Archive for 10月, 2012

シ―ナ、アイエンガ―の選択日記(632)


1、        1勝9敗

 

 

前回の「現実を視よ」で、1勝9敗の挑戦が、偉大な達成やイノベーションの鍵となることを書いた。ある科学書の友人は、何かを達成する鍵であると言う。もう一人の科学者の友人は、現実の実験は1勝99敗であると言う。

この本を一言で要約すれば、この言葉1勝9敗の挑戦になる。投資は、致命的なダメージを被らなければ、それは酒井三郎氏が成果を上げない戦闘が続いても、やがて成果をえることと同じなのである。

そして、わたしは投資においては、1勝9敗であることは、全く問題ではないのである。むしろ投資においては、致命的な敗北にならない限り、このペースで挑戦を続けることが大切であると考える。である、と考えている。

むしろ、失敗の数が多いほど、得難い体験と新しい知識を得られるのである。1勝9敗の挑戦の体験が多ければ多いほど、経験にもとづく直感を高めていくことができて、それが、経営や投資に不可欠な先見力を、研ぎ澄まさせてくれるのである。

2、選択日記

シ―ナ、アイエンガ―は、「選択日記」において、選択の回数を高めることによって、経験に基づく直感がついてくるようになり、選択において同じ失敗を繰り返さないようになると言う。「」は、選択日記からの引用

酒井三郎氏は、空戦記録を日本の敗戦のときにも償却しなかった。それが、酒井三郎氏の何冊ものゼロ戦の本を生み出す基礎となった。同じように、彼女は、選択日記を出版した。

そこで、選択の記録を書くことを彼女は勧める。

「・自分の行った選択

・そうするにいたった思考プロセス

・判断に用いた情報を書き留め、その後、その判断について、

・結果を自分で評価

・なぜうまくいったのか、行かなかったのか、」を考える日記をつくった。

このような挑戦の記録が、ある時に爆発的に、成果を上げるときに役に立ってくる。

選択にいたる思考プロセス

・使った情報

・なぜうまくいったと思うのか、なぜうまくいかなかったと思うのか?

上記のように1勝9敗の選択の記録をつけていくことが、やがて堺の空戦記録のようにその記録が、偉大な仕事や成果を上げるのに役立っていくのである。一方このような記録をつけ続けた日記を書き続けていく。そこから

投資、や研究、におけるイノベーションは生まれてくるである。

上記のような実証と検証の繰り返しこそが、選択の力を育てていくのである。投資における選択の力は、仕事や投資などの特定に分野だけでなく、人生の広範な選択の力を育てるのにも役に立つのである。

2、        5つから9まで(7プラスマイナス2)のものにしか対処できない

 

 

「人間の知覚判断には限界があるのです。どんな感覚でもほとんどの人が5つから9まで(7プラスマイナス2)のものにしか対処できず、それを超える知覚の誤りを犯しがちなことがわかってきます。

選択肢が多すぎると、選ばなくなる。もう一つ、選択肢が多ければ多すぎるとひどい選択をするようになる。

この7つプラスマイナス2の選択を超えてしまうと、人間の判断には限界が表れてくるのである。そして選択肢が多すぎると、選択ができなくなってしまい、ひどい選択をするからである。

これは我々が行う投資の商品の数にも当てはまる。この7つプラスマイナス2の商品を超えない商品数とする。この商品数を超えるとひどい選択をしてしまい、成果を高めることができにくい。

この数の商品を常に分析して、その商品の入れ替えを年に数回はしていく。この努力が成果を決めていく。この選択のための知識をえる努力と賢い商品の選択が投資家の仕事である。

3、        選択は芸術である。

 

「ビルゲイツは、こんなことを言っています。ひとつのことを1万時間やり続ければその道で一流になれる。1万時間費やした人は、やり遂げると言う意思をもって、何度も選び続け、様々な過程の中で選ばれた人なのだ。

目標を達成するために、継続しているうちに、次第に周りが脱落していき、自分だけが残っていきます。

つまりわたし達の存在そのものが、芸術なのだと言えます。自分の内面を見つめ、よりよい選択を重ねていくことで、自分の人生を変え、満ち足りた人生を歩むことができるのです。」

