生き生きと生きよ(629)


1、心が開いている時だけ、この世は美しい

 

 

「心が開いている時だけ、

この世は美しい。

一歩一歩がゴールであり、

一歩一歩としての価値をもたなくけてはならない。

何事も延期するな、

汝の一生は不断の実行であれ。

困難な勤めを日々に果たすこと

ほかには何の啓示もいらぬ。

停滞は死にほかならない、遅い歩みでも,己が軌道を守って進行することをやめない。

人間一匹を貫くのは、戦い抜いたということに他ならない。

我々人間にできる最善のことは、瞬間を永遠なるものに転嫁することである。

活動だけが恐怖と不安を追い払う。」

一歩一歩がゴールであり、一歩一歩としての価値を持つ生活をしていく。そして、不断の実行をしていく、そして停滞は死に他ならないことを心に銘じて、常に成長していくのである。瞬間を永遠なるものにすること、困難な勤めを日々に果たすことにある。

 

いつの時代であれ、生産的に生きるように、とゲーテは、わたし達に教えている。

ゲーテのこの詩は、すべては具体的な機会から生まれている。抽象的な観念から生まれていない。それは、どのようなときであっても生産的であって困難な勤めを日々に立たす、そして戦いぬいて、困難な勤めを日々に果たしていくのである。

 

「夜と霧」のフランクルは、人は善意のある人とそうでない人がいる、と言う。同じように、人は困難な状況になった時に、他の人がどういう態度をするかは、初めて発見するものである。そうでないときに、ある人がどのような人であるかは、わからない。人は豹変する。しかし、豹変する人を、二度と忘れないし、人には2種類があって、死ぬ時か、困難な時に人の本当の姿は見えてくる。

 

 

2、肥っても痩せても

 

 

 「控え目でいりゃ我慢しなけりゃならぬ、

のさばりゃ叩かれる

どっちみちしょいこみはおなじだ、

のさばっても控えめでも

 

(のさばる)と言うのは、自分のしたいことすること、つまり自分を生かすことでる。人の顔色ばかりを見ながら、自分を生かせなかったなら、残るのは悔いだけだろう。」

 

自分を生かせないで、悔いが残すような生き方をしないようにすることを、わたし達に教えている。自分を生かすことは、入院の時に、完全に生ききった自分の生き方をすることであることを、改めて意識した。そして自分でしかできない貢献の仕方があることも、病気は教えている。

 

自分のしたいことは、趣味の会に参加することでもない。趣味の体験をして、始めて気がついた。退職後に、趣味の会で、今までの自分を生かすことにではない。それでは、今までしてきたことが生きて来ない。

 

趣味に生きるのであれば、それまでの仕事は何であったのか?退職後に趣味に生きる、と書いてあった人の手紙を読んで思う。今の瞬間が永遠につながる生き方をしなくて、趣味が人生の決算になるのか?

 

 

3、遺産を積んでからそれを与えようと思うより、いま一銭を明るい気持ちであげなさい。

 

 

「この可能性に気がつきさえすれば、私たちは人に与える豊かな人間になりうるのである。」

 

今できる貢献をしようとしない人は、いくつになっても貢献をしない。今できる貢献をすることが、悔いのない生き方に導く。そうしなければ、特に30歳代や40歳代の人に、生きてきたレガシ―を残すことにはならない。

 

 

4、私たちがこの世に存在するのは、実際、はかないものを永遠にするためにあるのではないか。

 

 

「なぜ私たちは移ろいやすいのでしょう、ゼウス様」と美がたずねた。訪ねた「私たちは移ろいやすいものだけを、美しく作ったのだよ)と神は答えた。」

 

この言葉は、私たちの生が、実に移ろいやすい存在であるからこそ、瞬間を永遠にするような生き方をするようにと教えてくれる。生物は必ず死ぬ。子孫を残すだけが、生物ではない。

 

人間はこのように移ろいやすい生き物であるからこそ、美しい。3か月入院した後で、オーディオマニアであるわたしは、37年使っているイギリスのスピーカーで聞いたオペラの声は、戦慄を脳に与えた。

 

 

6、学問をつづけること

 

 

「老年になって学問を楽しんでいるのは、見るからに美しいものである。

完全さに達するのは,学ぶ者のなしうることではない。修練を続けていれば、十分である。

 

ゲーテは、人は生産的に生きよ、生産力をもつものだけが真実である、そして自分を充実して常に生産的であれ、と語る。

ゲーテの言葉は、いつも生きている間は。生き生きと生きるようにと、誰にも励ましを与えてくれる。」

 

私が20歳のころから、この本、「生き生きと生きよ」の何度もこのゲーテの言葉を読んできた。ゲーテの言葉は、人間に無限の可能性と希望を与えてくれる。いつの時代においても成長して生産的に生きよ とゲーテは、励ましを与えてくれる。

 

「その言葉は、どんなに気分を沈んでいる時でも、誰にも忠言と励ましを与えてくれる。自分を能動的にさせ、どのような状況になろうとも可能な限り何歳になっても、どのようになっても、わたしたちが成長するようにと働きかけてくる。彼が教えるのは、君たちの時代において生産的に生きよ、ということである。」

 

戦慄するのは虚構の現実である音楽と同じように、友人が送ってくれた秋のファッションの写真、その秋の褐色と緑のコントラストである。

*講談社新書、「生き生きと生きよ」より手塚富雄著

 

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