Archive for 3月, 2013

大きな力に守られている(645)


 

 

1、大きな力に守られている

 

 

644の「ブリンク」では、業なかばに逝った先死者の思いのような大きな力に守られていることも書きました.同じようなことをNHKラジオ第2の3月24日午後8時からの番組「人生の先達に聞く」俳人金子 兜太(かねこ・とうた) さんの講演を聞いた。

 

その講演で現在93歳の金子さんは、次のように語る。

「自分には、何か大きな力に守られている、という思いがでてきた。死んでもよい時に助けられているからである。守られていることによって幸運をえているからである。死んでもよい時に死なない。何か大きなものに守られているからである。

そこから運というものを考えるようになる。しかし運がよいからと威張らないことである。そしてこの守られている思い、を大事にしななければならない。そこから自信がわいてくるのである。大きな力の加護されている。

 

 

2、唱名を唱える

 

 

次々と人が死んでいく。何とかその人達を自分の記憶に残していきたい、という、そういう気持ちになっていく。それが、彼らや彼女らに対する自分の供養であると思った。それらの名前を毎日読みあげていく。唱名を唱える。それをすることは、禅と唱えることと同じである。

わたしは無宗教者です。特定宗教を信じていない。無宗教者ですけど、大きな力というものを感じている。唱名を唱えることによって、自分の心を澄ませていき、亡くなった人への心を通わせる。このことを毎朝する。

これによって、気持ちが澄んでいく。これによって、記憶力が維持されていく。亡くなった人の力のおかげである。唱名をすることによって、記憶ができるようになる。やっているうちに、大きな力によって誰もが守られているような気持ちになる。

 

ふつうの死が訪れた時、その時には、命は死なない、という思いに、いつの間にか、思い込んでいく。普通の状態でずっと死んでいく人、これを自然死と、わたしは言っている。

 

 

3、命は死なない

 

 

そういう状態になれるのではないか。即身仏である。わたしも即身仏になろうと思っている。眠るように死んでいく、と思っている。人間が、自然死である限りは、人間の、命は死なない。

 

自然死をしてゆっくり死んでいく。他界する。自然に死ぬ。自然死の場合にだけ、他界することができる。他の世界に移る。反対に、殺戮死の場合は、命は死んでしまう。したがって他界することはできない。

 

唱名を唱える

わたしは自然死をしたい。自然死をできない状態を作ってもらいたくない。

このような利己的な考え方が大事です。殺戮死ではだめである。自然死ならば、他界できる。他界することができるときは、親しい人が待っている世界に移ることができる、と考えていい。

 

命はみな同じだから、樫の樹になることも同じである。毎朝自分の気持ちを澄ませる。そうすれば、わたしのように、長生きすることができる。働くのも7割のエネルギーで、大きな力に守られて生きていく。

 

基本の抒情形式が、5,7,5である。俳句は、世界中の人が楽しんでいる。そして俳句の対象は、自然でなく、人間である。人間も、自然の中の生物である。」

 

 

4、他界することができる

 

 

何か大きな力に守られている、このような意識になるのは、金子さんの場合は戦争体験から彼は死なないと言う気配を感じたと語る。そしてわたしの場合も、大病という体験を通して、何か大きな力で守られているような気配を感じた。

唱名を唱える。そうすることによって人の記憶力は高まる。金子さんはすでに亡くなった人たちの唱名を唱える。わたしも特定の宗教を信じていないが、何人かの人をこの数年いつも思い出す。

唱名を唱えて、その人達を思い出してあげるなら、いつまでもその人達といつまでもいっしょにいるように感じる。金子さんのように、その時心が澄んでいくのであろう。

自然死をしてゆっくり死んでいく。あまりにマスコミに汚染されていると、この自然死をして他界することができるときは、親しい人が待っている世界に移ることができると言うことを、忘れないようにする。

最後に文章を書く者として、着目すべき彼のいう俳句とは

自然でなく、人間である。人間も、自然の中の生物である。自然を描く意味は、まさに人間を描くことである。

Blink(ブリンク2)(644)


(引用 : 文書644より)
狐狸庵生徒
直感やインスピレーションは、この日常の訓練と努力をして
理性的な研究や判断を尽くした者に、一瞬のひらめきの訪れ
となってくるのだろう。反対にこのような前提がない直感や
インスピレーション主張する人は、信頼できない。
(感想)
陳腐な感じもするのですが、よく知られている次のような格言があります。

