Archive for 10月, 2014

永守重信、1衰退と成長683


1、    欧米式経営追随の反省と 日本式経営の見直し

 

以下の「」はお金額のTさんの言葉で、その会話を修正したものである。

明治維新だけの日本だけが近代化できて、そして日露戦争以後破滅に至ったのか ?それが、欧米式経営追随の反省と 日本式経営の見直しへの、 今が分岐点である。

「創造と伝統」では、伝統が創造につながるのが、ひと仕事をすることから得られるものは、 仕事からの満足と昂揚観である。 ひと仕事は,好きなことから始まり、やがて得意な仕事になっていき、その後仕事は、人のための仕事となっていく。

これは、世界中で現実的な知的でもって仕事をする人の共通する仕事についての感覚である。 しかし反対にこのような仕事からの感覚が得られない人や組織は、保守となってしまうのである。

この保守となっている組織と人、それが現在の日本に蔓延している社会の病理である。 ご指摘の①データ―経営で、「学生時代、破天荒であればあるほど、 損をするよ うな就活制度になり、 学生たちの自由さ、創造性を壊しています。」

定量的なデータが蔓延していてそれが創造性を破壊していて、反対に改めて数字に表現できない定性的データが大切であり、外国人とのコンタクトが必要で、それには文化人 類学のような学問が必要なのである。

②コストカット経営

ご指摘のように「役員の中が、石田光成ばかりになると、 コストカット的発想の経営に陥るように思います。」 自営業者を増やす教育である。政府は、それをいまだに言及していない。 ひと仕事をする満足感がない人は、コストカットばかりに終始してしまう。そしてノーベル賞受賞の中村修一さんは、アメリカの大学に行ってしまったことが象徴している。

③トップダウン経営

ご指摘のように「この20年のデフレ下、日本人の創造性とやる気を犠牲にして、
日本の企業は、生き延びてきただけなのではないでしょうか。」唯生き伸びた企業も多い。

今一度明治維新の近代化がロシアに役立つこと、そして同時に破滅に至る原因までたどらないと 医療法人が宿啞としての最大の問題であることにメスが入るかどう かである。 伝統が創造に循環する保守が、自滅する左翼からでなく、望ましい。

 

2、   面白い仕事と企業のライフサイクル

 

「」は、BSアクアの小島博社長の会話で、それ以外はわたしの会話を修正した内容です。

 

ご指摘のように「ある会社から育った方はいろんな分野でビジネスモデルを作り出す方が多い事つまり、新しいビジネスモデルを作り出す人を排出できる会社とそうならない会社があります。」

どのような企業にもどのような組織にも、ライフサイクルがある。成熟期から衰退期になり、二度と成長サイクルに入らない企業としてティアック、そして成長期に入った企業としてティアックの社員が独立した日本電産がある。

ティアックは、オープンリールの録音機から業務用録音機に入り、日本電産は、

モーターで世界一になりました。業務用録音機は業務用マーケットの小さなマーケットであり、モーターで世界一のマーケットは大きなマーケットである。

その違いは、ひとつは小さな成熟したマーケットの中でいつまでも仕事をすることであり、もう一つはTOBという方法で成長するモーターというコンセプトでリクルートのようになることの違いである。

人は成熟から衰退マーケットのなかで10年も20年も生きていくのか、それとも人はモーターと言うキーワードのように、成長マーケットの中で生きていくのか、の違いである。

その違いは、人はお金だけでなく面白いから仕事をするのか、である。その違いが、人を決定的に異なる人にしていくのである。例えば、現在の成熟してしまった船井総研と30年前のその会社である。

一方は日本電産のTOBというコンセプトは車さんのコンセプトのような仕事であり、その違いである。車さんのコンセプトの下での仕事は、面白かった。

仕事を好きで仕事を始め、やがてその仕事が得意になり、ついには人のためにもなる仕事をしていく人がいる。このようなプロセスで仕事をする人は、やがてそのような人達と世界でつながるようになっていく。

