Archive for 12月, 2012

勝負の研究と幸運の女神1(637)


あけましておめでとうございます。2013年もどうぞよろしくお願いします。

米長邦雄さんが、最近亡くなられた。ご冥福をお祈りします。わたしは、米長さんの本を、長年にわたり、株式相場や人生の教訓として長年読んできました。「人間における勝負の研究」の中からの抜粋の「」は、今や私の価値体系となっている彼の言葉を、感謝と共に株式相場を念頭にまとめました。

 

 

1、自分の利害に関係に大した影響がない勝負で、必死に頑張る

「その実力を本当に生かすか殺すかは、やはりその人の大局観にかかっているのでないでしょうか。では一体どうすれば、その運をつかまえられるか、なわかなのです。それを一言で言ってしまうと、自分の利害に関係に大した影響がない勝負で、必死に頑張るわけです。」

 

相場においては、大きく儲けて、小さな損をする回数をできるだけ多くすることにある。

それは、631「現実を視よ」で説明した一勝九敗の実践である。このような多くの失敗の体験によって、何年たっても、人は何時までも成長できる。

同じような意味でもあるが、たいして影響がないことに、ベストを尽くすと言うことの意味が、わたしも最近ようやくわかってきた。

相場における損切りとは、年末にしていくことであり、その後に新年を迎える準備をしていく。だから、最後になって、新年の新しい計画作ることと同じくらいに、年末の損切りの実践は、一勝九敗の人生を続けるためにある。だから年末の損切りは、今そのふさわしい時期にある。

2、集中力の持続

「自分は今、何をなすべきか、という判断が的確になされていないからで、それがわからないために、漠然と時をつぶしてしまっているからです。何に集中すべきかがわかっていない場合が多いようです。わたしは何事にせよ、まず集中力の持続ということが勉強の要だと考えています。」

わたしにとってのビック3の目標の設定は、漠然と時をすごさないため、何に集中すべきかを、教えてくれるものです。この集中力の持続を、勉強の要としていくことである。反対に、反対にその集中力のない人の表情は、漠然と時を過ごしている認知症の患者の表情を思い出させてくれる。

3、チャンスの女神は前髪が垂れていて、後ろには神がない

 

 

「マキャベリはチャンスの女神は前髪が垂れていて、後ろには神がない、と言います。

男が成長するのは、全部の力を出し切る時」

人の出会いも株やビジネスの先見力にも、幸運の女神には、後ろには神がいないと言うことである。この幸運は、見えない赤い糸で結ばれているような人との出会いともなっていく。今株が上昇している要因のほとんどは、外国人の買いである。

多くの日本人には、現在の上昇が4年にもわたる民主党政権による下降相場の転換点が見えない。しかし、チャンスの女神は、本当に,妖精のように今も存在している。が、大切なことが見えていないだけである。

わたし達にできることは、この変化が見える先見力を持つことと、この変化を利用するだけなのである。

そしてチャンスの女神の背後を見た時には、もう再びチャンスの女神は、その人には、

もうほほ笑まない。

4、専門家の目でも見わけがつかないほどの微差と先見力

 

 

「専門家の目でも見わけがつかないほどの微差を、そのほんの少しでいいというところを、早く気が付いた者が主導権を握るのです。そしてその差がどんどん広がっていく。先見性というのも、一種のカンなのでしょうが、実力の裏づけなしには、先見力はあり得ないのかもしれない。」

このわずかな傾向を見るのが、見えない動きを見る経営におけるなくてはならない先見力である。しかもこの先見力は、実力の裏づけと表裏となっているものであるから、誰にも僅かな傾向が見えるものではない。

経営や投資の先見力とその人の実力は、一枚の紙の表裏に書かれていて、実力と先見力が、みえない微差を見えるようにさせてくれる。

この個人の実力と先見力の関係が見えてくると、ある年齢からの貧富の差も自己責任であることもわかってくる。

反対に、自己責任を言わないで、言い訳ばかりする人には、幸運の女神はほほ笑まない。それは新幹線駅の反対と原発反対と一生批判ばかりしてきた人の人生の帰結として、未来の党を分解させた今回の嘉田知事の姿は、ふさわしい。

