Archive for 8月, 2012

賢い信頼1(626)


信頼は、チームや組織において従業員の満足において、歓びに影響を与える
>信頼は、企業が人を引き付け、才能をその企業に留める会社の能力にも影響を与える。

     狐狸庵生徒

        信頼はWin-Winの関係を築くための土台ですね。
近江商人の「三方よし」ともつながりますね。
企業のポリシーとして一応、「信頼」をキーワードに
取り込んでいるところは多いのですが、現実には
本当に信頼できる「企業」を見つけ出す、また
本当に信頼できる「企業」に育て上げるのは
大変ですね。
理想と現実の乖離は当たり前のことなのですが、
「信頼」に関しては乖離の距離が特に大きいような
気がします。

8月27日

これは、以下の一部の翻案です。

From Smart Trust: Creating Prosperity, Energy, and Joy in a Low-Trust World by Stephen M. R. Covey and Greg Link with

Rebecca R. Merrill. Copyright © 2012 by Coveylink, LLC. Reprinted by permission of Free Press, a Division of Simon & Schuster,

Inc. 295 pages, $27. ISBN: 978-1-4516-5145-4. To purchase this book, go to www.amazon.com or www.bn.com

 

1、信頼が繁栄に変える

過去も今も、文字通りの信頼の危機が世界中にある。-社会に、様々な組織、政府に、メディア、健康のサービスに、我々の関係に、個人的な生活に信頼の危機がある。世界は信頼の危機にあることを示している。はっきりしていないことは、この危機は、同時に、経済的な幸福と世界中の生活の質に深いインパクトを与えている。

 

企業の評判、それは他の人とパートナーを組み、コラボレイトする能力、企業のイノベイトする能力、企業の人を働くことの有効性、人を引き付けて、引き留める能力、あらゆる次元の成功を実行するスピード、これらは、信頼によって実現する。

事実、信頼は、地球的な経済の新しい通貨である。それは、多くの人がビジネスをする基本である。腐敗していない信頼出来る国は、より繁栄していると受け取られている。

反対に、もっと腐敗している国は、繁栄していない。

信頼がチーム、ある組織、及び国においての、その関係が低下する時、スピードが下がり、コストが上がる。その理由は?一方、信頼がそれらの関係において上がる時、スピードは上がり、コストは下がる。

その時、人々はより早くコミュニケートできるようになり、もっとイノベイトして、ビジネスをもっと早く効率的にすることができる。これが最も高い信頼の配当である。

信頼は掛け算となって、その意味は、大きな繁栄、増える収入、利益、経済的成果などである。

 

信頼による劇的な衝撃を与える結果は、エネルギーである。それは、物理的な及び感情的なエネルギーでなく、雇用、創造性、健康、そして幸福であることを、信頼は意味する。信頼ほどどこにも従業員の雇用において、エネルギーを変えるものは、ほかにない。

 

信頼は、肯定的なシナジーの形として、エネルギーと創造性を増やしていく。そこでは信頼は、イノベーションに人を駆り立てる。人はお互いを信頼するとき、違いは力となる。反対に彼らがお互いを信頼しないとき、違いは争いの種となる。

 

信頼は歓びに変える

 

世界中の多くの人にとって、幸福は人生の最も重要なゴールである。カナダのエコノミストジョンヘリウェルによれば、幸福につながるナンバーワンの要因は、収入や健康以上に、信頼の関係である。

信頼は、チームや組織において従業員の満足において、歓びに影響を与える。信頼は、企業が人を引き付け、才能をその企業に留める会社の能力にも影響を与える。

基本は、信頼は量的な繁栄を変える。信頼は、質的にエネルギーと喜びを変える。

 

 

2、盲目の信頼それとも不信

我々の多くは、個人的な人間関係、我々のチーム、組織、そして政府を、二種類のメガネ、盲目の信頼か、または不信でもってして見がちなのである。ときどき、人は、二つのメガネをつけて進み、または戻る。