3、飛び石伝いになんだか気にかかる

 

360度の視覚から飛び石伝いになんだか気にかかるとのタイトルを前回にした。この事例が、ティアックと日本電産の関係である。ティアックは、わたしがオーディオマニアであったことから20年以上その株を保有していた。

ティアックは企業の衰退のライフサイクルを表し今も株価は低迷している。日本電産は企業の成長期をあらわしている。ティアックの株は長期にわたり低迷していて、ライフサイクルは衰退のままである。

一方、ティアックから独立した社員であった永守重信さんが創った日本電産は、世界1のモーター企業となっている。

ティアックは業務用音響メーカーとなり、一ほう日本電産は世界1のモーター企業となっている。その違いは、ライフサイクルの成熟から衰退に向かう企業と、ライフサイクルの成長企業の違いである。

これは、飛び石伝いになんだか気にかかるものの事例である。同じような事例としては、親から経営を引き継ぐのは、2世でなく孫の場合がある。また経営者がいかに後継者を選ぶかに後半生はエネルギーを注ぐのである。これは、飛び石伝いに後継者を選ぶと言う視野を持っているかどうかに、企業の生命の継承に左右される。

ライフサイクルの衰退期の企業から飛び出した守永重信さんが成長期の企業を日本電産として創造していき、衰退のサイクルから成長のサイクルがうまれるのである。

衰退の企業から、成長企業が生まれる。しかし同じ企業が衰退期から再び成長になるのでなることは滅多にない。継承とエネルギーは、飛び石伝い、に伝わるのである。

永守重信氏の言葉

ダメな企業は、財務も痛んでいるが、一番病んでいるのは従業員の心だ。社員
のモラールの向上が再生のカギ。

 

ダメな組織は、そこにいる社員の表情を見れば、わかる。エネルギーに満ちた人が成長する組織を作り上げるていく。(つづく)

創造と伝統、3、360度の視覚から飛び石伝いに682


1、   日本式経営の善し悪し

 

「」は、BSアクアの小島博社長の会話で、それ以外はわたしの会話を修正した内容です。

 

本 当の個性が発揮される時は、そ の人らしいひと仕事をやり遂げた時であって、決して自我意識の押し売りではないのである。日本の庶民はこのひと仕事の意味を大変よく知っていたのである。

「1990年頃より欧米の経営手法が日本に急速に広まり、短期での効率を

求める経営手法があたかも進んだ経営だと多くの経営者が傾倒してきました。

その結果、成果主義により得たメリットと失った日本的経営の組織力等の

デメリットが出て、一部の企業がその事に気づきもう一度日本式経営の良さを再認識して戻そうとする動きがあります。

米ヤフーが在宅勤務制度の禁止を打ち出した事組織のフラット化の弊害で人の育成ができない事,そして科学的経営の弊害などです。」

成熟した組織では分業が進んでいて、人はひと仕事をなかなかやらせてもらえない組織となっているから、そのような成熟した組織では人の育成はできにくい。しかし同時に年功序列型組織の日本的経営は、ますますすくなくなっていく。

2、日本と言う国の成熟度と個別企業のライフサイクル

本当の個性が発揮されるためには、そ の人らしいひと仕事をやり遂げた時であって、日本 の庶民はこのことを大変よく知っていた、と川喜多二郎さんは指摘されている。このように、成熟しきった組織でなく、成長する企業で、ひと仕事をやり遂げやすいのである。そしてこのことを経営学者が理解しているのでもなく、日本の庶民からなる中小企業の経営者は、知っている。

成熟しきった国からは創造は生まれてきにくい。同様に成熟した組織からも、創造が生まれてきにくい。反対にまだ成熟しきっていない日本と成熟しきっていない企業組織からは創造が生まれてくる。

その事例としては、私が30歳くらいまで在職していた大組織と、その後在職したその当時の船井総研の組織の自然に対比することができる。成熟した国は分業が進んでいてイノベーションが起こりにくく、