何度も選び続けていくプロセスの中で、やがて周りが消えていくことを、われわれは、ある日に発見するのである。そのプロセスの中で、自分の人生をつくり変えて、悔いのない人生を歩むことができるようになるのである。

だから、自分の内面を見つめて、悔いのない人生を繰るために、選択は芸術なのである。自分にとっての1万時を費やす分野が、その人の仕事なのである。

なぜうまくいったと思うのか、なぜうまくいかなかったと思うのか?についての検証の繰り返しの記録をつけていくのである。

 

このプロセスが、選択の力を育てていくのである。だから選択は芸術である。

現実を視よ(631)


以下の文章についてコメントいたします。

狐狸庵生徒
成長しなければ即死ぬ、とは、10回のうち9回失敗を繰り返す生き方を
選ぶということである。それは、自分の仕事を
偉大な仕事にするっことであり、偉大な人生を送ろうとすることである。
(コメント)
研究開発の現場では100回の内99回失敗であっても、まだマシな方です。
新薬の開発では候補となる化合物、数万種類から数十万種類の内、
商品化までたどり着けるモノは1つあるか無いかと言われています。
ビジネスの現場でも数多くの試行錯誤の内、成功と判断できる事例の方が
はるかに少ないと思います。

経営者など指導的な立場にある側には失敗を許容する度量の広さと
失敗から成功のヒントを嗅ぎつける、「勘」のようなものが
求められるのかも知れません。

短期間での業績を問われることが多い、株式を公開している
会社の経営者にとっては、失敗をどのように許容するかは大変
頭の痛い問題です。

10月22日

1、冷静さを取り戻し、エネルギーを回復させる

「いくら本を読んでも、人の話を聞いたりしても、同じである。挑戦し、失敗するから原理原則がわかる。傷を負い、痛い思いをして、自分の血肉となったものだけが、次の挑戦で威力を発揮する。

以下、「」は、柳井正著現実を視よからの引用

この挑戦してそして失敗の中で、酒井三郎氏の空戦記録の言葉を思い出す。それは自分の精神的肉体的コンディションがまずどのような状態にあるかを知ることからである。その状態が冷静にわかれば、未だ致命的な状態になっていないと言うことが分かってくるのである。

そして、肉体的に精神的に痛い状態は、自分でしかかわからないということ。そのような困難な状態は、血肉となっていくし、経験してみないとわからない。危機であれば、その危機の中で、冷静さを取り戻していく状態を自分でつくり、エネルギーを回復させていくのである。

それは、何度か体験した、秋の山で道を迷った状態からの無事帰還のプロセスの反芻である。冷静さを取り戻し、現状がどのような状態なのか、を知ることである。次には、エネルギーを回復させるのである。

次には、エネルギーを回復させるために、祈りをすることも効果的である。

「何を食べようとか、何を飲もうとか、自分の命のことで思い煩い、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物に勝り、体は着物にまさるではないか。

「野の百合がどうして育っているかを考えて見るがよい。明日のことで思いわずらうな。一日の苦労は、その日一日で十分である。暮らしの心配のために悩んでいる者は、空の鳥に正しく注目することをとおして、どのようにして人間であることに満足することを学ぶのか?」キルケゴール講話, 遺講集より

この聖書の言葉とキルケゴールの祈りのための講話は、誰かと比較することのむなしさを説き,今生きている尊さを目覚めさてくれる。そして、今生きているという歓びの祈りを、エネルギーに変えていく。

美しい詩をエネルギーに変えていく。この2つの祈りの言葉は、自然のエネルギーを体に充電していくのである。祈りは、困難に立ち向かう時に役に立つ。

2,9回は失敗する

「経営は試行錯誤の連続で、失敗談は限りなくある。商売には失敗がつきもの。10回新しいことを始めれば、9回は失敗する。何が正しくて、何が間違っているかは、結局のところ、自分で経験してみなければ、わからない。」

そして、「何かに挑戦したら、10回に9回は失敗するのが当たり前なのである。資本主義社会では、挑戦はすればするほど得になる。人間の劣化の度合いは、挑戦の数の少なさに比例すると言ってもいいかもしれない。」

