Archive for 7月, 2014

遊ぶ(知性を磨く、2)(678)


「知識とは、言葉で表せるものであり、書物から学べるものである。知恵とは言葉で表せないものであり、経験からしか学べないものである。」「知性を磨く」より

 

1、             足の引っ張り合い社会

 

以下は狐狸庵生徒さんとの前回の文章に関するメールでの対話を全面的に書き直した楽しみ遊ぶ、のが仕事である。

狐狸庵生徒さんのご指摘のように、

「経済産業大臣のかけ声で作られた「ベンチャー有識者会議」の資料によれば、

起業家活動の国際比較調査では日本は最下位」となっています。

この傾向については様々な見解が飛び交っていますが、第一義的には日本の社会

全般に「挑戦しようとする人を称える空気」が不足しているのだと思います。

日本社会はマクロで見れば依然として「足の引っ張り合い社会」のようです。」

足の引っ張り合い社会」として社会何十年も人に使われる経験を長くしていると、サラリーマンは、男であっても女性であったとしても、人は自分で考えなくなっていくのである。その結果、その組織でしか生きていけない人になっていくのである。

偶然ですが、先日午前中自宅に来られた、たぶん60歳代の介護支援専門員と介護福

祉員と栄養士の名刺での肩書きのあるそしてケアマネージャーもしたことのある?Kさんと言う女性は、ケアマネージャーの大半の仕事は、事務処理の仕事であるので、

ケアマネージャーの仕事はしないと、話されておられました。

私が観察すれば、事務処理の仕事や肉体作業が大半である仕事がある。多くのサラリーマンの仕事はルーチンの仕事になっていく。一方、自分が経営者になればする仕事は次のような仕事が中心となるのである。

2、 仕事を楽しむ

経営者の仕事は、人生を変えるような人との出会い、そのような出会いへの感性、それらから生まれる先見力を育てること、判断力と決断すること、そして行動すること、そして仕事を楽しむことである。

これらの総和としての経験から生まれる知恵でもってする仕事が、経営者の仕事である。

そして、経営者の仕事は、そのふさわしいチームを作ることにほかならない。

また私が所属していたようなコンサルタント会社は、調査や社員教育を主

な仕事にしている。

同様に政府の成長戦略のひとつとしての女性を戦力にすることは、サラリーマン的な女性を創出するだけになってしまうだけでそれでは不十分である。

反対によき経営者になるためには、人の出会いとその感性を高めて、未来についての先見力を高めていくようにする。

そしてこのような仕事を楽しむ起業家をつくる、ことに貢献されることを期待し

ています。

要するに、経営者の仕事は、人生を変えるような人との出会い、出会いのための感性を高め、それらから生まれる先見力、その行動、その仕事を楽しむようにするのである。こと、これらの経験から生まれる知恵としての知性を大切にするのである。

3、 Lang DavidのWE are Makers

 

それは遊び心を大切にするのである。そして仕事をオープンソースにアイデアをすることである。この遊ぶことが、子供のように仕事にはなくてはならないのである。そのために参考になるのが、教育テレビのスーパープレゼンテーションのDavid LangのTEDの番組なのである。

このプレゼンターであるDavid LangがWE are Makers で提案するように、子供のように夢中になって遊ぶのである。遊びが、ものづくりの原点であるし、仕事の原点でなくてはならないのである。仕事を道楽化する境地に達することなのだ。

仕事を、奮闘して道楽化する境地にたどり着くのである。そして、シェアするのである。

遊ぶは、やがて仕事の道楽化と一致していくのである。

 

20b. We can find anything worthwhile lifestyle and set up new businesses in doing for fun, or leading idle life and in hobbies.

;遊びにこそ又怠惰や趣味の中からこそ価値あるライフスタイルとニュービジネスが生まれる。と日めくり「楽しみながら」に、わたしは書いた。遊びがなくてはならないものである、と書きました。

 

遊びの中からニュービジネスが生まれてくることを、Lang David さんも、教えている。

しかし、日本企業では、できる人ができない人を養う組織になっている組織が多い。できる人はやがて、そのような組織から去っていくことが多い。

組織に残る人は、終身雇用と年功序列から無能な人ばかりの組織とやがてなっていくのである。仕事も投資も遊びであることを忘れていては、よい仕事もよき投資もできないのである。

 

知性を磨く、1(678)