"Heaven helps those who help themselves."
「天は自ら助くるものを助く」

直感やインスピレーションを得るためには常日頃、問題意識を
持ち続け、問題解決に向けて絶えず、思いを巡らせることが重要かと思われます。
単に努力すれば、直感やインスピレーションが得られるのではなく、日常の訓練
と努力をして理性的な研究や判断を尽くした者に対して「良質な」直感や
インスピレーションがやってくるのです。serendipity (セレンディピティ)も
このことと関係しています。

努力は大切かも知れませんが、努力すれば道が開けるわけではありません。
努力のしすぎは、心身を摩耗させ、人生が荒廃したものとなるリスクがあります。
では、具体的にはどのような「努力」をすれば「良質な」直感やインスピレーション
につながるのか? 自らが取り組んで自ら答えを出さなければならない難問です。
他者に頼りすぎると特定のイデオロギーや怪しげな宗教などにはまり、自分と周囲の
人間の人生を荒廃させるリスクがあります。

「天は自ら助くるものを助く」の「天」は心理学で言えば潜在意識とか
無意識と言われる領域かもしれません。まだ仮説?ではありますが、側頭葉を電
気刺激すると
被験者は神のイメージを見る場合があるとの報告を聞いたことがあります。

将来的には、脳科学が進歩して、直感、インスピレーション、セレンディピティ
などのメカニズムに関する知見が集積することを期待しています。

5、暗号を解くカギ

 

 

業半ばに逝った者や祖先が、見えない形でろうそくの炎のように、わたしを支えてくれているような気配を感じる。

また、ビジネスでの繁栄は、自分の力であると同時に祖先のお陰とも思うようになっていく。自力であるとともに他力の働ききを、白いろうそくの炎が、しめしていく。

 

重要な判断は、慎重で論理的によく考えることと同時に、業半ばに逝った者や祖先の思いが、本当の成功に導いてくれるのだろう。よく自分で考えることと逝った者や祖先の思いが一瞬のひらめきとなっていく。分析的な考えだけが判断に導くのではない。

 

一瞬のきらめきを得ることは、われわれの生活がほかの人よりも訓練や自己規律において卓越していくことと同じである。目標を持ち、それを実現するためにタイムマネジメントをすることによって、どれだけわたし達の集中力を高めていくことも同じである。

 

また一瞬のきらめきは、瞬間の左脳から右脳への頭脳が切り替わることとも同じで、それとも見えない世界からの良心の声・啓示・インスピレーションなどとして訪れとも同じである。

 

いずれにしても、一瞬のきらめきを翻訳していくことが、その暗号を解く鍵となるのだろう。しかし、この一瞬のきらめきは、分析的な考えからだあけから導かれるものではない。

また、このような一瞬のきらめきをビジネスとする者には、注意しなければならない。

 

6、訓練と努力をして理性的な研究や判断を尽く

 

 

この一瞬のひらめきは、あるタイプの人間が対象になる。ある種のタイプの人間は、科学者や経営者的な生活、または、禅宗の僧侶のような生活の人かもしれない。

未来のマーケットに参入することを決断する人間は、一瞬のひらめきを必要とする人間である。

その人間は、決断を必要とする人間である。競争手がまだ出てこない間にあるマーケットに参入するかどうかを決断する人間である。

反対に、この一瞬のひらめきうけるのに不適切なタイプの人間もいる。

 

彼らは集まるだけでは、「船頭多くして船山に登る」様な事態を招く人達である。

一方、ビジョンを必要とする人は、未来の可能性への決断とそのリスクを引きうける人間である。

 

直感やインスピレーションは、この日常の訓練と努力をして理性的な研究や判断を尽くした者に、一瞬のひらめきの訪れとなってくるのだろう。反対にこのような前提がない直感やインスピレーション主張する人は、信頼できない。

 

しかし、多くの人が求める直感やインスピレーションには、この前提がないのである。多くの人が求めているのは、この日常の訓練と努力をして理性的判断を尽くした上での判断ではない。

 

それゆえに、この前提の上での判断を必要する直感やインスピレーションは、脳内における無意識的な超膨大な情報処理過程の一つの形であるとも考えられる。

 

 

7、イメージによる瞬間的な情報判断

 

 