 

経済がわからない人が、一見誰も否定できないような卒原発と主張して、その正体を現した。その人の正体は、社民党の人と一緒に始めて、そしてまた社民党の人と二人だけになっていった。そしてこれが、滋賀県の繁栄を機能停止にさせている人間の本当の姿である。

慢心は人を滅ぼすということの、自戒とする教訓である。

僅かな微差に先見力と実力を開発しようとする人は、見切り千両が、年の瀬にできる人になることでもある。一方今回の外国人が購入する日本株は、業界の一番企業ばかりであるから、この動きを多くの日本人が追随するときの行動は、もう遅くなるだろう。

まとめ

1)      自分の利害に関係に大した影響がない勝負で、必死に頑張る

2)   何に集中すべきかと集中力の持続

3)      チャンスの女神は前髪が垂れていて、後ろには神がない

4)   専門家の目でも見わけがつかないほどの微差と先見力

 

(続く)

新年の計画、江戸の祝箸2


5、毎週、毎月、3カ月ごとの計画

 

 

人生の計画を作る時、われわれは、あらゆる分野のかかわり合いを計算に入れる必要がある。

このことが意味するのは、仕事で忙しい時、わたしたちがおこなう個人的関わり合いを絞りこむための訓練を受けていく必要があると言うことである。

同様にあなたは個人的生活で忙しい時期に入るとき、引き受ける特別な関わり合いに目的を持つ必要がある。

3つの人生の計画についての展望がある、それは毎週、毎月、3カ月ごとの展望の計画を、新年にすることである。

それらの計画の展望は、あなたのエネルギーのかかわり方のさらに先に行き、客観的に調べるためには重要である。

新しい機会にノ―ということはその瞬間には難しい。しかし、われわれが計画に戦略的であるならば、そして新しい関わり方のコストが高くつくならば、自信を持ってその新しい機会を拒否することができる。

わたしたちの限界を理解するならば、自分のエネルギーをもっと効果的に管理していくようになるだろう。

覚えておくがよい、それは、われわれにとって最も重要な仕事と人生の領域においてブレイクスルーしようとすることを、自分で決めることである。

6、枝を取り除く

 

 

第二のエネルギーの管理は人生の全体の計画と密接に関係していて、それは、枝を取り除くということである。よいぶどう園には、ワインの管理人は何時も枝をきっている。それは、取り除かれた枝は死んでいるのでもないし、病気でもない。

むしろ管理人は若くて生産的な枝を取り除く、それは、多く必要とする栄養物を古くて多くの果実を含んだ部分に与えることである。若くて成長する部分を摘み取らなければ、ブドウは果実を多く生まない。ついには全然産まなくなるのである。

毎日人生に現れる小さな成長の芽がある。新しい機会、新しいプロジェクト、新しい道がある。あなたの資源と注意をそらせてしまう気を紛らわせるものの誘惑がある。

果実を生んだ若い枝のように、全体の植物の重要な部分という資源のために、必要な枝を摘まねばならないということだ。

わたしたちが学ばねばならないのは、短期によき結果得るための人生における活動を確認することを学ばねばならない。

そしてそうしなければ、ついには人生の最も重要な領域であなたの有効性を減らしていくだろう。

7、一週間のチェックポイント

 

挑戦;分かりやすい計画を作り、見ること。それは挑戦とつながっているだろうか?

