問題の発見(618)


1、問題の発見

新しい時代は、文科系と理科系の統合や教養こそが、ビジネスとつながる。

教養の1つとしては、コミュニケーション能力がある。科学とリベラルアーツの交差するところに、イノベーションが生まれる。

この能力については、文章615の「科学、リベラルアーツ、そして生命」の人文科学とサイエンスの交差点に立つジョブスで述べた。ジョブスが結び付けたのは、リベラルアーツとサイエンスとであったのである。日本の問題は,この交差する場所にある。

同様に、経営コンサルタンにも、問題がある。その問題は、わたしの場合、仕組み依頼を受けた企業の儲ける仕組みを考えた。そしてフランチャイズのような仕組みを作り上げた。しかしコンサルとタンは、問題の解決に取り組むが、依頼を受けた企業の本当の問題を発見しようとしない理由がある。

なぜならコンサルタントの仕事は、依頼された経営者のニーズに答えることから収入を得るからである。それによって報酬をえて、生活しているからである。したがって、彼らは、与えられた問題の解決に取り組むのである。

経営コンサルタントは、多くの場合に依頼された企業の経営者から、仕事をえている理由から、本当の問題の発見にかかわることができにくいのである。だから、科学の研究者や独立した自営業者や投資家には、問題の発見することが重要なのである。

2、問題の発見の分析

 

本当は、問題の解決よりも、問題の発見のほうがもっと重要なのである。なぜなら問題の解決の70%から80%は、真の問題の発見から、生まれてくるからである。だから、問題の30%が、問題の解決の仕事なのである。自分で会社を経営する時に、本当の問題の発見の重要さがわかってくる。

なぜなら、問題を発見する能力を高めることが、問題の解決のクオリティを高めるからである。

これは、科学と本当の経営者と投資家に当てはまる。7対3の比率程度で、問題を発見する能力を高めることこそが、問題の解決の能力を高めることになるのである。

この問題の発見と問題の解決の比率を理解することから、本当の科学者、経営者、そして投資家は成果をえるのである。以下のように、さまざまな次元で考えないならば、それは情緒が支配してしまうのである。問題を深く考えて、数字で捉える必要もある。

そのために問題を発見するために様々な次元とは、

第1に、問題としている本当の目的を明らかにすることである。

第2に相手は、どのような立場に立っているかである。

第3にどのような空間軸を設定しているかである。

第4にどのような時間軸を設定しているかである。

目的を明らかにするとは、本当に解決すべき問題とは何かを明らかにすることである。見えていない問題の可視化することである。そして実現できる可能性あることを明らかにして、コントロールできる、実現できる問題に焦点を当てることである。

そして

1)        あるテーマについては、先入観や誰かの主観が入っているのではないか?を考えることでもある。

2)   それは、問題を客観化する力を使っているか?どうかを考えることである。

3)   これらの問題を発見するために発想法としてout-of-the-box thinking の発想法にたどりついているか、どうかである。この発想方法は、科学にも、ビジネスにも、投資にも使うことが効果的なのである。

3、脱原発

 

 そのためには、事例を使う。管直人や脱原発を主張する人がいる。前述の発想法を使うと、彼らは、情緒から始まっているのがよくわかるようになる。その前に、第2次世界大戦前と現在の日本は似ていることを振り返るのが役に立つ。

本当の第2次世界大戦の原因は、日本人の非合理性であった。現在は第2次世界大戦前の世界恐慌になる可能性もないとはいえない。

日本人の非合理性としては、

1)レーダーや工作機械などの本当に必要なものの研究開発ができなかった。

2)ハルノートを最後通牒として考えてしまい、粘り強く合理的な交渉ができなかった。

3)そして、その当時の日本の本当の問題はエネルギー問題であった。

情緒で物事をとらえてしまい、日本は65年前に破滅した。多くの大衆には、戦争の本当の原因も分からないままに、戦争に巻き込まれていった。その時リーダーの多くは、責任を転嫁して、その責任を引き受けなかった。同様にそれから67年が経過しても同じことがおこっている。

本当の問題を明らかにすること、問題の解決としての研究開発、短期の対策と長期の対策がなされていないのである。 昨年の原発事故においても、国のリーダーは責任をとっていないし、東電も破産処理をしていない。その当時の管首相は、その当時の自分の責任があるとは言わない。問題の発見も問題の解決もされていない。

原発の事故以降に、どのような短期的な改善が行われたのか、また長期的にどのような改善が行われようとするのかも、わからない。彼は、今も脱原発の集会に出席している。さらには、いまも多くの人や知事、そしてマスコミなどが、脱原発の発言をしている。

関西広域連合の滋賀県や京都府の知事も、原発の危険を言う。彼らは、原発は危険であり、脱原発を話す。しかし、脱原発をしたら、膨大な燃料費の増大が見込まれる。

そして、現実には,地震ほかのすべてのリスクへの対応などは、不可能である。どの程度のリスクがあるのは、確率的に、または定量的に捉えることができる。

脱原発を主張する人の本当の問題とは、何なになのか?彼らは情緒でとらえて、何が本当の問題であるかを話さない。それは前述の第1から第4の次元でもって問題を捉えることである。深謀遠慮でもって問題の発見をすることにある。

脱原発と言う言葉は、人を思考停止させる。67年前からのエネルギー問題を、3世代もすると、本当の問題としての無資源国家の日本を忘れてしまう。発言する人が、どのような立場に立っているか、を見ることである。そして、二つの時間軸を用いて、数年以内と、および10年単位の長期において、エネルギーは、どのようなエネルギーコストであって、コントロールできる実現可能性があるエネルギー開発のプランを作ることである。

海外でのエネルギー開発の成功と失敗のデーターを集めることである。そして本当に必要なものへの研究開発の集中である。それは、地熱発電や海底のエネルギー開発かもしれない。

しかし脱原発と言う言葉は、すべてを思考停止させてしまい、情緒が支配させる言葉である。

原油価格の先行きの不透明さ、海外の太陽光発電関係企業の破綻、天然ガス、地熱発電、省エネのあらゆる企業や個人の努力、原子力などのあらゆるオプションの採用である。即ち、エネルギー政策の多様性の分析と採用である。

狐狸庵生徒

「脱原発」という言葉が一人歩きして
思考停止を促しているようです。
日本の社会全体が、情緒的であるが故に、
「脱原発」という言霊
に容易にとらえられて、自縄自縛に
なっているかのようです。

現在は、原子力発電所を積極的に再稼働させ
産業や消費を活性化させ、経済を上向きに
誘導すべき時期だと思うのですが。

経済の活況が、代替エネルギー開発へ向けての投資
を積極化させると思います。

原子力発電所には、より安全でよりクリーンなエネルギー
が実用化されるまで、リリーフ役として
しっかりがんばってもらいたいと考えています。

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