この無意識的な超膨大な情報処理過程の一つとしては、左脳から右脳への瞬間的な移動による、一瞬のビジュアル的な判断過程であるともと考えられる。イメージによる瞬間的な情報判断です。

もう一つ考えられるのは、先見力としてのインスピレーション、啓示などと呼ばれるものです。このような啓示は、自己の訓練や努力という自力の後に訪れる他力と表現することもきる。

 

昔から多くの経営者や投資家は、神を信じ敬ってきた。彼らは、仏教やキリスト教などさまざまな形があるが、自力による努力の後に訪れる先見力を信じている。 経営者や投資家は、実は誰にもその確実な未来は分からないが、しかしそれでも責任を負う人間として、その未来が揺らめく炎のように見えるに人間である。

 

 

8、お金よりもモノよりも、人のつながりから繁栄が生まれてくる

 

 

繁栄を実現する人は、早い年齢の時に、できるだけ失敗を重ねる人でもある。同時にその人は、お金よりもモノよりも、人のつながりから繁栄が生まれてくることに気がついている人である。

 

判断が理性ではどうしても決められないそのときに、神を信じ敬う人間には、業半ばで同じ道をすでに逝った死者や祖先やさまざまな生き物など、一瞬のささやきという形で他力が力を貸してくれるかもしれない。

 

そしてこのようなタイプの人間は、昔からこのようなインスピレーションを得ているかもしれない。自分自身による訓練や努力の過程で未来への橋を渡すのは、このように今生きているほかの人々そして山の緑や湧き出る清らかな水などの自然が、命の象徴かもしれない。

 

そして35億年という全生命という一本の樹の助け、があるとも考えられる。このようにして情報処理をしているある種の人間は、昔からこのようにしてきたのだろう。

 

このような情報処理の過程に進むことによって、死者や祖先そして神と呼ばれ者などからのインスピレーションを得て、人は困難な判断ができるようになり、創造力をえて、ある人達は、次の状態に進んでいくのかも知れない。

 

 

9、Blink(一瞬のひらめき)

 

 

昔から、このような情報処理を体験した人間は、過去にも現在にもいくらでもいるのだろう。多くの宗教は、現在の疑似科学を主張するものと同様に、このようなプロセスを捨てて今日の形となっていった。

 

したがって、一瞬のひらめきは、このような情報処理のプロセスであることを忘れ去って捨て去っていくと、他力自力かというような表面的な宗教の形となっていく。

 

人は、このような一連のプロセスの結果、一定の時間に困難に直面して、本来先見力を発揮することができるのだろう。しかしこのプロセスを理解していないと、あらゆる宗教の重要な情報処理の仕方が、分からなくなっていく。

 

もちろんビジネスをしている人間の多くは、このような困難な判断や宗教に興味を持たない人間のほうが多い。彼らは、ビジネスでの自分の現在の状態を超えることには関心を持たない。そしておそらく80%以上のこのような経営者も、このような先見力をえることなくやがて滅びていく。

 

もし偉大なことをしようとする人ならば、人はBlink(一瞬のひらめき)の啓示に慄くだろう。わたしたちも、この困難な時のBlink(一瞬のひらめき)をえて、いまなお助けてもらっているのだろう。

昔から商売をする人間は、神棚や神仏を敬う人間が多くいた。その理由は、必ずしも科学技術がそれとど進んでいない時代に生きていた理由だけではない。ゆえに、自分の力で未来を切り開いていこうとする者は、何時の時代であっても神棚や神仏を敬う心の人になるのである。

 

また繁栄を実現する人は、モノやお金よりも、人の絆を大切にする人である。そのような人間に、先見力が揺らめく炎としての先見力が与えられ、そして素晴らしいチャンスが与えられるのだろう。

 

10、日本のリート指数

 

 

「国民を犠牲にして国や企業が繁栄するそのようなモデルは限界に達しつつある。

韓国の高齢者貧困率は日本の2倍「2009年に高齢者のうち貧困層に属する割合は45%で、日本の22%、アメリカの24%の約2倍となった。65歳以上の高齢者の自殺率は10万人当たり81,9人で、日本(17,9人)、アメリカ(14,5%)をはるかに上回る。」

富作聡著、サピオ20013年4月号より

 