ビック3;今週のビック3はなにだろうか?そのチャレンジを書き上げる

クラスターリング;同じ仕事を組み立てる方法があるだろうか?よりスイッチングしないで一緒にしたほうがよい仕事について、行動をカレンダーに具体的な時間をまとめる。

学ぶ;個人的な学ぶ時間はいつか?カレンダーに書く

毎月のチェックポイントは、一カ月当たりの時間であって、できれば月末に翌月の計画につくることである。ゴールは、仕事のトレンドを認識して戦略的に考えることが役立つ。

3か月ごとのチェックポイントは、あなたがする長い計画のためにある。

チェックポイントは、1時間単位であって、一週間の週間のコースについては、朝か夜に時間単位にしていく。

まとめ

毎週、毎月、3カ月ごとの計画の計画をつくる

選定をして枝を取り除く、そして果実を育てる

一週間,および3か月ごとのチェックポイントを目標に対してしていく。クラスターリングとビック3を行う。

追加、江戸の祝箸染め二重五膳

 

以下の江戸の祝い箸を、ビーエスアクアの小島社長が取り扱いを開始されました。最後が日本語のお箸のしきたりの説明は、英文はわたしが英訳して書き上げました。新年に祝い箸を使って、日本人の知恵に振り返りましょう。

そして江戸の祝箸染め二重五膳を使いましょう。そこから新年の希望は見えてきます。

江戸の祝箸染め二重五膳の説明と注文は、以下のビーエスアクアからすることができます。

http://www.bs-aqua.co.jp/

                        Festive chopsticks called dyed hutae mizuhiki 5 chopstics  in edo period

Please use festive chopsticks which are crafted by old technique of edo period made in Japan .

Because that Japanese festive chopsticks and the wrapping paper are made in Japan.

.

 

Paper is recoated 5 times or 3 times, in order to take out deep color tone, using  the ” dyeing technique” of hand dyeing  from old tomes ,or Heian period.

The method of wrapping paper of chopsticks is  used as the double wrapping style as dignified style.

Please compare the color of which is on the market with our color  of original handcrafted wrapping paper.

Festive chopsticks are round chopsticks of the plain wood made from the willow tree, and both ends become thin.  The central portion is thick, and they are the length of the sufficient luck  of 24 cm  length.

The willow tree which is strong and cannot easily break is said to be good.

We have the custom of detesting breaking chopstick are in Japan.


A willow tree is a sacred tree made in which God live from ancient times.

* 8 suns or 24 cm are said to be auspicious by spread style of Chinese character from the design of the character.

We use big willow chopsticks called ryoukuchi chopstick which means auspicious and we can use both end point of chopsticks.

We adapt  chopsticks is also called  as “柳箸” or “bag chopsticks.”

* It is because the central part of tawarabashi 俵箸 is thick, so the straw rice bag which we wishes rich  harvest .

New Year’s dishes are the vestiges of the divine work “communion” of receiving the hand-me-down offered on the New Year’s deity with all families.

We use congratulation chopsticks at this time.

How to write a name on the wrapping paper.

 

It is our custom of  using the festive chopsticks of the New Year when we wish New Year’s Eve and God can protect.,

A household head writes a family’s name on the wrapping paper of each chopstick. He puts in chopstick, or called柳箸, and is offered on the household Shinto altar.
wed better write solemnly as 主人or head of family.

It is written on  the chopsticks wrapping paper which divides the dishes of the New Year as a “海山.”

On the contrary ,we write as  “組重.”  On the wrapping paper in case of Kyoto festive chopsticks.  So ,the wrapping papers of Kyoto and Edo differ.
We write as 「上」to serve for paper wrapper of chopsticks for guests

 

How to use festive chopsticks

We use festive chopsticks at New Year’s Day offered on the household Shinto altar on New Year’s Eve.

 We wash and purify by ourselves chopsticks , and store in wrapping paper, or箸紙. We use the same festive chopsticks during New Year holidays (1/1-1/7) or the first three days (1/1-1/3).

 

After we used festive chopsticks on an above-mentioned period , we take them to near a patron saint and burn festive chopsticks with  bundle decoration called shimekazari at the time of the called as “Dondo-yaki” of the Japanese New Year (1/15).

Things we are not allowed

When we eat by festive chopsticks, we must not use the opposite end of chopsticks to divide dishes.

The opposite end of chopsticks is said to use for god.

It is common decency that we do not stain the tip of chopstick as possible.