狐狸庵生徒
(引用)
日本の教育制度はそのような人材を育てていないし、新規事業も立ち上がらず
に・・・・・

(感想)
経済産業大臣のかけ声で作られた「ベンチャー有識者会議」の資料によれば、
「起業家活動の国際比較調査では日本は最下位」となっています。
この傾向については様々な見解が飛び交っていますが、第一義的には日本の社会
全般に
「挑戦しようとする人を称える空気」が不足しているのだと思います。
日本社会はマクロで見れば依然として「足の引っ張り合い社会」のようです。

以下は、BSアクアの小島博社長とのメールでの対話の言葉をもとに書きなおしたものです。田坂広志著の「知性を磨く」については、二回目に書く予定です。

1、極めて高度な能力の知性

わたし達が仕事で大切にするのは、現実的な知性なのです。なぜなら、経営における知性の本質とは、知識でなくて、知恵からしか学べない知性なのです。この現実的な経営の知恵は、実践の経験からしか学べないものある。

この知性は、たとえ本をどれほど多くの本を読んだとしても,または、たとえ仕事に関する講演をどれほど聞いたとても、決して身につかない知恵なのである。

この経営の知恵というものは、言葉で表せないものであって、経験からしか学べないものである

このような経営の知恵は、人間として極めて高度な能力の知性なのであるのだろう。しかしこの現実的な知恵を、学校でも、研修でも、サラリーマン的生活を続けていると、この知性を人は錯覚していく。

ご指摘のように、この知恵は、命がけでないと本当のところは会得できない知恵としての知性なのである。そして運命的な出会いとその感性の後に、良き理想を求める人には、それを支援する人が集まってくる。そして行動して経験していく極めて高度な能力の知性である。

2、命がけで求める人にしか、

 

反対に好きで戦闘機パイロットになった酒井三郎氏のように、命がけで求める人にしか、出会いも生まれてこない。粘って粘り抜く人にしか、ピンチの後の幸運も訪れてこない。

さらにご小島さんのご指摘のように、自分から選んだ仕事を楽しんでしていない人には、直言してくれる真の友人や知人が身近にいない為に、廃業、倒産または、衰退の道を選択されている経営者が多いのであるだろう。

様々な試練に対してそれを克服しようとせず、環境のせいにする人がいる。一方ご指摘のように、良き出会いというものが、良き理想を求める人には、訪れるものなのである。

3、行動をして経験した後の行動記録としての文章

 

経営の知恵ある人になることは、大学においても、経営コンサルタントも教えてくれはしない。よき理想に燃えて、様々な経験を重ねていくことによって、この知恵を身につけていくようにするのである。

また、政府が主張する成長戦略は、エリート官僚もサラリーマンであるから、彼らによる作文であるから、このような起業家を育成しようとするものではないのである。

またコンサルタント会社においても、そこに在籍する多くはサラリーマンであるから、調査や、社員教育をすることが主たる仕事となっている。

起業家を育てようと所は誠に少ないのである。

理想を持ち、出会いによって、出会いへの感性,そして命がけでないと本当のところは会得できないとの覚悟をもつ、それらによる行動と経験によって、実践の経験から知恵を学ぶ。

自分の主力商品を改善し続けていき、成長していくのが、起業家である。起業家は、見えない先見力によってアンバランスな戦略を採用するのである。

しかしながら、長年サラリーマンをしていると、このような知性と出会いから得られる考えることのない生活になっていく。

 

それゆえ、このようなことを考える有能な人ほど起業家になって、新規事業を起こして社会を活性化して行く必要がある。

しかしながら、日本の教育制度はこのような人材を育てようとしていないから、社会は現在のように停滞し、新規事業も興らない地域となっていく。

 

それゆえ、有能な人ほど、新規事業を起こして社会を活性化して行く必要がある。

日本の教育制度はそのような人材を育てていないし、新規事業も立ち上がらずに関西地方のように経済も社会も停滞していく。知恵のある現実的な知性の人になるためには、時には死線を越えた経験をして、リスクを恐れないで問題を解決していくのである。このような起業家を育てるのが、テーマである。

 

どこから起業家は生まれるのか?出会いと死線を越えた経験であって、知識ではないし、読書でもない。文章を書くことは、わたしの目的でなく、決断して、行動をした経験の後の行動記録のようなものであり、そのために文章を書くのである。

だからこれは、大学教授の文章でもない。

 

なぜ出会いは人生を変えるキッカケとなるのか(投資家3、677)


