大きな力に守られている(645)


 

 

1、大きな力に守られている

 

 

644の「ブリンク」では、業なかばに逝った先死者の思いのような大きな力に守られていることも書きました.同じようなことをNHKラジオ第2の3月24日午後8時からの番組「人生の先達に聞く」俳人金子 兜太(かねこ・とうた) さんの講演を聞いた。

 

その講演で現在93歳の金子さんは、次のように語る。

「自分には、何か大きな力に守られている、という思いがでてきた。死んでもよい時に助けられているからである。守られていることによって幸運をえているからである。死んでもよい時に死なない。何か大きなものに守られているからである。

そこから運というものを考えるようになる。しかし運がよいからと威張らないことである。そしてこの守られている思い、を大事にしななければならない。そこから自信がわいてくるのである。大きな力の加護されている。

 

 

2、唱名を唱える

 

 

次々と人が死んでいく。何とかその人達を自分の記憶に残していきたい、という、そういう気持ちになっていく。それが、彼らや彼女らに対する自分の供養であると思った。それらの名前を毎日読みあげていく。唱名を唱える。それをすることは、禅と唱えることと同じである。

わたしは無宗教者です。特定宗教を信じていない。無宗教者ですけど、大きな力というものを感じている。唱名を唱えることによって、自分の心を澄ませていき、亡くなった人への心を通わせる。このことを毎朝する。

これによって、気持ちが澄んでいく。これによって、記憶力が維持されていく。亡くなった人の力のおかげである。唱名をすることによって、記憶ができるようになる。やっているうちに、大きな力によって誰もが守られているような気持ちになる。

 

ふつうの死が訪れた時、その時には、命は死なない、という思いに、いつの間にか、思い込んでいく。普通の状態でずっと死んでいく人、これを自然死と、わたしは言っている。

 

 

3、命は死なない

 

 

そういう状態になれるのではないか。即身仏である。わたしも即身仏になろうと思っている。眠るように死んでいく、と思っている。人間が、自然死である限りは、人間の、命は死なない。

 

自然死をしてゆっくり死んでいく。他界する。自然に死ぬ。自然死の場合にだけ、他界することができる。他の世界に移る。反対に、殺戮死の場合は、命は死んでしまう。したがって他界することはできない。

 

唱名を唱える

わたしは自然死をしたい。自然死をできない状態を作ってもらいたくない。

このような利己的な考え方が大事です。殺戮死ではだめである。自然死ならば、他界できる。他界することができるときは、親しい人が待っている世界に移ることができる、と考えていい。

 

命はみな同じだから、樫の樹になることも同じである。毎朝自分の気持ちを澄ませる。そうすれば、わたしのように、長生きすることができる。働くのも7割のエネルギーで、大きな力に守られて生きていく。

 

基本の抒情形式が、5,7,5である。俳句は、世界中の人が楽しんでいる。そして俳句の対象は、自然でなく、人間である。人間も、自然の中の生物である。」

 

 

4、他界することができる

 

 

何か大きな力に守られている、このような意識になるのは、金子さんの場合は戦争体験から彼は死なないと言う気配を感じたと語る。そしてわたしの場合も、大病という体験を通して、何か大きな力で守られているような気配を感じた。

唱名を唱える。そうすることによって人の記憶力は高まる。金子さんはすでに亡くなった人たちの唱名を唱える。わたしも特定の宗教を信じていないが、何人かの人をこの数年いつも思い出す。

唱名を唱えて、その人達を思い出してあげるなら、いつまでもその人達といつまでもいっしょにいるように感じる。金子さんのように、その時心が澄んでいくのであろう。

自然死をしてゆっくり死んでいく。あまりにマスコミに汚染されていると、この自然死をして他界することができるときは、親しい人が待っている世界に移ることができると言うことを、忘れないようにする。

最後に文章を書く者として、着目すべき彼のいう俳句とは

自然でなく、人間である。人間も、自然の中の生物である。自然を描く意味は、まさに人間を描くことである。

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