We say using the point  of chopstick, is from 五分  or 1,5cm to 一寸 or 3,03cm .

We can enjoy dishes, by using the point of 1,5cm of chopstick.

Let’s learn Japanese culture once again, follow the custom from ancient times, and take  all the dishes of the New Year by using Japanese-made festive chopsticks.

Festive chopsticks called dyed hutae mizuhiki 5 chopstics  in edo period

Sales agency BS-AQUA Limited company

Translated by Etsushi Fujita

BS-AQUA    limited company

 

「江戸の祝箸染め二重(ふたえ)水引五膳」

 

 

日本の祝箸(祝い箸)だから、箸紙もお箸も古くからの製法で、全て日本で作った「江戸の祝箸」です。
是非、お正月という日本の年中行事の中で一番“めでたい”しかも重要な節目だから古来の技法でつくった日本製の「江戸の祝箸」をお使いください。

 

箸紙は、古くから(平安時代)の手染めの「引き染め技法」にて深い色合いを出す為に、三回から五回塗り重ねています。箸紙の折方は、重厚な作りの二重折としました。市販の印刷された箸紙の赤と引き染め技法の深い赤の色合いの違いを比較してください。

 

お箸(祝箸)は、柳の木で作られた白木の丸箸で、両端が細く中央部分が太くなっており、末広がりの八寸(二十四センチ)という縁起が良い長さの「両口箸」です。

*お祝い用には、折れたりすることを忌み嫌う風習から丈夫で折れ難い、柳の木が良いといわれています。

*柳の木は、昔から「神が宿る霊木」とされる神聖な木です。*八寸(二十四センチ)は、文字の形から末広がりで縁起が良いと言われています。*お箸の太さは、より縁起の良い太口の柳の両口箸を採用しました。

「両口箸」は「柳箸」、「俵箸」とも呼ばれています。*俵箸の云われは、中央部が太い事から五穀豊穣を願う米俵を模しているからです。
お正月料理は、歳神様に供えた「節供(せちく)」のお下がりを家族全員でいただくという神事「直会(なおらい)」の名残(なごり)です。その料理を頂くのが、【祝箸(祝い箸)】なのです。

 

│箸紙の名前の書き方│

お正月の祝い箸は大晦日、神様に守っていただけるよう願い、家長が家族の名前をそれぞれの箸紙に書いて柳箸を入れ神棚に供えておくのが慣わしです。但し、家長のものは「主人」と厳かに書き記します。

お正月の料理を取り分けるお箸(祝い箸)には、「海山」と書きます。

*京の祝箸の場合、取り箸に使うお箸(祝箸)には、箸紙に「組重」と書き記します。*京の場合、江戸とは箸紙が異なります。

お客様にお出しする箸紙に「上」と書きます

 

│祝箸(祝い箸)の使い方│

大晦日に神棚に供えていた自分の名前が書かれた祝箸を元旦に使用した後、自分で清めて(洗って)箸紙に収め、松の内(元旦~一月七日)、もしくは、三が日(元旦~一月三日)の間、同じ柳箸を使います。

上述の期間を使い終えた祝箸は、小正月(一月十五日)の”どんど焼き”の時に、注連(しめ)飾りなどと共に祝箸(柳箸)を氏神様に持参し、燃やすのが慣わしです。

│祝い箸でやってはいけない事│

祝箸で食べる時、使っていない反対の方を取り箸のように使ってはいけません。

理由は、「神人共食(しんじんきょうしょく)」といい、人が使う反対側の箸は、神様がお使いになるからです。

お箸はなるべく箸先を汚さない事が嗜み(たしなみ)とされているのです。

「箸先五分、長くて一寸」*一寸とは約三センチメートル。つまり、お箸の先の、一センチ五ミリを使い食事を頂くことがたしなみとされています。

お箸の国の日本だから、日本の文化をもう一度学び、古くからの慣わしにのっとりお正月の料理をすべて日本製の祝箸で頂きましょう。

新年の計画、リズムのある仕事1(636)



新年の計画を作るのにふさわしい12月のために、参考にしたのは、以下の抄訳です。

 

The author: Todd Henry is the founder and CEO of Accidental Creative, a consultancy that helps organizations generate brilliant

and coach.

