Archive for 9月, 2012

偉大な仕事1(630)


狐狸庵生徒
偉大な天職とも呼ぶような仕事は、あなたの外部的な判断からでなくて、
あなたの心の中から生まれてくる。そのような仕事は、
あなた自身の好奇心や才能と情熱から、生まれてくる。
天職とも呼べるような仕事に邁進しているときは、外部の人には
相当な苦労をしているように映っても、本人は強いストレス
を受けていると感じていないことがあるようです。

文書629にあるゲーテからの引用も、
天職ならば可能になるのかも知れませんね。
ゲーテのこの詩は、すべては具体的な機会から生まれている。
抽象的な観念から生まれていない。それは、どのようなときであっても
生産的であって、困難な勤めを日々に立たす、
そして戦いぬいて、困難な勤めを日々に果たしていくのである。

スティーブン R. コブィー はベストセラー作家で、有名な「7つの習慣-成功には原則があった」の著書で、以下の文章は、偉大な仕事として書いた文章554~557の全面的な修正です。新たに翻案し直した理由は、ある人が仕事を退職してそれからは、趣味に生きるとの手紙に書いてあったからである。ここには、仕事とは何かに、ついて述べられているからです。

GreatWork, Great Career by Stephen R. Covey and Jennifer Colosimo. Copyright © 2009

この文章は、偉大なとは次のポイントである。

• あなたは、いかにして仕事の世界に、才能、情熱、そして良心を結びつけることができるのか?

• あなたにとって最も重要な原因を見つけ、定義することがなぜ重要なのか?

• どのようにしてあなたの強みを理解して、あなたが貢献するその強みをさらに促進するのか?

 

•あなたの偉大な仕事において、あなたを助けてくれる人達のあなたのコミ二ティをいかにつくるのか?その代わりに、彼らをどのように助けるのか?

• あなたの個人的な貢献の声明を書くことが、なぜ大切なのか?

Ⅰ、心の中から

偉大な天職とも呼ぶような仕事は、あなたの外部的な判断からでなくて、あなたの心の中から生まれてくる。そのような仕事は、あなた自身の好奇心や才能と情熱から、生まれてくる。

 

そして、そのような仕事は、あなたの良心から生まれてくる。その仕事は、あなた自身がすべきであるという内部からのささやきから、生まれてくる。

その仕事は、社会に貢献しようとする願いとあなた自身が持っている技能の2つから、生まれてくる。そしてほかの人への信頼と忠誠から、生まれてくる。

  ピータードラッカーによればその理由は、知識時代に働いている我々は、それぞれの人が、何でもってして社会に貢献できるのか、という問いかけに答える時代に生きているからである。

あなたの才能につながるような仕事をするようにと、

あなたの情熱の焔に燃料を注ぎ込むような仕事を見つけるようにと、

そして、あなたの良心を満足させるような仕事を見つけるようにと、

全てこのような内なる声が、われわれを導いてくれるからなのだ。

このように人間としてのわれわれの価値は、自分自身の外にあるのでなくて、わたし達の内部からやってくることを、内なる声が教えてくれている。どのような状況に陥ろうとも、われわれには無限の可能性があることを知らねばならない。そして、わたし達は、何になろうとすることを選択する可能性を持っている。

しかしながら、あまりに多くの人は、外部の見方に自分の値打ちを合わせて生きている。他人と比較する存在として、自分をしている。その上、あまりに多くの人は達成した成果さえも、お金と同じように、他人と比較している。

しかも収入や売上などは、この可能性を信じている人々を、動機づけるものではないのである。勿論、収入や売上は期待するべきものであるけれども、人を動機づけるものではない。大切のことは、才能と熱意と良心を仕事の世界と結びつけるということなのだ。

