見えない手紙(616)


前回の文章の補足)

創造とイノベーション

私がスティーブジョブスの記事に関心をもったのも、技術とアートの交差するところに創造 が生まれる言うことです。同じように生物学がほかの分野と交差するところから、新しい創造が生まれる予感がすることです。

この理由から、前回615の文章を書きました。それは、生物学が、何かほかの分野、たとえば経営や宇宙論 などと交差するところからイノベーションが生まれるのです。それは生物に学ぶバイオミメティクスです。

 

 

1、見えない手紙

 

 

誰にでも、見えない封筒が届いている。届いているその封筒の中には、その人でないとできない貢献の方法でもって、その人が生きている間にできない生命という35億年という大きな生命の樹に役に立つ貢献の仕方が書かれている。

 

しかし多くの人間は、そのような自分だけのための届けられている封筒を、読む機会に一生気が付くことなく死んでいく。多くの人間は、ただお金を稼ぐだけの仕事にしか出会うことがなくて、本当にその人でしかできない仕事に気がつかないだけだ。

 

それは、いわばハッピーリタイアの後に、その人のみで取り掛かる仕事のようなものである。どのような人にも、そのような封筒は届けられているはず。そしてその人間だけに与えられた、ある仕事をやりきる才能がある。

 

このような才能を大切にして育てることに関係ない仕事についてのかかわりは、一般的な仕事の関係でなく、その後は趣味やボランティになるのだろうか?自分だけに届けられた封筒を見るとは、まだ意識があって死ぬ前に思うこととして、よき人生であったと言うであろう。

 

 

2、思い半ばで逝ってしまった死者の思い

 

 

死に至るまでの与えられている時間を、ほかの人が容易に代替できる仕事でもって一生を終えてしまおうとする人もいる。このすでに自分には届いているがまた読んでいない手紙には、思い半ばで逝ってしまった死者と見知らぬ国の死者や祖先たちの、やりのこした思いと託す言葉が書いてある。

 

それらを託すために見えない手紙は書かれている。その手紙は、宗教の教えでなく、無数の祖先からも託されていて、その人でしか貢献できない仕方でもって生きていくことが書かれている。

 

 

3、神が与えてくれた才能

 

我々は、2種類の才能をもっている。ひとつは、その人間が作り出した才能である。もうひとつの才能は、神が与えてくれた才能である。前者の才能のみに頼って生きるならば、わたしたちは、厳しく一生働きつづけねばならない。前者の才能に頼る仕事ばかりを続けていくならば、仕事を辞めたならば、人はもう働こうとしなくなる。

 

一方神が与えてくれた才能に、ある人はときどきコンタクトすることができるようになる。それについては、このブログの右端で紹介している私の著作である「自然と生き物に触れて見えない世界とのコンタクト」で詳しく説明している。

もしコンタクトできたなら、そのメッセージを読めるようになる。そのあとは、人は好きなことをすればよい、のである。だから本当の成功は、お金を儲けることが目的でなく、神が与えてくれた才能を使うと、好きなことや先見力が見えるようなる。

 

そのような仕事をしていくと、後からその報酬はついてくるようになる。その才能にコンタクトしているならば、好きなことを、もっとよくできるようになる自分に気がつくはずである。求められているのは、神が与えてくれた才能へのコンタクトである。

だから、本当の成功は、この才能に人がつながることと大いに関係している。そのためには、わたしたちの直感や頭脳を使わないコミュニケーションによって、その道を導くようにさせれば、よいのである。

だからあなただけの人生の道を見つけられるようになる。それには、草が伸びて、果物が熟し、飛ぶ鳥の自然が、われわれを導いてくれる。自然は偉大なる癒しを与えてくれるだけではない。だからストレスを感じて、あなたがそれに圧倒されて崩れようとする時には、外に出て、自然に触れるようにする。

 

それを楽しむならば、ビジョンが見えてくるようになる。裏庭で星を見上げているならば、そのコンタクトは、どのような問題を抱えていても、人を復活させてくれるのである。

 

誰とでも代替できる仕事をしていては、それは天職ではない。このような仕事をしている限り、そして結局はお金を得ることが目的になっている仕事をしていることになり、それでは仕事を楽しんでいないし、成果をもっとあげることができない。

 

神が与えてくれた才能とコンタクトする時、誰もわからないままに一生を終ってしまうことなしに、思い半ばで逝ってしまった死者や見知らぬ国の死者や祖先たちのやりのこした思いが導いてくれる時、天は自ら助ける者を助ける。

 

思い半ばで逝ってしまった死者と見知らぬ国の死者や祖先たちの思いだけでなく、生命と言う大きな川の流れが、わたしたちを導いてくれている。

五井昌久著「信仰と直感」より、

「私どもは人類が、地球に生まれたことを、人類最初の誕生と思っておりませんで、人類は地球に生まれる以前に、様々な星の世界に生まれて、それぞれの文明文化を先に開いてきたものであると思っています。」

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