これらのメガネは多数の要素、両親や叔父、叔母を含む、によってつくられてきた。そのメガネは、世界を見て、反応する。我々の個人的なそしてプロフェッショナルな生活の経験、相互交流する人々、読んだ本、見たもの、聞いたものによるメガネである。

 

盲目の信頼のメガネ

 

盲目の信頼の悪い経験を持っているならば、人は心の奥で、信頼したいのである。その事例として、人は、ある新しい投資機会が高いリターンを少しのリスクで生むリスクについては、その証拠を無視するのである。そのコストはとても大きい。

 

 

不信のメガネ

 

 

盲目の信頼よりもはるかに多く、わたし達は不信のメガネをつけがちである。疑惑のレンズによって、世界を見がちである。あらゆる可能な視点から今日の信頼の危機の証拠が繰り返されている。それは、われわれが、情報の爆弾にさらされているからである。

加えて自分の経験がそれの証拠になっている。我々は、あまりに信頼するコストを認めるにはうまくないし、十分に信頼しないコストについてもうまくない。すなわち、あまりに信頼するリスクはあるけれども、十分に信頼しないリスクもある。

あれかこれか、または、ではない。盲目の信頼対不信ではない。解決は第3の選択である。新しいメガネである。我々が賢い信頼という見方であり、行動である

 

 

3、第3の選択、賢い信頼

賢い信頼とは、判断力である。それはわれわれの判断する能力であり判断するプロセスであって、低い信頼の世界にあって、高い信頼で我々が仕事をすることできるようにするものである。それは、リスクを少なくして可能性を最大にするものである。

: 低い信頼の世界でいかに信頼するかが、賢い信頼である

 

信頼するための傾向

 

信頼するための傾向は、人を信頼するための気持ちで、それを望むことである。この傾向はひとつの方向に、または、ほかの方向に個人的な経験や状態によって影響を与えられる。基本的には心の問題である。

.

分析は無視できない。多くの日本人は、分析を棚上げしているだけだ。多くの人は基本的によい人だとの信念で、状況にアプローチするのである。

信頼する傾向で始めることは、誰かに信頼を広げることを必ずしも意味しない。

特に分析をした後では、そうしない。しかし不信で始める時は、可能性が見えてこない。

 

分析

 

信頼する傾向に焦点を当てることは、分析なしではわれわれは、盲目的な信頼になってしまう。信頼が少ない社会では、我々は燃え尽きてしまう。賢い信頼を練習するためには、我々に必要なのは、高い分析能力でもって信頼を結びつける傾向である。

分析は、評価、判断する我々の能力に関係する。リスクを含む影響と結果に関係する。

賢い信頼は分析であり、それには、3つの変動要素が含まれる。

1. 機会 (状況 — 誰かの何を信頼しているのか?)

2. リスク (含まれるリスクの段階)

3. 信用性 (含まれる人の性格と能力).

信頼のマトリックス

1、   盲目の信頼  (だまされやすさ)

2、  スマートな信頼(判断力)

3、  信頼がない(優柔不断)

4、  不信 (疑惑)

賢い信頼は、判断力からなっていて、判断力は分析からなっている。判断することは、リスクの影響と結果についてである。

分析と信頼の4つの分類が今回のまとめである。騙されやすさ、優柔不断と疑惑の世界に入らないことである。

(つづく)

長生きが地球を滅ぼす(625)


狐狸庵生徒
本川達夫氏の著書「長生きが地球を滅ぼす」を読んだことがあります。

「・・・地球を滅ぼす」は本を売るためのキャッチコピーと思っていましたが、
ヒトが
自然界で生物として持っている寿命をはるかに超えて生きるようになった今、
様々な問題が噴出しているのを見聞きすると、ヒトは寿命を延ばそうとする
努力の結果、皮肉にも、生物種として滅亡へ向かいつつあるのではないかと
懸念されます。

食糧の増産、医学の進歩、快適な住居の建設など、一応、「善なるモノ」
とされている事象の背後に「滅亡へのメロディー」が通奏低音のように流れてい
ます。
「ハウツー式」の解決方法などありません。