2、何でもって人は貢献できるのか

ある人はいつも自分自身を他の人と比較して、生きてきた。その結果、他の人の意見に合わせることによって、いつの間にか自分のアイデンティを失っていくのである。

これは、アイデンティ泥棒とも言える。そして、人は、ユニークな社会への貢献の仕方が、わからなくなっていくのである。

20世紀の産業社会に働く人々は、与えられた職務の範囲を、単純に信じて生きていた。しかし21世紀に仕事をする人は、ピータードラッカーによれば、

何でもって貢献できるか?という人間の歴史における新しい可能性について質問をする時代に、私たちは生きているのである。

伝統的な仕事とは、実に最近まで与えられるものであったである。

そしてたいていの人は、指示されたことをする部下として生きてきたのであった。知識時代の到来は、これを、今変えようとしているのである。

サービス産業において、特に問題を解決する人として、自分を再発見するようにして、そのために行動できるかどうかである。

3、長所を認めて、自分を褒めてやるような行動

この二つの違い、与えられた職務規定に従って生きて仕事をする人と、内なる声を聞いて生きて仕事をする人の違いは、根本的なのである。

その違いは、受け身で生きて自分で率先してしない人々と、未来に責任を持とうと考えて、自分なりに問題を解決しようとして行動する人々の違いである。

あなたの内なる声は、あなただけの知識、才能,技能、情熱、そして良心の全てを使って、仕事をするようにとの声なのである。その総和を使って、人は、社会に貢献することができるのである。

その最初のステップは、あなたが自分の長所を認めて、自分で自分をほめてやるような行動をすることから始まる。

内なる声を聞いて仕事をするとき、そして自分の才能、技能、情熱を使って人はあることをする時、不思議と夢は実現するものである。結果として、経済的な目標も実現していくのである。

(続く)

生き生きと生きよ(629)


1、心が開いている時だけ、この世は美しい

 

 

「心が開いている時だけ、

この世は美しい。

一歩一歩がゴールであり、

一歩一歩としての価値をもたなくけてはならない。

何事も延期するな、

汝の一生は不断の実行であれ。

困難な勤めを日々に果たすこと

ほかには何の啓示もいらぬ。

停滞は死にほかならない、遅い歩みでも,己が軌道を守って進行することをやめない。

人間一匹を貫くのは、戦い抜いたということに他ならない。

我々人間にできる最善のことは、瞬間を永遠なるものに転嫁することである。

活動だけが恐怖と不安を追い払う。」

一歩一歩がゴールであり、一歩一歩としての価値を持つ生活をしていく。そして、不断の実行をしていく、そして停滞は死に他ならないことを心に銘じて、常に成長していくのである。瞬間を永遠なるものにすること、困難な勤めを日々に果たすことにある。

 

いつの時代であれ、生産的に生きるように、とゲーテは、わたし達に教えている。

ゲーテのこの詩は、すべては具体的な機会から生まれている。抽象的な観念から生まれていない。それは、どのようなときであっても生産的であって困難な勤めを日々に立たす、そして戦いぬいて、困難な勤めを日々に果たしていくのである。

 

「夜と霧」のフランクルは、人は善意のある人とそうでない人がいる、と言う。同じように、人は困難な状況になった時に、他の人がどういう態度をするかは、初めて発見するものである。そうでないときに、ある人がどのような人であるかは、わからない。人は豹変する。しかし、豹変する人を、二度と忘れないし、人には2種類があって、死ぬ時か、困難な時に人の本当の姿は見えてくる。

 

 

2、肥っても痩せても

 

 

 「控え目でいりゃ我慢しなけりゃならぬ、

のさばりゃ叩かれる

どっちみちしょいこみはおなじだ、

のさばっても控えめでも

 

(のさばる)と言うのは、自分のしたいことすること、つまり自分を生かすことでる。人の顔色ばかりを見ながら、自分を生かせなかったなら、残るのは悔いだけだろう。」

 

自分を生かせないで、悔いが残すような生き方をしないようにすることを、わたし達に教えている。自分を生かすことは、入院の時に、完全に生ききった自分の生き方をすることであることを、改めて意識した。そして自分でしかできない貢献の仕方があることも、病気は教えている。

 

自分のしたいことは、趣味の会に参加することでもない。趣味の体験をして、始めて気がついた。退職後に、趣味の会で、今までの自分を生かすことにではない。それでは、今までしてきたことが生きて来ない。

 

趣味に生きるのであれば、それまでの仕事は何であったのか?退職後に趣味に生きる、と書いてあった人の手紙を読んで思う。今の瞬間が永遠につながる生き方をしなくて、趣味が人生の決算になるのか?

