Archive for 11月, 2014

鈴木一義3日本モノづくり文化論、拙に生きること684


Ⅰ、社長の仕事

 

「」は、BSアクアの小島博社長の会話で、それ以外はわたしの会話を修正した内容です。

(1)独自性の有無で 識別される ;

ご指摘のように、「独自性の有無で識別されるようです。

スバル等のように生き残る為に出した経営方針が、自社の得意分野に絞る経営がより独自性を際立たせる事となり、訴求力が強く消費者に伝わったのでしょう」

この得意分野に絞り込む経営は独自性を際立たせる事であり、スバルの場合価格競争をしないで、安全と運転の楽しさの2つである。

その得意分野の2つが、 わたし達にとっては何になるのかのを明確にすることが、中小企業の生きる道となる。

(2)社長の仕事

ご指摘のように「年商が高いから偉いと考える思考パターンの会社のトップは

市場から次々に消えて行き、自社の独自性を鮮明に伝えられる力があるトップなら今の時代でも伸びている事」

この独自性を鮮明に伝えることが大切で、これでトップの仕事が何であるかが、明かになってくる。自社の強みを簡潔に説明できない会社が業績不振に陥っている事例のような企業、スバルの反対のような企業も見ておく事例研究も必要である。

この得意分野に強くなることと併せて、大きなライフサイクルの変わり目が見えてその時に攻めていくことができるかである。

楽天やアマゾンが業種発想を超えて、ネットですべての分野に対応したようなこと、それは、30年前はダイエーのような小売業の流通革命であったし、現在は、ネットですべての業種に対応することである。

船井総研の現在の社長はこの変革の時代が見えていないかもしれない。

即ち社長の仕事とは、次の成長期に入ろうとするのか、そうでないのか、の仕事である。

再び車さんが業種を統合したように、優れた得意分野を持った企業を集めてグループを作ろうとすることであり、 そのような時代に大きなライフサイクルをチャンスにできる社長がいないことを、船井総研の株価は、スバルでないことを表している。

2、   モノづくりが基本

 

以下はお金額のTさんとの対話を修正したものです。

(1)繁栄をもたらすのは資本主義であり、日本はモノづくりが基礎で、その上に、高度なサービス業と金融業は栄える。だから、日本は、シンガポールや香港の金融中心の国とは異なる。

(2)自動車メーカーの賃金;

ご指摘のように「ドイツの自動車メーカーに勤務する人(欧州自動車労連加入

者)の 平均時給は、年2000時間労働だとすると、 (年収1200万円弱)

フランスは時給35ユーロほど(年収1000万円)スペインは時給25ユーロほど(年収750万円)」。そしてメーカーはサービス業よりも高待遇 で、 低賃金のサービス業が増えたのが、ここ10年の日本である。

(3)安倍のミックスに時代(2013年の企業収益の数字と2014年の企業収益予測の数字)

ご指摘のように以下の企業収益の変化が最も重要な数字なのですが、野党はこの数字を引用しません。

2012年の今頃、エース証券の担当は、2013年の企業収益の数字と

2014年の企業収益予測の数字を持っていましたが、その通りの株価の推移になっている。

中国の不動産利回りは1%で、日本の不動産利回りは5%ですから、外国人が日本の不動産を購入している。欧州はかつての日本のようなデフレになって、成長が期待できない。

3、30年の産業のサイクル

経営者は相手を良く考えたモノづくりをすることであり、競争社会の中で生き残るためには、得意分野を作って、オンリーワンのモノづくりとオンリーワンの生き方をすることにある。

合わせて、産業の30年のライフサイクルを見る能力を養う、そのサイクルは30年で成長,成熟、衰退を繰り返すのであるから、日本のモノづくりの伝統を継承した上で、新しい次の30年の成長に加わっていくようにすることなのである。

合わせて、日本の文化論を知っていなければならない。この新しいサイクルに参入できる人間になるようにするのである。反対にこの30年のサイクル見逃してしまった経営者の、衰退のサイクルに入ってしまった事例を忘れないようにする。

この衰退サイクルの事例が、就職して最初に出会ったのが、神戸にあった三日月マッチと言うマッチの製造会社の経営者であった。もう一つの衰退サイクル、の事例が、船井総研での社長の30年のサイクルの変わり目が見えないの知って、改めて社長の仕事は何であるか、ということだった。

