Archive for 1月, 2013

高い生産性1(640)


「高い生産性」において、著者のPozenは、職場での高い生産性と成果の秘密を表している。この本は現在ある仕事量に圧倒された気持ちになっている人への本である。彼はあらゆる段階の仕事での人が、読み、書き、プレゼンテーションを素早くして効果的にすることに役立つ、プロフェッショナルのための現実的な秘訣である。

以下は、その翻案である。

 

Extreme Productivity: Lessons on High Performance from a Highly Effective Executive by Robert C. Pozen.

これは、いかに効果的に時間を使うか、そして同様に生産的な生活をおくるかについての本である。

序章

成功は、厳しい仕事と注意深い計画からは、訪れない。この2つも大切ではあるが、大部分の成功は、適切な心構えからである。働く時間よりも達成しようと計画する結果に焦点を当てるという心構えである。

 

以下に続くのは、具体的で実用的な提案であって、あなたの生産性をどのようにあげるかということである。提案されているのは、長い期間の風雪に耐えてきた厳格な考え方と訓練されてきた行動である。

1、6つのステップのプロセス

 

このプロセスには6つのステップがあって、

①    Write everything down. あらゆるものを書きだす

一枚か二枚の紙に、あなたのプロフェショナルな人生を送るために必要なあらゆることを書きだす。これには長期の計画が含まれる。

②    Organize by time horizon. 時間軸にまとめる

あなたのりストを3つのカテゴリーに分けていく。職業での成功や人生の目標とする長期の目標(5年以上)、3カ月から2年までの期間に取り組む中期の目標、一週間程度の短い期間に取り組む短期の目標とのの3つに分けることである。3か月から2年程度の中期の目標は、一週間程度の関連する短期の目標との関連性がある。

③    Rank your Objectives.中期の目標を評価する

あなたがしたいこと、あなたが得意なこと、 社会からあなたから求めていること、の3つの中期の目標の視点から考えることを始めるのである。あなたの目標について、1から10までの評価をつけていく。

 

④    Rank your Targets. 短期の目標を評価する

あなたの短期目標は、中期の目標を達成するために役立つ。短期の目標をリストアップして中期の目標の重要性に基づいて、その短期の目標が中期目標をどのように効果的に前進させるかについて、ランク付けをしていくのである。

多くの場合、割り当てられた短期の目標のランクが低い優先順位である場合、それらにできるだけ、それらに時間を多く使わないことを考慮すべきである。

⑤     Estimate how you actually spend your time.あなたが時間をどのように使うかを評価する

あなたは、カレンダーをとりだして、次の質問に答えていく。

どれだけの時間を仕事に使おうとしているのか?あなたが使う時間の3つのおもな行動とは何か?

例えば、ミーティング、レポート、メールへの返事?

長期での職業での目標から判断して、短期の目標に関する時間の割り当てを比較していくのである。

⑥     Address the mismatch between priorities and time spent. 優先順位と使われる時間の間のミスマッチに焦点を当てる

大抵のプロフェッショナルにように、あなたは最も高い優先順位に半分の時間を使っているにすぎないのである。あるプロフェッショナルは、長期の目標と数カ月の中期の目標を注意深く考えていなかったのである。

2、小さなことでくよくよしない

 

 

わたし達は、重要なゴールを疎かにしている。わたし達が危機になるまで、すべての時間と努力を要求するききまで重要なゴールを。

私が進めるのは、仕事をやり終えるための個人的な報奨小さな締め切りはつながっている、ということです。例えばアイスクリームを食べることや好きなテレビ番組を見ることです。だからいつも自分の小さな締め切りを設けて、自分に個人的な報奨を与えていく。

そして時間でなく、結果に焦点を当てていく。タイムカードは工業時代には意味があったが、プロフェッショナルの時代には意味がないのである。プロフェッショナルの貢献は、仕事の時間でなく、知識によって作りあげていく価値である。低スキルでなく高スキルの仕事をすることである、

Don’t Sweat the Small Stuff小さなことにくよくよしない

小さなことに汗をかかないひとつのテクニックは、OHIOの原則に従うと言うこと;この意味は一度にのみ扱うということ、その意味は、優先順位が低い仕事は、一度に扱うと言うこと。そうしないと仕事の在庫を増やしていく。そうしていくならば、多くの無駄な時間を過ごし、イライラを増やすと言うことである。