 

 

3、遺産を積んでからそれを与えようと思うより、いま一銭を明るい気持ちであげなさい。

 

 

「この可能性に気がつきさえすれば、私たちは人に与える豊かな人間になりうるのである。」

 

今できる貢献をしようとしない人は、いくつになっても貢献をしない。今できる貢献をすることが、悔いのない生き方に導く。そうしなければ、特に30歳代や40歳代の人に、生きてきたレガシ―を残すことにはならない。

 

 

4、私たちがこの世に存在するのは、実際、はかないものを永遠にするためにあるのではないか。

 

 

「なぜ私たちは移ろいやすいのでしょう、ゼウス様」と美がたずねた。訪ねた「私たちは移ろいやすいものだけを、美しく作ったのだよ)と神は答えた。」

 

この言葉は、私たちの生が、実に移ろいやすい存在であるからこそ、瞬間を永遠にするような生き方をするようにと教えてくれる。生物は必ず死ぬ。子孫を残すだけが、生物ではない。

 

人間はこのように移ろいやすい生き物であるからこそ、美しい。3か月入院した後で、オーディオマニアであるわたしは、37年使っているイギリスのスピーカーで聞いたオペラの声は、戦慄を脳に与えた。

 

 

6、学問をつづけること

 

 

「老年になって学問を楽しんでいるのは、見るからに美しいものである。

完全さに達するのは,学ぶ者のなしうることではない。修練を続けていれば、十分である。

 

ゲーテは、人は生産的に生きよ、生産力をもつものだけが真実である、そして自分を充実して常に生産的であれ、と語る。

ゲーテの言葉は、いつも生きている間は。生き生きと生きるようにと、誰にも励ましを与えてくれる。」

 

私が20歳のころから、この本、「生き生きと生きよ」の何度もこのゲーテの言葉を読んできた。ゲーテの言葉は、人間に無限の可能性と希望を与えてくれる。いつの時代においても成長して生産的に生きよ とゲーテは、励ましを与えてくれる。

 

「その言葉は、どんなに気分を沈んでいる時でも、誰にも忠言と励ましを与えてくれる。自分を能動的にさせ、どのような状況になろうとも可能な限り何歳になっても、どのようになっても、わたしたちが成長するようにと働きかけてくる。彼が教えるのは、君たちの時代において生産的に生きよ、ということである。」

 

戦慄するのは虚構の現実である音楽と同じように、友人が送ってくれた秋のファッションの写真、その秋の褐色と緑のコントラストである。

*講談社新書、「生き生きと生きよ」より手塚富雄著

 

お彼岸の日(628)


狐狸庵生徒
自分の自助努力で持って作り出す才能と共に、
神が与えてくれた才能へのコンタクトすることは、
なくてはならない。
天職を英語でvocationとかcallingと言います。
また英和辞典を丹念に調べると、共に「神に召された」
という意味もあります。ニュアンス的には自ら
必死に努力すると言うよりも、「あちら側の世界」や
「自分の内なる声」のメッセージに従って
行う行為が関係しています。

天職と呼べるような仕事に邁進している人は
第三者から見れば必死に頑張っているかのように
映るときがありますが、本人からすれば、
「自分の内なる何者か」に突き動かされているので
必死に努力している自覚が少ないようです。

ストレスも少ないため、
「→頑張る→利益→さらに頑張る→さらなる利益→」
の好循環が起きれば、結果としてとてつもなく大きな仕事を
成し遂げる可能性が高くなります。

一方、芸術家などに多いケースと思いますが「あちら側の世界」
にどっぷりつかっているために、「こちら側の世界」
のことに疎くなり、一般的な社会生活が、極端な場合は、
破綻していることもあるようです。