成熟した組織ではひと仕事を人はやりにくい。

国と企業組織のライフサイクルのとらえ方が重要である。日本と言う国はまだ成熟していない。同時に個別企業組織にも成長期と成熟から衰退の2種類がある。

3、ライフサイクルで、国と企業組織を捉える

「そのような生きがいという視点を大事にして経営している企業は昔から変わらず日本経営を続けている会社が実はこれから生き残る会社の鏡になるような気がしてならない。私は、環境が生きがいを育てると考えています。」

生きがいという視点を大事にして経営している企業が、生き残る企業のモデルになるのである。生きがいを求めて行動する人がいること、そして生きがいという視点を大事にして経営している企業と企業の成熟度が人に大きな影響を与える。

国も企業も経済的なメリットばかり追求していては、そこで働く人は創造の世界に踏み込むことはできない。仕事を一緒にしたことがあるダイエーの社員が、ダイエーをやめて私の会社に入りたいと転職してこられた人が話されていたように、人は経済的なメリットばかりで人は行動するのではない。

このことに気がついた人と企業には、未来が見えてくる。

そして不思議なことに著者の川喜多二郎さんは、野外科学の専門家であって経営学者ではない。多分経営学者は人が創造の世界に踏み込む大切さ、とライフサイクルで、国と企業組織を捉えることが大切なのである。

4、イランの音楽と雅楽

 

(引用)

前述イランの音楽や雅楽の1400年以上前の音楽を聴いていると、

日本の文化は、間違いなく中近東の音楽とつながっている重層文化なのである。

大津祭りを見た人も、この重層文化を発見するのであるが、大津祭りのルーツ

を誰も伝えようとしていない。

(狐狸庵生徒感想)

「一ヶ月ほど前、ラジオジャパンの英語放送(NHK)でイラン人レポター?がイランのある民族音楽と日本の民謡である「江差追分」が似ていることを指摘していました。実際にラジオから流れてくる

メロディや歌を聴くと、イランのある民族音楽(曲名は認識できませんでしたが)は江差追分に実によく似ていました。場所は飛びますが、ギリシア神話には死者の魂が黄泉の国へ行くときにステュクス川を渡るストーリーがあり、日本の三途の川のストーリーと似ている部分があります。

世界最古の文明は古代メソポタミア文明と言われ、チグリス川、ユーフラテス川流域で生まれたという話を聞いたことがあります。現在ではイランの西隣、イラクがあるところです。

おそらく、古代メソポタミアで生まれた文化・文明的要素が東へ伝わり中国文化に影響を与え、中国文化は日本文化に強い影響を与えました。西へ伝わるとエジプト、ギリシア、ローマ文化に影響を与えました。

世界の様々な文化・文明は重層的で、一見すると地理的・歴史的に関係が無さそうに見えても、どこかで繋がっているのかも知れません。地理的・歴史的関係がほとんど無いにも係わらず異なる文化間に似ている要素があれば、それを生み出した底流には、人間の深層心理も係わっているのかも知れません。

「創造性の発揮が達成感をもたらす;

成熟しすぎた諸文明や成熟しすぎた企業にあっては、働く大衆は依然として上役の顎使いで作業ばかりに使役されていて、ひと仕事をやらせてもらえない。この状況にあると言うのが、ほとんど例外のない傾向である。

 

3、     成熟した古い文明社会では、イノベーションが起こらない

 

結局成熟した古い文明社会では、そこに何も新しい状況が起こらないので、・・それが成熟文明の社会を動脈硬化に陥れていると言うことである。その点、日本はまだ、文明的に成熟していなかったことが、むしろ幸いで会ったと言うことになる。」

 

成熟した国と成熟しすぎた企業の中にいては、その社会が動脈硬化していているからこそ、文明的に成熟していない国と企業と言う環境にいるようにする。

 

創造性が発揮できるひと仕事をするために;、

戦後の経済成長は、生産技術の進歩に伴う生産性の向上のイノベーションが経済成長の原因であって、人口の増加によって日本は経済成長したのでない。しかし、日本政府はこれを認識していない。