10回に9回は失敗することから得られるもの、人はいつの間にか忘れていないだろうか?そしてたとえ、挑戦して失敗しても、それは、実は一歩近づいているのである。実は挑戦したらするほど、実はこの実践と検証の繰り返しが、選択するための賢い判断力も高めていくのである。

だから9回失敗することや大病を患ったとしても、それは挑戦すればよいだけを教えてくれる機会なのである。挑戦しない人間を、40年間同じ仕事をしてその人間が趣味でそのあとの人生を納得するのか?

または、老人ホームや介護施設に入っている無気力な人間をどれほど、目撃してきたことか?

日めくり「楽しみながら」に書いたように、困難な状態からの再びの行動は、あることを成し遂げるための一歩になるだけでなく、頭の中だけでは学べない成功と失敗の教訓を教えてくれるのである。

3、成長しなければ、即死ぬ。

 

成長しなければ、即死ぬ。経済成長せずに、いったいどうやって生きていくのだろうか?

Change or die である。

坂本竜馬 人の一生は、自分の志を遂げるためにある。」

趣味でもう死んでもよいと言う人生を送れるのか?である。介護施設にいる無気力な老人を視る時に、成長しなければ、即死ぬ、または、生きたままに死んでいく人間を発見するのである。自分の志を遂げないでは、納得して死んでも死ぬことができないのである。

そのためには、才能、情熱そして良心で持って、達成する仕事をしなければならないのである。仕事をするとは、ゲーテのいうように、自分自身が生き生きと生きるためである。そして自分の人生に責任を負う人間になることである。

この自分の人生に責任を負わない人間を、例えば住宅の費用を一生払わない人間など、介護される老人、そして、一生外部からの要因で40年仕事をしたひとなどの、年齢に関係ない自分の人生に責任から逃げる何人かの人間を目撃してきた。

「ただしやってはいけない挑戦もある。それは失敗したら息の根が止まるような無謀な挑戦。挑戦には、こうすれば勝てると言う自信と勝算が不可欠。そこには情熱も必要だが、根拠のない精神論はいらない。」

4、どこからイノベーションは生まれるのか?

成長しなければ即死ぬ、とは、10回のうち9回失敗を繰り返す生き方を選ぶということである。それは、自分の仕事を偉大な仕事にするっことであり、偉大な人生を送ろうとすることである。

この根拠のない精神論や思弁で作り上げる観念論ではない。そして無謀な挑戦をすることでもない。前述の聖書の言葉のように、命が大切である。祈りは、新しい挑戦に踏み出す時に、エネルギーが満ちる状態にするもである。

ノーベル賞を受賞した山中教授も、もうひとリの人との共同での受賞であった。これからのイノベーションにはチームが深く関係している。チームの効果については、改めてまとめるが、それは、ダイバーシティ、多様性である。

なぜ10回のうちで9回失敗するということが大切である理由は、イノベーションは、わたし達が様々な分野における研究や挑戦をする時に、失敗の積み重ねをするプロセスの中で、セレンデピティとしてイノベーションを生み出していくものである。

ブレイクスルーは、突然生まれるものではない。

わたし達は多くの失敗を重ねるからこそ、イノベーションを生み出す成果を上げることができるようになる。9回の失敗によって、イにベーションが生まれることが、この柳井正氏の本で、改めて確認できるのである。

偉大な仕事3(630)


7、影響力のある人に

 

 

自分からの捧げものを、今まで個人的に知っていて、最も効果があって、影響力のある一人の人を選んで、その人を思い出しながら、その相手に、慎重に書いていくようにする。そのような一人の人を想定して、その人への捧げものとして書いていくのである。