パート2、毎日の生産性

 

3、きまりきった仕事

あなたは毎日高いゴールをやり遂げている言うことを確かなものにどうしてしているのか?その秘訣は一週間の短期のカレンダーを作ることである。そうすると、それは今日の約束と仕事の重要性を容易に見ることができる。

そのカレンダーはいつも持ち運ぶことができて、簡単に新しいアイテムを加えて、書きなおすことができものである。ミーティングや電話から、あなたは、何をえようとしているのか?

それは、ミーティングや電話の目的に自分が集中するためである。

毎日のきまりきったこと、それは十分な睡眠と運動であるが、それらは、仕事が忙しくなると容易に外に追いやられるものである。でもこの2つを疎かにしていくと、あなたの行動は深刻な害を受ける。

(続く

アインシュタインの創造的な思考法(639)


狐狸庵生徒
アルベルト・アインシュタインが、「死とは何か」を聞かれて、
「死とはモーツァルトを聴けなくなることだ」と答えたという
よく知られている言葉があります。

実際にはアルフレート・アインシュタインが述べたという説もあります。
アルフレート・アインシュタインはアルベルト・アインシュタインの従兄弟
であったとの説もありますが、定かではありません。

アルベルトも、アルフレートも省略するとアルファベットのAになるので
混乱しているのかも知れません。

事実関係が不明でも、この言葉が今でも語り継がれるのには、
音楽と創造的思考の間に密接な関係があるのを多くの人が
うすうす体感しているからでしょう。

(科学的な創造力として音楽と直感的なアート)

普通のそして特別な天才の記録は、psychology todayからの文章で、written by Michele and Robert Root-Bernsteinの翻案です。これは、わたしの文章「新年の計画636」に書いた[音楽のリズムのある生活を]新年の計画にする、ということについて書いた文章があります。

この文章の音楽のリズムのある生活について送られてきたのは、友人Azizeh MitraYousefi さんから音楽の創造的思考への効用についての文章です。以下の文章を彼女に感謝するとともに、音楽の創造的思考への効用についてとても巧みに表現されて言います。

参考になると思いますので、取り上げました。またpsychology todayで検索されても、原文の英語で読むことができるかもしれません。

 

1、創造力は、知識よりももっと重要

 

“偉大な科学者は、同様に芸術家である“、とアインシュタインは語っている。彼は、今までにない偉大な物理学の一人で、同時に素晴らしいアマチュアのピアニストであって、しかもバイオリニストであったことが、もっと知られるべきだった。

だから、アインシュタインが意味していることとそれがわたし達に伝えていることは、創造的な思考の性質と、わたし達も創造的な思考をいかに刺激するべきかである。アインシュタインの音楽の趣味は、個人的な創造性の事例として役立つリクリエーションである。

創造的思考は、あなたの心と体でもってなされるものである。毎日の音楽の実践は、現実にあらゆる人の創造性と天才レベルの創造性を刺激していくものである。アインシュタインにとっての洞察力は、論理や数学から生まれていないのである。その洞察力は、芸術家としての、直感やインスピレーションから生まれてきたものである。

彼がある友人に告げたのは、わたしが自分とわたしの思考方法を調べた時にほとんど結論に、たどり着いたのは、創造力の才能は、絶対的な知識を吸収することもよりも、入念に加えたことは、すべての偉大な科学の業績は、直感的な知識から始まれねばならない、ということだ。

「私が信じるのは、直感とインスピレーションである。」ときどき確かに感じる、しかしその理由はわからないのだけれども。科学における創造的仕事についての彼の有名な言葉、創造力は知識よりももっと重要である、ということ。

 

2、直感的に仕事をして、自分自身を論理的に表現

 

アインシュタインにとって、芸術は科学とはどのように違っていたのか?それはアイデアの内容か主題が、科学か芸術を決めるのではない。アイデアがどのように表現されるかの違いである。論理の言葉でその表現がされる時、それは科学となる。