本川達夫氏の著作はユーモアにあふれ、一気に読めてしまえますが、
非常に重い問いを我々に投げかけています。

自然科学系の研究者だけではなく、哲学者や宗教家にも、この難題にもっと真剣
に取り組んでもらいたいものです。

滅亡へのスピードを少しでも遅くする方策は、高齢者がもっと積極的に次世代の
育成に
関与する、ある年齢以上になれば無理に寿命を延ばす医療は積極的に避けるな
ど、でしょうか。

8月20日

1、長生きが地球を滅ぼす

 

 

わたしは、何もしないで生きているだけの老人の実態やその人達を介護する人を見てきた。さらに税金をほとんど一生支払っていない親子を目撃してきた。その上で、この本「長生きが地球を滅ぼす」がわたしの考えと同じなので、取り上げる。

 

何も唯もすることなく人の世話でもって生きている老人を見て、老人介護に多くの若い人がその世話に若者がエネルギーを使っているという現実を、わたしは見ている。そのような人を目撃する時,表現しようのない不快感を、感じてきた。

 

また介護に関係する分野には、保険制度を利用する貧困ビジネスに近いものが存在することを感じざるを得ない。わたしはいまでに税金として、一億円近い税金を支払っているはずである。その親子は、生涯でほとんど税金を支払っていない現実に、表現できにくい嫌な気分になる。

 

さらにまた、人権派弁護士と呼ばれる人は、命がかけがいのない人の命を、何よりも重要なものとして主張することへの疑念も深まっていった。かけがいのない人間の命としての人権問題を発言する人には、左翼的な考えの人がいることから、その社会に及ぼす影響には注意しなければならない。

 

次の世代のために、長生きをする老人の中には、経済を疲弊させ、国を滅ぼしていると言う意識がない人もいる。勤勉や自立して働いてきて長生きをする人には、もう一つの仕事があるはずである。

 

しかしながら、人権派からの視点や長生きが、エネルギー問題にたどり着き、国さえ滅ぼしているのである。「長生きが地球を滅ぼす」では、人間がいかに多くのエネルギーを使っているか、が説明されている。

 

長生きが環境を消費し、壊すのである。長生きが、むしろ子供を減らしていき、経済を疲弊させて、国さえを滅ぼしているのが、日本の現実である。私が高校生の時、県立高校の学費は、わずか月額1400円であっとことを、今でも記憶している。

 

大学を卒業した後は、ほとんどセルフメイドで、自分で生活をしてきた。それ以降社会に出て、わたしは、親の世話に頼ることなく、ほとんど自分の力で稼いできた。そして、長生きをすることは、どのように生きるかを、自分に問いかけているのである。

 

 

2、科学の時間観と動物の時間観

 

以下の「」は、「長生きが地球を滅ぼす」本川達夫著からの引用。

 

「わたしたちがこうも簡単に科学を信じてしまう背景には、進歩思想があります。科学はどんどん進歩して、時間がたてば問題を次々と解決してくれるはずだと信じやすい体質にわたしたちはなっているのでしょう。

 

進歩思想は直線的な時間観から生まれてくるものです。直線的な時間が、物理的な時間であり、物理学が現代科学・技術の基礎になっている現代の時間観である。わたし達は目をくらまされているのかもしれません。そして無責任な人間になり下がっているのです。」

 

科学は進歩して行くという直接的な時間観が、現在の主流の考えである。この考えは、一度限りの時間をかけがいのない時間として、考えてしまうようにと我々を導く。かけがいのないとは、自分の生命が、2度と生まれない生命との考えである。

 

この直線的な時間の考えが、様々な宗教をつくったし、人権思想も作っている。膨大な国家の赤字も作っている。しかし、この考えにこそ問題があることを、もう一つの生物学的な時間が人間にはあることを、この著者の本川達夫さんは、歌を歌いながら、ユーモアをこめて指摘している。

 