The Accidental Creative: How to Be Brilliant at a Moment’s Notice by Todd Henry.

To purchase this book, go to www.amazon.com or www.bn.com.

 

1、クリエイティブな仕事のダイナミック

 

多くのクリエイティブな仕事へのアプローチは、リズミックに仕事をすることである。創造的な仕事のプロセスには、リズムがある。生産性には、ピークと底がある。アイデアにも満ち引きがあるからである。

厳しく働くことや、またはもっと意図的に問題を見つめることは、雲を見つめて天候をコントロールするように仕事をするようなものである。むしろわたしたちの人生に、目的とリズムの構造を意識の中に入れる練習を、自分のものにすることである。それは、年末に新年の計画を作るにふさわしい。

2、創造的なリズムの5つの分野

 

仕事のリズムをつけてするには、5つの分野がある。

1)集中

効果的に創造するためには、我々ははっきりして具体的なわたしの目標を必要としている。

2)人との関係

創造的なインスピレーションと元気になる最もパワフルな源の一つは、人との関係である。友が触発すると言う人の関係である。

3)エネルギー

あなたが最大限に一日を利用するためには、エネルギーのマネジメントについての練習を確立していく必要がある。エネルギーのマネジメントは、生産性のマネジメントである。

4)刺激

あらゆるプロセスの出力の品質は、そのインプットの品質に依存している。これは創造的なプロセスの真実である。

5)時間

時間は生産性の通貨であって、あなたが時間をいかに扱うかは、あなたの成功と失敗を決定していく。エネルギーのマネジメントと同じように時間のタイムマネジメントも、生産性をあげる大きな分野である。

3、創造的なリズム

 

あなたの創造的な可能性を今解き放って、長期にわたり繁栄していくには、自分自身の生活と仕事にリズムを応用する必要がある。そのリズムは、あなたが毎日直面している圧力と期待に依存している。自分自身のリズムを仕事と生活に取り入れることが、新年の最大のテーマである。

マヘリアジャクソンのゴスペルのレコードを聴きながら、この生活にリズムを取り入れることを新年の目標にする。偉大なマヘリアジャクソンというタイトルのレコードの彼女のThis is my faith という曲は、リズムと愛に私を浸していくのである。

この仕事と人生についての創造的なリズムを取り入れることは、わたしたちが問題に直接取り組むためにわれわれに、安定性と明確性を与えてくれるからである。このリズムは、上記の5つの要素である、集中、人との関係、エネルギー、刺激そして時間によって決定される。

この5つの要素とリズムのある仕事の仕方が、今回のテーマである。

だから、これら5つの分野とリズムの練習は、人生の基礎となるものでもある。これらが、多産で、才能豊かで健康という人生の基礎となる。

創造的なリズムについては、特に英語の詩を読むとき,その韻を含んでいる文章を朗読するときに、改めてリズムの大切さを発見した。

 

4、塊として同じような仕事を同時にするクラスターリングの慣例

 

知的隣接性として知られる小売業の慣例がある。それは、お互いの隣に、補完的なアイテムを品ぞろえすることを意味している。例えばそれは、歯磨きとハブラシである。

消費者が一つのアイテムを見つける時、補完的なアイテムが隣にあることであり、消費者は両方を買うようにさせることである

ひと塊りにする、クラスターリングの慣例は、知的な隣接の仕事を同時にする秘訣である。

ひと塊りにして同じような仕事をしようとする努力は、自分の仕事をやりやすくさせていき、もっと深く集中させていき、もっと長い時間にわたり、仕事をするようにと、わたし達に働きかけるものである。

