Archive for 2月, 2014

ノンフィクションとフィクション、坂井三郎、3(666)


1、人間の生きる価値

 

「人にはすべて可能性があり、その門は、挑戦して自ら開かねばならない。人間の生きる価値はそこにあり、酒井の生きてきた姿に、わたしはその典型を見るのである。

私はこの対談を終え、勇気凛凛としている。何事もやればできる。できなければ、粘り勝つまでである。勇者サブロ―サカイの神髄が、ここにある!それを、わたしはみなさんに伝えたい。」

「撃墜王との対話」高木肇著

坂井三郎の神髄は、対話相手の高木肇さんのこの言葉に要約されている。人間の生きる価値は、人にはすべて可能性があり、その門は、挑戦して自ら開かねばならない、である。

彼は、人間の挑戦の意味について語る、これは経営において、挑戦と同じである。

2、ノンフィクションとフィクション

 

「ノンフィクションの素晴らしさを認めたうえで言えば、

優れた小説はノンフィクションを超えられると思います。事実の中には不純物が混じっていて、そのために往々にして全体像が見えにくくなることがある。小説家はそういう不純物を取り除いて、100%結晶化します。

この小説が父の世代と言う星座の輝きをすこしでもつたえられたら、うれしいのですが。」

「零銭と酒井三郎」の「永遠のゼロが語りかけるもの」百田尚樹著より

優れていないノンフィクションには、不純物が多く混ざっているので、全体像が見えにくいものもある。星座のような輝きを放つものは、ノンフィクションとフィクションの区別をしないのである。

不純物を取り除くのは、坂井三郎氏の空戦記録のような優れたノンフィクションもあるし、

百田尚樹さんの永遠のゼロのようなフィクションも場合もある。どちらかにだけに偏らないようにする。

3、魅力的な物語の内容

素晴らしいコミュニケーションをするためには、隠されている物語の構造を、どのように使うか、である。どのようにしたら魅力的な物語の内容を、作り上げられるのか?

人は物語から情熱を触発されて、目からうろこの状態になるのだろうか?である。

物語にする方法は、人との共鳴をする効果を高める方法である。

あるメッセージが物語に詰め込まれていると、わたしたちは、あるアイデアを、とどめもなく人に伝えることができるようになるのである。

物語の構造を応用する方法は、だから何百世代にわたって説得の方法として、現在に至るまで使われている方法である。共鳴による人とのつながりが、人に本当の影響をもたらしていく。

生死を分ける逆境に人は陥ったときに、人のつながりというものがどれほど重要であるかが、はじめてわかってくる。

その時に、私たちの未来を形作りあげる能力は、どのように巧みに共鳴によるコミュニケートをすることができるかにかかっている、と言える。

4、試練、問題への取り組み、乗り越えようとする物語

共鳴は、物体の自然の振動数が、外部の同じ振動数に反応するときにおこる。

あなたの聴衆や読者そして顧客の波長に合わせるときに、メッセージは深く共鳴していき、彼らを自ら行動に駆り立てていくだろう。

その時、何かを作りあげるために行動する場所、すなわち未来を見つけるだろう。

未来は、統計、事実、そして証拠だけでは把握できるものではない。それは学者の世界である。

時々統計などが作られていない未知の領域に向かって、私たちは、持っている本能で持ってして、人を導かねばならない時がある。偉大な物語は、わたしたちが、物語のヒーローをまず紹介していくことから始まる。ヒーローとは、何らかの形の鋭い望みやゴールを持っている人物である。

5、新しい価値観を持つにいった人間が変わるという運命

物語は、人が勝利をえるために、繰り広げる試練に出会う時に、ある人が問題が解決していくスト―リなのである。このヒーローの運命について、私たちが乗り越えようとする物語に人々が共鳴するようになっていき、その行動に喝采するまでに至る構成なのである。

あなたのコミュニケーションの能力においても、同様なパタンを使うのである。

そして、あなたもたどり着くべきゴールを持っている。しかしそこに至るまでには,試練と抵抗が立ちはだかるのである。

しかし、あなたの望みが実現するとき、その結果は驚くべき結果としての、自分が今までの自分を乗り越えていくという、今までの自己を超えていく体験なのである。

本当のノンフィクションや本当のフィションは新しい価値観を持つにいった人間が変わるという運命に近いところまで駆り立てるのである。

小説でも映画でもノンフィクションでも、ジャンルは関係がないのである。

百田尚樹氏の小説「永遠のゼロ」そして映画の「永遠のゼロ」または坂井三郎氏の空戦記録などは、新しい価値観を持つにいった人間に変わるという運命に駆り立てる作品なのである。

