Archive for 5月, 2012

見えない手紙(616)


前回の文章の補足)

創造とイノベーション

私がスティーブジョブスの記事に関心をもったのも、技術とアートの交差するところに創造 が生まれる言うことです。同じように生物学がほかの分野と交差するところから、新しい創造が生まれる予感がすることです。

この理由から、前回615の文章を書きました。それは、生物学が、何かほかの分野、たとえば経営や宇宙論 などと交差するところからイノベーションが生まれるのです。それは生物に学ぶバイオミメティクスです。

 

 

1、見えない手紙

 

 

誰にでも、見えない封筒が届いている。届いているその封筒の中には、その人でないとできない貢献の方法でもって、その人が生きている間にできない生命という35億年という大きな生命の樹に役に立つ貢献の仕方が書かれている。

 

しかし多くの人間は、そのような自分だけのための届けられている封筒を、読む機会に一生気が付くことなく死んでいく。多くの人間は、ただお金を稼ぐだけの仕事にしか出会うことがなくて、本当にその人でしかできない仕事に気がつかないだけだ。

 

それは、いわばハッピーリタイアの後に、その人のみで取り掛かる仕事のようなものである。どのような人にも、そのような封筒は届けられているはず。そしてその人間だけに与えられた、ある仕事をやりきる才能がある。

 

このような才能を大切にして育てることに関係ない仕事についてのかかわりは、一般的な仕事の関係でなく、その後は趣味やボランティになるのだろうか?自分だけに届けられた封筒を見るとは、まだ意識があって死ぬ前に思うこととして、よき人生であったと言うであろう。

 

 

2、思い半ばで逝ってしまった死者の思い

 

 

死に至るまでの与えられている時間を、ほかの人が容易に代替できる仕事でもって一生を終えてしまおうとする人もいる。このすでに自分には届いているがまた読んでいない手紙には、思い半ばで逝ってしまった死者と見知らぬ国の死者や祖先たちの、やりのこした思いと託す言葉が書いてある。

 

それらを託すために見えない手紙は書かれている。その手紙は、宗教の教えでなく、無数の祖先からも託されていて、その人でしか貢献できない仕方でもって生きていくことが書かれている。

 

 

3、神が与えてくれた才能

 

我々は、2種類の才能をもっている。ひとつは、その人間が作り出した才能である。もうひとつの才能は、神が与えてくれた才能である。前者の才能のみに頼って生きるならば、わたしたちは、厳しく一生働きつづけねばならない。前者の才能に頼る仕事ばかりを続けていくならば、仕事を辞めたならば、人はもう働こうとしなくなる。

 

一方神が与えてくれた才能に、ある人はときどきコンタクトすることができるようになる。それについては、このブログの右端で紹介している私の著作である「自然と生き物に触れて見えない世界とのコンタクト」で詳しく説明している。

もしコンタクトできたなら、そのメッセージを読めるようになる。そのあとは、人は好きなことをすればよい、のである。だから本当の成功は、お金を儲けることが目的でなく、神が与えてくれた才能を使うと、好きなことや先見力が見えるようなる。

 

そのような仕事をしていくと、後からその報酬はついてくるようになる。その才能にコンタクトしているならば、好きなことを、もっとよくできるようになる自分に気がつくはずである。求められているのは、神が与えてくれた才能へのコンタクトである。

だから、本当の成功は、この才能に人がつながることと大いに関係している。そのためには、わたしたちの直感や頭脳を使わないコミュニケーションによって、その道を導くようにさせれば、よいのである。

だからあなただけの人生の道を見つけられるようになる。それには、草が伸びて、果物が熟し、飛ぶ鳥の自然が、われわれを導いてくれる。自然は偉大なる癒しを与えてくれるだけではない。だからストレスを感じて、あなたがそれに圧倒されて崩れようとする時には、外に出て、自然に触れるようにする。

 

それを楽しむならば、ビジョンが見えてくるようになる。裏庭で星を見上げているならば、そのコンタクトは、どのような問題を抱えていても、人を復活させてくれるのである。

 

誰とでも代替できる仕事をしていては、それは天職ではない。このような仕事をしている限り、そして結局はお金を得ることが目的になっている仕事をしていることになり、それでは仕事を楽しんでいないし、成果をもっとあげることができない。

 

神が与えてくれた才能とコンタクトする時、誰もわからないままに一生を終ってしまうことなしに、思い半ばで逝ってしまった死者や見知らぬ国の死者や祖先たちのやりのこした思いが導いてくれる時、天は自ら助ける者を助ける。