成功するためには「あちら側の世界」からのメッセージに
耳を傾けると共に「こちら側の世界」についてもしっかり
考えるという、時には、相矛盾する事象とうまく折り合い
をつける能力も求められるようです。

1、思い半ばで逝ってしまった死者を敬う秋分の日

 

秋分の日は、祖先を敬い、亡くなった人々を敬い、しのぶ日である。古来、仏教上のお祭りの日である。日中は30度以上の暑さであるが、空の気配は、すっかり秋の気配であり、秋分の日が近づいている。思い半ばで逝ってしまった死者を敬う、秋分の日がもうすぐだ。

お彼岸の日に、死者となった両親や、育ててもらった二人、叔母のお花さんや従妹であつた明子さんなどの、今は祖先となってしまった人達を敬い、感謝をする。それらの人々は、思い出してあげれば、わたしの心の中にいつまでも、いつまでも生きている。そして、それらの人は、わたしの性格の一部となっている。

 

2、神が与えてくれた才能

 

わたしたちは、2種類の才能をもっている。ひとつは、その人間が作り出した才能である。もうひとつの才能は、神が与えてくれた才能であって、これら2つの才能である。神が与えてくれた才能に、人は、ある時にはコンタクトすることができるようになる。

もしその神が与えてくれた才能にコンタクトできる時に、死者が託したメッセージを読めるようになる。その時、人が作り出した才能に応じで、悔いがないようにと生ききる人となることだろう。悔好きなことをすればよい、のである。

 

だから本当の成功は、お金を儲けることが目的でなく、神が与えてくれた才能にコンタクトすることでなくてはならない。その時に、好きなことや先見力が見えるようなる。 神が与えてくれた才能でもってして仕事をしていくと、後から報酬はついてくるようになる。神が与えてくれた才能にコンタクトしていくならば、好きなことを、もっとよくできるようになる自分に、気がつくはずである。

 

自分の自助努力で持って作り出す才能と共に、神が与えてくれた才能へのコンタクトすることは、なくてはならない。秋分の日に、死者となった人達を敬う祈りが、神が与えてくれた才能へのコンタクトに導いてくれるだろう。

 

自分を育ててくれた今は亡き人を敬い、感謝するならば、2つの才能にコンタクトして、才能と人生の道を、見つけられるようになるだろう。死者は、自然は草が伸びて、果物が熟し、空を飛ぶ鳥のように、われわれを導いてくれる。このような意識になったのは、最近である

 

自然は偉大なる癒しを与えてくれるだけではない。モーツアルトのアイネクライネナハトムジ―クのような美しい音楽は、高貴な心を与えてくれる。育ててくれた死者は、守護霊となって何時までもその人の中で生きていく。

 

一方、誰とでも代替できる仕事をしていては、神が与えてくれた才能を使って生きていくことにはならない。そのような仕事をしている限り、そして結局はお金を得ることが目的になっている仕事をしていることと同じになる。

 

二つの才能で持って仕事をしていないと、仕事をもっと楽しんでいることにならないし、成果をもっとあげることができない。

神が与えてくれた才能とコンタクトすることによって、生命を完全に生き切ることである。そして誰かと代替できるような一生を終ってしまわない。

 

思い半ばで逝ってしまった死者やお世話になった死者や祖先たちの思いが、わたし達を導き、助けてくれる。天は自ら助ける者を助けると同時に、神が与えてくれた才能にどのようにコネクトするか、が、幸福に生きることとなるだろう。

 

秋分の日に、育ててもらった死者に感謝をして、思い出す。思い出してあげれば、その人達は、いつまでも生きている。思い半ばで逝ってしまった死者が、生命と言う大きな川の流れとなって、わたしたちを導いてくれている。

 

 