私たちが作り上げたものが、新しい現実になるのである。それは新しい価値観を持った人間に変わると言う運命を自分で創ることである。

あなたの創造力が現実を作り上げる。ジェームスキャメロン

師としての坂井三郎、2( 666)



(2) 苦難の中で磨かれ、安逸の中では堕落

「人と言うものは、苦難の中で磨かれるが、安逸の中では堕落する。人間の心を円で示すなら、
縦割りにした半分は悪心であり、残りの半分は善心であると説く人がある。その通りであるだろう。

真剣勝負で一回負けたなら、この世の終わりで次はない。ならば真剣勝負の究極は、最低引き分けで
留めることであり、常に勝てないまでも次の勝負に参加する権利を掴むことで
絶対に生き残って、次の勝利の権利を握る、この一念である。」

戦後の日本の経済成長は、人間は苦難の中では磨かれるが、安逸の中では創られるものでないこと
を忘れ去っての経済成長であった、と坂井三郎さんは語っている。そして彼は、加えて、人間の心
には善心と悪心が住んでいるとも言う。

彼は、戦闘機の左右の見張り能力を極限まで高めてこの戦争を生き残ったリアリズムの人で、
理系的な人間である。同時に戦後民主主義に組する人間でもない。そして、日本軍隊の組織
の幹部に、例えば山本五十六などの軍隊組織の幹部に批判的な人間であって、戦後は組織に所属
しなかった人である

経営や投資に生きる人も、引き分けをよしとする意味は、生き残ることの大切さであり、
それによって次の勝負の権利をえることである。リアリズムと勝負の世界では、この絶対に生き
残って、人は自分でしかなしえない貢献をするためのである。

(3) 助けられた人への恩は忘れない
 
「人間、助けられたことと侮辱され、いじめられたこと。この2つは、人生において男として絶対に
忘れてはならない。これがわたしの処世訓であり、信念である。」

困難に陥った時に、人はある人から助けられた体験と豹変する人間とに出会うである。
しかし、2種類の人間が社会にいることを、人は日常生活ではめったに目撃しない。
父が亡くなりその葬儀の時に来た人達の表情を忘れることはない。

助けられた人への恩は忘れないし、豹変した人間も決して忘れないのである。この2種類の人間
がいることは、わたしの信念ともなっていった。幸福学、白熱教室のロバートビスワス、ディーナー
博士が言うように、数人の支える数人の友人の幸福へのよき影響は、ネットの友達などとは次元が
異なり、大きな影響を与えていく。

助けられた人は、絶対に忘れない。助けられた人は、その後に人を助けるようになっていくし、
友人は数でないのである。

(4) 最短距離で、一刻も早く平常心に戻る
 
「どんなピンチ、パニックに遭遇しても、最短時間に平常心に戻るだけの心の準備も積んでいなけ
ればならない。だから最短距離で、一刻も早く平常心に戻りうるか、と言う稽古を、私なんかも、
毎日毎日、繰り返していた。」

最短距離で、一刻も早く平常心に戻りうる準備を毎日していく。なにがあっても、どんなピンチ、
パニックに遭遇してもこの準備を繰り返して準備していくのである。

(5) 私自身でしかない
 
「その私を支えていたものは何か、と言うとね、つまるところ、私自身でしかない。もちろん、
母の力、妻の力、戦友の力、その他もろもろの配慮と恩恵を受けて今日あるのだと言うことを
忘却しているわけではありませんよ。しかしそれにもかかわらず私を支えているものは激しい
母の血を体内に宿した私自身でしかない。苦しいことも、ガタルカナルからラバウルへの、
死とすれすれの飛行と比べれば大したことはありませんからね。」

つまるところ私自身でしかない、たとえ恩を受けた人達に感謝したとしても、この心意気を持って
いる限り、それは全てを自分で引き受けると言う姿勢を前提に、様々な人の恩恵を受けていること
を話して、意味がでてくるのである。

それは海外に一人で留学することと同じで、または大病のような困難に陥るときに、一人でして
私自身でしかすることができない時に、何をするかと、外国人の友人を持つことが視野を広げてく
れるのである。