 

思い半ばで逝ってしまった死者と見知らぬ国の死者や祖先たちの思いだけでなく、生命と言う大きな川の流れが、わたしたちを導いてくれている。

五井昌久著「信仰と直感」より、

「私どもは人類が、地球に生まれたことを、人類最初の誕生と思っておりませんで、人類は地球に生まれる以前に、様々な星の世界に生まれて、それぞれの文明文化を先に開いてきたものであると思っています。」

科学、人文科学、そして生命(615)


感謝の言葉;

突然の病の体験者について、「日めくりたのしみながら」について以下の「ビーエスアクア小島博の視点」で、「アドラ―の心理学自己決定性に学ぶ」に書かれていて、参考になりますので勧めします。

http://ameblo.jp/bs-aqua/

 

1、     人文科学とサイエンスの交差点に立つジョブス

 

 

スティーブジョブスについての記事については、わたしは、あまり最初は特別の印象を受けなかった。しかしハーバードビジネスレビュー4月号の「スティーブジョブスの本当のリーダーシップの教訓」と言うタイトルの記事を偶然読み返している時に、改めて彼の意味が分かってきた。

それは、人文科学とサイエンスの交差点に立つ人物の重要性についてである。ジョブスは、そうしようとすることを決めた、言う。その交差点は、彼の人生のテーマを表現しよう、とすることであった。

彼が結び付けたのは、人文科学をサイエンスとであった。結びつけたのは、創造性とテクノロジーであり、アートとエンジニアリングであった。偉大な技術者とよきデザイナーであるアーティストであった。

彼は、直感的な感覚でもって、それをビジネスの戦略としたのである。一人の強いパーソナリティの中に、文科系と理科系が両方存在する時に創造が生まれるのである。それは、アインシュタインやフランクリンの自伝が彼に興味をもたらしたのと同じことである。

文科系と理科系が同時に両方存在することが、21世紀の創造的経済を作るための鍵となるだろう。それは、応用された創造力である。それが人文科学とサイエンスの両方が重要である理由であるし、いかなる社会にとっても、創造的な強みを持つことになる。

スティーブジョブは、創造性とテクノロジーの交差するところに位置しる人間だったのである。ジョブのDNAがその核心にある限り、創造性とテクノロジーの交差が、たとえ彼が死んでも21世紀の創造的経済を導いていくである。そしてこれは、日本の大学制度とソニー、パナソニック、シャープがなしえないことの原因であるし、日本の教育制度と官僚性の敗北である。第3の日本の敗北の原因である。

2、     老後の役割

 

一方、本川達雄さんの「生物学的文明論」は、もう一つの交差するところに立っている。彼は、ジョブスのように目立つこともなく、非支流系の世界からナマズの歌を歌っておられる。

「物理や化学は世界を素粒子など究極野の素子に分けていけば、それですべてが分かる、つまり要素還元主義の立場です。でも素粒子で全てが分かるんだろうか?それでは世界を見渡すには視野が狭すぎる気がしたのですね。

理科系の主流である要素還元主義でもなく、文化系の主流である脳みそ中心主義でもなく、全くの非主流の立場から、の研究」である。

それはアーティストでもなく、アンチ脳みそ中心主義である、脳みそをもたない動物であるナマコの研究である。「ナマコは超省エネ生活を送っています。体重当たりにして、我々の50分の一しか使っていません。」

「ゆっくりの世界には、決して早い時には味わえないものもあるはずです。じっくりと時間をかけて付き合ったものこそが、自分にとってかけがいのないものになっていく

「子供も孫も私です。環境も私。今の日本人は、この体が占めている空間と、この体の一生と言う時間、それ以外は私ではないと捉えています。

直接的な生殖活動ができなくても、次世代のために働くこと―これに老後の意味を見つけたいのです。」

科学や物理からでもなく生物学からナマズから、エネルギーを一番使う人間の生活とゆっくりと時間をかけて付き合うというかけがいのない生活が、見えてくる。そして多くのなにもしない老人もいる。

3、     生物は死なない

 

 

「年金があるのだから、利益を抜きにして世のために働く。儲からないから誰もやらないが、本当は大切な仕事がたくさんあるはずです。老いの一時期であれ、次世代のために働き、そして志としては、次世代の足を引っ張らないという姿勢をずっと持ち続けていれば、後ろめたさの少ない老後を過ごせるのではないかと思うのです。」