「一方、「生物的時間は、元に戻ります。それができるのはエネルギーを外から吸収するからです。生物はエネルギーを注ぎ込むことにより、時間を戻しているのです。そこで新しく自分とそっくりの子供を作り、古い体(つまり親)の方は、壊れて死ぬに任せます。誕生から死へ、また誕生から死へと繰り返すのが生命です」

 

生物的時間はまわる時間、回転して元に戻る時間です。自分が親の代から引き継いだものをそっくりそのまま、今度は自分の子供の世代に引き渡す義務があります。つまり引き継いだ先輩に対しても、引き渡す後輩に対しても、責任を持たねばならないのです。まわる時間観に立てば、わたしたちは責任感のある人間にならざるをえません。」

 

生物の時間は、まわる時間で、繰り返す時間である。上記のような物理学の直線的時間ではない。この繰り返すのが生命の時間であることが、生物学から導かれる。物理学からは、現代にあふれている直線的時間が生まれ、生物学からは、前世代から引き継ぎ、次の世代に引き渡すという責任感が生まれるのである。

 

人間の責任感は、生物学から生まれるのである。生物学の繰り返しの考えは、本当は昔からあった。それは、誕生から死への繰り返しを、お盆の時期に、死んだ両親を思い出すように、人間の長生きの役割を、問い直すのである。

 

 

3、老人は次世代のために働くべき

 

 

「唯病院のベッドに横たわっているだけの時間など、あってなきがごときものとも見なせます。だから知言って無意味だから、すぐに治療を打ち切れ、ということになりませんが、医療の姿勢として、また残される側の姿勢として、長生きさせることが無条件によい、それが親孝行、人の道なのだと、必ずしも考える必要はなくなるわけで、自由度が生まれてきます。

 

広い意味での生殖活動には、孫の面倒を見ることも入るでしょう。人生の知恵を語ることもそうでしょう。もっと高い立場で他人のこと、社会のこと、次世代のことを考えることができるはずです。

 

次世代とつながっていなければ、生命の時間は回転しないのです。だから老いの時間も自分のためにだけあると考えたくはないのです。老人は次世代のために働くべきだとわたしは思っています。」

 

もっと高い立場で考える他人のこと、社会のこと、次世代のことを考えることは、本多静六氏が語るように、相当なお金をつくった人や、社会への貢献をした人が、より高い視点で社会と次世代のための仕事をすることと同じかもしれない。

 

一方、唯長生きをする人が、この役割を果たすとは思えない。自分が新しくする貢献によってのみ、次の世代への引き渡す使命も鮮明になってくる。そうでなければ、唯長生きをする人は、ルサンチマンから逃れることはできない。

 

次世代につながる仕事は、商人の家訓や企業の理念の役割と同じです。家訓のない家の世代は、目的もなしの生き方を繰り返していく。次世代につながることをしないで長生きをするだけでは、エネルギーを使うだけで、家庭も、地域も国も滅ぼしていく。

 

唯食べるだけの生活をしての長生きは、これからの日本で、大きな問題にこれからなっていく。家訓や企業理念に生きるように、次の世代のために引き継ぐ仕事が、長生きする人には、仕事としてあるのである。引き継ぐ仕事には、新しい自分でしかできない新しいことをすることにある。その結果、次の世代に引き継ぐ仕事が生まれるのである。

 

長生きのする人の仕事は、親から引き継ぎ、そして自分がしてきた遺産を次の世代に引き継ぐ仕事であることが、ただ何もしないで長生きする人や、その看護に関係する人、そして人権派の人を目撃すれば、その違いは大きなものになる。

「勝ち残る経営の本質2」(624)


(5)勝算、選択、そして行動

「勝つチャンスが50%以下の時に金を使うことをギャンブルと言います。言いかえれば投機です。勝算が50%以上の時に打って出ることを投資と呼びます。

前例がないからやってみる

現在のビジネスシーンでは、逆に迷った時には迷わず?チャレンジしたほうがいい場合が多いのではないでしょうか。ある程度の事前調査をおこなったら、まず行動を起こす。その結果、それが失敗だったなら、やり直せばいい。」