 

過去20年の停滞は、工場などの二次産業から高度なサービス業などの三次産業などへの移転による生産性の向上がなかったから、今までの20年間の経済成長も停滞してしまったのであると理解できる。

 

6、西欧追随が日本人の創造性を潰す

 

「西欧追随が日本人の創造性を潰す;

同じ日本人が創意工夫したものは、どうしても認めたがらないという心理が働くのが、日本的社会風土だと思う。」

 

なぜなら、経営学者は欧米崇拝を今ももってしている。わたしは日本の庶民の知恵を生かすことが、経営にも大切であると考える。そしてこのような生きがいという視点を経営に反映させることが大切である。

7、360度の視覚から飛び石伝いになんだか気にかかる

 

「360度の視覚から飛び石伝いに;

ハプニングでじつに素晴らしい情報が引っかかってきているのに、ハプニングは計画的でないから、バカにする連中がいるが、これは明らかな間違いである。

わたしは、いつも身辺にメモノートと筆記具を話さないでいて、ハプニングで情報が出てきた時、すぐにメモするようにしているのである。なんだか気にかかるということである。」

 

なんだか気になる時は、素晴らしい情報に出会っている時かもしれないから、専門分野でないことから、この川喜多二郎さんの本のように、メモをしていくのである。

 

飛び石伝いとは、伝わり継承するのが、直接の子供でなく孫であり、離れた土地の国であること、ここに継承が飛び石伝いにあるという気になる事実なのである。

 

「本物の民主主義のために;

3つほど重要な条件がある、まず第1に、やる気のある人が参画出来るような広場を作ると言うことである。第2に著作権、商標権の登録など、最低必要なことを、はっきりと固めておくと言うことである。第3には乗っ取られたりしないように、自活力を備えておくことである。」

 

8、心の充足は、結局、創造性を発揮すると言うことでしか得られない

 

それぞれの個人が自分にとっての問題解決を通じて、人間とは創造的行為を通じて燃えたがっているのだと言うことを体験し、その人間らしさを痛感することによって得られるものである。」

 

自分にとっての問題解決を通じて、人間とは創造的行為を通じて燃えることによって人間であることを証明する、これが創造と伝統の結論である。

 

「創造をめぐる参画がない;

 

その心の充足と言うのは、結局、創造性を発揮すると言うことでしか得られない。今の福祉のイメージは、そこに焦点があっていないと言うことである。つまり、人間の創造性と言うものを忘れて,物だけをうまく配給することが役所の仕事だなんて言っていたら、それは配給国家だと言うことになる。問題は何かと言えば、そこには創造をめぐる参画がないと言うことである。」

 

創造についての参画として働くことであり、モノだけの配給としての地方再生でも女性が働く社会でもない。伝統が創造をつながる時、伝統と創造は循環するが、創造なき伝統は保守の社会になってしまう。

 

物質的には食べていければいいと言うところまで、あとは心の充足を求めることこそ大切なのである。今このことを本気になって考えなければならないところまで、日本の社会もきていると言うことである。」

 

あとは心の充足を求めることこそ大切な社会に日本がなっているのに、政治家は、気がついていない。ひと仕事をする人のみが心の充足を求めることこそ大切さに気が付いている。

創造と伝統、2、庶民はひと仕事の意味を知っていた682


狐狸庵生徒
(引用)
前述イランの音楽や雅楽の1400年以上前の音楽を聴いていると、
日本の文化は、間違いなく中近東の音楽とつながっている重層文化なのである。
大津祭りを見た人も、この重層文化を発見するのであるが、大津祭りのルーツ
を誰も伝えようとしていない。

(感想)
一ヶ月ほど前、ラジオジャパンの英語放送(NHK)でイラン人レポター?がイランの
ある民族音楽と
日本の民謡である「江差追分」が似ていることを指摘していました。実際にラジ
オから流れてくる
メロディや歌を聴くと、イランのある民族音楽(曲名は認識できませんでしたが)
は江差追分に
実によく似ていました。