こうすることによって、われわれは、仕事を変える心理的なコストを最小にしていくことができるし、何時もわたし達の努力を集中させるのである。

創造的なリズムのある生活は、音楽がいつも流れている中で仕事をするテクニックの応用である。もう一つは、長年コンサルタントとして小売店の陳列を指導していたにもかかわらず、クラスターリングのテクニックを仕事にもっと応用していなかった自分が恥ずかしい。

すなわち、創造的なリズムのある生活と同じように、仕事をクラスターリングすることである。もっと仕事と人生に応用するこの2つが、新年の計画である。それは、長年主宰してきた空間クリエーターとしてのホームデコの仕事の完成でもある。

江戸の祝箸染め二重五膳

 

江戸の祝い箸を、ビーエスアクアの小島社長が取り扱いを開始されました。最後が日本語のお箸のしきたりの説明は、英文はわたしが英訳して書き上げました。新年に祝い箸を使って、日本人の知恵に振り返りましょう。

そして江戸の祝箸,染め二重五膳を使いましょう。そこから新年の希望は見えてきます。

江戸の祝箸染め二重五膳の説明と注文は、以下のビーエスアクアの祝箸から、読むことができて、注文もすることができます。

http://www.bs-aqua.co.jp/

(続く)

好きなことに、バカになる3(635)


感想、狐狸庵生徒
セレンディビティが起きやすい状況を調べるため
何冊かの本をパラパラめくっていたら、
ソニーのオーディオグループ10ヶ条が目に止まりました。
おそらく1970から80年代、ウォークマンなどの開発が
行われた時期と思われます。

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オーディオグループ10ヶ条
①何でも半分にできると信じる
②サイズ等は中身に関係なく決めてしまう
③目標は単純明快にする
④検討しないでOKの約束をする
⑤可能と困難は可能であり、不可能は割り切れ
⑥説明する前に物をでっち上げる
⑦保養所等でブレスト(ブレインストーミング)し、
 目標達成するまで帰らない
⑧新しいアイデア、おもしろいアイデアは上司に内緒で作る
⑨頼み事は忙しい奴に頼め
⑩「ダメモト精神」的余裕
(出典:産業財産権標準テキスト、特許編 第7版 P14 社団法人発明協会)
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現在のソニーは業績不振で大変なようですが、
今は社風がどのようになっているのか気になります。
以前は、グローバルに人気の高い製品を作る家電メーカー
というイメージがあったのですが、現在は何の会社か
分からないくらい、事業が多角化しています。

また、外国企業では3M社の15%ルールが有名です。
研究開発部門の職員は、会社の研究開発予算や
時間などのうち15%は自由に使って良いというのが
大まかな方針です。3年前のあるイノベーション・セミナー
で3M社をよく知る人から聞いた情報です。

イノベーションを引き起こすセレンディビティを呼び込む
条件については、
「走り出してから考える」「がむしゃらに頑張る」
「遊び心を大切にする」「気持ちのゆとりを持つ」
など、一見、お互いに矛盾するようなことについて
上手に折り合いをつけることが、ポイントかな?
と思うところです。

「がむしゃらに頑張る」だけでは、努力してる
割には成果が上がらず、メンタルヘルスなどの問題で
生産性は低下するでしょう。

株式を買うときには、社風についても、できる限り
調べるようにしています。業績は良さそうでも、
ただ社員・派遣社員を「がむしゃらに頑張らせている」
だけの企業は離職率も高く、将来の業績に不安があるので
そのような会社の株式の買い注文は避けています。
ネガティブな原因で離職した社員・派遣社員が
その会社に対するクレーマーや不祥事の内部告発者
となるケースが多いと聞いています。

8、諦めない

 

 

成功と失敗は一続きのものであって、その二つの間に確固たる境界線はないということで完全な失敗などあり得ないことがよくわかってきます。

即ち何かを行えば、当初の目的には届くかなかっても、常に何かはおこる。

小さなものでも、何らかの収穫物は残るし、次につながる芽が育つ。結果ゼロとか丸ごと失敗など言うものは、実はあり得ないのです。

ほとんどの人間は正しいやり方を一息で学べるほど立派でもなければ、高い能力を持っているわけでもありません。いろんな方法をあれこれ試して、じれったいほどの試行錯誤の中から、うまくいかない方法を捨て、うまくいった方法を残す。