4,モノづくりとは拙に生きること

この大きなサイクルを見つける洞察力と共にモノづくりの要諦は、最近亡くなった底辺の人を演じてきた高倉健のように、拙で生きるのが下手の人の生き方である拙に生きることなのである。

高倉健の映画で演じた日本人は、この菜根譚の拙に生きることに価値を見出してきたことを肝に銘じておかねばならないのである。拙に生きるとは、愚直なまでのまじめさで結局生きていても損な役割になってしまう生き方である。

高校の時の同級生の駒井さんが亡くなられた知らせにご冥福を祈る。その死は、モノづくりの精神として生きることは拙に生きることであることを、改めて私に再発見させてくれているように見えるのである。

鈴木一義、2、日本モノづくり文化論、解体新書684


1、   スバルとスズキ

 

以下の「」は、お金学のTさんとの会話を修正したのです。

ご指摘の通り、アメリカでの輸入車は、日本車が圧倒している。

「トヨタだけでなく、日本の自動車メーカーは世界を席巻していくと思います。

客の声を聞き、誠実に、正直に、商品開発する姿勢を崩さない限り、

官僚型組織にならない限り)日本のモノづくりは、明るいように思います。

サービス業だけがサービス業ではなく、メーカーも立派なサービス業である。」

車のディーラーにそこは、5年前に比べてそこはサービス業となっていて、非価格競争をしている。モノづくりの後にサービス業は、重なっていくのであって、サービス業が単独でサービス業をリードしていくものではない。

ご指摘のように、「スバルは低~中価格・高機能・4WDはアメリカでスバルしかないとのこと。ベトナムに行ったとき、タクシーがほとんどスズキの軽だったこと。」

スバルもスズキも得意分野に集中した経営をしていて、その経営手法は、はわたし達の仕事にも参考になる。

2、モノづくり文化論、2

 

①   努力と諦めないは、ハヤブサの帰還の時に発揮された。このモノづくりの努力と諦めないは、ハヤブサ2につながっていく。

 

②イオンエンジンとプラズマエンジンの研究は、1970年代からのペンシル始まっていて、このペンシルロケットの時代からの長い技術の蓄積のたまものである。

 

③モノづくりは、チャレンジする技術と実用とするところの技術を同時に並行して取り組むことにある。

 

自然の恵みを受けている文化は自然との共生感を生み出し、この自然との共生感は、モノに対してもったいないという感覚を日本人に生み出させ、他のモノを大切にする意識を生み出させ、そしてモノにも魂がある感覚を生み出していく。

 

⑤このような感覚は、月に思いを託すという独特の日本人の表現方法や、さらにはもののあわれと言う意識にも、日本人は持つにいたった。

 

亀山ブランドと言う地域ブランドを生み出した。そこでは人と環境を大切にする方向となり、人とモノを大切にする亀山ブランドとなった。

 

⑦解体新書は、一般の人々のものへと江戸時代になった。江戸時代の藩主は、知識を独占することなく、みんなに伝えるものとして知識を誰にも広めた。杉田玄白は解体新書で知識をみんなのものとして伝えたことが今に今日に至るのである。

 

日本語と言う母国語でもって最先端の外国の知識を理解できるのは日本だけである。ロビンソンクルーは、江戸時代に翻訳されていた。解体新書は基礎医学でありドイツ医学は最先端の基礎医学であった。

 

一方臨床医学は、イギリスやドイツでその当時あった。

現在も世界の医学知識では、アメリカが40%、欧州30%、残りの10%から20%は日本となっている。

 

3、解体新書

 

この江戸時代の藩主は知識を独占しないでみんなのものにしていた。江戸時代に明治の近代化の基礎がここから始まっている。私が受けた大学時代の歴史の授業では、江戸時代を暗黒時代とする左翼の教授であった。

 

知識を独占しないでみんなのものとすることは、現在のインターネットの時代と同じくらいの情報の影響を江戸時代の人々に与えていたのだろう。もっともっと江戸の藩主が何をしていたのかを知ることは、左翼のベールをはがすことと同じくらいに重要であるだろう。

