Archive for 8月, 2014

日本を変える2、究めて良質な機能価値を追求する(680)


以下は、BSアクアの小島博社長のメールでの対話の言葉が、「」として含まれています。

1、     ソフトは企業規模で取り込む事はできない

 

ご指摘のように「道具は企業のチカラで取り込めてもソフトは取り込めな

かったのです。」

「釣りの道具は売っても、釣りの仲間、釣りのポイント、釣れるまでのハウツーなど

のソフトは企業規模で取り込む事はできなかったようです。」

同様に「パソコンでワードやエクセル、メールのやり取りだけなら大手のサポートも充実しているから問題ないでしょう。」「道具は売っても、釣りの仲間、釣りのポイント、釣れるまでのハウツーなどのソフトは企業規模で取り込む事はできなかったようです。

パソコンでワードやエクセル、メールのやり取りだけなら大手のサポートも充実しているから問題ないでしょう。」

「道具は売っても、釣りの仲間、釣りのポイント、釣れるまでのハウツーなどのソフトは企業規模で取り込む事はできなかったようです。」

「パソコンでワードやエクセル、メールのやり取りだけなら大手のサポートも充実しているから問題ないでしょう。」道具は売っても、釣りの仲間、釣りのポイント、釣れるまでのハウツーなどのソフトは企業規模で取り込む事はできなかったようです。」「パソコンでワードやエクセル、メールのやり取りだけなら大手のサポートも充実しているから問題ないでしょう。」

2、相手のどの部分が大切なのかを把握

 

「自分の取り扱う業界のどの部分が大事なのかを捉えフォーカスして経営として

成り立つビジネスモデルを作り上げる事が生き残れる小型店の方法だと私は考えています。」

相手のどの部分が大切なのかを把握してそれにフォーカスしないと、

サービスとものを同時に売るところまで、たどり着けない。だからサービスとものを同時に売ることは、とても難しい。

同時にこれはコンサルティングのポイントである。これらのポイントがわからないと

人は優れたコンサルタントになれない、だから、多くの企業はものの販売にとどまる。

このポイントにたどり着かない販売員、釣りの道具屋、小売店の販売員、証券会社の販売員などは、無数にいる。そのためには、サービスとものを同時に売ることを、甘く見てはいけない。

まとめとして①仕事をする相手のポイントの把握、その確認をしているだろうか?

学ぶ仲間と先生の関係をつくる、この関係がないと人は成長しない。

個別指導をしてそこから利益を得る、真剣に個別対応をする。

これら3つは、コンサルティングの基本でもある。

3、富士重工業の吉永社長の理

 

現実には、これら①から③をしない企業の代表としてイオンがある。イオンの株価は、10年で高値から三分の一となっている。一方富士重工業は、営業利益率は業界トップの13,6%となっている。富士重工の吉永泰之社長は、

①  質の高い経営として価格競争でなく経営の質を高める経営を追求する

②  ロイヤリティを高く維持する経営をする

③  究めて良質な道具であるという機能価値を追求する、と言っておられる。

これら3つは、この富士重工業の企業理念であると同時に、小企業に適応できる企業理念なのである。わたしは尊敬している。モデルにするのは、この経営の質を高める経営をすること、ロイヤリティを高く維持すること、そして機能価値の追求することである。

加えてこれら3つは、商売の道の王道でもある三方よしにもつながっていく。そのような経営は、相手に喜ばれ、自分の生きがいともなり、工夫をして仕事をするという松下幸之助の言葉となり、これは商売の、自分の生きがいのため、そして仕事の工夫するための道なのである。

そして相手のポイントの把握することは、「一を聞いて十を知るのが商人や」なのである。

お客様が喜ばれ、役に立つことを、いわば自分の使命、生きがいとし、心を込めながら効率的にあるいは自分なりに工夫をしながら熱心に進めていく。そして一方でちゃんと収支が成り立っている。これが商売の道であり 」

効率的に工夫して生きることは、一片の資格や国家などに安住して生きることの対極に生きる商人として生きることである。相手のどの部分が大切なのかを把握することは

一を聞いて十を知ることであり、この相手のニーズの的確な把握なくして商人にはなれないのである。

「2つ目は、お客様の心が読めないかん。心を読むのが必要なのは、政治家でも教育者でも同じや。しかし、一を聞いて十を知るのが商人や」

松下幸之助「勇気と元気が湧いてくる話」より

 それゆえ心を読むことと極めて良質な道具であると言う機能価値を追求することは、サービスとものを同時に売る基本である。量販店の時代から新しい時代にと時代は変化している。これは商売の王道なのである。

