レジエンス(逆境力)、4(676)


狐狸庵生徒

(引用)
そのためには、セレンディピティのための才能を、自分自身によって研ぎ澄ま
していくようにしていく。

(感想)
いくつかの辞書によればセレンディピティ(serendipity)の定義は、「偶然の出
来事がきっかけとなって、ひらめきを得て、幸運をつ かみ取る能力」となって
います。セレンディピティにつながる出来事は全ての人の周囲で、毎日頻繁に起
きているのでしょう。優れた経営者はセレ ンディピティにつながる出来事を無
意識的に捕らえる能力が高いと思われます。

1、      セレンディピティとレジエンス

 

セレンディピティは、失敗や困難な状況であっても、そこから見落としせずに学び取ることができれば幸運に結びつくという、レジエンスのひとつの形である。

 

努力なしでは、セレンディピティが訪れない。

出会いの感性を磨くことによって、幸運は訪れてくる。

そのためには、セレンディピティのための才能を、自分自身によって研ぎ澄ましていくようにしていく。なぜなら、セレンデピティは、より進んだレジデンシ―のスキルなのであるからだ。

換言すれば、事故と不幸の体験を、幸運な出来事と幸運に変える能力を自分自身によって高めていくようにすることに他ならない。この変える能力は、ビジネスでは必須である。この変わらない戦略と変わり続けていく能力を持つことが、ビジネスである。

 

2、懸命にやると奇跡が起こる

 

セレンディピティは、科学者やビジネスをしている人には、とても関係がある。

努力して懸命にやる人には、奇跡としてのセレンディピティが起こるのである。

 

懸命にやっていくと奇跡が起こるのが、セレンディピティなのである。

石川元則が語るように、人生は、やったか、やらなかったかで、終えるものなのである。

 

その言葉を何十回も何百回も口ずさんだり、

              書いたりしていると、いつの間にか自分の持ち味になっていく。  そうなりゃ本もの、儲けもん。

このようにしてセレンデピティを自分のものにしていく。

 

イチャリバ チョウデ  

                石川元則  JDC出版

懸命にやると奇跡が起こる

 

ここから何かが始まる

 

ありがとうから自信が生まれる

 

人生に無駄はないさ

 

心配後無用打つ手あり

 

への河童信じる道を行くだけさ

 

そうにっこり笑って

 

自分を信じる

 

何かをやれば何かが生まれる 何かに気がつく

 

生きてきてよかったね

 

やる!やらん?

 人生は、やったか、やらなかったかで、終えるもの。

 

自分を信じる

 

生きてきてよかったね

元気の出る言葉

悪いクセを直す言葉

心ひたひたにしてくれる言葉

              そんな言葉を持ち、何時も何気なく、

              その言葉を何十回も何百回も口ずさんだり、

              書いたりしていると、いつの間にか自分の持ち味になる。  

              そうなりゃ本もの、儲けもん。

 

石川元則さんは、数年前に亡くなられているらしい。しかしこの言葉、自分を信じる

そして生きてきてよかったね、は自分が元気になる言葉になっている。

 

この言葉が、わたしの日めくり「楽しみながら」を出版することになった。亡き石川さんの次の言葉に生きる時、人にはセレンディピティが起こることと、レジエンスを自分のものにできることを、わたしは信ずる。

 

「人生は どんなに苦しいことがあっても しかも 生きるに値する  」

 

3,3つの知性を使って、生きる

 

生きていてよかったと感じるためには、懸命に努力することである。そのためには、3つの知性を使って生きて、仕事をするのである。

 

分析的な知性は、よく知っている問題を解決するために使われる論理的で理性的で抽象

的な考えによる分析的な知性を使うのである。

創造的な知性:は、新しく、今まで知っていない環境下で、通常でない解決を作りだすのに知性を使うのである。その知性とは、あなたが聞いたことがある、アウトオブザボックスという表現である。

社会的に認められた考え方と言う、見えない壁を破るための質問を自分自身ですることであり、それは、わたし達の創造力をまいあがらせてくれる知性を使う方法である。

 

現実的な知性:は、分析的な知性も使いそして創造的な知性も使うけれども、現実のある状況下での問題に応用されることのある 街の生活での、賢い実用的な知性を持っている人の考え方を自分でも応用すると言う、現実的な知性を使う方法である。

大学を卒業することなしに多くの人は、人生で成功していく。なぜなら、彼らの現実的な知性は、生きている世界をいかに扱うかについて、誠に役に立つからなのである。多くのこのような人は物事について驚くべき実用的な知性を持っているからだ。

この現実的な知性の事例として、友人のMは、高校の時には一流高校でない守山高校に行ったが、その時から信用取引をしていた。彼は、いつもチャートを新聞紙の大きさに書いていた。

友人のMとわたしは、毎週日曜日にそのチャートを一緒にみて判断することが、わたしの現実的な知性の原点となった。だから、懸命にやっていくと奇跡が起こるがことを信じて生きることと3つの知性を使って生きていくことは、セレンディピティのためにもなくてはならない。

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