これを繰り返して、わたしたちはやっと正解を手に入れているのです。

軌道修正を前提にしている限り、取り返しのつかない失敗や挽回できないミスと言うものはないのです。人間は初めから正解を手に入れることはできない不器用な生き物だと言うことなのです。

失敗に始まり修正を重ねて,やっとこさ正解にたどり着く、それが精いっぱい。

実に不完全な生き物のようです。生身の人間がああでもないこうでもないと苦労した

はてにやっと発見にたどり着く。

そんなふうに人が人を刺激し、ひとつの発見が別の発見を促していく。一方で、上に立つ人や年配者には若い人の声を救いあげ、その力を見極めて、伸ばしてやる義務があります。

9、回り道こそ、力になる

 

 

知識の蓄積さえあれば、だれにでも解けるし再現できる共通性が理系学問の利点と言えます。むしろ化学(科学)の進歩がまだ不完全であり、人間の側も中途半端で間違った人工物の作り方や使い方しかできなかったこと。

そこにこそ、弊害を生んだ真の原因があると思います。つまり世の中、便利になりすぎたのでなく、いまだ便利が不足しているのです。科学の進歩が不完全で、中途半端なのです。

環境のためにクーラーを止めよう。そういう考え方よりは、環境維持のためにもっとエネルギー効率のいいクーラーを開発しよう。わたしはそっちの方が、はるかに現実的であるし、それが科学の真の役割だとも思っています。

江戸時代の生活に、現代の便利さを捨てて変えることなどできるのか。そのようなレベルの生活が平成の世に生きるわたし達に可能なのか。

自然に則した有機農法は善で、科学的な無機農法は悪である。無農薬や天然肥料は正しくて,人工肥料は正しくない。こういう単純な善悪二元論は短絡的で、問題の解決策にならないことを指摘したいだけなのです。

世の中にはAかBか、AでなければBであるといった単純な二元論が多すぎると思えるからです。

自分はこれが好きだ、このことを徹底的にやってみたいと言う意欲や目標を明確化して、その好きなこと、やりたいことをとことん追求すること。それが社会に対するアピールポイントにもなるし、自分の強みとももなるのです。

自分にとっての幸福の条件とは何か、と考える時消去法で考えていくといいと思います。

あれはなくても平気、これもなければ内で大丈夫といった引き算で考えていく。すると幸福の輪郭がくっきりしてきます。

これだけあれば大丈夫という幸福の最低条件をはっきりさせたいときには、消去法で考えることが有効です。なくてはならないものが明確になってくるからです。

人間の幸福とは、結果でなく過程に存在するものです。

最後に何もかも失っても、そこに至るまでの過程が豊かで充実したものであれば、その人の人生には十分な価値があるのです。

つまり幸福や豊かさは終点ではなくプロセスにある。人間の幸福とは、最後に何を残したでなく、途中で何をしてきたかで測った法がいと思います。

まとめ

 

1)じれったいほどの試行錯誤の中から、うまくいかない方法を捨て、うまくいった方法を残す。

この思考錯誤のプロセスを記録していく。結果ではない

2)人が人を刺激し、ひとつの発見が別の発見を促していく。

人が人を刺激するような友人がいなければ、その人は本当の友人でない。

 

)単純な善悪二元論は短絡的で、問題の解決策にならない

 本当の解決は、町で出回っている善悪二元論を超えたところにあることが多い。

幸福の輪郭

4)そこに至るまでの過程が豊かで充実したものであれば、その人の人生には十分な価値がある

 歩んできたプロセスが豊かであれば、人生は生きるに値するのです。

好きなことに、バカになる2(635)