プレジデント7,18稲盛和夫直伝「私が部下を叱る基準、褒める基準」より引用

1、辛酸を嘗め、苦難に耐え、しかも、それをポジティブに、明るく、いい方向に

「リーダーの立場に就くまでの間に辛酸を嘗め、苦難に耐え、しかも、それをポジティブに、明るく、いい方向にとらえることができ、研鑽を積んできた人こそが、リーダーとしてふさわしい人間性を身につけることができるのです。

もう一つは、心の中に美しい「善なるもの」をいつも持とうと努力する人間になることです。私は、人の生きる目的は何をおいても世のため人のために尽くすことにあると自分に言い聞かせるとともに、リーダーたらんとする人にも常にこのことを話しています。辛酸を嘗める苦労をしながら美しいよい心を持った立派な人間性をつくりあげることが必要なのです。」

親は大きな影響を与えるが、稲盛和夫さんの同じプレジデントで語っているこの言葉のように

辛酸を嘗めて、苦難に耐える中での人との出会いとその感覚を研ぎ澄ましていく。この親以外の人との出会いとその感性を高めていくのである。
それはTさんの指摘するように  新しい「出会い」というものは、 もう後がないという気持が、 チャンスに「敏感」な感性を高めていくのである。 自分が好きな仕事の延長での出会いであるのだろう。
2、40歳代以降の、仕事の軌道を修正する

 なぜならば大学を卒業して10年以上も経過していくと、その大学の時の知識と知性では、自分がどの方向の仕事にこれからさらに進むかについて、答えを見出しにくくなっているのである。

 

その時に出会いとその出会いへの感謝とその気付く感性があるからこそ、40歳以降の人生の方向が見えてくるのであるだろう。これらがないと、同じ仕事をつづけてしまうのである。

今一度自の人生の核となる「出会い」とそれへの感謝と気付く感性から、困難の中からポジティブに、いい方向を見つけることができるようになるのである。

 

台風が去った後での生命の輝きを取り戻す植物のように、この出会いが、今一度生命の輝き取り戻す、人生を変える契機になるのである。

稲盛和夫さんのプレジデントの言葉のように、苦難に耐え努力を積み、非常に強い意志力と人間性を持つ人間になるように努力していくのである。

そして大切なのは、出会いと仕事に関する感覚を研ぎ澄まして、中年以降の仕事の方向を軌道修正していくのである。そのために、アンバランスな戦略を採用する。

3、「人をだまさない」「ウソをつかない」「正直でなければならない」

 

「「立派な人格」というのは、すばらしい哲学を備えているという意味だけではありません。「人をだまさない」「ウソをつかない」「正直でなければならない」「貪欲であってはならない」というベーシックな倫理観を堅持することでもあります。そういうことを常に自分に言い聞かせながら、それを実行しようとしている人が、次第に人格を高めていくことができるのです。」

 

立派な人格は、難解な哲学を語ることでもなく、経営者には、これら「人をだまさない」「ウソをつかない」「正直でなければならない」そして「貪欲であってはならない」などの基本的な倫理観はなくてはならないものである。それらを実行していく中で、繁栄の道が訪れるのである。難しい話をする学者または、事業に失敗した人達は、これら繁栄の基本については語らない。

それゆえにわたしも、正直と勤勉であること、反対に平気で人をだます人を絶対に許さない。また難解なことを語る人が立派な人であるとも思わない。これら、正直、勤勉、だまさない、貪欲にならない、などが、繁栄、幸福、そして、セレンデピティを人生にもたらしてくれるのである。セレンデピティは、人生を崩壊させてしまう出来事を幸運に変えることである。

立派な倫理観の価値は、素晴らしい企業にかかわる人にしかなかなか理解できないもので、一般の人や学者に理解できるものではない。基本的な倫理観は、素晴らしい会社の経営に育まれるものである。

4、不屈の闘志を持つ

「リーダーはどんな困難に遭遇しようとも、決してあきらめない人、ネバー・ギブアップを信条とする人でなければならない。ビジネスでは予想もしない困難やトラブルが起こる。そこで、すぐにあきらめてしまうリーダーでは、どんな事業も成功させることはできません。

私は常々「燃える闘魂」という表現をしていますが、様々な困難に打ち克ち、会社を発展させていくには、リーダーは格闘家にも似た闘争心を持ち、燃えるような闘魂で集団を引っ張っていかなければなりません。そういう意味では、リーダーはどんな困難に遭遇しようとも、決してあきらめない、不屈の闘志を持つことが必要なのです。

やさしさと厳しさ、この両面が必要なのです。部下がいい加減であったり、間違ったことをするようであれば、それを指摘し、厳しく叱ることができます。部下を育てよう、立派な人間にしたいという愛情が根底にあれば、厳しく叱られようとも、部下はそれを素直に受け入れてくれるはずです。」