一方、その構造が意識でもってアクセスされない時、それはアートとなっていく。彼は直感的に仕事をして、自分自身を論理的に表現した人間である。これが、彼が、偉大な科学者は同時に芸術家である、という理由である。

アインシュタインはその彼の直感的思考プロセスについて、1922年の京都での物理の会議で始めて表現している。彼はこの大胆なアイデアを1959年にある学者に説明している。彼の自伝のノートは、同じ考えを反映している。明かに、数字を使わないで、もっと大胆に言えば、無意識で思考を進める。科学者は方程式で考えないと言うことである。

 

3、内部のイメージ、感覚、音楽の構造によって問題を解決した後に翻訳

 

科学者の教育について、誰もこれを読んでいるだろうか?

アインシュタインは言葉と多分他のシンボルである数学を使った。彼はそれを第2の翻訳ステップとはっきり呼んだのである。内部のイメージ、感覚、音楽の構造によって問題を解決した後に翻訳したのである。

「わたしはめったに言葉を使って考えることはしていない。後で、言葉でもってそれを表現しようと努力するかもしれないが。」

彼はこのテーマを、仲間の数学者Jacques Hadamardに手紙で展開した。わたしの思考における書いたことと話したことは。どんな役割もしていないように見える、と。従来の言葉と数学は、第2の段階で面白くないが探さねばならい。それは再現するための再現としての翻訳をしなければならないということである。

他のインタビューで、彼の科学的な洞察と直感は主として音楽によると考えた、と言う。物理学者でなければ、ミュージシャンになっていただろう、と答えている。わたしは音楽で考え、音楽で空想した。音楽の方向で人生を生きただろう、と言う。

彼は、音楽から人生の歓びをたいてい得ていたのである。仕事で難しい状況を感じた時、彼は音楽に逃げた。音楽は彼の困難を解決した。彼の妹Majaは、彼は朝起きて音楽に夢中になる、と言う。何かが彼の思考を、新しい創造的な方向に導いた、言う。

科学の歴史家は、誰もこれらの音楽のそして直感的なアインシュタインを真剣に受け取っていないようだ。しかし、彼の個人的な証言から集められたものの中から、重要な何かがると、我々は考える。

 

4、音楽は直感の背後の力

 

Muellerによるとアインシュタインの友人Alexander Mozskowskiは、説明できない音楽と科学との関連性を認め、アインシュタインの教師のErnst Machが指摘しているのは、彼のオルガンが聴覚の宇宙を表現していることを示していることである。

音楽は時間を内包している。音楽は、空間的な、または時間的な側面のつながりを彼に与えたのである。Muellerが推測したのは、建築的な抽象の論理は、初期のアインシュタインの音楽経験によってルール化されたし、音楽が豊かな精神の時間と空間が、彼の科学的理論化に役立った。

アインシュタインの創造的思索における音楽、空間、時間についての推測によって、この物理学者の音楽教育の偉大なパイオニアともなった。Shinichi Suzukiは、相対性理論は直感によって生まれ、音楽は直感の背後の力である。

誰もが音楽と数学と物理の間のつながりを探している。直感と理性の関係はどうだろうか?アインシュタインはそれらすべてつながりがあることを示している。現代の高校生や大学ではどうだろうか?彼らは音楽を専攻しないで数学を専攻する。彼らは、イメージ、感覚、直感なしで、科学を学んでいる。

学生は、直感なしで知識を得ている。直感が発達しないだけでなく、多くの数学や科学の先生は詳細な論理によっての答えによってしか評価しないのである。先生が評価しないのは、直感的洞察を言語や数学的シンボルに変換することが、第2のプロセスであるであるということなのだ。

これは、ひとつの言語をもうひとつの言語に変換するというプロセスと同じなのである。同時にこれは、それを説明できることなしに正しいと彼が思ったアインシュタインの感情を認めることはこれだけあるのだ。音楽によって時間と空間を体験するということなのだ。

言葉もシンボルもない音楽の構成、感情、イメージにおけるアイデアとは、これだけあるのである。ピアノの前に座り、音楽が道を開くのも、これだけあるのである。どれほど多くの我々の学生が数学と科学が好きでないのは、納得できる。