環境問題を犠牲にした中国の経済成長と一部の財閥企業のための社会福祉が犠牲にされている韓国の実態がわかると、今年は日本への投資資金の世界の流入となっていく。そして農耕民族的な社会から騎馬民族的社会に転換できなかった第2次世界大戦。敗戦を経て、21世紀に再び日本の時代になろうとしていることが、見えてくる。

 

なぜこの文章を書いたのか?それは、投資における先見力が求められるからである。すでに日本のリート指数は1400を超えて、日本のリートの時価総額は5兆円で、アメリカのリート規模のまだ5分の1である。

 

この文章は、リートについての判断力を最も必要とした時に書いた。リート指数は1228であるときに、642「先見力」を書いた。現在(3月23日)のリート指数は1576である。

Blink(ブリンク1)(644)


1、いくつかの判断力

 

 

安倍政権は、韓国や中国の歴史にサイクルの戻ろうとしていることを背景にして生まれた。韓国は1000年の怨念,または恨に再び生きようとしている。そして中国は、支配階級と被支配階級に分裂を再び繰り返そうとしている。

 

安倍政権は、このような国に囲まれて日清戦争と日露戦争をした時代に戻ろうとしているようだ。江戸時代の農耕民族の時代から明治時代の騎馬民族の時代へと変わったように、2013年は変わろうとしている。

 

そして日本では、公務員の賃金は下がり続けていく時代であり、優秀な公務員は民間になろうとする。

しかし同時に一方公務員になろうとする人は増えている。滋賀県ではブラジル人の人へのワークシフトが起こっている。一方少子化の中で、女性を中心として人達は、ますます子供を資格に頼って生きていこうとさせる。現実には、資格をとるならば数%の合格率の資格しか役に立たないのに。

 

このように矛盾したことが同時に起こっている。農耕民族としての日本人と騎馬民族としての日本人の交代が起ころうとしている。そして外交と国防以外は、関西の道州制の実現の足音である。

 

同様に、20代や30代で成長体験を共有できるチームに参加しようとする人々がいる。反対に、わずかの資格にしがみついて,ルーティンの仕事を20代や30代にしていて、成功体験を仕事でえることなく生きていく人々がいる。2種類の人達がいる。

 

中国のPM2,5などの環境問題や韓国の高齢者の貧困問題から、中国の経済を再び日本が逆転する可能性が高いのである。中国環境コストや極端に少ない韓国の社会保障費を考慮するならば、相対的に日本の競争力は高まるのである。以下のブリンクの先見力は、577のブリンクを修正したものです。

 

 

2、他力と自力

 

 

現在の自分がこのような形で生きておられるのは、自分自身の努力や訓練の結果である、と思っている。自分の努力で人生を切り開くことがなかった人間は、ほとんど例外なしの後半の60歳以降の人生の悲惨な結末を、多い。

しかし、どうしても判断できない状況についての一瞬の判断は、果たして自分だけで判断をしているのだろうかと思う時が、自分の人生を振り返ると,確かにある。

 

この一瞬の光(ブリンク)は、どこからやってくるのかについて考えてみる。

「悔恨・苦悩・不安・を乗り越えるのは、自分自身です。自分が努力しなければ誰も助けてくれませんし、神仏に祈っても運命は変わりません。その意味で自己超出は自力です。

 

しかし自分が乗り越えるには、生きている他人や他生物とその創造物、他の物質的自然、そして死者の理知を通じての全存在の助けが必要です。・・・死者となった他人と他生物が生前の理知的行為体験の反省に基づいて、その体験の統一意味関連の一部に結び付けてくれたもの、すなわち良心の声・啓示・インスピレーションなどと呼ばれるものが含まれます。

それらを参照することは、それらに教えられること、それらが提供してくれる知恵に助けられること、つまり他力にほかなりません

 

「・・同じ課題を一生の勤めとして業なかばに逝った先死者の勧誘に動かされたのかもしれません。そうであればそのいずれににせよ、私がそう志すにいたったのは他力による、ということになります。しかし、私と同じ素質と環境の下に成長したひとが、みんな私と同じ志を立てるわけではなく,先死者の勧誘に応じるか否かは私の自由ですから、志を立てたのは私自身の自由意志、すなわち私の自力です。」

 

「」は沢登佳人先生の言葉です。それはどこまでが自力であるのか、それとも他力の力なのかが分からなくなる時がある。著者の沢登先生と同じように、わたしも、自力と他力を行きかう。自分の仕事について、私も自力なのか他力なのかが分からなくなる時がある。

