Archive for 9月, 2017

699-51古墳の街、守山


20年以上前に滋賀県守山市の古墳を見に行ったことがある。そこの古墳群は誰の古墳なのだろうか?一説には卑弥呼の時代で、その古墳群は、卑弥呼に関係しているとも、言われている。文字が、そこには文字が残されていので、誰の墓であるか、わからない。

湖琵琶湖に近い場所なので、そこには、水が近くにあったのだろう。そこには、誰か権力者がいたことは、間違いない。守山市のホームページに、それら古墳群について少し説明があるが。全国の古墳群の中で、これら守山市の古墳群がどのような位置づけになるのかは、わからない。

一度は考古学にに興味がある人は、そこを訪れることを、進める。今後さらに科学的な研究が進めことを期待している。この古墳群は、琵琶湖の水に関係している。どのような権力者がその当時いたかを考えると、それは、卑弥呼の時代なのである。

守山市のホームページにも古墳のことは、少し書かれているが。その当時の権力者については、説明されていない。

その当時の権力者の誰がコレラ古墳の権力者なのかについて。考えられるのか、今後の研究が待たれる。推定される誰の古墳なのか?が研究されることを期待している。

699-50秋の気配


これほど熱かった夏も終わろうとしている。この暑さは、舗装道路ばかりで緑の木が都市にないことに由来する。よく出かけた朽木村を思い出す。そこは、緑の木の中にある村で、気温を高くない。そのにあるのは、新鮮な空気と星が見える夜空が、ある。

一方舗装道路と車ばかりの街にいて、アイデアなど浮かんでこない。このようなことに気が付く市長など、期待できそうにない。周りに車が溢れている場所にいて、そして新鮮な空気がない街には、そして星空が見えない街にいて、心が現れることなどない。

だから、大都市にいては、この2つがない。新鮮な空気と星空がないのが、大都市である。よく長野県の原村に夏に行った。そこの夜空は、星がいぅぱいだった。

舗装道路と車が溢れた町には、星空がない。星空がいっぱいの村で、車が少ない場所は、桃源郷だった。そういう場所に、幸せが潜んでいるのだ。