日本の国宝を守る、4、膳所と外国人観光687


1,膳所藩の藩校・遵義堂

 

以上のようなことを書いてきたのは、デービッドアトキンソン著のイギリス人アナリスト「日本の国宝を守る」を何度も読んだことと城下町膳所の現在の姿を思い出すからである。

 

よく散歩やマラソンの練習をしていた膳所公園の近くに来た時、そこは、膳所公園は、膳所城の城跡であった。そして皮肉なことに現在の膳所ほど、乱雑とした街はない。

町屋や膳所藩の白壁のような景観を保存することは、乱雑で無正確な街の再生のために役立つ。このような場所を提供する人にもビジネスになるのである。

しかし、膳所藩の藩校・遵義堂の跡地に1898年に私が卒業した膳所高校

は建てられた。私がその高校に通っていたころの膳所には、城下町の残照として白壁が残っていたことを、覚えている。

2,歴史と観光

 

しかし、もはや膳所にはそのような白壁はもはやないから、膳所は城下町であったことを知っている人は、次第に少なくなっている。大津は、比叡山の坂本村、商人の港としての大津、膳所藩があった膳所、石山寺、から成り立っている。

 

これら地域が合併して現在の大津は、現在は無性格な都市となっている。歴代の市長は、それぞれの地域の歴史を顧みることなく、土木工事や英語教育を主張して、これらの歴史から観光客を呼び込もうとする市長もなかった。

 

その結果街の歴史についての教育を子供は、受けることもなく、わたしが学生の時もその歴史についての教育を受けたこともなかった。大津の観光は何かと考えると、戸惑う無正確な都市になっている。

3,外国人相手のビジネスをする

地域の再生のためにと若者の雇用を増やすため、そして、外国人の観光客を増やすために、膳所藩の白壁のような景観を保存することは、乱雑で無正確な街の再生のために、役立つのである。歴史と文化の中から、創造が生まれてくるのである。

このような場所を提供する人にも,今後成長するビジネスになるのである。町屋や白壁の家に外国人に来てもらうことが、大人の人のビジネスにもなるのである。

このような外国人相手のビジネスは、日本の至る所で展開できるビジネスなのである。これが「日本の国宝を守る」のテーマであり、成長するビジネスとして私が提唱するビジネスでもある。

 

このように歴史と文化の中から、創造が生まれてくるのである。この伝統と創造によるそれぞれの活動は、子供相手の英会話塾以上のビジネスネスとなっていくのである。今繁盛しているのは、子供相手の英会話塾なのである。英語それ自体を自己目的にするような英語の学習を進めても、人は生産的にならないのである。

 

 

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