今に生きる、4、オーディオと音楽689


 

1,船井幸雄会長の一周忌

[音楽を愛する友へ、]エドブィン、フィッシャー

   

音楽を愛する友へ、エドブィン、フィッシャー。

精神的に体験された芸術のみが、人の心に呼びかけ、影響を与え、そして人格を高めるのです。この永遠なるのものために生きることのみが,生きがいある人生と言われえるものだからです。」

 

この永遠なるのものために生きることに出会うことは、中学、高校性、そして大学の時に、人に出会うことがなければ、この感性は、干からびていく。学校を卒業しても、音楽や絵画などの芸術との出会いが続いていれば、人は経済に身も心も埋没していくかもしれない。

 

「芸術とは、より高度の次元における生命の反映なのであって、宇宙における一切の現象は変化であり、永遠の生成と消滅とである。それでも大自然はこの久遠の輪廻の環から逃れようとするものであるらしく、常に新たなる世代と、より高度に形成させられた新しい様式を創造することにより,死を克服しようと努めてやまない。」

一切の現象は変化であり永遠の生成と消滅とであるが、この輪廻から逃れようとする努力は、新しい世代に引き継がれようの試みである。その準備段階が、30代や40代かもしれない。膳所のM歯科に行って(3月20日)そこの担当の名前は知らないが、その女性と会うと何故か、不思議な気持ちになる。

船井幸雄会長が亡くなったのは、去年の今頃だった。新しい世代の人に、船井幸雄会長の記憶も引き継がれていくのかもしれない。ある時は、自転車で膳所高校に通っていたころを思い出す。ある時は、わたしが働いていた船井総研の亡船井幸雄会長の本を、その女性が読んでいると言っておられて、驚いた。

 

「芸術とは、より高度の次元における生命の反映なのであって、宇宙における一切の現象は変化であり、永遠の生成と消滅とである。それでも大自然はこの久遠の輪廻の環から逃れようとするものであるらしく、常に新たなる世代と、より高度に形成させられた新しい様式を創造することにより,死を克服しようと努めてやまない。」

この永遠なるのものために生きることに出会うことは、中学、高校性、そして大学の時に、人は出会うことがなければ、この感性は、干からびていく。学校を卒業しても、音楽や絵画などの芸術との出会いが続いていれば、人は経済に身も心も埋没してしまわない。

精神的に体験された芸術のみが、人の心に呼びかけ、影響を与え、そして人格を高めるのです。この永遠なるのものために生きることのみが,生きがいある人生と言われえるものだからです。」

2、敬虔さと芸術

 

「精神が立ちあがり,生死の彼方になにものかを求めるのである。この永遠への憧憬の中で、精神は宗教的、精神的、芸術的諸価値を創造し、それらの光を彼らの同時代及び後世に放射する。精神は隠してそのつかの間の地上の生存を超えて生き続けるのである。

 

創造によってこの同世代及び後世に放射する段階に至るのであるから、われわれが経済的な生活をしているとしても、地上の生活に安住してはいけない。自分でできる創造の仕事によって、我々は地上の生存を超える生き方をしていくことにある。

 

「芸術家とは、大自然の久遠のテーマから生まれるところの、常に新しい演奏に対する感受力を持っている者のことである。芸術は、聖なる生命の、物質を離れた反照なのである。」

 

3、リズム、低周波と高周波

 

「あらゆる創造的活動の最初には、もっとも原始的な生命現象から導き出されるところの、あの根源的感情がある者と思われる。緊張と解放、吸気と呼気、その中にすでに音楽の二大要素、すなわち協和音と不協和音が、そしてこの両者の交代の中にリズムが宿されているのである。」

 

このようなリズムを楽器やボーカルを、CDやテレビから感じるためには、少しばかりスピーカーにこだわるのである。特に、100ヘルツから200ヘルツの低音と10000ヘルツ以上の高周波の音が、体からリズムと安らぎを蘇らせてくれるのである。

 

しかしこれらの低周波と高周波の音は、通常のCDの再生装置やテレビからは出ていないことが多いのである。そのため、それらの音を再生するためにふさわしいスピーカーが必要になる。

音楽やドラマのテレビでの再生には、フォステクスのアクティブスピーカーーPMO,3は、ローコストで、低周波と高周波を再現してくれるので、臨場感は一変する。さすが、フォステクスはスピーカーの専業メーカーである。

 

「芸術は自我の狭い壁を打破して永遠なるものを志向する経験なる努力によって支えられるのでなくてはならぬ、とわたしは常々考えている。芸術は、つかの間の地上的存在を超えてあるところの、永遠に真実なるものに汲む活動であった。」

 

「我々が芸術作品に接する時の清らかな歓びと安堵とは、疑いもなく、そこに由来しているのである。そして、現代世界に最も欠けているのが、多分この敬虔さである。」

 

 

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