その影響力を与えた人が、私の人生にどのように、何の貢献をしただろうか、を思い出しながら、この人への捧げものとして書いていくのである。

このように一人の人を選んで、わたしが達成しようとする貢献を、心の中で結晶化していくように書いていくのである。

そのような重要な人への捧げものとして、書いていくようにするのである。

わたしのユニークな知識、才能、そして技能でもってして貢献できるものは、何だろうか?を思い出していきながら、その人への捧げものを結晶化させていくのである。

もしも他の人の生活を、または、ほかの生物が生きている環境を、良くしたいということとあなたが信じているならば、そしてあなたが、本当のビジネスでもって人生の満足を得たいのであるならば、仕事を通じて他の人に、わたしが貢献しようとするものに心を集中させていくのである。

反対に、利己的な仕事主義者は、決して偉大な仕事をしないのである。

なぜなら、彼らはある企業に何十年働いていたとしても、企業の出世を超えたビジョンを彼は、持っていないからである。だから、彼らは、何十年にわたる仕事から、趣味などに関心を容易に変えてしまう。

 

 

8、意識の預金口座を作る

 

預金をして、必要な時にその口座から預金を引き出すために、私たちは銀行口座をもっている。同様にわたしもあなたも、心の預金口座をもっているはずである。

勿論その預金口座は比喩である。

なぜならば、人との関係における信頼の合計を、その口座は表しているのである。あなたのコミュニティの仲間との関係を築くために、貢献しようとすることを書こうと計画しているのである。

だから、インターネットでもって、このような空間を作り上げるようにするのである。

そうしていくならば、人は、あなたが専門分野の技能に頼ることを、その仲間達は知るだろう。あなたの仕事として、情熱と才能を発揮するためのブログをつくるようにしていく。そのように思って、このブログを私も公開してきた。

そしてあなたの仕事についての、貢献のステートメントや、宣言を公開または出版するように準備し、計画していくのである。その仕事が、あなたの貢献を大いに評価する信者を生み出していくことを信じているかである。

あなたの履歴書をそのブログで公表しておいて、そこに定期的に、あなたが貢献できるアイデアをブログで公開していくのである。

9、情熱のある人に

同じように、わたしは、毎日、日めくり「たのしみながら」を見る人に、励ましを与えることを期待して「たのしみながら」を出版した。私はいつも多重活用を考えて文章を書いてきた。その意味は、私自身に生きるエネルギーを与えてくれるために文章を書くと共に、友と呼ぶひとにもそのエネルギーを伝えるために。

短い日めくり「たのしみながら」の言葉を見る人が、それぞれの人の可能性を実現することを考えて出版した。同様に「偉大な仕事」1,2,3の文章が、人がそれぞれ偉大な仕事をするように励ましてくれるはずである。なぜなら、全ての人が、偉大な仕事はもっているのだから。

そのためには、情熱を共有する人だけを招待したいと思っている。情熱がなぜ偉大な仕事に必要なのか、も書いた。だから、私も情熱を持つ人に、この偉大な仕事に招待しようとしている。

私がこのような文章を公開している目的も、情熱を共有する人とつながりたいからだろう。偉大な仕事の目的とこのプロセスにこだわる人に偉大な仕事をすること伝えたいからである

それぞれの人の偉大なる仕事が、それぞれの人の、大きな違いを作り上げていくからである。

 

10、まとめ

 

 

仕事の世界に、才能、情熱、そして良心を結びつけることができるのか?

どのようにしてあなたの強みを理解して、あなたが貢献するその強みをさらに促進するのか?

 

あなたの才能につながるような仕事をする

あなたの情熱の焔に燃料を注ぎ込むような仕事を見つける、

そして、あなたの良心を満足させるような仕事を見つける

わたしのユニークな知識、才能、そして技能でもって貢献できる仕事をする

 

このような仕事をすることについて、人は死んでも死にきれないという気持ちをもったからである。自分には偉大な仕事があることに気が付いた人は、内面からの声を聞くであるだろう。そして、次の仕事は、誰かに聞き継がれていくことだろう。

偉大な仕事2(630)


繁栄を築くために、そして仕事を達成して、与えられた生命を生き切り悔いのない一生だったと言う満足を得るためにも、そして、社会への貢献をするためにも、私たちは偉大な仕事を達成するようにしなければなりません。

 

4、知識、才能、技能、熱意、そして良心

才能

自分に与えられた貢献できるユニークな知識、才能、技能の何でもってして、わたしは貢献できるのだろうか?