 

日本の課題、1、サービスとものを同時に売る(680)


以下は、BSアクアの小島博社長とのメールでの対話の言葉を、書きなおしたものが一部含まれています。

1、     商品開発

 

良い商品を安く売ることでもって成功する時代ではもはやないことは、今年のキーワードである。この反対が、売り上げと利益を重視していく企業である。

言いかえれば、よい商品を開発をして、その商品を育てる企業と売上と利益を重視する企業がそれぞれ、どのように推移していくかを、見守っていくようにするのである。よい商品を自分の主力商品として深めて、その商品のリスクを認識した上で育てていこうとするのか?

それとも、売上や利益の数字を重視した経営をしくのかである。

よい商品を育てるには、自分で考えて未来を予想して進むべき方向性を決める人になるのである。それとも、数字を追う人は、流行を追う人になるのである。この違いは、はるかに大きな違いに企業をしていくのである。

「能力と言うものは、自分が探り当て、自分がそれを使っていくことでしか開発されないものである。」そして、この自分の能力の開発よい商品づくりには、相関関係がある。

2、     絶えざる向上心と、絶対に諦めない、幸運の回数

 

この自分の能力の開発を行う人は、絶えざる向上心を持っている人で、絶対に諦めない人である。 売上と利益を追う人とは、違う道を歩く。

よい商品を作り、ふさわしい価格で売る企業は、今年のキーワードに敏感な企業となっていく。

前述の遊ぶとは、困難な状況の下で、我勝てりと言う余裕が出てきて、周囲を見渡す余裕が出てきた状況を表現する言葉である。遊ぶは、人が胸中を吐露する表現である。新しい展望が見えてきた企業は、ふさわしい商品にふさわしい価格設定をしようとする企業である。

遊びによってこのような新しい展望が開けてくるキーワードであって、遊びを自分のものにする幸運のプロセスを、人と企業は、いかに多く体験していくかである。この幸運の回数は、遊びによって展望が開かれてくる回数で、それは経営者の運となっていくのである。

商品開発をして、ふさわしい価格で売ることができる企業になるようには、視野を広げるための遊びが大切であって、サントリーの「やってみなはれ」の精神が必要であるだろ。

3、     知的財産を売るものとしてのホスピタリティ

 

革新的なビジネスモデルは、ご指摘の超ハングリーな精神を持ち続けている会社か、またはチャレンジ精神がある経営者から、革新的なビジネスモデルが生まれてくる。

家庭用品業界だけでなく多くの企業は、企業の年商の大きさで評価されているものと考えている。

一方規制に守られる企業に長くいると、何も考えない人間になっていく。数年で時代の変化に適応できない企業と人間になっていく。そしてこれからの商品開発は、多くの場合、知的財産を売ることになるのである。

日本の経済は、現在モノからサービスに消費の内容が変わる最中にある。多くの人は物にはお金を支払うが、サービスにはお金を支払おうとしない人が多いことを、経営コンサルタントとして嫌になるほど経験してきた。

これからの商品開発は、多くの場合、モノだけをうるのでなく、知的財産を売ることになる。それへの対応は、物とサービスをセットにして売る事である。その事例としては、

虎姫一座の舞台をTVで見て、感じるのである。今は見るだけの舞台でないのである。ここに、ショービジネスの変化を感じる。

観客は、歌手と握手をして、タッチをして、一体感を感じるホスピタリティが主役のショウビジネスである。しかもこの変化は、ものとサービスをセットにしていることであるから、物とサービスをセットにして売ることは、どの分野にも応用できる。

近所の家電小売店のWさんの仕事は、ものとサービスをセットにして販売することを発見すれば、成長分野に加わるだろう。

(続く)

遊びにこそ(679)


日本史の謎は地形で解ける文明、文化編、3

常識を根本から変えたゆえに「弱かったから強かった」

 

1、     ハンディがあるから深く考える、そして強くなる

 

BSアクアの小島博社長のご指摘のように、「この設備を持たない会社がハンパに残った材料をどう有効活用出来るか考え、アルミの粒子にすることを考えました。アルミの粒子には自社でできるのでそれを車の資材として提案しチャネル開発した。」