「生物学的に言えば、子供はわたしであり、孫もわたしであり、私、私、私、と私を伝えていくのが生物というものです。だから私の範囲を捉え直し、未来の私までを勘定に入れた利己主義者になりあせんか、と若者には奨めたいですね。

そして我々団塊の世代には、老いの時間とは、利己的遺伝子から自由になった人間なんだから、利己主義そのものを卒業しませんかと勧めたいのです。」

頭脳中心の人文科学の世界からでは、いくら知識を増やしても生物はどのようにして死なない世界を作ろうとしていくのが見えて来ない。宗教を学んでもそれは、見えてきにくい。さらに、笑って死んでいくというパッチアダムスの世界も、宗教からは見えてきにくい。

一方、太陽に最も近い恒星アルファセンタウリAとBについての研究が、これから広がっていくだろう。そしてスーパーアースや地球に近い惑星の探求も、ますます深まっていくと予測される。

それらの惑星について深まる知識は、生物がどのような環境で生きていくのか?そして生物は個体を超えて生きていくことについての知識を、われわれは宇宙から得るに違いない。生物は、我々が知っている地球圏にだけに住んでいるわけではない。

4、もう一つの座標軸は生命

 

地球圏の生物のかたちを想像するだけでは、この生命の環境とはどのようなものなのか、そして生命は死なないことについての知識を未だ我々はえていないのである。あまりに地球圏の生命の知識しか我々は持っていないのである。

しかし生物は個体を超えて、永遠に生き抜く仕組みをビルトインしていることが、宇宙論と生物学から見えてくる時代は、もうすぐそこに来ている時代に我々は生きているのである。宇宙の生命を想像するには、我々の視野はあまりに狭いのである。生物学と宇宙が、もう一つの世界を開いていく。

創造性とサイエンスと人文科学が交差する所に立つ人間となることの大切さ、そして宇宙と生物がもう一つの世界を開こうとしている時代である。生命の研究は、まだ始まったところかもしれない。

_文科系と理科系が両方存在する時に創造が生まれる

じっくりと時間をかけて付き合ったものこそが、自分にとってかけがいのないものになっていく

次世代のために働くこと―これに老後の意味を見つけたい

本川達雄さんの「生物学的文明論」を読み直しました。

大雑把に言うと、物理学や化学は「単一性と確実性」を指向するが、
生物学が対峙する現象は「多様性と不確実性」に満ちていることが伺えます。

しかし近年、物理学や化学の応用である工学の分野で、生物の構造と機能に
学ぼうとする「バイオミメティクスbiomimetics」に関心が集まっています。

バイオミメティクスは生物模倣や生体模倣とも訳されていますが、用語的にはバ
イオミメティクスが
一般的になりつつあります。
生物が持っている構造や機能を、新しい技術開発やものづくり に活かそうとう
取り組みです。
生物の構造と機能には省エネルギー、省資源、小型高性能など、新分野を切り開
くヒントが
一杯詰まっています。

例えば、蓮の葉の水を弾く性質から、新しい撥水素材が開発されたり、昆虫の目
の表面構造から
液晶パネルの無反射表面加工技術などが開発されています。
まだ基礎研究ですが人工光合成の研究も世界中で行われています。

ネットの検索サイトで「バイオミメティクス」と入力すると様々な情報を得るこ
とができます。

将来的には、生物の営みから得られた知見を活用して新しい経済学、社会学、哲
学などが
生まれることを期待したいところです。

5月21日狐狸庵生徒さんの、以上はコメントです。

独立の勧め(614)


1、周辺領域の専門家からのコメント

狐狸庵生徒さんからの「フィードバック」の説明がわたしの説明より分かりやすいので引用します。

「自然科学の世界ではフィードバックによって、自分の進歩をモニターすることが日常的に行われています。

作業仮設の設定 → 実験と観察 → フィードバックよる結果の吟味→ 作業仮設の補強/修正 → …… というような感じで仕事が進んで行きます。

フィードバックのときには、その分野の専門家はもちろん、周辺領域の専門家からもコメントを求めることがあります。とくに大きな問題を抱えて行き詰まっているときには周辺領域の専門家の岡目八目的なアドバイスが問題解決のヒントを与えてくれる場合が多々あります。」