3、五井昌久著「信仰と直感」より、

自分だけの力ではできないことを、ほかからしてもらっている、という他人や祖先や自然に対する交流ができる人なので、神仏との一体感になっている

人間の真実の姿は、神の分け命であって、常に祖先の悟った霊である守護霊と守護神(大天使)によって守られているものである。

私どもは人類が、地球に生まれたことを、人類最初の誕生と思っておりませんで、人類は地球に生まれる以前に、様々な星の世界に生まれて、それぞれの文明文化を先に開いてきたものであると思っています。」

ブライトスター(627)


1、医療周辺業界

 

ブライトスターと言う名前の、育児ケア、介護ケア、そしてスタッフサービスのアメリカの会社の紹介につて、アンダーカバーボスと言うTV番組を見た。その後で、その会社のサイトを見た。

 

それ以前に、日本の介護施設では、ほとんどその組織の理念が、その施設では掲げられていなかったことを目撃してきた。施設はあっても、そこで働く人がどのようなサービスを目指しているのかについての文章を見たことがなかった。

 

そしてそれらの施設は、すべてが、企業形態でない医療法人形態である。そのような組織では、誰が責任者で、そこで働く人は、何を目的にして仕事をしているのかもわからないことが多い。ある組織は、施設をつくることか、ある法人は、医療保険から収益を上げることなのかもわかりにくい。

 

前回の「賢い信頼」では、ケネディの宇宙開発の宣言のような個人の目標の宣言、自分から始めること、4つの信頼に至るマトリックス、賢い信頼のための判断力のための分析する能力、信頼の善循環のサイクルについてまとめた。

 

しあし、ある医療法人では、信頼の善循環のサイクルを広げていこうとするサインも、わからない。それでは、よきマネジメントが行われていることもわからない。医療関連分野は、漠然と考えると成長分野にように見えるが、現実は、農業、医療、建築などの分野がが、日本の最も遅れている分野なのである。

 

 

2、マネジメントとサービスの生産性

 

しかし、医療の周辺分野にこそ新しいマーケットがある。周辺分野で働く人をインスパイアして、やる気をもたらすマネジメントを、そこでしていくことである。現実には、むしろ周辺分野で働く人が主人公になるチームのマネジメントが行われていないし、そこで追求するのは、サービスの品質の追求なのである。

 

ある飲食業者が、介護ビジネスに参入しているが、本来その業者は、セルフ販売に近いマネジメントとしていて、実は、サービスの経験を持っていないのである。日本で必要なのは、飲食業や小売業のノウハウでない。サービスのノウハウなのである。

 

サービスの生産性をあげる分野であり、それは小売業や飲食業からのサービス業への参入ではない。

医療関連分野のサービスのクオリティをあげることであり、そのためには、サービスのマネジメントにかかわることである。

 

言い換えれば、医療周辺分野のサービスのクオリティアップとマネジメントに取り組まない限り、医療関連分野は、成長分野になるどころか、むしろ遅れた分野なのである。

それどころか、サービスの医療保険でもってして収益を上げようとする貧困ビジネスも潜んでいて、もう一つは施設の設備を重視している施設重視が現実で、これが日本が遅れた理由となっている。

 

したがって、患者や顧客へのサービスを重視していないのが、医療関連分野であるし、介護関連の実態である。そして、この分野では、優秀な外国人スタッフの採用もほとんど行われていない。

 

そして、規制がこれら分野ではいまだに続いている。むしろ規制は強まり、優秀な外国人も締め出している。規制を緩和して、医療周辺分野と言うマーケットに焦点を当てること、サービスの生産性をあげるためのマネジメントをする、そのためのモデルを探すのである。

 

 

3、ブライトスター

 

 

この番組、アンダーカバーボスは、勿論ある企業を称賛する番組であるから、多少は割り引いてその番組を見ることも必要である。しかし、ブライトスターの女性経営は、介護の人の体験から、このサービスに参入したと語っている。

 

ブライトスターの男子スタッフが育児を担当していた。患者の生活に関する準看護師の仕事を、その会社のスタッフがしていた。そこで働く準看護師は、正看護師を目指す人や、介護施設を将来経営しようとするスタッフが登場していた。そこで働く従業員がキャリアアップを目指している。

 

以下は、ブライトスターのホームページからの一部の引用です。

 

「子供のケアから老人のケア、それ以上のホームケアまでのスタッフサービスにおいて、なぜブライトスターをヘルスケアの専門家がなぜブライトスターを勧めるのか?