 

自然の恵みを受けている文化は日本人の感性を作り上げている。その感性は、自然との共生感であるし、モノにたいしてのもったいないという感覚モノにも魂がある感覚を生み出して、それらの文化を背景として、こだわりのモノづくりをつくりあげていく。

 

自然との共生感、もったいないという感覚、そしてモノにも魂があると言う感覚は、文化と同時にモノづくりにも、亀山ブランドのような地域ブランドにこれからも反映されていくだろう。

昨日お金学のTさんが自宅に来られて、さまざまなことを話し合った。この話を次回のモノづくりに反映させていく予定である。

鈴木一義、1日本モノづくり文化論684


1、モノづくりであるかそれとも高度のサービス業

 

以下はお金額のTさんとの会話を修正したものである。

ご指摘のようにL型企業では、経営者にならない限り、高い給与は得られません。一方 ある人はG型企業に転職して、東京で仕事をしている。

そして、ご指摘のように「競争ストレスにより、20年以上勤められる人は、ほんのわずかだ」

しかしながら、わたしは競争ストレスを忘れさせてくれるものは、オ―ディオや音楽であって、ある人にとってはそれはマラソンかもしれない。ひとつは感性を高めることができるし、もう一つは体力の自己コントロールである。

 仕事はいずれかの技術の上達の可能性があれば仕事は楽しいものになるが、 それともルーティンの仕事をするかによっての違いは、30歳代から40歳代へと大きくなっていく。

私たちが仕事がものづくりであるかそれとも高度のサービス業に従事しているならば、仕事のおもしろさを感じることができる。

趣味をすることは、相当のお金が必要になる場合が多いが、気分転換の最良の方法である。幸せは、個人の仕事の技能の上達に関する満足や達成感に関係がある。

2、鈴木一義さんの日本モノづくり文化論

 

以下は、鈴木一義さんの日本モノづくり文化論のNHKの講演を録音したものの要約で、これからも日本のものづくりと高度サービス業が輸出出来るモノとなる。人間は資本主義を生み出し発展してきたが、その根底にあるのはモノづくりとそれを生み出す文化である。

 

①   日本の国土の70%は森林で、日本は自然の恵みを受けている文化を生み出している。自然の恵みがある国は滅びない。

 

②   モノづくりの基本である技術はキャッチボールであって、キャッチボールが技術の本質である。その事例として日本の炊飯器が代表的である。これは和魂洋才である。ご飯を炊くと言う炊飯器を作れるのは、日本である。

 

③   技術のキャッチボールは、グローバルと言うよりもインターナショナルなものであって、これは、相手を良く考えたモノづくりであるし、高度なサービス業となっている。相手を良く考えた上で、モノづくりであり、サービス業が日本である。

 

④   この事例は、30ミクロンの手術針であり、それは一本1万円もするが、日本の鉄の過剰品質とは言われない。ガラパゴスと言われるが、この過剰品質が日本の強みである。輸出の一番は自動車で、2番目が鉄である。その鉄が、この手術針となる。

 

⑤   味に鋭い味覚センサー;、味を大事にする中で、世界で初めて日本は味覚センサーを作った。味は関東と関西でも味覚は異なる。

 

⑥   モノづくりの基本である技術はキャッチボールとして世界の5ウイスキーに日本のウイスキーが入っている。水わりとしてウイスキーを飲む時、香りがよいのが日本のウイスキーとして、独自に発展した。

 

⑦   今につながる歴史と文化が日本にある。その事例として五重の塔がある。そこでは心柱が空中に浮いている。その心柱の浮構造は、現代のスカイツリーとなっている。日本の土地は頑丈なものを作れない。しかし、この柔構造を世界の建築を今は世界が求めている。強固な岩盤の上に頑丈な建物を世界は作ってきた。11月16日の日曜日術館の国宝展でも五重の塔の心柱の浮構造が紹介されている。

 

 

⑧   ロボットで普及しているのはイカ釣りロボットで、このロボットがイカを釣る。イカ釣りロボットによって70%のイカが釣られている。

 