場所は飛びますが、ギリシア神話には死者の魂が黄泉の国へ行くときにステュク
ス川を渡るストーリー
があり、日本の三途の川のストーリーと似ている部分があります。

世界最古の文明は古代メソポタミア文明と言われ、チグリス川、ユーフラテス川
流域で生まれたという
話を聞いたことがあります。現在ではイランの西隣、イラクがあるところです。

おそらく、古代メソポタミアで生まれた文化・文明的要素が東へ伝わり中国文化
に影響を与え、中国文化は
日本文化に強い影響を与えました。西へ伝わるとエジプト、ギリシア、ローマ文
化に影響を与えました。

世界の様々な文化・文明は重層的で、一見すると地理的・歴史的に関係が無さそ
うに見えても、
どこかで繋がっているのかも知れません。地理的・歴史的に関係がほとんど無い
にも係わらず
異なる文化間に似ている要素があれば、それを生み出した底流には、人間の深層
心理も係
わっているのかも知れません。

1、    母語をしっかり身につけて思考力を鍛える

 

以下は狐狸庵生徒さんとの対話を書き直したもので、「」は狐狸庵生徒さんの言葉です。

 

私がもっているCD鮫島由美子さんの「日本の歌」を聞いていると、懐かしい気持ちになる。先日であったある女性は、三歳の子供がいて英語を習わせようとの話をしていた。

 

ご指摘のとおり「母語をしっかり身につけて思考力を鍛えることが重要と考えます。また英語に限らず、早期教育においては、子供の内発的な動機を見極めることが重要と考えます。」母国語をしっかり身につけることであり、子供の内発的な動機が早期教育には大切の2つです。

 

先日送られてきたイランの音楽は郷愁を感じさせてくれる音楽です。

https://www.youtube.com/watch?v=A6X225ntqSA

2、切迫感に自分を追い込む、そして人間社会の幸せ

次はお金額のTさんとの対話からで、「」はTさんの言葉です。

さきほどの「自発性」加えて「モデルがない」「切実性」の3つが必要で、加えて、仕事をやり終えた時に感じる、畏敬の感覚を感じる宗教的感覚、仕事の満足観と高揚感にみたされるような仕事をすることである。

しかしながら、このような仕事をしたことがない人には、これら5つは伝わりにくいものである。

それゆえ、ご指摘の「この切迫感に自分を追い込む(リスクを背負う)ことができるか、」が創造にかかわる仕事をするためには、大切なのだろう。

反対に資格をとることを目的としている仕事をしているような人には、リスクを背負って仕事をする、いわゆるバカになって仕事をする人間などはなかなか理解できるものではない。

以下の「」は「創造と伝統」より

創造的な仕事をすることにより、人はひと仕事からこそ宗教的な感覚と高揚感を得ることができて、宗教的な感覚は宗教からばかりから得るものでもないのである。

「文明開化万歳の誤り;

それまで17世紀から20世紀にかけて広がってきた考え方は、文化の物質面だけ発達したら、それで人間社会は幸せになれるという一種の錯覚であった。」

創造的な仕事は、宗教的な感覚と高揚感をももたらしてくれるが、物質の発達が人間社会の幸せになるという誤解の政策は、21世紀の現在も今なお行われているのである。


3、     心の充足を求める、そして重層文化

 

「わたしは人生の目標とは、心の充足を求めることなのだと思っている。そして心の充足と言うことは、幸福と言うこと同じではない。

 

心の充足としての仕事を、いまだに世界中の政府が理解していないので、経済的な恩恵を施そうとしている。経済的な恩恵を、地方再生や女性に施そうと政府はしている。

 

人々が経済的な恩恵と幸福を求める社会でなく、求める社会は、それぞれの人が心の充足になるような仕事をしようとする人々が増える社会なのである。

 

4、     日本文化は重層文化

 