ビジネスでは予想もしない困難やトラブルが起こるのが、むしろ当たり前であるから、粘ってねばって諦めないようにするのである。粘って粘って、命がけでないと本当のところは会得できない。

「常に自分を磨き、人に見えない苦しみを経験し、努力を積み重ねて、総合能力の養成に努めていくことであった。少しもあわてる必要はない。そこにおのずから道が開ける。運の強さもあるが執念もある。決して何事も諦めない。粘って粘って、粘り抜く。その執念深さが、やはり運につながっていく。死線を越えた経験でしょう。命がけでないと本当のところは会得できない。」坂井三郎

 

投資家、2(677)


「出会い」と「気づき」そして「真似る」と「実行」

1、     アンバランスな戦略

 

生き残っていくためには、自社のための具体的な方法を作り上げて、利益を出せる代表的な商品を持つようにしていく。そしてその商品を大きく育成していく。

そのための経営者は、現実的な知性をもった人との出会いが不可欠である。

BSアクアの小島博社長の指摘されるように、従来にない大きなサイクルの流れの中で自分の商品の土俵を持たないメーカー、問屋、小売りには、未来はない。そのためには、これからの時代は、”アンバランスが戦略”を、採用していくのである。

この深い意味での”アンバランスの戦略”を採用していくのである。中小企業の経営では、利益を出せる代表的な商品を育てて、主力商品を育てるアンバランス商品戦略の採用していくのである。投資におけるポートフォリオにおいても、バランスのとれた組み合わせをしないのである。

BS朝日の番組の中で、ノーベル賞の江崎玲於奈さんは、人のつながりとして親のつながりの影響を再確認して、わたしも感謝する。また江崎玲於奈は、準備をしていくす中で、チャンスは訪れる。そして13歳から19歳までの出会いの重要性について、語っておられる。

2、     現実的な知性との遭遇

 

経営者であるとは、現実的な知性のある人との関係から、それを生産的にできる人になることであり、その出会いから、自分の根幹を作る人になるのである。学校的な知性(分析的な知性)と創造的な知性と現実的な知性との出会いの知性の3つを一生改善していく人になるのでる。

Tさんの場合、それは曾祖父(1850年代生まれ)の方のような現実的な知性の人との出会いを、今一度徹底的にその足跡をたどることかもしれない。そうしていくと現実的な知性の人は、自分自身の原点としていつまでも生きている人として影響を与え続けていくだろう。

逆境をバネに、事業を興し、 食うために生きる人を超えていき、ある年齢からは何かに投資していくと言うプロセスに生きる。3つの知性を発展させ、成長していく。その最初の出会いは、江崎玲於奈さんが指摘するように、わたしの場合も現実的な知性との出会いが13歳から19歳の間にあった。

3、「「出会い」と気づき」と徹底的に真似て実行

 

雑誌「プレジデント」の7月14日号の稲盛和夫の特集で、その弟子としての「俺の株式会社」の社長である坂本孝さんは、その雑誌の中で経営は、「「出会い」と「気づき」である、と言う。わたしも、「出会い」と「気づき」がビジネスに大きな影響を与えると考える。

坂本孝さんは、加えてGNNとTTPすなわち、GNNは義理、人情、浪花節、TTPは徹底的にパクる、即ち徹底的に真似をして、後は実行をするか否かである、と語っている。

真似をして実行するがなければ、読書で終わってしまい、本当の体験ができないしそれではさらに改善することもなく、読書で終わってしまう。

現実的な知性を持っている人との出会いは、出会い、その気づき、真似る、そして実行をしていく時に、何物にも代えがたいものになっていく。

だから、学校的な知性だけではない知性との出会いを、わたしは出会いは、出会い、その気づき、真似る、そして実行として、フルに仕事に活用していき、それを生産的にしていくようにする。

学校的な分析的知性に頼るだけでは、40歳代以降の成長は不十分である。現実的な知性の人との出会いを大切にして、出会い、その気づき、真似る、そして実行をしていくならば、人は、いつまでも成長、発展できる。

その成長の核となるのが「「出会い」と「気づき」の感性徹底的に真似て実行である。

坂本さんが言うように、まねる、そして実行していくのが経営である。自分の商品について、徹底的に真似をして体験して、そして、改善し続けていくのである。そのためにも、友人であったMさんは、逆境の中で強い人であったことを思い出し、彼に温めて感謝する。