一方「溶解鋳造の設備のある会社の社員からは、残念ながらこのアルミ箔の粒子を作り車の材料として販売できるという発想は出てきませんでした。」

その理由は、ハンディがある会社は、会社が生き残るために何かしなくてはいけないと生き残ることができないという必要に迫られたから、創造的な解決としての商品をつくることが可能になる、と言うことだ。

生き残る為にハンディがある会社であるから深く考えるから、強くなるのである。

深く考える会社においてこそ、斬新な発想と革新的な商品が生まれてくるのである。

2、     異なる遊び

 

深く考える経営とは、仕事に遊びとおもしろさを見出すことである。

仕事に遊ぶことの意味が突然わかってくるときに、面白さと楽しみは訪れてくる。

遊ぶとは、仕事に三昧になる時に、面白さと楽しみが訪れてくる。

ある段階において、人は仕事に遊ぶ意味が見えてくる。同時に遊ぶことは、24時間にわたり、考える続ける中で、遊ぶのである。しかしこの遊びとは、弱いことや逆境にそしてハンディが極まる中で突然、見えてくるものなのである。

だからこの遊びは二世経営者がする遊びとは、まったく異なる遊びである。この遊びは、仕事をより究めて、深く追求してその本質を掴む時に、訪れる遊びである。

そのためには、自分の未知の部分に可能性のスポットを当てて、その可能性を確実に実行していくようにする時に、訪れる遊びである。

このようにすることができれば、自己の人間革命を実行していくことが可能になっていく。

その結果自分が扱う次の商品が見えてくるのである、それは、宮本武蔵が決してあきらめなかったように、諦めない時に、見えてくるの次の商品である。

3、     研究開発

 

つまり深く考えることは、研究開発を行うことであり、次の商品の開発が見えてくるような自分の能力をすることでもある。たえまない研究開発と諦めないことである。そのあとで、遊びが訪れてくれば、しめたものである。。

能力と言うものは、自分が探り当て、自分がそれを使っていくことでしか開発されないものである。もちろん普通のビジネスでは、そこまで要求されることはないものであるが。じたばたしない。そのエッセンスのようなものようなものを掴んで、信じたものに従い行動をしていくのである。そのときに、未来への可能性が開けてくる。

エッセンスを掴み、信じたものものに従い行動していくと,自ずと道が開けてくるのである。この意味が「弱かったから強かった」なのである。そしてハンディが極まる中での弱さや失敗をいかに利用するか、どうか、弱かったから強かった、が、仕事や人生の要諦なのであるだろう。

日めくり「楽しみながら」より

20b. We can find anything worthwhile lifestyle and set up new businesses in doing for fun, or leading idle life and in hobbies.

;遊びにこそ又怠惰や趣味の中からこそ価値あるライフスタイルとニュービジネスが生まれる。

弱いから創造的な解決を(679)


 狐狸庵生徒

引用)
常識を根本から変えたゆえに「弱かったから強かった」のである。
(感想)
「敵を知り、己を知り・・・・・・」、「汝自身を知れ」など、自分自身をよく
知ることの大切さを
訴える格言のような文言がありますが、信長は自分自身の弱さを本当によく知っ
ていたので、このような戦略が
取れたのでしょう。この戦略については、無意識的に、自分自身を知る作業に成
功したのでしょう。

自分自身をよく知ることは非常に難しい作業です。ゲーテの言葉でしょうか?
次のような文言があります。
「Know thyself? If I knew myself I would run away. 汝自身を知れ、だっ
て? 私が私自身を知ったら、
きっと逃げ出してしまうだろう。

(引用)
全農は33年が経過して、株式会社の形態に変わるようにとの政府の成長戦略
が提出されている。

(感想)
政府の成長戦略では、全中(全国農業協同組合中央会)の権限大幅縮小、全農(全
国農業協同組合連合会)の株式会社化、
単位農協の自立的な経営強化などが提出されています。
このようなことはずいぶん前から政府内で非公式に議論されていましたが、農林
族議員などの抵抗で、骨抜きにされてきました。
政府内で公に議論されること自体エポックメーキングだと思います。

成長戦略ホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/nougyou_kaikaku.html

日本史の謎は地形で解ける、文明、文化編2

1、                           常識を根本から変えたゆえに「弱かったから強かった」

 

「織田一族は三代にわたり一族内部で血で血を洗う陰惨な闘争を繰り返していた。その中で生まれ育った信長は,大地を駆け巡り,布陣を張り、敵と対峙し、戦闘を交える会戦を経験していなかった。