周辺領域の専門家の意見が、実はこのようにアイデア発見の宝庫なる場合があります。数人の周辺分野のアイデアを聞くことは、私にとっては生物学のナマコの生態を理解することのように、頭脳だけん集中処理にたよらない思わぬアイデアを与えてくれるのです。

2、独立のすすめ

お金学で「頭がよい人が儲からない理由」坂本桂一の書評のように、独立するには、
http://okanejuku.blog92.fc2.com/blog-entry-515.html

1)自分で考え抜くこと、そして創造性とイノベーションを加えること
2)異常とも言える執念深さ、すなわち諦めないこと
3)私も仕事をしていた会社の会長は、辞めたら生活できないと言って独立したい人に、

いつもその人は社員に恐怖心を与えるような話をいつも社員にしてきたことを、観察していた自分を今も良く覚えている。恐怖心の克服によって、本当はだれでも、自分で独立して仕事ができるのである。

そして、なぜ彼が、そのような話をしていたかの理由を考えるならば、準備をすれば、誰でも独立できるからである。そしてサラリーマンの時よりも、収入をあげることもできる。しかし、あまりに長く同じ仕事をしていると、人に、本当は恐怖心が持続するストレスとして影響を与えていき、行動できない人間になってしまっていく。

私がいた職場で今なおそこに何人かの知っている人がいる。行動しない人では、何かを達成したということを感じることはないまま、頭が固く、そして傲慢になっていくのだろう。

自分で考え抜くこと、そして諦めないことは、上記の周辺分野の専門家の意見を聞くことから問題解決のアイデアが得られることと表裏一体の構造です。

4)なにをするかでなく、どのようにするHOWを考えること

でもその分野がライフサイクルで、成長分野であるか、衰退分野であることを知っておくことは役に立つ。最も自分に重要なものを自問することから、競争の世界から超えて成果は生むことができるようになる。

5)教養があれば、無駄なことをしなくてすむ、
6)失敗しても、それが商売のネタになる。私の著作の中では同じようなことをして、ボートに乗っていてボートが転覆したなら魚を捕まえてくる と の表現を使っています。

独立するとは、高橋信次氏によれば、自由人になることであり、それは、

「風流に身を任すも人、俗人から超然とする自由人のようにいわれるが、真の自由人とは社会的な制約の中にあっって、それにとらわれずになすべきことを果たしていく者を言う。

人にはそれぞれ器と言うものがある。人はその器に従って,この世での役割を果たしていく。」

3、成功から生まれる傲慢

 

 

しかしながら、あまりに長年同じ職場にいると、人は頭が固くなり、やがて傲慢になっていくのである。成功は傲慢を生み出していくのである。過去の成功は、明日の業績のための大きなハードルの一つとなっていくのである。それゆえ、この成功と傲慢のサイクルを冷静に観察していくことは、進歩のフィードバックにはなくてはならない。

 上手に年をとるには、60歳の人の、そうならないための事例となる60歳以上の人を観察することにある。30年以上同じところで仕事をしていたなら、人は尊大で傲慢が謙虚に取って代わっていくのを観察できる。

日本の20年にわたる成長のあとの現代の衰退は、経済成長の後の傲慢が社会のあらゆる分野で続いている事例として学ぶことができる。この成功と衰退のサイクルを観察することこそが、人をこのサイクルから超えていくようにさせてくれるのである。資本主義は成功から生まれる傲慢が不況を生み出し、やがて次の成長企業が現れて、強くなっていくのである。

4、集中とユーモア

 

 

そのサイクルを闇から明日の姿を見るには、ユーモアを一日一は使うようにすることだ。そしてできれば、そのために若干よこしまな創造力を使うために時間を使うのである。よこしまな創造力を使うことは、パッチアダムスの映画が役に立つ。日本人は、自由な心がないから、ユーモアを使わない。

In order to achieve success  at your profession,we can be made by asking by ourselves what we should do. We can concentrate on our important things at our profession.

専門分野での成功をえるためには、自分では何ができるのかを自分に問うようにする。なにで持って自分は貢献できるのかを、自問するようにする。このようにして、我々の最も重要なものをいつも自分に問うことによって、それに集中することができるようになる。

3,世阿弥の離見の見

アイデアを得るには、問題解決に少しも期待していない友人が役に立つのである。なぜなら、そのような友人は、冷静にゲームを見るからである。彼のアドバイスが、新しいアイデアを見つけるのに役にたつのである。狐狸庵生徒さんのアイデアの発見もそうである。

Looker’s advice;To remember someone who we do not expect at least to solve a problem. The looker sees most of the game  His advise could help  me to find  new idea.