これは、主力分野が今何なのか?勝算が50%あるのか?と刻々と変わる状況の中で、事前調査をして、判断をして、行動する。そして、ビジネスと投資で、投機をしないことである。ビジネスや投資において、勝算が50%以上の時にのみ、打って出る行動をしていく。

この投資と行動と失敗の経験回数の選択が、何よりも人の幸福作り上げていく。それは、シ―ナアイエンガ―が述べる選択のように、適度な選択をしたあとで、行動をしていく。その時に、人は幸福を感じるようになるから。又人は、選択が多すぎた時には、行動できなくなる。

(6)ヒト, ヒト、ヒトこそが最大の経営資源、

「優れた経営者の共通する5K

優れた経営者に共通している人間的特徴は、①肯定的、②謙虚、③向上心(向学心)④価値観、⑤感性です。」

ゲーテのように人生を肯定的で,謙虚で、何よりも重要なのが、向上心、またはこの向学心である。だから、本当の目的は、売上拡大でもない。失敗や挫折を糧にした、経済成長でもない。それは、失敗や挫折を体験した後で、本当の成長を目指すものは、向上心であり、向学心である。

「自分の信頼している人に紹介してもらうことです。類は友を呼ぶと言いますが、きちんとした人はきちんとした人を紹介してくれるものなのです。

否肯定人間なのか否定人間なのか、人生に対する考えはどうなのか、真剣にものを考えているのか、真剣に物事を考えているのか・・」

信頼する人に紹介してもらう、と言う善循環のサイクルを作りあげるのである。一方反対の人間は、本当の貧困のサイクルに落ちていく。繁栄は、善循環の中でサイクルの中から、生まれてくる。

「権限委譲のできない人の4つの原因

そもそも人を育てることが必要だという認識がそもそもない。その理由として

①   認識はあっても、自分の方が仕事ができるために部下に仕事を任せることが心配

②   部下に任せたら自分よりもうまくやるかもしれないという恐怖感がある

③   正しい権限移譲のやり方を知らない」

人を育てることが必要だとの認識から、人に任せると言うことができるようになってくる。人に任せることは、人を育てるのと同じくらいに、欠かすことができない。

 

(7)マニュアル主義の廃止

「マニュアル主義を止めるためには

①   ほどほどにする-完ぺき主義は身の破滅を招く。

②   報告書は一切廃止(どうしても必要な場合は、例外として認める。

③   マニュアルは一切なし―いつ起こるともわからない偶発的なことに関して、細々と規則を儲けることはしない。」

マニュアルにしてしまうことが何よりも好きなのが、二世経営者である。いくらきれいごと話しても、マニュアルにしているかどうか、そうしていないかで、本当の経営者を見抜くことができるようになる。

そして、日本はこのマニュアル主義が、B層人間が蔓延しているのと同じくらいに、蔓延していて、それを経営と思っている。それゆえ、ほどほどにして、報告書は一切廃止、マニュアルは一切廃止して、成長するために即実行である。

(8)グローバル経営者の要件

「全体のざっと90%以上は、類似点で、残りの10%未満が相違点にすぎません。いわゆるエクセレントカンパニーは洋の東西を問わず、

企業文化、理念を重視し、実践し、時代の変化に対応するために必要に応じて改定している。

②   長期計画を重視し、長短プランのバランスをとっている、

③   を会社の財産として尊重している、

グローバリストであるためには、高度にコミュニケーション能力を高めていくことが、要求される。英語を武器として認めているならば、きらりと光った武器を持っている方が好ましい。

一旦通訳という媒体を通じてコミュニケーションを図り始めた瞬間から、自分が言いたいことのニュアンスとか、肌合いと言ったものは、確実に20%は消えていきます。」

企業文化、理念を重視し、そしてコミュニケーション能力を高めることである。そして、英語や外国語を使うことによって、ニュアンスや肌合いの20%は消えてしまわない英語のコミュニケーション能力を高めることは、必ず役に立つ。