(6) 犬猫にでもできる

「働くんだ。しかし待てよ。おれがおれの食うためにのみ働くんなら、犬猫にでもできる。そうだ
、一人でも多くのもののために働く。そうすればおれは必ず生きられる。」

おれがおれの食うためにのみ働くのなら、犬猫にでもできる、という言葉を繰り返して、わたしも
仕事をしてきた。40代から50代のある年齢の時までに、自分が食うための仕事を卒業して多く
のもののために働いたなら、必ず永遠の生命の中に生きられようにするのである。

(7)たゆまざる執念を、ですね。もう第2の天性になるくらい
 
「何であれ、大切なものは、命懸けでなければ手にし得ないと言うことです。そのためには努力も
し研究もしなければなりませんが、それが人間を向上させる。
たゆまざる執念を、ですね。
それがもう第2の天性になるくらいでなければ駄目で、毎日毎日,休んでいる時でも潜在意識の中
に、自分でたてた目標、もしくは目標でなければ夢でもいいし、理想でもいいですが、それがぴし
っと根ずよく残っていなければならない。」

命がけで第二の天性を作るのである。その時天職のような仕事をするときに、初めて自分の第二の
天性を作ることができるようになる。

(8)自分は何のために生きているのか
 
朝日新聞の出口調査によると、今回の都知事選挙での20代の投票先トップは舛添氏の36%だった
ものの、田母神氏は、それに迫る24%を得て2位だった。時代は変わり、これが最も新しい変化
の兆候である。私もこの新しい若者の変化に、今回の選挙で最も注目している。
「」は、百田尚樹著の「永遠の0が語りかけるもの」からの引用

「ネットの世界ではもう大新聞は全く信用されていない。太平洋戦争は日本の侵略戦争だったと
いう大新聞の論調はいまだに替わりませんが、ネット世代が大人になったら、ジャーナリストも
ずいぶん変わると思います。

自分の人生は自分一人のものではない。僕も含めて、自分は何のために生きているのかと言うことを現代人はあまり考えない。
ところが60年前の日本人は、無意識のうちにそれを考えていました。

優れた小説はノンフィクションを超えられると思います。事実の中には不純物が混じっていて、
そのために往々にして全体像が見えにくくなることがある。小説家はそういう不純物を取り除いて、
100%結晶化します。」
 (6)犬猫でもできるで述べたように、自分は何のために生きているのかと言うことを現代人はあまり
考える機会が少ないが、無意識で考えているのである。坂井三郎さんの何のために生きるかは、
「永遠のゼロ」の本や映画にとつながっていく。それは、戦後70年が経過して20代に引き継がれて
いくものとして、それが今回の東京都知事選挙で見えてきたのである。

師としての坂井三郎、1( 666)


1、2008年10月5日の記録

 

 

生と死の狭間を通り抜けていくと、人は自分の仕事を発見できるようになる。その狭間の体験

は、経営にとっても、得難い教訓になる。「」は、2009年2月に小さなノートに書いた、何がわたしを支えてきたかの記録である。

 

「そこには、限りなく愚か人達がいて、一方よきアドバイスをしてもらった二人がいた。一人は個室のアドバイスをしてくださった安田さんであり、もう一人は、名前は忘れてしまったが一緒に昼食をよくした、京都の教育委員会の人であった。

その人の話は、生徒の進路指導の話であった。

 

2008年8月末に京都山科の病院を退院して二ヶ月あまりになる。二ヶ月あまりが経過しないとその体験はあまりに生々しくて、記録する気持ちにはなれなかった。小さなノートに記録し初めたのは、入院して1ヵ月後の2008年10月5日からである。

 

私は、入院当初精神のバランスを保つことが困難であった。入院して約2週間は、何も記録する余裕はなかった。12月の個室の時期を除いては、四人部屋であった。

 

しかし20日余りの入院生活が経過して後は、何もかも、よきことも悪きことも、記録した。記録をつけるということは、私の子供の時代から日記をつけるという経験と、加えて、死んだ父親の意識がある間は入院を記録していたことを何度も読み返していた、からであった。

 

記録することは、私の愛読書であるゼロ戦の撃墜王の酒井三郎氏の空線記録があまりに私に影響を与えている。酒井三郎氏の記録は、ピンチに陥ったときにいかに切り抜けるかという体験記録として私の中に深く記憶していたからである。

 

 

2、安田さんの個室に移るようにとのアドバイス

 

 

入院した四人部屋には、二人の認知症の患者がいた。この二人の異常な行動をする人間と最初は同じ部屋であったことは、私の精神を正常に保つことを困難にさせた。

後には同じ部屋の安田さんという経営者の患者と私は、親しくなった。

 