理由は、ゲームに参加している人は、冷静にゲームを見られないのである。だから、人は数人の異なる専門分野の友人がいれば、人は独立できるのである。この文章は、私のブログの最初のページで書いているように独立をしようとする人への、私の体験からの勧めである。これは世阿弥の離見を使うことである。

以上書いてきた文書の原案は、厳しい競争や過去の成果にこだわらないで、さらなる成果を上げるようにと、外国人の友人を励ますために書いた英文の文章が原案である。

そして独立は、数人の友を持つならば、誰でもできること。でも一人では絶対にだめだ、である。

これは、忘れ得ぬ写真家荒木 経惟の言葉である。何故かこの言葉は、私の忘れ得ぬ言葉となっている。

昨日自宅に来られた中山さんの写真を見せてもらって、写真の先生を見つける学ぶ人の力と、その先生が相手に教えようとする気になるか、という相互作用である。

だから、私も経営コンサルタントとしてアドバイスを、チームで仕事をすることを考える。

フィードバック(613)


611の進路指導の内容が分かりにくいので、以下を全面的に書き直しました。

 

1、進歩のフィードバック

進歩のフィードバックは、一定の期間の進歩のプロセスを記録から検証することである。

一年前や、半年前の記録と現在の記録を対比して、どの程度進歩しているかを測る進歩のフィードバックをすることは、自営業や自営業になろうとする人には、なくてはならない。進歩のプロセスのフィードバックをする事は、日常の仕事である。

 

自分でしか到達できないゴールに向かって進んでいくためには、人はゴールの設定とそれに至る進歩のプロセスに注意を払っていく。そしてもしも、そのゴールの設定が合理的にできでいないならば、われわれは、やる気をなくしていくし、インスパイアされない。

反対にゴールの設定があまりに簡単であるなら、楽に苦労なく進むようになる。その時は、ゴールに至るために人は、進歩に一致した行動をしなくなる。そして、その結果は、なにも起こらなくなる。自分が変化しなくなるのである。それでは、日常生活で焦点が欠けていく。

フィードバックなしでは、自分で能力を開発するための自己管理でできていないことになる。そうならないために、自分は、自分で学び、成長する力を持っていることを信ずることにある。

そうならないためには、あなた自身が設定したゴールの方向に向かって進んでいることをフィードバックしているようにする。フィードバックによって、自分の進歩をモニターする習慣を身につけるようにして、自分を訓練していくのである。

 

2、フィードバックによる変化の検証

 

はっきりした言葉でもって、自分が成長していくためのゴールとそのプロセスを定義していく。即ち徹底的に考える習慣を第二の天性にしていく。

そのためには、付け加えるべき、わたしにとっての経営資源は何なのかをあきらかにしていく。

しかし、一人だけで進むことは困難であるし、またそうするも必要がない。チームで進めるのである。わたしの経営資源に何を追加していくのか?を考えるのである。

それにはチームでするようにして、そしてコーチを求めていく。それを上手にしていくためには、他の人を観察するようにすることである。影響を与える人は、その目標に到達することを助けてくれるためのツールと情報に目を開けていく人でもある。

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もっと巧みに調整できていれば、そのコースにとどまる、そしてうまくいかないものは捨てて行き、うまくいくものは続ける。フィードバックしていく。このようにしていくと、数年前の自分の変化が分かる。

それゆえ、学んだ新しいアイデアを自分の頭脳に編入していくようにしてする。成長していく。このプロセスは、成長の結果のいくつかをいつものノートに書き加えていく習慣を作って、フィードバックすることである。

このように前回の忘れ得ぬ進路指導のアイデアも、小さなノートに書き止めていたものである。頭脳やまたはニューロンを使い、新しい経路を広げていくのである。そのためには、頭脳も使い、生物学が参考になる。

3、失敗の意味,障害の発見

 

だから、自分の人生を、研究室の中の研究材料のように客観的に取り扱っていく。

そして、あなたは新しいアプローチと実験を自分で試みていていき、新しい価値体系を加えていくことをいつもしていく。自分を客観的に扱うのである。

それゆえ、私の失敗はOKである。失敗も、次の世代への引き継ぐ研究材料の記録であり、小さなノートに書き留めていく。失敗の意味は、一つの方法が働かなかっただけを意味するだけである。