3、京セラのアメーバ経営

  京セラの稲盛さんが述べておられるように、人間としてどう生きるのかと、正しい経

営の2つを、リンクさせる哲学である。

稲盛さんのアメーバ経営は、車さんが作ろうとされた、具体的な部門別経営指標とも言える。それは、一枚のチャートにしていく部門別経営指標を作り上げる作業であり、個人がビジネスをするときにも、一枚の紙で表現できる経営指標でなくてはならない。

ビジネスでも投資でも、一枚のリターンについての指標を明確にすることです。それは、部門別経営指標を作ることと同じである。

一枚の部門別経営指標に落とし込まないと、評論家や経営コンサルタントによる部分的な

をうのみにしてしまい、樹を見て森が見えなくなります。それでは、勝ち残る経営にはならない。

加えて、自分の成功事例や自分の体験が根底にないと、部分的な情報を無限に集めることを続けてしまう。仕事や投資は部門別指標の総計であるから、一枚にした部門別経営指標によって、部門別に改善できる分野に着手する。

人として正しい生き方と勝ち残る仕事を一致させることである。それを一枚の紙に経営指標を書き上げる。そして、コンサルタントやコーチなどとのコミュニケーションによって、人は、改善する分野を発見できるようになる。

狐狸庵生徒

優れた経営者に共通している人間的特徴は、①肯定的、②謙虚、③向上心(向学心)④価         値観、⑤感性です。

   何かの記事で読んだ、米国の著名な投資家・経営者であるウォーレン・バフェット氏を思い出します。
氏は投機ではなく長期的な投資を基本的な姿勢としていました。またよく知られた読書家・勉強家でもありました。
世界中がITバブルに浮かれていた頃、氏は自分が体感的に理解できないIT技術・業界には投資せず、
マスコミやウオール街から、時勢に乗らない投資家などと批判されていたようです。
その後ITバブルが崩壊して、氏のメッセージはますます影響力を増しています。

「勝ち残る経営の本質1」(624)


1、        心のあるべき姿とそれが機能する経営

 

 

友人の経営者Bさんから素晴らしい手紙をいただいた。その手紙には、経営コンサルタントのKさんとHさんのことが書いてあった。わたしが船井総研に入った時、同じくらいの年齢の経営コンサルタントのKさんに出会った。

Kさんから顧客先にあった具体的な方法のアドバイスの仕方を、すべて教えてもらった。

Kさんの具体的なコンサルティングの方法は、わたしの経営コンサルタントの原点になっていった。

わたしと同じ年齢のHさんも、一緒に同じ年に船井総研に入った。Hさんは、新しい切り口でコンサルティングを始めようとしている。わたしも死ぬまで、仕事をする予定だ。

一方、Bさんは、京セラ会長の稲盛さんの経営フィロソフィーについても、言及していた。稲盛さんは、JALの経営再建をリードした。それは、人間のあるべき姿を追求することであり、それは経営の場でも機能するアメーバ経営である。

稲盛さんのこの経営方法は、以下で引用する経営手法とも、よく似ている。この経営手法は、わたしの経営方法にも近い。だから、それを以下で引用しながら、わたしの経営について述べる。

京セラフィロソフィ
http://www.kyocera.co.jp/inamori/management/index.html

2、新将命著の「勝ち残る経営の本質」

新将命著の「勝ち残る経営の本質」からの引用が「」としている。

 

(1)  変化に迅速に対応できる者が生き残る

 

「大きい者、賢い者が生き残るのではない。変化に迅速に対応できる者のだ。成功=情熱×能力×人間力×運

企業成功=社長の情熱×理念、目標、戦略×社員の品質×外部環境」

運は外部環境とも表現できるし,常に環境に合わせていく努力を怠らないことである。そうする時に、運や天は、味方するとも表現できる。それは、ビジネスも、投資においても、毎年外部環境に合わせて調整していくことである。

投資においては、毎年のポートフォリオをどこまでの範囲に刷るか、そして絶えず変更することである。この分類と変更をし続けていいかなければ、成果を上げることができない。小売業では、部門別売上構成比や、伸びる分野の分析が相当する。