 

沢登佳人氏の文章は、宇宙超出 第43号より

 

 

3、 瞬間の判断

 

 

いくら考えても判断がつかないときに、光のきらめく瞬間が努力と訓練をした人生の達成者には訪れることについて、Blinkの著者であるMalclom Gladwellは、次のように説明している。

 

「光のきらめく瞬間は、考えることなくいかに考えるかであり、目の瞬きのような瞬間に判断をすることが、すべである。この判断は、現実には見えるほど簡単ではない。他人には説明ができないほどの、瞬間の判断である。」

 

「ある人には、なぜに輝かしい意思決定ができるのか?

ある人たちは、直感に従いそして勝利し、一方ほかの人はビジネスの失敗につまずくのか?

なぜ一瞬の判断が、不安の中で苦しみ続ける人よりもよい結果となるのだろうか?

一瞬のきらめきのような決定がそれほど大切なのか?」

 

この本Blinkの中で著者は、以下について、さまざまな事例を使いながら説明していく。私も先見力としての判断について、この本の著者に、同意する。

 

いかに訓練と練習が、正しい判断をするためのわれわれの能力に、いかに影響を与えていくのか?

そしてわれわれがおこなうところの判断力についての選択の品質を改善することについて学ぼうとするならば、このすばやい判断の不思議な性質を受け入れる必要がわれわれにはある。

 

4、白いろうそくのちらつく炎

 

 

優れた成果をあげる人々の先見力と判断力は、実は早い動きの下でおこなわれているはずである。高いストレスやプレッシャーの下での人生の達成者たちの早い先見力は、彼らの訓練やリハーサルの下での一つの働きの賜物かもしれない。この訓練や不断の練習がなければ、すばやい判断力は訪れてこないとも言える。

 

またすばやいこのすばやい判断力は、頭脳の二つの領域の働きから生まれているのかもしれない。われわれの頭脳のでは、左脳は言語で考える。右脳は、絵画として考える。ある人間の顔を表現するときに,ビジュアルなイメージに瞬間にわれわれの頭脳の活動領域は置き換わっているのかもしれない。

 

このような言語的な頭脳の働きから、ビジュアルなイメージに頭脳が切り替わるときに、わたしたちのすばやい判断力が生まれてくるのだろう。

それともこのすばやい判断力は、右脳や左脳の働きではなくて、沢登先生の述べるように同じ課題を一生の勤めとして業なかばに逝った先に死者となった者の勧誘に動かされたのかもしれない。啓示やインスピレーションの形をとるのかもしれない。

 

いずれにしろすばやい判断力とは、これら3つ、日ごろの訓練と努力、右脳と左脳の働き、そして死者からの啓示の3つが、混ざり合って成り立っていることは、大いに推測できるのである。

 

それは、われわれの一瞬の洞察力や知覚力は、頭の中で電球のイメージとのような形でなく、わたし達が簡単に消すことができるような白いろうそくのちらつく炎のようなものかのもれない、

 

(つづく)

つれがウツになりまして(643)


1、        焦らないこと

 

 

この映画「つれがウツになりまして」は、細川紹々のマンガが原作で、主人公は宮崎あおいさんと堺雅人さんが演じている。まじめなサラリーマンがウツになり、漫画家のハルとの二人でそれを克服していく夫婦のコミュニケーションの物語である。

著者細川紹々さんは、夫の望月昭さん即ち「つれ」との実話の「うつ」の体験を映画にしている。「つれ」は、毎日計画されたメニューの弁当を持って職場に行くような真面目なサラリーマンだった。そして、つれがコミュニケーションしているのは、ペットのイグアナとハルさんの二人。誰でも、このように鬱になる可能性がある。

http://www.tsureutsu.jp/index.html

本当にコミュニケーションしている人との関係が、「うつ」を救っていくのである。

ハルさんは,つれの「うつ」の病気を克服していき、そしてお互いに成長していくのである。そして誰でもこのような真面目な人には、鬱になる可能性がある。そしてこの映画のお互いが成長していくプロセスには、うつだけでなく、深刻な病気からの克服へのヒントがあるので書きとめた。。