⑨   日本には8社の自動車メーカーが成立している。競争して同時に共存できるのが日本の企業であって、これら8社である。こだわりを持って自分たちの得意分野を作るのがベストである企業文化を生み出している。この企業のオンリーワンの企業精神がが、未来的なのである。

 

3、オンリーワンのモノづくり

 

自然の恵みがある国が日本であること、キャッチボールが技術の本質であること和魂洋才がある。そして、キャッチボールから生まれた相手を良く考えた上でのモノづくりであり、相手を良く考えた上でのマニュアルに頼らないサービス業が日本である。

 

過剰品質が日本の強みであり、それが第2の輸出である鉄が、手術針となっている。そして味に鋭い味覚センサーをつくってうまみを分析した。世界の5ウイスキーに日本のウイスキーが番組「まッさん」のニッカやサントリー入っている、

 

五重塔の心柱の浮構造は、現代のスカイツリーとなっていて今にもその伝統は生きていて、継承されていて、今も生きている技術である。

このような日本のモノづくりの特質は、日本の経営としてまだまだ、日本人にも過少評価されている。

 

わたし達は、この日本のモノづくりと日本のサービス業がむしろ世界に広がるのはこれからであることを認識するようにする。これらの特質をどう企業に生かし、投資に生かすかである。

 

相手を良く考えたモノづくりとは、競争をしてその中で生き残り、得意分野を作って、その後はオンリーワンのモノづくり、とオンリーワンの生き方を追求していくようにすることである。

永守重信3、65歳で退職してどのように生きていくのか?683


 

1、   経営学はこの大切な2つ、筆記具とノートと相手への感謝を伝えることを教えていない。

 

「」は、BSアクアの小島博社長の会話で、それ以外はわたしの会話を修正した内容です。

成功されている方は、メモを取り現状を書き留めておられます。」

わたしは、川喜多二郎さんと酒井三郎さんの言葉を引用しましたが、彼らのように成功している人は、筆記具とノートを24時間手放さない。

ご指摘の「30年程前に保険会社の営業の方のご紹介で知り合った方のように、わたしも経営者向けの営業をしていた人と今も付き合っています。」加えて「私は、山岸さんから写真撮影するのは、お見舞いにこんなに綺麗な花をいただいた感謝の気持ちを忘れないように写真撮影するのですと

お聞きしました。」

この感謝の気持ちを相手に伝えることが、相手を一生忘れ得ない気持ちにさせいく。その結果が「車の事はずっと山岸さんの会社にお世話をしていただいています。」の言葉である。

そしてこの関係は、今も続く関係になっている。これら2つ、メモを取り現状を書き留めることと感謝の気持ちを相手に伝えることは、繁栄の基本なのである。しかし経営学や経営コンサルタントは、このような大切なことを教えてくれない。

私にとって川喜多二郎さんと酒井三郎さんが言うように、いつもメモと筆記具を24時間てばなさない。

2、教養と実力をつけていくしかない

朝日新聞はライフサイクルが衰退期で、その中からは再び成長が生まれることはもはやないと考える。衰退期の組織にはエネルギーが衰退していて、そこでは新しいものを生み出す人はもはやほとんどいない。

わたしの失敗体験として、ティアックしか見えないで日本電産が見えなかったことは忘れ得ない体験である。自営業をスタートするには、30代や40代で1000万円くらいの資金が必要である。

独立するまでに成長企業での学ぶことと自分で独立したあとでの自営業としての実践体験を通じて、360度の視点での教養と実力をつけていくしかないのである。このこと考えている時同じ船井総研にいたKさんが今年年末に退職されることをフェイスブックで知った。

自分で独立した後での実践体験のない人は退職後どうされるのだろうかと思って、この思いが浮かんだ。一方わたしは60歳までに退職することを考えていて、そのとおり自営の道を選んだ。

3、まず成長する企業に入るか、

さらに衰退企業にはエネルギーが衰退している。そこで働く人にもエネルギーが衰退している。成長企業に転職して自分にもエネルギーを充電していかないと定年後では、Kさんは自営業をもはすることはできないだろう。

とっくに成長期が終わって衰退サイクルにいる企業に長年いることは新たなる成長を生み出さない。成長している組織にいると、そこでは、インセンティブとイノベーションがあって、そして成功の体験も得ることができる。