つまりセレンデピティは、外からもたらされるものでなく、
自分で呼び込むものなのです。
偶然のひらめきによって問題解決に向けてのブレイクスルー
が起きる場合、大抵、当人は解決すべき問題を絶えず考え続けている
ことが背景にあります。試行錯誤の結果や自分の周囲に起きる
現象に鋭敏になっているため、ほんの僅かなきっかけでもキャッチできるように、
意識や潜在意識が研ぎ澄まされているのかも知れません。
狐狸庵生徒

6、議論

不安や孤独を克服してくれるもの、

人がやらなかったことをあえてやってきたのは、すきであるのに加えて、自分だけのオリジナリティを追求したかったからです。独自のテーマを掲げて、その分野でパイオニアになりたい気持ちが人一番強かったからです。

そのためにも、自分の好きなことに力を注ぎ、得意分野に一層磨きをかけることが必要になってきます。いい研究、いい仕事には、異なるタイプの力がうまく組み合わせることによってなれるものです。

それぞれが、各々の得意分野で能力を発揮する時、成果は最大になる。それぞれの違いは役割の違いであって、優劣の違いではありません。

視野が広がることも、議論のもたらす利点です。人間が自分一人で考えたことなど、初戦大したことがありません。他人の意見も聞いてはじめて、固定概念が揺さぶられ、上からしか見られなかった狭い視点が横からも下からも斜めからも見られるようになる。

7、美しい偶然などあり得ない

 

 

わたし達人間は思惟のほか不器用な生き物で、神と天才を除けば、経てきたプロセスに見合う結果しか手に入れられないものだと思います。

つまりセレンデピティは、外からもたらされるものでなく、自分で呼び込むものなのです。

では、その準備とは、どういうものか?それは不断の努力のことです。わたしの実感では、あがきです。

一生懸命と言うよりは、必死の形相で苦しみ、あるときはうんざりし、もう無理だ、こんなことはやめた、と諦めかけもして、しかし明日から、また気を取り直して、やり始める。

こうした積み重ねを経て、やっとセレンデピティが生まれる素地ができるのです。

どんなふうに起こるかと言えば、ある研究室、あるチーム、ある人物に、集中して起こりやすいものです。

この理由は言うまでもなく、そのチームなり人物なりが不断の努力によって発見や発明を生み出す素地を作っているから、―つまり一人ひとりの中に常にあがく習慣が身についているからなのです。

大切なのは、偶然の幸運を呼び込むべく、また、呼び込んだ幸運を活かすべく努力やあがきを惜しまないことです。それが偶然に頼らずに、偶然を活かす生き方の要諦とは言えないでしょうか。

物事は考えた通りには進まないともいえるし、予想通りに進んだものは大したものではないとも言えます。

いずれにせよ、起きることは考えることよりも常に複雑です。

そしてだからこそ、起きた現象の様子や意味を注意深く見逃さないことが、何よりも大切なのです。そこで何が起きているのか、何が変わったのかを見つめる観察力。

予期せぬ結果を次の実験や研究に絶えずフィードバックしていく継続力。そういうものが必要になってくるのです。

とりわけ観察力は極めて重要な能力の一つです。

2のまとめ

 

1)異なるタイプの力をうまく組み合わせる

チームの力をつかうことである。

2)他人の意見を聞いてはじめて、視野が広がる

 同じ年齢、同じ世代、同じ国籍,同じ階層などの異なる人とのチームや組み合わせから、視野が広がるし、うまい組み合わせのチームが生まれる。

3)経てきたプロセスに見合う結果しか手に入れられないもの

思いのほか不器用な生き物が人間であるから、人間は結果よりもどのようなプロセスをたどってきたかしかに、得るものは限定されるのである。

4)ある研究室、あるチーム、ある人物に、集中してセレンデピティが起こりやすいもの

一人ひとりの中に常にあがく習慣のなかから、集中してセレンデピティは起こりやすい。

5)起きた現象の様子や意味を注意深く見逃さない観察力は重要な能力

世界で今何が起こっているのかを見る洞察力とこの注意深い観察力を常にフィードバックしていく。

(続く)