素朴文化の伝統を受け継ぎながら、日本の文化は、近隣の発達成熟した文明の影響を被って二重三重の重層文化となったのである。」

 

間違いなくインドの文化や前述のようなイランの音楽のような文化が、日本は重層文化になっているのであるが、テレビや新聞を見ていては日本の重層文化が見えないのである。

 

前述イランの音楽や雅楽の1400年以上前の音楽を聴いていると、日本の文化は、間違いなく中近東の音楽とつながっている重層文化なのである。大津祭りを見た人も、この重層文化を発見するのであるが、大津祭りのルーツを誰も伝えようとしていない。

 

 

5、庶民はひと仕事の意味を知っていた

 

「無我、没我の価値を知っていた日本の庶民;

本当の個性が発揮されるのは、その人らしいひと仕事をやり遂げた時であって、決して自我意識の押し売りではないのである。日本の庶民はこのことを大変よく知っていた。」

 

庶民はひと仕事の意味を知っていたのである。しかし、学者の中では西欧的な意識から仕事や労働を理解する人がいまだにいるのが日本なのだ。この意味は、伝統の中から創造が生まれると言う事実なのである。

 

西欧的な意識で見る人は、ユーラシア大陸の文明は、自分のスタイルが出来すぎて硬くなっている事実が見えないのである。そのために、そのような文明は、脱皮しにくくなっているのである。

 

ヨーロッパ文明、そしてロシアのスラブ文明、香港問題の中国文明そしてイスラム文明などのユーラシア大陸の文明は、現在脱皮しにくくなっているのだ。

一方日本文明は成熟した世界の文明に比べていまだ未熟であるゆえに、日本がダークホースになる可能性があるのである。

 

ロシアが日本に求めているのは、ロシア産業の近代化である。

ロシアの産業の近代化には、日本の明治維新の近代化が役立つゆえに、ロシアは日本にアプローチしなければならないのである。

 

赤城さん、天野さん、中村さんの3人にノーベル賞物理を送られた。

わたしは先日イノベーションは、ノーベル賞と相関関係があると書いた。青色発光ダイオードは、エジソンの白熱電球に匹敵するひと仕事である。これは、日本がダークホースになる一例であるし、脱皮しにくくなっている文明をも明らかにしている。

 

「ひと仕事と言うやりがい;

真の福祉と言うのは、物質文明万歳と言うことでは満たされな言うことである。つまり、人間が生きていくためには衣食が足りると言うことは必要であるが、決して十分条件にはならないということである。」

 

創造と伝統、1、ひと仕事682


(引用)
狐狸庵生徒;
先日三歳の子供に英語を習わせようとする母親の話を聞いた。
人間の頭脳は、日本語で考えるのか、英語で考えるのか、そのどちらかでしか
できない。
このどこかで保守に循環することに気がつかない人は、懐かしい日本の歌を子
供に教えない。

(感想)
最近再び英語教育ブームとなっていますが、早期の英語教育にはそれなりにリス
クがあるようです。
学生時代の学習塾や家庭教師のアルバイトで、中高生に英語を教えたことがあり
ますが、
英語につまづいている中高生に共通する特徴に、「小学生の頃から英語を習わさ
れていた」という
傾向がありました。内発的な動機が十分でないときに、半ば強制的に英語を勉強
させられて、
義務教育で英語を習う頃には、早々と「英語落ちこぼれ」になった生徒を何人も
相手にしました。

まずは母語をしっかり身につけて思考力を鍛えることが重要かと思います。
また、英語に限らず、早期教育においては、子供の内発的な動機を見極めること
がとても重要と考えます。

1、   ひと仕事が創造的であるためには
 
BSアクアの小島博社長のご指摘の「独自性を出したいとの事で した。 担当者の気持ちは私にはすごく
共感できます。 」独自性とは、自分なりの創造性を発揮して問題解決に取り組むことに共感するからで
す。