安田さんは後ほど個室に替った。安田さんが11月末で退院する前に個室を紹介してくれた。その後は、この二人の認知症の患者とは離れたので、ずいぶんと気持ちが楽になった。

 英語の本を持ち込んで、退院するまでに2冊の本を読み上げた。ほぼ毎日午前8時30分頃から10時頃まで、それらの本をいつも読んでいた。

 

個室を確保するための経済的な余裕がなければ、本を読めるような生活を送れないということは明らかだった。個室が確保することができて、何とか精神のバランスを保つことができるようになった。本を読む時間は、その後の最も楽しい時間であった。

 

ほとんどの患者は、与えられた環境で何ができるかというようなことは考えていなかった。朝からテレビを一日中見ている女性の患者、などを見ていると、このままの状態では死んでも切れないと思った。」

 

3、師としての坂井三郎の言葉

 

オペラ歌手の山本隆子さんから届いた寒中見舞いの葉書に、「オペラ界の頂点を極められた師匠の指導 の効果の大きさを改めて感じ、よき師に恵まれる幸せを思っています。多くの方に支えていただいてい ることに本当に感謝でいっぱいです」と書かれていた。


とてもよい言葉が書かれています。山本隆子さんのように、およそ仕事でプロフェッショナルを目指す人に
は、よき師を持つことは、とても大切なのである。わたしにも困難な時にはいつも酒井三郎さんの本を、
読み返している。

よき師としての坂井三郎さんの4冊の本と「ゼロ戦と坂井三郎」歴史通20121月号別冊「零銭と坂井
三郎」の合計5冊を改めて読み直した。4冊の本は、坂井三郎著「零戦の最期」「零戦の真実」「零銭の
運命」「撃墜王との対話」と、「零銭と坂井三郎」の中の百田尚樹著の「永遠の0が語りかけるもの」の
論文である。以下の「」は、それらの本からの引用です。

(1) どんなに苦しくても、明日の命はある

「人生いいことばかりではない。後れをとって落ち込んだら巻き返せ!どんなに苦しくても、明日の命は
あるのだと言うことだった。
限られた持ち時間の中で可能性に挑戦し、己の生命力を完全燃焼させて悔いなき生涯を全うするためには、
常に自分自身との約束事の1つ1つを、執念をもって、確実に果たしていくよう心がけるべきです。

どんな難関、ピンチに遭遇しても、日ごろ鍛えに鍛えた己の力を信じて、投げずに、捨てずに、諦めずに、
粘ってねばって粘り抜く者にのみ、天は、神様は、ご先祖様は、生き抜く力と勝利への道を開いてくださ
るものとわたしは、信じている。

世の中に永遠の勝者はあり得ない。必ず打ち破る者が現れる。これが進歩と言うものだ。かくしてその時
代時代の勝者が最高の歴史を築いていく。
現代の社会においては、形の上の繁栄に気を奪われ、心の健康を害している人が多くなった。」

この言葉、どんなに苦しいときがあっても、1つ1つを執念を持って、毎日やり遂げていくと言う酒井
三郎さんは、理系的な頭脳の持ち主である。仕事や勝負事をやり遂げるには、私たちも理系的な頭脳で
もってして,今日を生き残るのである。

そして、明日の命はあると言う言葉を反芻するようにしていく。そして私たちも、
あきらめないで粘り抜くのである。そうして我々も粘り抜いてく。その時、
特定の宗教ではないが、宗教とご先祖の助けによって生き抜く力と勝利の道なのであると我々も
繰り返していくのである。

永遠の勝者の人も、そのような企業なども、あり得ないと言う言葉を肯定的に理解していく。
そして、その時代の勝者なることは、粘り抜く人にのみ訪れる可能性も信じていく。
このような言葉を繰り返していくことは、心の健康を維持していくには不可欠である。だから、
毎日読みあげていくのである。
(つづく)

 



自己肯定感(日本の経営3)665


1、   乙武洋匡さん

 

故船井幸雄さんの言葉;プラス発想、と過去オール善、この2つの言葉は自分の人生を肯定的に見ることである。そこから、すべてが始まるのである。

同じような内容を、わたしと同じ元船井総研におられた人材育成コンサルタントである関根美紀子さんが乙武洋匡さんの講演を聞いて書いておられた。

 

人生を肯定的にみることについて、乙武洋匡さんの「自分を愛する力」と言う講演を聞いて、次のように述べられています。

 

 