しかし富士フィルムのように衰退産業から成長サイクルに再び転化していく企業は稀有な事例しかないのである。ほとんどの企業は再び成長サイクルに入ることができない。

富士フィルムの古森重孝さんのように再び成長する組織や人になるためには、とてつもない変化への素早い対応とスピード感ある挑戦そして人間のエネルギーが必要になる。衰退から成長のサイクルに入るためには、これら3つと、変化への素早い対応、スピート感ある挑戦、である。

成長企業に自分を置くこくためには、友人のAがノーベル賞を受けた中村修一さんについて言われていたように、アメリカがなぜ人を引き付けるか、の理由である。

それは、インセンティブ、イノベーション、そして成功の機会がある国がアメリカなのか?それともそのような3つがある企業組織に自分が転職することから、このような自分の体験が得難い経験となる。

その体験から、自分の自立や自営業になっていくことが始まっていくのかもしれない。

しかし反対にこのような決断と体験を得ることもなく65歳くらいで退職をしても、その後その人はどのように生きていくのか?との疑問が浮かんできた。

即ち、アメリカにいくか、または30歳代か50歳代の間にまず成長企業に転職することであるだろう。その体験後自営業になる確率が高まるっていく。反対に長年衰退の組織にいては、何もできないまま自分も衰退していく。

富士フィルム、古森重隆

「当社はフィルム製造から完ぺき主義の文化が生まれました。しかし、デジタルカメラが急速に普及する中で、写真フィルム主体から医療などの成長分野への事業構造の転換を進めました。これからは変化の素早い対応や、スピード感のある挑戦、思い切った踏み込みが必要になります。」


成長しない組織では組織の活性化は図れない、必ずやると言う行動すること成果が生まれてくる。そして成長しない組織にいれば、自分も成長できない。

 

日めくり「楽しみながら」より

6, Actions make a brain steeped in ideology and smiles make hard brain soft.

We have not been taught independent spirit, right and suitable way of living, learning as we enjoy in a school. We can learn them by our actions and humors.

行動は、観念的に硬くなった頭をやわらかくしてくれる。

学校は、独立の精神、ふさわしい生き方、楽しみながら学ぶこと、などを教えてくれない。それは、行動によって、学ぶことが出来る。

 

永守重信さんの言葉

 

「ノー」の連発からは何も生まれない。『すぐやる』『必ずやる』『出来るまでやる』という、常に前向きな姿勢を持ってこそ、すばらしい成果が待っている

企業は存在するかぎり、常に成長を続けなければならないし、成長なしに企業組織の活性化は図れない。

永守重信、2、必ずノートと鉛筆を683


1、   よき友を選ぶことほど、大切なことはない

 

「」は、BSアクアの小島博社長の会話で、それ以外はわたしの会話を修正した内容です。

ご指摘の「社員が生き生き働く姿と言動が人を呼び情報を呼びこみ伸びている」

反対に「社員が仕事を楽しんでいない会社は、長く続かないのではないでしょうか?」

そのためには、相手の会社の社員がどのように働いているかを見にその会社に行くことが、必要である。それは、「ダンボール保管場所があります。その管理状況である程度そのお店の管理体制が透けて見えるようです。

ゴミ箱の掃除状況などもその企業の衛生管理の意識が現れているようです。」

ご指摘の清掃状況を見ることも、その会社に行くことの一つになるのです。

「業績不振の会社を買収して、V字回復できる守永社長の秘密は、社員が活躍できる舞台作りがうまいのでしょうね。」

社員が活躍できる舞台をつくることに熱心な守永社長のような人と全く無関心なリーダーとに分かれる。

「業績が良い時だけ寄ってくる業者に囲まれた仕事をしている方々を多く見てきました。昔の軍歌を思い出してしまいますね。

友を選べば・・・・」

よき経営者や友と時にはそうでない経営者や友を比較して

よき友を選ぶことほど、大切なことはない。

2、   黒田官兵衛は、学者でなくて現実的な知性が抜群に賢かった

 