そこで人は、どのように創造して感じるのか?彼らが学びにおいてアートはどこにあるのか?である。

カタールとシンガポール(638)


狐狸庵生徒
その理由は、シンガポールやカタールからスウェーデンまでのようなモデルと
なる手法の事例が、
船井総研にも自民党にも、日本にもないからである。
近年、ビジネスモデルの賞味期限が短くなってきているようです。
最初のうちはうまく機能していたビジネスモデルも数年で陳腐化し、
メディアが持ち上げていた商品やサービスも、数年後には、経営を
圧迫する要因になるケースが増えているようです。

最初はうまく機能していたモデルがほころび初めても、少し改善すれば
何とかなるだろうと思って、そのモデルに頼っていると、やがて旧モデルが
ゾンビ化して組織の機能を著しく低下させるリスクが発生しやすくなります。
日本のいくつかの家電メーカーにあてはまるかも知れません。

また、失敗の責任を回避したい経営者層のメンツやプライドもゾンビを
肥大化させるでしょう。

このような背景の中、東京工業大学の畑村洋太郎教授が提唱している
「失敗学」は、技術分野だけではなくビジネスモデルの世界でも注目されています。

失敗を冷静に分析し、そこから知見を学びとるという、あたりまえのことですが、
組織が大きくなったり、小さくて小回りのきく組織でも経営者のパーソナリティ
によっては、なかなか難しいようです。ビジネスモデルの陳腐化による失敗も、
いつのまにか語られなくなってしまったり、デフォルメされて、美談となってしまう
ことがあるようです。新たなモデルを創造するためには俊敏に失敗から学ぶことが
ますます重要になりつつあります。シンガポール、カタール、スウェーデンなどでは
ビジネスモデルの構築や運用がかなり柔軟になされていると推察されます。

ネットの検索サイトで「失敗学」と入力すれば、様々な情報が入手できます。

1、カタールとシンガポール

 

フランスは社会党政権下で、社会主義的な政策をしようとしている。一方、先日見たテレビ番組でカタールがフランスの文化的遺産を購入している。さらに科学の研究者も外国人を雇っている2030年に向かって進んでいるカタールという国家の特集をしていた。

今やカタールが、海外の研究者やフランスの文化的遺産を購入する時代である。その背景は、カタールの2011年の一人当たりのGDPは、98,144ドルで、世界2位である。一方低迷するフランスに投資するのがカタールである。

2011年の一人当たりのGDPにおいてアジアの一位は、今やシンガポールであって、49,270ドルである。日本のそれは、45,862ドルである。

3位は、ノルウェイで97,607ドルである。

4位はスイスで、97,607ドル

5位はオーストラリアで、66,371ドル

6位はデンマークで59,708ドル

7位は、スウェーデンで、57,638ドル

アメリカもドイツもフランスも、もはや日本のモデルではない時代かもしれない。

日本も4年にわたるひどすぎた民主党政権下での円高の是正はよきことであるが、同時に自民党は巨大公共事業を行なおうとしている。

それよりもカタールのような2030年に向けた日本のビジョンが見えないことである。

カタールの2030年にむかってのような未来に向かうビジョンが、日本にも必要なのである。

選挙の宴が終わると、日本にも2030年のような長期の日本のビジョン、長期の目標を持つことが、再び必要となってきていることが明らかになってきている。

GDPは、98,144ドルのカタールや49,270ドルであるシンガポールのようなモデルとしての分析が、日本には必要なのではないのか?

カタールのような一人当たりのGDPの高い国になる日本の目標について、日本のマスコミの多くはこの現実を報道しない。

そして日本のマスコミは、相変わらず中国の報道をしている。中国が、上記のような国になっていく可能性はこれからも少ない。またドイツでは今秋の議会選挙でメルケルが、ギリシアを援助するかもわからない。

2、世界一のモデルを持つ

わたしは新しいビジネスモデルを考える時に、20年間以上アメリカの情報を参考にしてコンサルティングをしてきた。世界中からモデルとなるに値するような企業の情報をむさぼるように吸収してきた。その手法で応用できる世界のモデルを、様々な業界に応用してきた。