それはほかの方法を探すようにと、わたしに働きかける。いつも影響を与える人は、ギブアップしないで、ほかの角度を探す人である。生物学の進化の知識は、新しい手法を教えてくれるのである。

 

 批判的な考え方は過小評価されている。批判的であることは、同意に生産的になることである。集団的な空気が支配している日本社会では、特に懐疑的あることが必要である。

そのためには、いつも仮説を作り、その証拠の有効性をテストしていく習慣をつくるようにする。研究所のように自分を扱うようにする。考えることをこのように極めていく

リストを作って2回チェックしたあと後で、

あらゆる方向に影響力を与えようとする人になろうとする試みは、だから技能以上のリーダーシップの延長なのである。それはライフスタイルで心の持ち方である。それゆえフィードバックは、ライフスタイルでもある。

そのためには、あらゆるプロフェッショナルが大きな目的と同様に個人的なそして仕事のゴールを達成するために周辺情報に関心をもち、それを分類していくようにする。周辺情報は、情報の宝庫である。要するに、深く考えるのである。

 

4、大きなゴール

ここからは、以下からの一部翻案です。

Taking People with You: The Only Way to Make BIG Things Happen by David Novak. Copyright © 2012 by David Novak.

ISBN: 978-1-59184-454-9. To purchase this book, go to www.amazon.com or www.bn.com.

それは予期しない場所でよいアイデア見つける方法である。あらゆる人が、チームの一部であって、貢献するチャンスをもっている環境を、あなたが作り上げるのである。そうするならば、人が偉大なことをする状態を作る状態を、あなたが作り上げたことになる。このような環境を作るには、信頼でもって始めねばならない。

1)                           Know that people want to contribute: 人は貢献したいものであることを知る

 

99、9%の人はよきことをすることを望んで、毎日仕事をしに行くのである。人々はそうしてそれを感謝することを考えて、あなたは仕事をしなればならない。0,001%の人の、混乱させて、よき信念で行動しない人を捕まえようとして探さないことである。自分は、なにで持って成果をあげて、貢献しようとしているのか?

2 Demonstrate that everyone counts: 誰もが重要であることを示す

 

ずっと示されてきたのは、最も成功する企業は文化を持っていること、その文化とは、だれもが価値があると感じる場所をつくることである。それは、どのような立場のひとであっても、彼らは貢献するチャンスをもっていることである。ほかの人との違いを作るチャンスを持っている、ということを、すべての人に伝えるのである。

 

3 The more they know, the more they care:知れば知るほど、もっと人は気にする

あなたが彼らの能力と考えることに信頼を示す一つの方法は、あなたが知っていることを彼らと共有することである。

4)大きなゴール

 

自分の大きなゴールに集中する。大きなゴールを持ち続ける。その大きなゴールを、あなたの心の中心と、あなたがターゲットとする聴衆の心の中心にすることが、あなたの仕事なのである。大きなゴールは自分にとっては、何なのか?それをどのようにしようとしているのか?

 

5、粘り強く、粘り強く

 

1) あなたとその人々は、成功に至る道を見つけると言う信念を持っている

そのための知識を持っているならば、それを見つけることができる。

成功への経営資源を持っているならば、それをえることができる。

それは、あなたとあなたのチームが、それを発見する能力を持っていることを意味する。

もしこれらを信じていなければ、なぜできないかについて、もっと徹底的に考える必要がある。

なぜできないかを十分に調べることによって、あなたはゴールに至る障害の発見ができるようになる。

 

粘り強く、粘り強く

何が重要であるかに焦点をどのようにあて続けるか、そして横道に入っていないようにすることがあなたのフィードバックによる仕事である。

絶え間ないコミュニケーションをそのためにしていく

コミュニケーションを続けて、あなたのゴールに焦点をあて続ける

2)        リーダーの仕事

 

• Play as though you’re behind. 遅れているかのようにプレイする

毎日成功すると信じて仕事をするべきである。でも遅れているかのように。韓国も中国も先を進んでいるかもしれない。この遅れているかもしれないと言う態度が成功へのベストなチャンスをあなたに与えてくれる。

私が本当に信じているのは、あなたが人々を導くのがリーダーの仕事である、ということである。その仕事は、誰かに委任することではない。大きなことを実現する人であるならば、それは素晴らしいしごとである。遠くまであなたと人々を導いていく。それを実現させるのは、リーダーとしてのあなた次第なのである。