その理由は、そこの従業員達が、顧客が家族の延長として一日中すべてのリクエストを直接に扱うためである。

 

子供の介護から老人看護、医療スタッフまで、我々のデーターは、我々の介護者が、それぞれの顧客のニーズ個人の特性に対処できることを確実なものにします。

 

ブライトスターでは、わたし達が信ずるのは、介護は単なる仕事ではないのです。それは、人生そのものなのです。それは介護する人は、人々にとって、家族にとって、それ以上を意味するからなのです。

 

あなたは、介護のプロフェッショナルになることを知っています。あなたは、人々の生活で違いをつくることを求めていました。それ以上の仕事を求めていました。ブライトスターの介護では、わたし達は顧客の生活の一部になるのです。

 

わたし達が提供するのは、最も傷つきやすい、そして助けを求めている人々への高い品質の介護です。我々のスタッフは、最高のわが社の資産である理由です。全ての無頼スターの従業員は、そのために待機していて、介護は仕事以上の世界で、それは、人生の生き方です。」

 

ここには、施設のことでなく、どのようなサービスをどのような人に、同様な形で、提供するかが書かれている。そしてどのような形で仕事をする人をこの会社は、従業員として求めているかが、説明されている。それは、飲食店の従業員ではないのである。建築業でもない人間へのサービスである。

 

日本で求められるのは、このようなサービスのプロフェッショナルで、そのためのマネジメントをする人である。わたしは、むしろ株式会社である方が、このようなサービスを提供できるのである。医療法人では、もはやないはずである。

併せてこの引用は、サービスと商品が不可分な分野の経営者に参考になるはずである。

 

詳しくは、英文であるがブライトスターの以下のサイトに説明されています。

http://www.brightstarcare.com/

 


また以下は、ビーエスアクアの小島社長は、一見セルフ販売に見える商品で。商品の特性にあったサービスをされているので、参考にしてください。

http://www.bs-aqua.co.jp/link.htm

 

賢い信頼2(626)


狐狸庵生徒 感想
自分で始めることは、信用と責任の原理の基礎である
米国の哲学者・思想家・詩人であるラルフ・ウォルドー・エマソン
の自己信頼(Self-Reliance)という著作を思い出しました。

自分の考えを徹底的に信じて、安易に周囲に同調することなく、自己をよりどこ
ろとして生きる大切さを
説いています。また世の中的に「善」とされている事象についても、それが本当
に「善」かどうか
自分の内なる声に従って探求し検証することの大切さを語っています。エマソン
の著作を少し
英文で読んだことがありますが、あまりにも淡々と述べているだけに、かえって
迫力を感じました。

9月5日

信頼は伝染しやすい,徳のサイクル

 

結局、相互作用は働く。わたし達が信頼を広げるときに、信頼を生み出す。信頼を止めると不信が生まれる。行動が繁栄、エネルギー、そして喜びの善の循環を生む。反対は破滅のサイクルである。

信頼のルネッサンスか、または個人生活、家族、コミュニティの危機である

 

4、賢い信頼の行動

 

どのような状況であれ、信頼を信ずる心は、繁栄に導く。それが導くのは、賢い信頼の行動であり、それは、繁栄、エネルギー、歓びの世界である。そのためには、

自分で始める

 

自分で始めることは、信用と責任の原理の基礎である。その反対は、変化のために、または責任をとるために、他人を待つことである。即ち、自分の信用と成功のために責任を取らないことである。

 

性格と能力

 

次には、性格と能力の両方が必要で、それが我々に実現するのは、自分を信ずることである。 それは、ほかの人が我々を信じることをインスパイアさせることでもある。自分を信ずるのは、尊大でも空威張りでもない。内なる自信と、繁栄の意識を育てることである。

