Blink(ブリンク2)(644)


(引用 : 文書644より)
狐狸庵生徒
直感やインスピレーションは、この日常の訓練と努力をして
理性的な研究や判断を尽くした者に、一瞬のひらめきの訪れ
となってくるのだろう。反対にこのような前提がない直感や
インスピレーション主張する人は、信頼できない。
(感想)
陳腐な感じもするのですが、よく知られている次のような格言があります。

"Heaven helps those who help themselves."
「天は自ら助くるものを助く」

直感やインスピレーションを得るためには常日頃、問題意識を
持ち続け、問題解決に向けて絶えず、思いを巡らせることが重要かと思われます。
単に努力すれば、直感やインスピレーションが得られるのではなく、日常の訓練
と努力をして理性的な研究や判断を尽くした者に対して「良質な」直感や
インスピレーションがやってくるのです。serendipity (セレンディピティ)も
このことと関係しています。

努力は大切かも知れませんが、努力すれば道が開けるわけではありません。
努力のしすぎは、心身を摩耗させ、人生が荒廃したものとなるリスクがあります。
では、具体的にはどのような「努力」をすれば「良質な」直感やインスピレーション
につながるのか? 自らが取り組んで自ら答えを出さなければならない難問です。
他者に頼りすぎると特定のイデオロギーや怪しげな宗教などにはまり、自分と周囲の
人間の人生を荒廃させるリスクがあります。

「天は自ら助くるものを助く」の「天」は心理学で言えば潜在意識とか
無意識と言われる領域かもしれません。まだ仮説?ではありますが、側頭葉を電
気刺激すると
被験者は神のイメージを見る場合があるとの報告を聞いたことがあります。

将来的には、脳科学が進歩して、直感、インスピレーション、セレンディピティ
などのメカニズムに関する知見が集積することを期待しています。

5、暗号を解くカギ

 

 

業半ばに逝った者や祖先が、見えない形でろうそくの炎のように、わたしを支えてくれているような気配を感じる。

また、ビジネスでの繁栄は、自分の力であると同時に祖先のお陰とも思うようになっていく。自力であるとともに他力の働ききを、白いろうそくの炎が、しめしていく。

 

重要な判断は、慎重で論理的によく考えることと同時に、業半ばに逝った者や祖先の思いが、本当の成功に導いてくれるのだろう。よく自分で考えることと逝った者や祖先の思いが一瞬のひらめきとなっていく。分析的な考えだけが判断に導くのではない。

 

一瞬のきらめきを得ることは、われわれの生活がほかの人よりも訓練や自己規律において卓越していくことと同じである。目標を持ち、それを実現するためにタイムマネジメントをすることによって、どれだけわたし達の集中力を高めていくことも同じである。

 

また一瞬のきらめきは、瞬間の左脳から右脳への頭脳が切り替わることとも同じで、それとも見えない世界からの良心の声・啓示・インスピレーションなどとして訪れとも同じである。

 

いずれにしても、一瞬のきらめきを翻訳していくことが、その暗号を解く鍵となるのだろう。しかし、この一瞬のきらめきは、分析的な考えからだあけから導かれるものではない。

また、このような一瞬のきらめきをビジネスとする者には、注意しなければならない。

 

6、訓練と努力をして理性的な研究や判断を尽く

 

 

この一瞬のひらめきは、あるタイプの人間が対象になる。ある種のタイプの人間は、科学者や経営者的な生活、または、禅宗の僧侶のような生活の人かもしれない。

未来のマーケットに参入することを決断する人間は、一瞬のひらめきを必要とする人間である。

その人間は、決断を必要とする人間である。競争手がまだ出てこない間にあるマーケットに参入するかどうかを決断する人間である。

反対に、この一瞬のひらめきうけるのに不適切なタイプの人間もいる。

 

彼らは集まるだけでは、「船頭多くして船山に登る」様な事態を招く人達である。

一方、ビジョンを必要とする人は、未来の可能性への決断とそのリスクを引きうける人間である。

 

直感やインスピレーションは、この日常の訓練と努力をして理性的な研究や判断を尽くした者に、一瞬のひらめきの訪れとなってくるのだろう。反対にこのような前提がない直感やインスピレーション主張する人は、信頼できない。

 

しかし、多くの人が求める直感やインスピレーションには、この前提がないのである。多くの人が求めているのは、この日常の訓練と努力をして理性的判断を尽くした上での判断ではない。

 

それゆえに、この前提の上での判断を必要する直感やインスピレーションは、脳内における無意識的な超膨大な情報処理過程の一つの形であるとも考えられる。

 

 

7、イメージによる瞬間的な情報判断

 

 

この無意識的な超膨大な情報処理過程の一つとしては、左脳から右脳への瞬間的な移動による、一瞬のビジュアル的な判断過程であるともと考えられる。イメージによる瞬間的な情報判断です。

