に、そして企業に集めることが、が遅れているのが日本である。もはや日本人だけのチームでは、成功するチームを作れないのである。

日本人だけのチームの企業では、もはや時代遅れなのである。

IT化は世界中のスキルの2極化を広めている。少数の勝ち組にならない人は、低賃金となる人は、自分で学ぼうとしない。日本で行う仕事は、企画、研究開発、デザイン、そして質の低い労働は新興国へのアウトソーシングである。この現在の流れが洞察できるようになるのが、投資ビジネスである。

4、difficulty makes you a jewel

このような勝ち組の分野からはじき出された労働、それは主として女性労働力であるが、それらは、飲食業、小売業、介護などの低生産性サービス業に流れている。女性労働力は、主として低賃金のサービス業と医療関連に流れている。

日本は国際国家になる繁栄である。それが繁栄への道である。そして投資とは、このようなすでに表れていて、国家や政党では見えない流れを見る力である。

しかし、スキルアップや投資は簡単ではないが、NHKBSの「猫のしっぽカエルの手」のべネシアさんは美しい英語を話す。その言葉に、

困難はあなたを宝石のように輝かせる」があった。

わたしたちにできることは、変化を利用するだけである。

日本人は、戦前から国家やリーダーに昔からだまされて続けてきた。

商人は、本来自由を繁栄の糧にする事によって、繁栄を築いてきたのです。

スキルアップの成果や起業家が自分の未来として見えてくるのは、40歳くらいかもしれません。

そしてこれは右肩上がりの人生を、高いスキルを持った外国人と共に作り上げようとするチーム作り試みることの勧めである。そして海外との関係を釣り上げる起業家や投資家への勧めである。

 

1枚の紙2(606)


4、どのように未来を創るのか?

 

 

どのように自分自身を導くかにおいては、前に進めるための行動基準を作る必要があると言うことである。現状維持では決して十分でない。リーダーはいつも考え方に挑戦して、いままでのビジネスモデルを吹き飛ばし、さらによき場所に仲間を導くかを伝えることにある。これが、何が考え方を導くか、である。

次のような質問が、どのような考え方が人を導くかについて役立つ。このプロセスから、わたしたちの行動基準を作ることができるようになる。毎日思いださせる行動基準が、人をどのような考えが導くのかに役立つ。それは、

わたしは、わたしが関係する人をどこに導いていこうとしているのか?

どのようにして未来を見ようとするのか?

考えの後で、どのような行動をしようとしているのか?

ビジョンは偉大なもので、行動はそこで何を得ようとする試みである。

機会とアイデアを見極めようとするのが、行動原理である。わたしがスタートするためには、3つの質問をしてみる。

 

あなたが今までに見てきた最もイノベーティブなアイデアは何なのか?

あなたの物語,句、アイデア、記憶を書きだすようにする

どのようにしたらあなたの関係する人々の成長にかかわるのか?

人々は成長すること、を期待している。あなたのリーダーとしての責任は、仲間の環境を作りあげていくことにある。あなたは仲間に与える、または拒否する、力を持っている。それは、

バランスのある人生を導くこと。

バランスのある生き方は、遅くまで仕事をすることではない。

その一つは、人生を楽しむこと。

どのようにしてあなたの境界をはっきりさせるのか?

どのようにして大局観で持ってものを見るのか?

何に情熱的であるのか?

これらの質問からえられる行動基準は、仕事と個人のバランスをさせてくれるものでなければならない。

5、実現させる

 

 

何が情熱的にさせるのか?

一枚の紙に書くことが、あなたがリーダーとしてはっきりさせる方法である。

それは難しい仕事に見えるかも知れない。不可能にも見えるかもしれない。

それでもあなた書きあげるのは、単純なことである。

単純なこと、は強い言葉である。

率直に表現する。あなたのリーダーシップの哲学は複雑でない方がよい。

リーダーシップの行動基準は、あなたの哲学を自分のものにした内省であって、それはプロフェショナリズムと人間性をあらわすことである。

誰もがそれを現実のもととして見ることは、恐れとおののきを感じるかもしれない。

しかしあなたが導こうとしている人々に現実を見せることは、とても強力である。

それは本物であることだ。

行動原理に生きる

一枚の紙に書いた行動基準に生きることは強力で、ついにはその文章はあなたの行動を変えていくからである。行動原理は、リーダーに向かって強い歩みをあなたは引き受けることができるような人になることや、なりたい人へと導く。

最初の行動基準を書き終えるや否や、あなたはそれによって生きるようになっていく。

覚えておくがよい、それは行動のルールそのものである。

自分自身のためにそれらをセットするのである。行動基準の言葉と一緒に生きなければならない。それらに従うならば、あなたはよきリーダーとなることができる。

あなたの行動原理が、よき意思決定と選択に、特に困難な時において、あなたを誘う。

それらはあなたがゴールに到達する道から離れないようにしてくれる。その道に沿って行動するようにガイドしてくれる。

あなたの行動基準が、あなた自身と仲間にとっての基準を作り、それを守ることに役立つ。もっと重要なのは、あなたの行動基準は、あなたが調和して生きて、高い成果を上げるチームに重要な、信頼を作るのに役立つ。

 

 

6、仲間とシェアする

 

 

その行動基準を、あなたの発展と成長に関心を持っているほかの人とシェアするようにする。あなたに関心のある、よき人とシェアするようにする。あなたの家族や友達とシェアするようにしなさい。

あなたの仲間と、このような行動基準をあなたがシェアするとき、一枚の紙をコピーして深く考えないでメールしないようにする。さらに詳しい内容をつけないままで、配らないようにする。その代わりにチームミーティングか一対一の対話をあなたの仲間と持つようにすることである。

彼らに告げようとする意図は、彼らとこの哲学をあなたが共有したい、ということである。この哲学はリーダーシップの4つの分野、を含んでいる、それは、自分で導く、考え方を導く、人々を導く、バランスとれた生活を送る、の4であることを説明する。

行動基準を作るために体験してきたプロセスを仲間とシェアするのである。あなたは、リーダーシップ哲学を作り上げた個人的な物語をどのように使ってきたかを彼らが理解するのに役立つ。

行動基準はあなたのためだけでなく彼らのための基準であるし、彼らへの期待であることを明らかにする。これらそれぞれの行動基準についての言葉によっての表現しようとするのは、その背後の物語を仲間とシェアすることである。

あなたが本当の人間であることを知らしめよ、あなたの物語がどのように温かく受け止められるかに驚くだろう。

彼らはあなたの物語を聞くや否や、それについて彼らが質問するようにしてもらう。

仲間があなたの行動基準をあらゆる状況に応用できるかを、彼らが理解するのに役立つ。

彼らがよく知っている状況において、あなたの行動基準をあなたがどのように応用するかを仲間が見る時、あなたは彼らにとって未来に導くを人となる。会話を終える時、毎日行動基準をこれからもわたしが使うことを伝える。

(まとめ)

懸命にやると奇跡が起こる

人生は どんなに苦しいことがあっても しかも 生きるに値する

どのようにしたら、あなたが関係する人々の成長にかかわるのか?

物語,句、アイデア、記憶を書きだす

 

物語を仲間とシェアする

プロフェショナリズムと人間性

自分で導く、考え方を導く、人々を導く、バランスとれた生活を送る

対話を仲間と持つ