病気からの克服において、この病気を契機にしていく体験について彼は、講演で、次のことを話していた。

それは、あ、と、で、についての話である。あとで の「あ」は、焦らないこと、また人を焦らせないことである。「と」は病気の人を特別扱いしないこと。「で」は、できることしかしないこと。そして自分を誇りに思うことである。

2、コミュニケーションができる人

うつは、誰でもなる病気である。この映画は、鬱の状態にたいして二人で取り組んだ克服の記録である。この映画は、つれのうつという病気の克服の体験とハルとつれの二人の成長の記録である。

うつだけでなく、人は誰でも大病になった時に、コミュニケーションができる人がいるのか、そうでないかが、病気や困難の克服の大きな決め手となっていくのである。

コミュニケーションができる人との関係をもっていないと困難を乗り越えることが、難しい。

恐らく私の業紀の体験からも、誰でも容易にウツになっていくかもしれないのである。

そして人は病気になった時、ワークライフバランスを真剣に考えるようになっていくのである。

職場で仕事をするか、自宅で仕事をするかを選択するように人は、なっていくから、人は真剣にワークライフバランスを考えるようになる。マンガ家ハルは、自宅で仕事をすることを選んだ。そして彼女はワークライフバランスを選んだ。ハルはマンガ家になる道を選んだ。つれは、仕事を止めて彼女のマンガのマネージャーとなっていく。

人は現在の仕事に頑張らなくてもよいのであることをこの映画は伝えている。いや言い換えれば,頑張る時とリラックスするときの相互のリズムを作ることから、人はうつになってしまうことを克服できるということ伝えている。

人はコミュニケーションできる人がいれば、ほとんどの困難を乗り越えていくことができることをこの映画は伝えている。日めくり「楽しみながら」で、わたしは「失望や逆境は歓迎すべきタイミング6」と表現した。その補足として、現在苦しい環境にいるなら、豊かな精神状態に近づくために、後一歩のところに立っているのだ、書いた。

私も自分の病気の体験から日めくり「楽しみながら」で、ふさわしい相手とコミュニケーションしているとき、次のように書いた。

人は限りなく弱く,また人は限りなく強い16」

一人ぼっちではない、つながっている21」

3人生は どんなに苦しいことがあっても しかも 生きるに値する

ハルさんが講演で話すように、自分を誇りに思う気持ちから、すべてが始まるのである。ハルさんは、つれはうつになって仕事を退職して、ハルさんのマネージャーの仕事を自宅でするようになった。同時に、その時からハルさんもマンガの仕事を本気でするようになっていった。

私も、「あんがいおまるさん」から頂いた次の日めくりの2つの言葉に出会ったことから、わたしの日めくり「たのしみながら」は生まれた。

以下は、自分を信ずるから;

イチャリバ チョウデ  

                石川元則  JDC出版

懸命にやると奇跡が起こる

 

ここから何かが始まる

 

ありがとうから自信が生まれる

 

人生に無駄はないさ

 

心配後無用打つ手あり

 

への河童信じる道を行くだけさ

 

そうにっこり笑って

 

自分を信じる

 

何かをやれば何かが生まれる 何かに気がつく

 

生きてきてよかったね

 

やる!やらん?

 人生は、やったか、やらなかったかで、終えるもの。

 

自分を信じる

 

生きてきてよかったね

元気の出る言葉

悪いクセを直す言葉

心ひたひたにしてくれる言葉

              そんな言葉を持ち、何時も何気なく、

              その言葉を何十回も何百回も口ずさんだり、

              書いたりしていると、いつの間にか自分の持ち味になる。  

              そうなりゃ本もの、儲けもん。

 

石川元則さんは、昨年昨年亡くなられているらしい。しかしこの言葉が、わたしの日めくり「楽しみながら」を出版することになった。亡き石川さんに、ありがとうございます。

 

人生は どんなに苦しいことがあっても しかも 生きるに値する  

 

尾崎秀美、綾羽一紀 尾崎秀美書簡集『愛情は降る星のごとく』より

 

最後に私が困難な時に、最も勇気を与えてくれたのが、『愛情は降る星のごとく』からのこの言葉である。人生は どんなに苦しいことがあっても しかも 生きるに値する  

もう一つこの言葉からも、私の日めくり「たのしみながら」も、生まれた。

 

日めくり『楽しみながら』、および日めくり「チャリバ チョウデ」は、

JDC出版 電話;06-6581-2670  E-mail;book@sekitansouko.com

先見力2(642)