 

「弱いから新しい武器を手にした。弱いから古い概念を破った。それと同じことを信長はやったのだ。」

 

ご指摘のように、信長のように「どの業種にもライフサイクルがあり、後発組みは、その時代一番勢いがある業種には大手同業社ががっちり入っているから、新しい業種に行かざるを得ない環境だったのである

信長は、鉄砲という新しい外国の武器をいち早く取り入れた戦をする専門の武士という位置づけなどの従来の常識を根本から変えたゆえに「弱かったから強かった」のである。

この本の著者である竹村公太郎さんも、工学部の出身であって歴史学者でもないことが、

優れた視点で信長を捉えることとなったのであう。反対に今までの信長を描いた人は、最初から信長を天才として描いていて、「弱かったから強かった」の視点を持っていないのである。

個人的にわたしの知っている50代や40代の人が、バランスのとれた戦略を仕

事や投資をしている人が多いゆえに、私が、「弱かったから強かった」を書いた理由である。わたし達も、常識を根本から変えて、「弱かったから強かった」になりたいものである。

2、なくてはならない人、ひらを返す人

 

私たちは弱いゆえに、新規の商品を開発をして、チャネルの開拓もいつも試み、従来の常識にとらわれない創造を発揮させねばならない。そして、なくてはならない友人を大切にするのである。反対に力がある人には尻尾を振り、自分にメリットがないと判断するや手のひらを返す人々がいることも、忘れないようにする。

今から、30年前、全農にいた時、ジャスコからそこに転職してきた人がそこにいた。彼は、半年ごとの決算の時そのようなひらを返す行動をして、数字合わせの説明をしていた。その当時、ジャスコにいることとは性格も歪むものだと感じたことを、いまも覚えている。

ひらを返す行動をする人は、許すことができない。人が逆境や弱くなったと見える時、ひらを返すような行動をする人は、いつだって現れてきたし、今もそのような人は、現れるだろう。

これが、その後私が、船井総研に入った理由の一つであった。だから今はその人に感謝している。全農は33年が経過して、株式会社の形態に変わるようにとの政府の成長戦略が提出されている。その時のわたしの選択が正しかったことが、30年が経過して今、明らかになった。

しかし、以前に書いたアンバランスな戦略を、二世経営者や50代や40代の人

で採用しない人がいる。「弱かったから強かった」を実証したのが、信長であった。彼の本拠地は、湿地帯にあった。その土地に、信長の原点がある。

この土地から、信長の大阪市中央区の石山本願寺の戦いも、比叡山の焼き討ちの謎も解ける。「弱かったから強かった」弱い人が強くなるにためには、創造的な解決を作り上げねばならないのである。

3、創造的な仕事による解決

 

仕事で生き抜くには、情報の取捨選択、情報と人を見抜く力。

そして本当に頼れる仲間をもつこと

それと日本が山岳地帯と湿地であるような、わたし達の過去の歴史を大切にすることである。

これら3つを感じるために、常に感性を養うようにする!音楽や詩心に触れる絵画にいつも触れることから、仕事の創造的な解決が浮かんでくるのである。文章を書く時、黒石ひとみさんと葉祥明さんの音楽「もっと素敵になるために」や「美しの里」の音楽をいつも聞く。

それは、弱いから、または窮地に陥るから、強くなるからである。

それゆえ、「弱かったから強かった」は、日本史の謎は地形で解ける文明、文化編、の評論ではない。「弱いから古い概念を破る」は、信長を自分のものにするためである。それは、古い概念を破り創造的な仕事をしていくためである。

日本史の謎は地形で解ける,文明、文化編(679)


膳所高校の当時同級生であった3年8組の永原(旧姓)和美さんが亡くなられました。

告別式が 8月3日11:00より、草津駅前草津シティホールで行われました。ともに同じ校舎に学んだ永原さんに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

Ⅰ、上部構造と下部構造

 

知性を磨く、2では、「遊ぶ」のタイトルにしました。
遊 びにこそニュービジネスが生まれる。 と日めくりに遊びについて書いています。

遊びが、日常の拘泥しているものから離れ、本質は何かについて、言いかえれば例えば、仕事や投資の本質とは何かを、明かにしてくれるものなのです。その本質としては、ひとつはマルクスの資本論です。資本論が、わたしを大学の時から投資に駆り立てたのです。