船井総研のフェイスブックで、佐橋賢治さんという人からのメールが届いていて船井総研が発展するようにと書いた。前回も少し小山さんも今春に船井を辞める予定を書いたが、船井総研が国内ではモデルがない時代にこれから収益を上げられるかも、不透明である。

その理由は、シンガポールやカタールからスウェーデンまでのようなモデルとなる手法の事例が、船井総研にも自民党にも、日本にもないからである。一方、アメリカでのニュースで印象に残っているのは、1%に富が集中しているとのプラカードを掲げてデモをする人達であった。

1%でないが、数%の人や企業に日本も富が集中していくだろう。その傾向は、所得の再分配でしようとしたのが民主党であったし、同じようなことをフランスもしようとしている。

が、むしろカタールがフランスの文化遺産に投資しているのが現実である。一方ドイツの議会選挙でも,ドイツがギリシアを助けるかどうか、それともどこへ行こうとするのかも、今年もわからない。

3、再びのビジョン

 

 

これは、もはや従来の先進国では、成長分野が見えていないのである。しかし、カタールは投資と研究開発などの、知が知を生み出す分野に、世界中の人材を集めている。投資と研究開発などの知が知を生み出す分野は、国境を越えて爆発しているのである。しかしかつては、人も企業も自由貿易の恩恵を受けて日本は繁栄してきたのである。

国の成長は、自由な貿易を伸ばすことであって、すべての巨大な公共事業を長期的に行うことではない。公共事業は、短期の成長の事例である。一方経済がグローバル化している上記のような国では、企業も人も貿易の自由化の恩恵を受けていて、高い一人当たりのGDPは日本を上回っている。

まして日本国内の破綻している企業を存続させることでもない。創造的な破壊の促進が日本でも求められているのである。なぜなら、もはや社会と人は、あまりに複雑に世界とつながっているのである。

しかし現実は、社会をコントロールすることができるとの社会主義者や社会主義の国がいまだに世界には存在する。日本は、再び一人当たりのGDPで世界一を目指そうとするのか?

世界で一人当たりのGDPの高いカタールやアジアで一番の一人当たりのGDPのシンガポールなどが、フランスや日本の国に取って代わろうとしているのである。

そのために政府が行うことは、財政の健全化持続可能な社会保障を作ることである。そして、社会主義的な社会を作ることではない。

一人当たりのGDPのこれらの国をモデルにして、再びの自由貿易の税金の少ない都市国家のような国をつくる目標を、日本が持つことなのである。一人当たりのGDPが高い国々に共通することが何であるかを調べることである。

そして優れた外国人や外国企業を優遇していくことなのである。

投資と研究開発などの知が知を生み出す知が爆発する分野の研究者を世界中から集めて、研究開発をすることなのである。

勝負の研究と幸運の女神2(637)


あけましておめでとうございます。

1、大局的なものの見方ができるのが男の特性

 

 「私の考えでは、男らしさは大局観だと言うことになります。女性に一番欠けているものがこの大局観で、大局的なものの見方ができるのが男の特性だと思います。」

「ある程度のお金を持たねば、男らしい生き方も、なかなかままならない。しかし、何も大金持ちにならなくても、ほんのささやかなゆとりがありさえすれば、貸し方に回れるはずです。」

このささやかなゆとりの貸し方に回れる生きかたを実現できるようになれるかどうかに、人間の値打ちはかかっている。そうするために私も働いてきたし、今も働いている。だから、60代には、2種類の人間がいることが見えてくる。

今30代や40代の人が貸し方に回れるかどうかも、10年先の準備をして働いていて、10年後に仕事にたどり着けるかどうかにある。

一方そう言う貸し方に回れる生き方ができなければ、人は生涯にわたり食べるために生きていかねばならない人間になってしまう。大局的なものの見方とは、貢献できる人になっていくことである。

2、仕事が第一でない男は男ではない

仕事が第一でない男は男ではない

お前の人生は,蟻のように働きずめだけだったではないか、と遊んできた人は嘲笑するかもしれないけれど、どちらが充実した人生を送ってきたかというと、どうも働いてきた人のようです。」

再び働く人になる道を、私は選んだ。死にそうになった時に、やり残している仕事に気がついたのだった。なぜなら、それは、人間が成長するためには、全部の力を出し切る仕事を、まだしていなかったことがわかったからである。