これは、日本人が昔から使っていた「ひと仕事をやり終えたという満足感」で、ご指摘の「独自性を出したいとの 担当者の気持ちは私も、すごく共感できる。

この仕事の満足感なしでの仕事はルーチン作業の繰り返しとなっていき、仕事のおもしろさを感じなくなるからです。マニュアルによる仕事をすることは、全く同じディスプレーであった失望の背景です。

ひと仕事をやり終えることが創造的であるためには、創造的な仕事の内容について川喜多二郎さんの「創造と伝統」は、仕事には以下の3つが含まれていることが大切と言われる。以下はこの本のわたしの要約である。

①  ひと仕事に自発性があるということ、

②  こうすればできると言うモデルがなければないほど

③  切実性があると言うこと、自分にとって切実さがあればあるほど、

ひと仕事を構成するのがこの3つとも言える。

わたしもひと仕事には、自発性、モデルがない、切実性があることが含まれていなければならないと考える。

2、   所有の感覚から解放される

 

また加えて創造的な仕事をする時、不思議な畏敬の感覚に満たされる。このような仕事をする時、人は、宗教的なそして芸術的な感覚になるのである。このような愛の感覚煮なる時、人は所有の感覚から解放されていくのである。

その仕事が傑作であればある程、人は不思議に畏敬の念の気持ちに包まれるのである。このような感覚が、ひと仕事をした時に感ずる感覚なのである。一方このような感覚の訪れの体験がない人は、いつまでも経済的なモノを追求していくのである。

「創造は必ずどこかで保守に循環するもので、保守に循環しなければ創造とは言えないと言うことである」「」は、「創造と伝統」より

先日三歳の子供に英語を習わせようとする母親の話を聞いた。人間の頭脳は、日本語で考えるのか、英語で考えるのか、そのどちらかでしかできない。このどこかで保守に循環することに気がつかない人は、懐かしい日本の歌を子供に教えない。

わたしは、鮫島由美子さんの日本の歌をよく聴いている。日本語と日本文化とイノベーションは、創造と保守のような関係にある。自分の故郷をあいして受け入れている人は、その素直さが国際性になっていくのである。


http://www.youtube.com/watch?v=iE9Sl-pKaEo

3、     達成したことへの満足感と心の高揚感

 

本当の幸福は、ある年齢から、心の満足になる仕事をすることであると考える。

その仕事は、問題解決に取り組む仕事をすることであり、創造的な仕事をすることである。でも一部の人を除いて多くの人は、そのような仕事をすることないのが現実でもある。

ひと仕事をする人とは、天命を感じている人であり、やむにやまれず行動をする人なのである。そして天命を感じる人には、直感と言う能力が訪れるようになるのである。

 

創造的行為をする人は、自分が達成した仕事の満足感と心の高揚感をえる人になっていくのである。このようなプロセスを体験する人は世界で少ないから、世界中の政府は経済的な欲求ばかりを求める社会を作り上げている。

 

その問題の解決に取り組まない。心の満足になる仕事に取り組むことが、社会を変えるのである。加えて創造的な仕事への取り組みが故郷を生み出していくのである。創造的な仕事が人に故郷を生み出していくのである、

 

生まれ育った場所が故郷ではない。「クリエィティブな人生を送るならば、故郷は何か所出来てもちっとも不思議ではないのである。」故郷とクリエィティブの人生と故郷はどこにできるか?

 

4、     クリエィティブな人生と仕事の本質

 

故郷は生まれた場所でなくどこにでもできるものであることを再発見している

ひと仕事には、自発性、モデルがない、切実性があること、

創造的な仕事をする時、不思議な芸術的な畏敬の感覚に満たされる

天命を感じている人であり、やむにやまれず行動をする時直感がおとずれ、仕事の満足感と心の高揚感がえら得る、

 

このような仕事の本質はなにであるのか解明した「創造と伝統」が出版されたのが、今から約20年前である。わたしもこの本を何度も読んで、これがわかったのが、今である。しかし仕事の本質とは何であるかについて、この本の説明が地球的に普及する必要があるのは、むしろこれからであるだろう。