「今日、県民講座で乙武さんのお話を聴く機会に
恵まれました。

会場に向かって歩いていると
乙武さんがお子さんを抱いて車いすに乗っていました。
乙武さんも今は二人のお子さんがいらっしゃるそうです。

今日は「自分を愛する力」というテーマだったのですが
自己肯定感のお話をされていました。

乙武さんが生まれた時、お母様が初めて乙武さんと対面した時
「かわいい!」と言われたのは有名なお話ですが。

4年生になるまで、お母様は
乙武さんが勉強をしている間、毎日廊下のパイプ椅子でずっと
文庫本を読んで待っていたそうです。

もちろん、お父様にも十分愛された乙武さんは
自己肯定感がとても強いのでしょう。
大変だったとかそういうお話はまったくないんですね。

自己肯定感が強いとどんなことがあっても
自分を信じて進んでいけますね。
どんなふうに育てるかで子供の自己肯定感が変わってくる。

大事に思っている気持ちを言葉と行動で伝えていくことが
大切だと学びました。
小言ばかりいわないようにしないと(-_-;

仕事をしていると、自己肯定感が低いまま大人になって
しまったという方も中にはいますが
ちゃんと自己肯定感を高め、
自信をつけていく方をたくさんみてきました。」

2、自己肯定感を育むもの

 

関根さんの長い文章の引用となりましたが、企業の教育においても、この自己肯定感から始まるのです。

スポーツライターでもある乙武洋匡さんは、障害や困難の中で生きる人達や企業を発展させようとする人に、彼の精神でもってして、多くの人たちに生きる勇気と元気を与えてくれます。

 

わたしも乙武さんが主演の映画「だいじょうぶ3組」と言う映画を見て、乙武さんの姿に感動しました。彼の姿は、ビジネス書などでは、伝えることができない。この映画には、人を育てることとそして人が困難に対処することが描かれています。見ることをお勧めします。

 

プラス発想と過去オール善や、乙武洋匡さんの人生の自己肯定感が強いと、どんなことがあっても進んでいけるのである。人生の自己肯定感を育むものは、子供のよいところを見つけること、子供の多様性を確保すること、そして、両親から愛されていることである。

これは企業経営も同じで,過去オール善、長所を伸ばす、である。

 

そしてこれらの人生肯定感の言葉は、人から受けた恩は石に刻み一生忘れない人間になる感謝の気持ちと同じであって、乙武さんは、それを、恩を繰りしていくと言われる。全く同じである。

 

もうひとつは、西村高行さんからの、比良雪稜会では、様々な年齢の人々に出会うことと、今はその女性たちの活躍が中心になっているとの話、それは、同じ組織にあまりに長くいることでなく、ボランティアのような非営利組織での体験をとうしての人の出会いも、人生のスタートとなる。

 

ボランティアのような違った世界の人に出会うこと、そして女性たちの活躍の場は、スポーツライターでもある乙武洋匡のようにスポーツの世界かもしれない。これら、自己肯定感、恩を一生忘れない(恩を繰り越していく)、ボランティア組織での体験、そしてスポーツの世界などは、成功の場へのスプリングボードとなる。

 

3、常に進歩していくものとしての秘する花

 

年々去来の花を忘るべからず 幾つになっても、花を忘るべからず 、自分を信じて進んでいくことに大切にしたいものです。あんがいおまるこさんやあんがいおまるこ一座も、わたしたちも、幾つになっても,企業も、新しい花を準備して、それを追い求めていきたいものです。

 

生きる勇気と元気を与えてくれるものほど、影響を与えるものはない

企業も劇も、スポーツのように、時にはボランティアの意識でもって、

チームで作り上げていくものです。

そして、それらに参加する時に、参加する人に貢献の意識と共鳴の感触を育ててくれるものです。

 

新しい花を準備するとは、企業の次の新しい商品の準備することであり、自分を信じて進んでいくことです。一方いつまでも、自己肯定感の低いままで、販売促進やチラシ屋さんやネットでの集客の段階に一生留まっている人もいる。

 

自己肯定感が低いままに大人になった人は、恩を繰り越していくこともなく、教育やリーダーシップに世界に足を踏み入れることなく、ネットでの集客の段階で、世界で一生終わってしまうかもしれない。

新しい花として求めるものは、自分にとっては何なのか?

 

現代においても、自分の可能性を広げるための新しい、わたしたちも、次の秘する花を創るため次の準備をしているだろうか。

秘する花を示したのがES細胞から今回新たなる万能細胞「STAP」なるものをマウスの実験を通じて成功したと発表した理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーであるだろう。 小保方晴子さんは、創造の世界は常に進化していくことを示された。