好きなことに、バカになる3(635)


感想、狐狸庵生徒
セレンディビティが起きやすい状況を調べるため
何冊かの本をパラパラめくっていたら、
ソニーのオーディオグループ10ヶ条が目に止まりました。
おそらく1970から80年代、ウォークマンなどの開発が
行われた時期と思われます。

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オーディオグループ10ヶ条
①何でも半分にできると信じる
②サイズ等は中身に関係なく決めてしまう
③目標は単純明快にする
④検討しないでOKの約束をする
⑤可能と困難は可能であり、不可能は割り切れ
⑥説明する前に物をでっち上げる
⑦保養所等でブレスト(ブレインストーミング)し、
 目標達成するまで帰らない
⑧新しいアイデア、おもしろいアイデアは上司に内緒で作る
⑨頼み事は忙しい奴に頼め
⑩「ダメモト精神」的余裕
(出典:産業財産権標準テキスト、特許編 第7版 P14 社団法人発明協会)
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現在のソニーは業績不振で大変なようですが、
今は社風がどのようになっているのか気になります。
以前は、グローバルに人気の高い製品を作る家電メーカー
というイメージがあったのですが、現在は何の会社か
分からないくらい、事業が多角化しています。

また、外国企業では3M社の15%ルールが有名です。
研究開発部門の職員は、会社の研究開発予算や
時間などのうち15%は自由に使って良いというのが
大まかな方針です。3年前のあるイノベーション・セミナー
で3M社をよく知る人から聞いた情報です。

イノベーションを引き起こすセレンディビティを呼び込む
条件については、
「走り出してから考える」「がむしゃらに頑張る」
「遊び心を大切にする」「気持ちのゆとりを持つ」
など、一見、お互いに矛盾するようなことについて
上手に折り合いをつけることが、ポイントかな?
と思うところです。

「がむしゃらに頑張る」だけでは、努力してる
割には成果が上がらず、メンタルヘルスなどの問題で
生産性は低下するでしょう。

株式を買うときには、社風についても、できる限り
調べるようにしています。業績は良さそうでも、
ただ社員・派遣社員を「がむしゃらに頑張らせている」
だけの企業は離職率も高く、将来の業績に不安があるので
そのような会社の株式の買い注文は避けています。
ネガティブな原因で離職した社員・派遣社員が
その会社に対するクレーマーや不祥事の内部告発者
となるケースが多いと聞いています。

8、諦めない

 

 

成功と失敗は一続きのものであって、その二つの間に確固たる境界線はないということで完全な失敗などあり得ないことがよくわかってきます。

即ち何かを行えば、当初の目的には届くかなかっても、常に何かはおこる。

小さなものでも、何らかの収穫物は残るし、次につながる芽が育つ。結果ゼロとか丸ごと失敗など言うものは、実はあり得ないのです。

ほとんどの人間は正しいやり方を一息で学べるほど立派でもなければ、高い能力を持っているわけでもありません。いろんな方法をあれこれ試して、じれったいほどの試行錯誤の中から、うまくいかない方法を捨て、うまくいった方法を残す。

これを繰り返して、わたしたちはやっと正解を手に入れているのです。

軌道修正を前提にしている限り、取り返しのつかない失敗や挽回できないミスと言うものはないのです。人間は初めから正解を手に入れることはできない不器用な生き物だと言うことなのです。

失敗に始まり修正を重ねて,やっとこさ正解にたどり着く、それが精いっぱい。

実に不完全な生き物のようです。生身の人間がああでもないこうでもないと苦労した

はてにやっと発見にたどり着く。

そんなふうに人が人を刺激し、ひとつの発見が別の発見を促していく。一方で、上に立つ人や年配者には若い人の声を救いあげ、その力を見極めて、伸ばしてやる義務があります。

9、回り道こそ、力になる

 

 

知識の蓄積さえあれば、だれにでも解けるし再現できる共通性が理系学問の利点と言えます。むしろ化学(科学)の進歩がまだ不完全であり、人間の側も中途半端で間違った人工物の作り方や使い方しかできなかったこと。

そこにこそ、弊害を生んだ真の原因があると思います。つまり世の中、便利になりすぎたのでなく、いまだ便利が不足しているのです。科学の進歩が不完全で、中途半端なのです。

環境のためにクーラーを止めよう。そういう考え方よりは、環境維持のためにもっとエネルギー効率のいいクーラーを開発しよう。わたしはそっちの方が、はるかに現実的であるし、それが科学の真の役割だとも思っています。

江戸時代の生活に、現代の便利さを捨てて変えることなどできるのか。そのようなレベルの生活が平成の世に生きるわたし達に可能なのか。

自然に則した有機農法は善で、科学的な無機農法は悪である。無農薬や天然肥料は正しくて,人工肥料は正しくない。こういう単純な善悪二元論は短絡的で、問題の解決策にならないことを指摘したいだけなのです。

世の中にはAかBか、AでなければBであるといった単純な二元論が多すぎると思えるからです。

自分はこれが好きだ、このことを徹底的にやってみたいと言う意欲や目標を明確化して、その好きなこと、やりたいことをとことん追求すること。それが社会に対するアピールポイントにもなるし、自分の強みとももなるのです。

自分にとっての幸福の条件とは何か、と考える時消去法で考えていくといいと思います。

あれはなくても平気、これもなければ内で大丈夫といった引き算で考えていく。すると幸福の輪郭がくっきりしてきます。

これだけあれば大丈夫という幸福の最低条件をはっきりさせたいときには、消去法で考えることが有効です。なくてはならないものが明確になってくるからです。

人間の幸福とは、結果でなく過程に存在するものです。

最後に何もかも失っても、そこに至るまでの過程が豊かで充実したものであれば、その人の人生には十分な価値があるのです。

つまり幸福や豊かさは終点ではなくプロセスにある。人間の幸福とは、最後に何を残したでなく、途中で何をしてきたかで測った法がいと思います。

まとめ

 

1)じれったいほどの試行錯誤の中から、うまくいかない方法を捨て、うまくいった方法を残す。

この思考錯誤のプロセスを記録していく。結果ではない

2)人が人を刺激し、ひとつの発見が別の発見を促していく。

人が人を刺激するような友人がいなければ、その人は本当の友人でない。

 

)単純な善悪二元論は短絡的で、問題の解決策にならない

 本当の解決は、町で出回っている善悪二元論を超えたところにあることが多い。

幸福の輪郭

4)そこに至るまでの過程が豊かで充実したものであれば、その人の人生には十分な価値がある

 歩んできたプロセスが豊かであれば、人生は生きるに値するのです。

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