もう一つ考えられるのは、先見力としてのインスピレーション、啓示などと呼ばれるものです。このような啓示は、自己の訓練や努力という自力の後に訪れる他力と表現することもきる。

 

昔から多くの経営者や投資家は、神を信じ敬ってきた。彼らは、仏教やキリスト教などさまざまな形があるが、自力による努力の後に訪れる先見力を信じている。 経営者や投資家は、実は誰にもその確実な未来は分からないが、しかしそれでも責任を負う人間として、その未来が揺らめく炎のように見えるに人間である。

 

 

8、お金よりもモノよりも、人のつながりから繁栄が生まれてくる

 

 

繁栄を実現する人は、早い年齢の時に、できるだけ失敗を重ねる人でもある。同時にその人は、お金よりもモノよりも、人のつながりから繁栄が生まれてくることに気がついている人である。

 

判断が理性ではどうしても決められないそのときに、神を信じ敬う人間には、業半ばで同じ道をすでに逝った死者や祖先やさまざまな生き物など、一瞬のささやきという形で他力が力を貸してくれるかもしれない。

 

そしてこのようなタイプの人間は、昔からこのようなインスピレーションを得ているかもしれない。自分自身による訓練や努力の過程で未来への橋を渡すのは、このように今生きているほかの人々そして山の緑や湧き出る清らかな水などの自然が、命の象徴かもしれない。

 

そして35億年という全生命という一本の樹の助け、があるとも考えられる。このようにして情報処理をしているある種の人間は、昔からこのようにしてきたのだろう。

 

このような情報処理の過程に進むことによって、死者や祖先そして神と呼ばれ者などからのインスピレーションを得て、人は困難な判断ができるようになり、創造力をえて、ある人達は、次の状態に進んでいくのかも知れない。

 

 

9、Blink(一瞬のひらめき)

 

 

昔から、このような情報処理を体験した人間は、過去にも現在にもいくらでもいるのだろう。多くの宗教は、現在の疑似科学を主張するものと同様に、このようなプロセスを捨てて今日の形となっていった。

 

したがって、一瞬のひらめきは、このような情報処理のプロセスであることを忘れ去って捨て去っていくと、他力自力かというような表面的な宗教の形となっていく。

 

人は、このような一連のプロセスの結果、一定の時間に困難に直面して、本来先見力を発揮することができるのだろう。しかしこのプロセスを理解していないと、あらゆる宗教の重要な情報処理の仕方が、分からなくなっていく。

 

もちろんビジネスをしている人間の多くは、このような困難な判断や宗教に興味を持たない人間のほうが多い。彼らは、ビジネスでの自分の現在の状態を超えることには関心を持たない。そしておそらく80%以上のこのような経営者も、このような先見力をえることなくやがて滅びていく。

 

もし偉大なことをしようとする人ならば、人はBlink(一瞬のひらめき)の啓示に慄くだろう。わたしたちも、この困難な時のBlink(一瞬のひらめき)をえて、いまなお助けてもらっているのだろう。

昔から商売をする人間は、神棚や神仏を敬う人間が多くいた。その理由は、必ずしも科学技術がそれとど進んでいない時代に生きていた理由だけではない。ゆえに、自分の力で未来を切り開いていこうとする者は、何時の時代であっても神棚や神仏を敬う心の人になるのである。

 

また繁栄を実現する人は、モノやお金よりも、人の絆を大切にする人である。そのような人間に、先見力が揺らめく炎としての先見力が与えられ、そして素晴らしいチャンスが与えられるのだろう。

 

10、日本のリート指数

 

 

「国民を犠牲にして国や企業が繁栄するそのようなモデルは限界に達しつつある。

韓国の高齢者貧困率は日本の2倍「2009年に高齢者のうち貧困層に属する割合は45%で、日本の22%、アメリカの24%の約2倍となった。65歳以上の高齢者の自殺率は10万人当たり81,9人で、日本(17,9人)、アメリカ(14,5%)をはるかに上回る。」

富作聡著、サピオ20013年4月号より

 

環境問題を犠牲にした中国の経済成長と一部の財閥企業のための社会福祉が犠牲にされている韓国の実態がわかると、今年は日本への投資資金の世界の流入となっていく。そして農耕民族的な社会から騎馬民族的社会に転換できなかった第2次世界大戦。敗戦を経て、21世紀に再び日本の時代になろうとしていることが、見えてくる。

 

なぜこの文章を書いたのか?それは、投資における先見力が求められるからである。すでに日本のリート指数は1400を超えて、日本のリートの時価総額は5兆円で、アメリカのリート規模のまだ5分の1である。

 

この文章は、リートについての判断力を最も必要とした時に書いた。リート指数は1228であるときに、642「先見力」を書いた。現在(3月23日)のリート指数は1576である。

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