3、自分の好きなことを仕事とする

「要するに、自分の好きなことを仕事とするのだと言う人間、こういう人間が多くなることが、これからの世の中で非常に大切なのではないでしょうか。

なぜ何時間も考え続けるような集中力が身に着いたかと言えば、やはり好きだったからです。

それには好きなことをやらせるのが一番いい。子供は、好きなことを一生懸命やっているうちに集中力を身につけていくものです。大人は、励ますだけでいい。

好きでなければダメなのです。そして集中力がなければ、何事をやっても成功しません。

船井総研の小山政彦さんから、今年の3月に会社を辞めるつもり、と書いている今年の年賀状を受け取った。そのあとで、本当に好きなことを始めるには、彼にはよい時期だろう。そしてその後に、本当に好きなことを始めることを、小山さんに期待している。

635「好きなことにバカになる」に書いたように、経営コンサルタントから、好きなことにバカになるような次の仕事を見つけることと、人が人を建設的に刺激していくインターパーソナルなコミュニケーションのエネルギーを高めていくことである。635のまとめを再度、参考に以下に引用する。

1)じれったいほどの試行錯誤の中から、うまくいった方法を残す。

2)人が人を刺激し、ひとつの発見が別の発見を促していく。

)単純な善悪二元論は短絡的で、問題の解決策にならない

 

本当の解決は、政治家や街にでまわっている善悪二元論でない、人のエネルギーを高めることと資源のイノベーションにある。それらは、脱原発でも、卒原発でもないし、そのような単純なテーマは、本当の解決にならないことが今明るみに出てきている。

単純な善悪二元論の事例として、卒原発を主張して、一カ月で解体した未来の党を、単純な善悪二元論では問題の解決にならないその事例としてとり上げました。

4)そこに至るまでの過程が豊かで充実したものであれば、その人の人生には十分な価値がある

 

 

仕事が第一でない男は男ではない、このような意識で仕事をしていくならば、その人は繁栄が実現できる。 そして、大局的な見方ができるようになる。仕事と人生に目標と希望を持つこととである。

 

歩んできたプロセスが豊かであれば、その人生は生きるに値する。仕事と人生に希望と目標を持つことと、同時に本当に好きなことにたどり着くまでの過程を楽しむのである。、例えばそれがコンサルティングであったとしても、そこに至る過程は充実したものになっていく。

4、感謝することを自分の中に,まわりに探して見つける

 

 

幸運の女神については、美輪明宏著「ああ正負の法則」から、引用しました。

「人間は、必ず平等にツケを払わなければならない。という基本がわかってくると、逆に同情こそすれ、うらやましがることはなくなってくるのです。

苦しめば、苦しんだ人ほど、たとえささやかでも幸せが訪れた時に、苦しまなかった人の何倍もの幸せ、充実感を大いなる幸せとして感じることができるのですから。」

食べるための人との関係は、それは人が人を利用する関係である。一方、そうでない仕事を天職にしようと努力する人を励ますという人との対人関係は、お互いにエネルギーを与えあい、お互いの幸せを高めていく関係である。

「家族の愛情

家族の愛情とは、共有してきた時間の中で起きた喜怒哀楽の思い出の積み重ねにほかなりません。たとえ他人同士であってもそれがあれば、家族です。本当の家族とはそれなのです。それがない場合は、血縁関係者といえども、ただの赤の他人です。」

たとえ最初は他人どうしや、外国人との関係であっても、10年間や20年間の思い出の積み重ねを共有していれば、もはやその関係は、お互いが家族となっていくことを発見する新年です。反対に、思い出の共有がなければ、親戚といえども赤の他人となっていく人もいます。

「いつでもどこでも、今すぐ幸福になる方法、常に幸福感を味わえる方法があることはあります。見つけることです。それは簡単なことです。つまり、どんなことでもなんでもよいから、感謝することを自分の中に,まわりに探して見つけることです。」

お互いが家族のようにコミュニケートできる人を、または心の友を、持っていることに新年に発見して感謝する。だから幸運の女神は、もはや家族とも言えるインターパーソナルな関係に、ほほ笑んでくれるのである。