以下の「」は、お金学のTさんとの対話を修正したものである。

1.ダメな会社・ダメな組織・ダメな個人

ご指摘のように稼ぎ力の衰えがライフサイクルの衰退の始まりであって、

「自分で稼がずに、誰かに頼ろうとしたときが 滅びの序章です。」

同時に「頼ろうとする」の裏返しが、 「○○のせいにする」であり、

社民党的な考えを持つことでもある。

稼ぎ力のない人間を組織のリーダーやご意見番につけると、ろくでもない方向に組織を導いてしまいます。」

ライフサイクルが衰退期にはいった組織が同じ組織内の人間で再び成長期に戻ることはない。黒田官兵衛は、学者でなく現実的な知性が抜群に賢かったのである。

現実的な知性が抜群に賢かった人として坂井三郎さんを思い出すのである。坂井さんは、戦後二度とパイロットにならないで、自営業になった。

「自分たちが頭を下げて稼ぐことをしなくなった組織や個人には要注意ですね。」の事例として日本中に広がる医療法人がある。

滅びの覚悟でこのような法人を解体できるかどうかに、

日本の未来は左右されるかもしれない。

大津祭りの歴史を振り返ると、物流の拠点が、そこに住む人たちを作り、

戦国時代から江戸初期がイノベーションの時期であったことがわかる。このような技術革新と資本が戦国時代であった。

中国の衰退は、2015年ころからである、と考えられる。ピークの時が衰退のはじまりでもある。結局資本と技術力を持っている国が、世界をリードするのであり、この2つを持っている国が世界をリードするのである。

3、   メモノートと筆記具

 

川喜多二郎氏は、探検の原則として以下を大切にするが、この飛び石に伝わる原則は現実的な知性としての仕事や投資にも全く応用できるものである。

飛び石に伝わることと、企業の衰退と成長のサイクルも、人間のエネルギーの伝わり方も、この方法で見ることができるような人間になる決意をするのである。企業の衰退と成長のサイクルと、人間のエネルギーがどのように伝わるかは;

 

①  あらゆる角度から360度的に目を配っていく必要がある。情報は360度で集めると言うことに最善の注意を払うのである。

なぜなら、飛び石の情報になんだか気にかかるという取材法をバカにしているインテリや学者では、生の情報を集めにくいのである。

②  そのためには、いつも身辺にメモノートと筆記具を持っていて、24時間この2つを手元に置いておくようにする。そして、ハプニングできにかかる情報が出てきた時には、すぐにメモをする。

「撃ち落とされる敵、味方の失敗、勝ち残る者の教訓、その過程で坂井は夜寝る時必ずノートと鉛筆を枕元に置いた。」加藤寛一郎、「ゼロ戦の秘術」

③  そしてこのなんだか気にかかることをメモしていくことを毎日の習慣にするのである。そしてこのなんだか気にかかることを、何かと結びけることとから、イノベーションとアイデアが発見できるようになる。

 

衰退する企業の中から成長する起業家と企業は生まれてくるのである。ここに衰退は再び成長サイクルにバトンタッチされていき、そのサイクルは循環していく。

一方二世経営者や二世政治家は、40歳から没落は始まっていく。後継者は、二世でなく孫や直系の人でない人、そしてある人が異なる場所で未来を引き継いていく。その人は誰だろうか?

しかしこの事例としてティアックから日本電産が生まれたケーススタディを見るためには、また経営者は360度の視点で見ることがなくてならないのである。

わたしは10年以上ティアックしか見えなかって日本電産が見えなかった。改めて360度の視点で見ることをこの失敗は教えてくれている。

そして経営者には、生き残るため、そしてエネルギーを誰かにバトンタッチするために、仕事をしていかなければならない。

 

永守重信さんの言葉

 

「いくら有能であっても、人を裏切り、
苦しみを共に分かち合うことのできない人には仕事を任せられない」

 

「きょうは一日良かったなあ」
「明日はもっと良い日が来る」
「あさってはきょうよりもっと良い」
とずーっと思ってきた」

 

苦しみを共に分かち合うことのできない人は、友と呼べる人でない。

仕事をやり終えたときのきょうは一日良かったなあ、は,今日の仕事を終えた時の最高の満足である。

 

その満足感は、自分のエネルギーを明日にバトンタッチしていくための期待である。そしてやがてそのエネルギーは飛び石でどこかの誰かに伝わっていく期待でもある。

(続く)