(2)  実行する能力と気力

「肝心なのは物事を理解することではありません。理解したことを実行する能力と気力があるか否かということなのです。」

理解することや、本を読むことや座学は、実行することとそのための気力とは、まったく異なる。行動することを、車を運転して左右やバックを見ることを、第二の自分の天性にすることである。その反射神経は、長期に入院すると衰退していく。行動と成功体験である

ビジネスや投資において、行動することは、運手のためのテキストを読むことと、実際に運転する違いは、とても大きい違いと同じである。行動しなければ、10%も理解できていない。

行動を自分の第二の天性にして行くことある。

新しい価値体系を、自分の中に入れ続けていくことにある。そして、失敗と挫折の体験こそが、自分の次のステージを作っていく。

(3)  ビジョンやフィロソフィーが、生きる目標を与える

 

「企業育ては人育て、人育ては自分育て、すべての原点は自分にあると言う平凡な事実です。

 ビジョンなしに、目標や戦略、戦術を追い求めている企業は、自分が生きる上での目的、目標を考えずに日々を送っている人間のようなものです。」

「生きるために食うと食うために生きるとの間には、月とスッポンほどの差があるのです。まずは何のために生きるのか?という問いに対して、自分なりの答えを出すことです。」

食うために生きる人間は、一生をそのように生きていく。自分のために食う人間になることは、B層人間になることとも言える。しかし犬猫でも食べることはするが、毎月の収入の5%から10%の投資を続けていけば、食うために生きる状態は、何時までも続かない、やがて終わっていく。

やがて、社会には、二種類の人間がいることが分かる。その違いは、とてつもなく大きい。このことを酒井三郎氏は、ただ食うだけならば、犬猫でもできると書いていて、わたしは、その言葉をノートに書き留めていた。自分は何のために生きるのか、の答えを自分で出す人間になることである。

そしてビジョンとは、自分が生きていくためのフィロソフィーであるし、仕事をするための行動指針である。それは、京セラの稲盛さんのフィロソフィーのようなものである。それゆえ、仕事と生き方を一致させていかねばならない。

(4)修羅場

 

 

「勝ち残る企業には、人材が多いように思えます。

社員の資産価値を高めるには、座学が10%、第2は、メンター、よき師をもつことです。この重要度は20%くらいです。第3は修羅場です。結果責任を伴った困難な仕事を任せると言うことです。この重要度が70%です。」

わたしも偶然大病を経験した。大病は修羅場であるし、それまでは、人間の価値の70%を作る、ということは、わからなかった。修羅場では、どん底の体験であるし、人間の心には、天使と悪魔が棲んでいる。

社会にも、天使のような人と悪魔のような人がいることを見ることができるのも、修羅場を体験すればこそなのである。

年齢が、人間の価値を作るのではない。大病のような修羅場の時に、このような二種類の人間を見ることができるようになるのである。

また、本を読むことや師をもつこと以上に、ビジネスと投資における人間の資産価値を高めてくれることを教えてくれるのも、修羅場である。修羅場こそが、経営者を育ててくれるものでることが分かれば、おのずと本を読むことと師をもつ大切さも分かってくる。

 (つづく)

狐狸庵生徒

変化に迅速に対応できる者が生き残る
生物進化の世界では、単に強い者が生き残るのではなく、
「変化に迅速に対応できる者が生き残る」ことがよく知られています。

中生代には恐竜が繁栄して、ほ乳類は細々と生きていました。
種としての恐竜が様々な要因で衰退に向かいつつあった中、
およそ6500万年前に地球に衝突した隕石がもたらした
気候の大変動が、種としての恐竜にとどめを刺したとされています。

その後は、ほ乳類が環境の変化に迅速に対応し、
地球上で大繁栄しました。

しかし、ほ乳類も、現在の環境に過剰適応すると、
環境の変化について行けなくなり、絶滅するかも知れません。

会社組織に勤める者も、組織に過剰適応すると、様々な環境の変化
に適応しづらくなるでしょう。

8月6日