もう一つの本が、今回の竹村公太郎さんの「日本史の謎は、地形で解ける」文明、文化編であり、この本も上部構造と下部構造についての本です。

どちらの本も、上部構造と下部構造に対象を分けて、本質を把握しようとする本です。マルクスは、上部構造と下部構造に分析しました。竹本さんも同様に下部構造を
次のように分類しています。竹村公太郎さんは下部構造として、安全、食糧、エネルギーそして交流する場としての都市の構造として社会の本質に迫ろうとする。

工学部の竹本さんは、下部構造としての安全、食糧、エネルギーそして交流としての都市が下部構造として、日本文化と文明の本質であることを、この本で言及していく。

反対に、法学部などの文化系の人は、上部構造と下部構造からの本質を把握しない人が多く、そのような人々は観念論になっていくから、社会の本質に迫れない。

この本におって、東京は、江戸時代からすでに世界一で、これからもそうであることが、洞察できるのである。それと、この本から、以前言及した、アンバランスな戦略の実行がなぜ正しいのかについて解明できるのである。

2、弱かったから強かった

 

賢い人は、個人企業や家族企業の形態で留めて、それ以上の規模の企業形態にしないことが肝要なのである。この事例として、生き残ってきた経営者で、何度も一緒に話しながら散歩した草津市の経営者のOさんを思い出す。

一方公務員は女性にはよい仕事であるが、怠け者でこずるい人が公務員になることが多い。なぜなら、大企業ばかりのニュースを聞くことが多いのが現実であるが、現実には個人企業や中小企業にこそ、経営者の本質があるからだ。

そして 公務員中心の都市は、大津のように衰退しているし、これからもそうであるだろう。
一方この本「日本史の謎は、地形で解ける」文明、文化編を読むと、東京は、江戸時代から世界一で、これからもそうであることが改めて理解できる。これからも、東京オリンピックに向けて、東京の不動産の上昇が期待できるのである。

個人企業や中小企業こそが、弱者であるからこそ新しいアイデアでもって未知の世界に踏み込んでいくことができるのである。反対に大企業にいる人は、保守的な考えにいつの間にかなっていくから、アンバランスな戦略を採用できない。

「河合博士がサルで論じたように強者は保守となる。保守の強者は新しい工夫をしたり、未知の世界で冒険する危険をおかす必要はない。弱者こそが新しい工夫をして未知の世界に挑戦していく。成熟社会を達成した日本において、未来社会への変革者になれるのは、保守的な強者の大企業ではない。弱者のベンチャー企業こそが、新しい工夫をして未知の世界に挑戦していける。」

 

それには、以前言及した、アンバランスな戦略の実行である。弱い天才としての織田信長なのである。弱いがゆえに逆境にいることからゆえに、信長は新しい工夫ができたのであるが、そのように信長を理解したのは、この本の著者以外には、指摘した人を知らない。

 

現実にはバランスのとれた戦略を仕事や投資で採用する人達がいるからである。わたしは弱いからゆえに、バランスのとれた戦略を採用しないのである。

「信長は弱かったのか?強かったのか?の問いへの解は、信長は弱かったから強かったのである。信長はやはり天才であった。弱者であること、逆境にいることを創造のバネにした天才であった。」

 

3、                                                      弱い天才

 

「河合博士がサルで論じたように強者は保守となる。保守の強者は新しい工夫をしたり、未知の世界で冒険する危険をおかす必要はない。弱者こそが新しい工夫をして未知の世界に挑戦していく。

 

成熟社会を達成した日本において、未来社会への変革者になれるのは、保守的な強者の大企業ではない。弱者のベンチャー企業こそが、新しい工夫をして未知の世界に挑戦していける。」

 

「何をやっても負ける、間違いなく死ぬ、そのことを悟った信長は戦国の常識を覆す戦法をとった。信長は弱いから強かったのである。信長はやはり天才であった。弱者であること、逆境にいることを創造のバネにした天才であった。

とても自分が弱い存在であることの自覚、そして逆境にいることを創造のバネにした天才を、わたし達も採用するのである。我々が保守にならないためには、弱者のアンバランスな戦略を採用するのである。投資で言えば、バランスのとれた戦略を採用しないのである。

 

逆境と弱い人であることこそが、自分のエネルギーが貯まるプロセスに自分が今いることの発見なのである。そして巷で言う信長は、決して強い人ではなかったのである。その時、その弱さを創造のバネにした信長は、もはや自分にとって他人でなくなるのである。