言うことを行動する

 

あなたの意図を宣言することが重要である。そして、信頼をつくることである。賢い信頼と言ったことをすることは二重奏である。信頼なしでは、または低い信頼では、不信と疑惑でもって、挑戦が見られてしまう。

自分の意図することを宣言することは、賢い信頼にはなくてはならない。そうすることから、我々は賢くなることができるし、思慮深い意図の宣言に焦点を合わせることが、努力し、人を気遣い、達成可能な結果をつりあげていくのである。

あなたがしようとすることを表明することが、あなたの成功に大きな違いをつくっている。それは、あなたのブランドをつくりあげていく。今日では、評判が大切な経済となっていて、アマゾンのようにブランドをつくっている。評判のブランドが、劇的に、賢い信頼のプロセスの決定を加速させるのだ。

5、信頼を広げる

 

賢い信頼の経営者、両親、そして人生のあらゆる分野のリーダーは、信頼を広げる。そうすることで、彼らは、信頼された人の能力と自信を作り上げていく。彼らは、相互的の信頼を触発するのである。

彼らは、高い信頼の文化、すなわち大きな繁栄、エネルギーそして喜びをつくることを助ける。信頼を広げる賢い信頼の行動は、リーダーシップと力づける原則に基づいている。

一方、その反対は、信頼を止めて他人を支配しようと試みることである。そして何でも自分でしようと試みることである。

偽りの信頼を広げることを含む偽りは、人に責任を与えるが権力と経営資源を与えない。そして、偽りの信頼を広げることである。あなたが人を信頼するが、細かく管理するのが、偽りの信頼である。

6、なぜ賢い信頼は賢いのか?

なぜ賢い信頼を広げることが賢いことなのかには、3つの理由がある。

  1. 1.      賢い信頼を広げることは、結果を生み出すから。

ベストバイの本部は、表面的な時間でなく、結果中心の労働環境をつくった。信頼を人々に広げることは、社員をインスパイアして、彼らの最善を引き出し、やる気にさせる。

  1. 2.      )賢い信頼を広げることは、信頼を増やす。

それは幾分皮肉で、信頼を増やす最善の方法の一つは、信頼を広げることである。あるCEOが説明するのは、あなたが人を信頼するなら、彼らはあなたに頼るし、あなたは彼らの最善を見る。それが人を偉大にするからだ。

  1. 3.      )賢い信頼を広げることは相互の関係をつくるから。

 

我々が人を信頼する時、相手もそれを返すのである。我々が彼らを信頼しない時、彼らもおかえしで信頼しない。この相互のプロセスは徳のサイクルとなる。全ては信頼によって生まれてくる。

 

 

それぞれの状況において、賢い信頼は、判断力を必要とする。判断力は、心と頭脳の重要な結びつきであるところの心の傾向とあらゆる部分よりも重要な分析からなっている。

7、あなた自身の信頼のルネッサンスをつくる

 

賢い信頼には勇気を必要

明かなことは、賢い信頼をするには勇気を必要とすると言うことである。我々の誰かにとっては、短期間でもっと簡単なのは、盲目の信頼を選ぶことである。それは、我々の信頼についての心の傾向と、分析的な技能の優秀さを伸ばすことなしにである。

ほかの人にとっても最も簡単な選択は、不信を選ぶことである。しかし、そうでなく、信頼を飛躍させる力をえることが大切なのだ。それは、リーダーにとって重要な問題である。賢い信頼は、人にとっての増えていく繁栄、エネルギー、高まる幸福を経験することにある。

希望するのは、あなたが共に触媒する人となって、多くの人と共に信頼の地球的なるルネッサンスをもたらすことを探すメンバーに加わることである。

 

(まとめ)

賢い信頼には、評価して判断する分析の能力を必要とする。信頼するための心の傾向をもっていることである。その心の傾向は、自分で始めて、自分を信頼することである。高い信頼の文化は有徳のサイクルの善循環を生み出していく。