 

知性は、新しい形の財産である。焦点を当てた知識やノウハウこそが、富の源泉を作り上げていくのである。私は病院で頭をやられてないことが分かった時、この自分の財産としての知識とノウハウを生かすことが、生きる希望となっていっていった。

情熱

あなたの才能を使うことが、あなたにしかできない仕事をすることとなっていく。

そして、その仕事の楽しみは、あなたの情熱によって支えられているのである。私の場合、数人の友の友情が、困難の中で国境も超えて、生きる希望を与えてくれ、情熱をよみがえらせた。

そして、仕事に関するチャンスを生かすということも、熱意によって支えられているのである。熱意によって支えられ、内なる声から湧き上がってくる仕事をする時、マラソンの完走したような、すがすがしい達成感を人はえることができるのである。

情熱は、我々の内部から湧き上がってくるものであって、決して、情熱は職務規定のような外部からの要請では、生まれてくるものではない。

情熱的に仕事をしている時を、思い出してみよう。その時は、誰かに監督されて仕事

をしていた時ではないはずである。

熱意と才能は直接につながってはいないけれど、しばしば熱意を持っている何かをしているときに、自分の才能を発見するものであるからだ。この熱意をもって仕事をしている時間をもっているか、大切である。

良心

さらには、偉大な仕事をやり遂げるためには、なぜ良心の声を聞くことがよいのだろうか?

なぜなら、道徳の指標である良心が、作り上げようとするあなただけの貢献とは何であるか、を良心の声が教えてくれるからなのだ。

だからこの良心の声には、自分自身の内部からの声を、注意深く聞くのがよい。

そして、それは、あなたがいま所属している組織なのか?仕事の仲間なのか?それとも、何に対して誰に対しての責任をあなたは負うとしているのかを、良心がわたし達に応えてくれるからである。

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5、内なる声

 

最初は、ボランティアから始めてもかまわない。しかしいつまでも長い間人に使われている人にはならないようにとわたしも、書いてきた。

なぜなら、人は自分からしてきたという仕事の達成感を持っていると、それが、新たなるチャレンジをするようにと自分に働きかけるからである。

40年間同じ会社で同じような仕事の職務規定のような仕事をして退職した人への、表現しようのない気持から、この文章を書くようになった。

職務規定のような仕事を長年していると、内なる声が聞こえなくなるかもしれない。内なる声については、このサイトの右側に紹介している自著である「見えない世界とのコンタクト」に詳しく説明しています。興味のある方は読んでください。

次には社会への貢献のための問題解決の答えを、偉大な仕事をしようとするあなた自身が自分でだすように、教えてくれるのです。

しかし、いつまでも仕事を、会社からや誰からかから、仕事を得るという考えを止めよう!

仕事の目的は何かお金をえることが目的でなく、その考えを超える貢献を考える時に、偉大な仕事をあなたは、できるようになっていくものだろう。

単なる仕事でなくて偉大な仕事をしようと考えるとき、深くあなたの知識、ノウハウ、才能、熱意そして良心に深くかかわっている仕事をすることによって、人は社会に貢献できるようになるのである。

偉大な仕事は、内なる声を心の中から聞くことから、生まれてくるおである。

偉大な仕事と平凡な仕事の違いは、自分の内から仕事をしようとしているかどうか、それともそうでないのかの違いである。仕事に駆り立てる原因が何であるかが分かる時に、偉大な仕事を、あなたは発見できるようになっていく。

6、深い知識と体験と問題解決

知識労働者にとっては、問題の解決しなければならない最善の答は、あなた自身の深い知識と体験から生まれてくるものである。

 問題を発見してそれを解決する仕事をすることである。そして、この仕事のためには、5倍や10倍の広い知識を得ていなければならないという事実がある。

あなたが解決しようとしている問題とは何なのかを、今一度再定義するようにすることである。

そのために、これからしなければならない仕事は何だろうか?

あなたの才能、情熱そして良心で持って達成できる仕事の目標とは何だろうか?

それを解決するために、人は社会的な起業家とになっていくものである。

次回に続く)