感想)
狐狸庵生徒
雇用をとりまく情勢には、知識集約型・創造性集約型の高賃金の仕事と、低スキ
ルでもできる、
低賃金の仕事へと2極分化する傾向があるようです。前者の雇用機会は雇用の
グローバル化が進むにつれて日本ではますます門戸が狭くなっています。
また後者はますます増加しており、ファーストフード店のアルバイトになぞらえて
マックジョブとも言われています。今まで中間層が担ってきた仕事も、
グローバル化やIT化などが進むにつれ、マックジョブ化しつつあります。
そこそこの賃金水準を確保するためには、働く者には高度な創造性とスキルが
ますます求められます。

5、グローバルデフレで、日本・円にマネーが流入する

 

 

「これまで、世界のマネーは日本の株式市場には向かってきませんでした。それは当然で企業業績の悪化が見込まれる円高やデフレの国に投資しても資産価値は増えない。

2013年にデフレの終わりが始まれば、日本の株式市場や不動産市場に一気に世界のマネーが流れ込みます。」

中国、ブラジルなどのBRICKSはインフレからデフレになりそうで、調整局面になっている。アメリカはそれはふたたびアメリカの株式市場が急落してアメリカ発の金融危機が起こる可能性も否定できない。

そして現在のイタリアのように何時ユーロ危機は何回も起こる可能性がある。そう考えると20年ぶりに日本に世界のマネーが流入する可能性が最も考えられる。

6、成長企業として共通する隙間の空間

ジョブセンス、エスエムセス、ジャムコ、マニ―

「アルバイト求人サイト「ジョブセンス」は募集広告を無料で掲載し、採用が決まった時に企業から受け取る成功報酬型が特徴です。エスエムセスはインターネットを使って介護や看護師を紹介するニッチな分野ではありますが、過去8期連続の増益です。介護ビジネスは大きな成長ビジネスになる可能性を秘めています。」

「旅客機のトイレの製造でシェア5割を握るジャムコは、凄い技術を持っています。

マニ―は、手術用抱合針では日本での生産量の70%、日本の輸出量の90%のシュアを持っています。」

成功報酬型の求人募集、看護師とPTなどに限定した人材紹介業、旅客機のトイレの製造でシェア5割を握る、手術用抱合針での圧倒的シェア、など特定のマーケットを抑えている。サービス業や製造業に関係なく特定のマーケットの独占である。

7、新興国の成長の限界と生きる環境が悪くなる時代

同時に世界で経済成長が進む地球ではもはやないことを、新興国とヨーロッパの低迷は現している。その原因は、エネルギー資源の高騰であるだろう。自らのスキルを高度に高める人達である。バイオテクノロジー、医療そして先端製造業のような企業だけが、繁栄を享受する時代であるだろう。EUは、今年マイナス成長が予測される。

日本は20年間の停滞は、アウトソーシングできにくい対人サービス業の増加となっている。その事例が介護分野などのサービス業である。このようなサービス業は、賃金の低下をもたらしているのである。これは、私がコンサルタントを始めた時は、機械化やセルフサービスの普及、言い換えれば、食品スーパーの時代であった。

今は、機械化できない分野でのサービス業の時代である。これは、金融政策で解決できない低賃銀サービス業なのである。しかし、低賃金のサービスでは、繁栄を実現できない。人にとっては、プロフェショナルになって高度なスキルでもって生きる時代が、21世紀である。

このような人は、アートフルな仕事か、高度な知識の仕事、又は高度な技能の仕事であるかしか、繁栄を享受できない時代なのである。ASKの仕事である。

一方反対に低スキルの仕事では、賃金は年々下がっていくのである。そして中国の大気汚染は、新興国の成長の限界を示している。成長の限界とは、人間の生きる環境が悪くなって、新興国の成長の限界も示している。

7、経営者を選ぶ

「投資先を選ぶときは、トップを選ぶことが非常に重要です。どんな人物がどのような発想で事業を越し進めているのか。トップが驚きの成長ビジョンを描くことができるのかと言えば、既成発想や固定発想にとらわれていないからです。優れたトップというものは驚くべき発想とビジョンを持っているものです。」

驚くべき発想とビジョンを持った人がリーダーとなっている企業の発見である。

一方

「第2波で大きく成長が見込めるのは、金融、不動産、建設セクターです。